「今日休みか」
書店に寄った帰り道、あんていくの前を通ったら“close”の文字が目に入った。まあ、別に寄る予定もなかったのだが、何となく口に出た。…芳村さんって休みの日は何をしているのだろう。ちょっと気になる。
「…研」
「…あ、こんにちは」
ボーとしていたら、唐突に名前を呼ばれる。振り返って確認すると、四方さんだった。
「今日は休みだ」
「そうみたいですね」
「ああ」
四方さんって、手合わせした時は熱い印象があったけど、普段は物静かというか、クールな人みたいだ。
「四方さんはここで何か?」
「あ…いや、別に「蓮ちゃん!」……」
四方さんの後ろから、女性が早足でこちらに向かってきていた。…凄く揺れている。ん?あの人グールかな。
「急に走り出して置いていくなんてさ。相変わらず女の子の扱いがなってないよ。何かあったの?…おや」
女性の目線が僕に固定された。なんだろう。僕に何かあるのか。多分、初対面のはずだ。あと、四方さん。もしかして僕を見つけて、走ってまで声をかけてくれたのだろうか。
「別に…」
「ふーん、まあいいよ。それよか、君。金木君だよね?」
「…そうですが」
もしかして、四方さんが話したのだろうか。
「あーもう、そんなに警戒しないで。君のことは、ウーさんから聞いたの」
ウーさん?…誰だ。疑問に首を傾げると、女性がぐっと距離を詰めてきた。ふわっと腕に幸せな感触が。
「君が隻眼だって」
そう、耳元で囁かれた。
「今時間あるかな?」
■
「あたしの店だ。くつろぎたまえよカネキチ君」
ホイホイと連れられていった先は、彼女、イトリさんが経営しているバーだった。芳村さんの時も思ったが、グールが飲食関係の店を経営しているって色々と凄い。
何種類のお酒があるのだろう。まだ、二十歳になっていないし、バーに入店したのも初めてだ。どこもこんな感じなのだろうか。つい、キョロキョロと目が動いてしまう。こういう場所に夜に来たりして…うん、ちょっと格好いいかもしれない。憧れるなあ。それにしてもお酒かあ。ふと、前世の師匠とも呼べる人の、二日酔いの時の顔が頭に浮かんで、少し可笑しくなった。
「おやおや、お酒に興味がお有りかな。でも残念。飲めないんだよね、あたしら」
そうだった。グールは人間の食事を取ることが出来ない。お酒も同じだ。
「でも、そんなカネ君に朗報だよ。イトリ様からこちらを授けよう」
ニヤリとしたり顔のイトリさんが取り出したのは、見た目は至って普通のワインボトルだった。中身は……あ、もしかして。
栓を抜いたポンッと弾ける音と共に、吐き気がするほどの臭気が鼻腔から脳を一息に襲ってきた。
「うぅ……」
腐ってる。
「え?ええっ?大丈夫⁉」
何とか鼻と口を押さえて呼吸を止める。あ、四方さんが視界の端で、オロオロとしているのが見える。
「そ、それっ。閉じて……ください」
「へ?これっ?」
やっぱり血は新鮮なものじゃないとだめなのかあ…。
「すみません」
お水を一杯頂いて一心地。
「全くだ。イトリ様の秘蔵の品にする反応じゃないぞ。失礼だよカネキチ君?」
「すみません…」
「おいイトリ」
本気で責められていないことは分かっても、善意からのことに対して、失礼をしたのは確かだ。
「なにさ。蓮ちゃんオロオロしてただけじゃん」
「……」
「ま、面白いものも見れたし、気にしなくていいけどね」
イトリさんがチラリとこちらを見た。僕?
「面白いものですか?」
「こ れ 」
右目を閉じたイトリさんを見て、何でウインクしたのかと思ったら、次の瞬間には、もう片方の瞳が紅く染まっていた。
「ウーさんから聞いてたからね。見たかったんだ」
イトリさんの言うウーさんがマスク屋のウタさんだと気づいた先程もそうだったが、ウタさんに微妙な気持ちを抱いた。
「…それ、広めないでくださいね」
「任せなさい!情報は大切だからね。…特に個人のものほど」
イトリさんがドンと胸を叩く。揺れた。
聞くとイトリさんは情報屋のようなものもしているらしい。その時点で、彼女はどこまでかは分からないが、僕のことを知っているのだと理解した。そして、油断ならない人物だということもわかった。ヒデに誘われた時以外の、外での飲食はなるべく控えているが、これからはそれも気をつけたほうがいいかもしれない。
それから話題になったのは、隻眼のグールについてだ。話の途中で気づいたけど、これ芳村さんの子どものことだよな。勿論言わないけど。
そして話は神代リゼさんの件に移る。
「リゼさんの件が、謎めいた死ですか…」
「そう。あれはただの事故じゃないのだよ。金木研君」
そうだ。事故ではなかった。あの時確かに見た。そしてリゼさんがその相手を見て口にしていた、相手を知っていたと推測できるその言葉も。そう、確かにあの時僕は聞いた。
芳村さんには結局聞けずにいたこと。それを今ここで聞くべきなのかもしれない。
「…リゼさんに恨みを持つ人物がしたことでしょうか?」
「そだよ。あの日事故現場のビルの上に、人影を見たって「…ピエロ。」…へっ?」
「あの時、リゼさんの視線の先に、ピエロマスクがいました。何か知っていますか」
僕のその言葉にイトリさんが固まったのがわかった。そして、眉を潜めたことも。でも、それはほんの一瞬のことだった。
「…そうだなー。タダで教えてあげるわけにはいかないわねー」
イトリさんが流し目を送ってくる。
「美食家クンと知り合いでしょ。一緒にいるとこ見たからさ」
「月山さんのことですよね」
「そうそう。カネ君はグールのレストランをご存じかな?」
■
「突然すみません」
「かまわないよ。いつでも大歓迎さ」
イトリさんのバーを出て、月山さんのマンションを訪れていた。
今日の月山さんのところの夕食はカレーみたいだ。鼻を刺激するスパイスの香りが食欲をそそってくる。ああ、お腹すいたなあ…。今日の家の夕食はなんだったか。
「こんばんは」
「あ、金木君」
リビングには松前さん、そして堀さんがいた。先日血を吸いにきたときにも堀さんはいた。ということは、今日もここで夕食を済ませるつもりなのだろう。ひと部屋はもう、堀さん専用になっているらしいし。軽く居候状態みたいだ。まあ、その代わり、ネットで注文して足りない買い物は堀さんがするらしい。うん。月山さん達がするよりも、僕もその方が助かるな。
「月山さん。今日は直接聞きたいことがあって」
「何かな?」
「グールのレストランについてなんですが…」
それを聞いた月山さんは、ハッとなった後、目に見えて狼狽えた。
「な、なぜ。…それをどこで聞いたのかな?」
それに対して何も言わずに、じっと見つめた。
「…もう行くつもりはないよ。何よりも大切な、金木君との約束だからねっ」
「取り敢えずこれでいいと思うよ」
「ありがとうございました」
カメラに留まらず、PCにも精通していた堀さんに、CCGにグールレストランの情報を流してもらった。特定されないように、少し手間を掛けたそうだ。CCGからすれば、信憑性に欠けるものになるのかもしれないが、ないよりましだろう。
月山さんが話したことは、気分の悪いどころのものではなかった。
話の中の、彼らのようなグールがそんなことをするようになった背景を僕は知らないが、彼らは残虐過ぎた。
話している月山さんにも思わず、嫌悪感が沸いた。だが、それもそのはずだった。月山さんはつい最近まで、その一員だったのだから。
潰すべきだ。だが、それは現実的に無理な話だった。僕一人で、百をこえるグールを相手にできるはずもない。それで、他人任せになるが、CCGに任せることになったわけだ。案を出したとき、月山さんのことが気になったが、彼は肯定も否定もしなかった。彼は何も言わず、聞いているだけだった。
…あ。これ、イトリさんに何て言おう。グールからすれば、CCGにリークは駄目だよなあ……。
□
「…ん?……ほう、これはこれは」
「どうした真戸。…なんだこれ。イタズラ…か?」
「いや、これは使える」
「…まあ、このタレコミがマジならな」
「いや、間違いない。私の勘がそう言っている。くくっ…おっと」
これどっちの真戸さんだろう。書いて思いました。
ウタさん不在です。
月山さんは金木君と仲良くなりたいから少し自重。アドバイスは堀さんと元教師の松前さんからです。
迂闊な発言は避けるべし。