場所を移そうにも、どこがいいかと迷った。話す内容が内容なため、人に聴かれる場所は却下だった。
加えて、彼女は学校の制服だった。(学校に通っていることに少し驚いた。)こんな夜中に、カラオケボックスなどの個室は使えないだろう。
考えつかなかったため、彼女にいい場所はないかと聞くと、あんていくは?と返事があった。
あんていくって何だっけ。顔に出たのか、私がバイトしてる喫茶店だと、彼女は言った。
あ、あそこか。見覚えあると思ったら、あの喫茶店の店員だったのか。うん、そうだった。
そこならば、頼めばひと部屋くらいは、貸してくれるだろうと。店長、店員も全員グールなため、安心できるそうだ。
でも、僕はあまり安心できない。
まだ、彼女に対して警戒心があり、信用していなかった。その対象が増えるなんて、もってのほかだ。やんわりと断った。
彼女は、それを聞いて、少し苛立った様子で
「じゃあ、うちならいいですか」
独り暮らしらしかった。それならば、まだいいかと思った。断じて、女の子の部屋に興味を惹かれたわけではなかった。きっとそう。
■
彼女が話したことは、僕を驚愕させるものだった。
なんでも、僕から血を吸われた次の日、普通の人の食事ができたらしい。その次の日には戻ったそうだが。
どういうことだろう。
考えられる原因は、血を吸ったことくらいだ。だが、僕は吸っただけで、血を与えても、交換してもいない。前世のバンパイア化にはあまり関係なさそうだ。
それよりも、血を吸われた側に変化があるなんて、まるで物語の吸血鬼みたいだと思った。
うーん、わからない。
だが、最初に吸ったのが、彼女でよかった。こうして知ることができた僕は幸運だろう。
「だから、お願いします。同じように、もう一度、私の血を吸ってください」
彼女が望むことは理解できた。それに、今までも、親友の作ってくれたものだからと無理をして、人間の食事をとっていたそうだ。味わうこともできず、嘘の感想を言うことは辛かったとも、彼女は目に涙を溜めて語った。
正直、助かった。前回ほどではないが、口の中には唾液が溜まってきていた。まさに渡りに船だった。
彼女の話を聞いて、少し、感動もしている。さっきの死体も彼女によるものじゃないそうだし…初対面の時は、簡単に人を殺していたけど。
「うん。血を貰うことには、こっちからお願いしたいくらいだったんです。でも、なんでそうなったのか、僕にもわからないんだ。霧嶋さんの身体にも何か悪い影響がでるかもしれない。それでも大丈夫ですか?」
彼女は少し考える素振りを見せた。
「あの…やっぱりお願いします。今は何ともないし…もし、悪くなったとしても…それでもまた、依子の料理をちゃんと食べたいから……」
そう言った彼女の目には、強い意思が感じられた。
「わかりました。でもその前に、このことは誰にも言わないでほしいんだ。二人だけの、秘密にしてほしい。これ、知られるとまずい事だと思うんです」
グールにも、人間にも
「それと、本当に必要な時以外は、人を殺さないでほしい」
これは前世の、バンパイアの掟にもあったことだ。
「……あ。一人だけだけど、店長にもう言ってしまいました…」
「えっ」
「あの、でもっ店長だったら大丈夫ですっ」
僕の表情が変わったことに気づいたのか、彼女は慌てて付け加えた。
だが、僕はその店長がどういった人か知らない。近いうちに会いにいったほうがいいだろう。
後のことについては、約束してくれた。
まだ、僕から聞きたいことがあったが、先に血を貰ってからにしよう。何かこう、くるものがある。
「じゃあ、いいかな」
「あ…はい。どうすればいいですか」
「えっと……できれば、この前と同じ所でお願いします」
僕がそう言うと、着替えてきます、と言って彼女は席を立った。首を晒すには、制服では難しいためだ。
彼女はすぐに戻ってきた。この前と似た服装だった。
「お願いします」
彼女は、僕から見て左に首を傾けた。
「あっはい。こちらこそ。えっと、いただきます」
緊張して、早口になってしまった。反応が気になったが、彼女は顔を背けていた。
首の下辺りを爪で切り裂いて、口をつける。
最中、必死に声を押し殺そとしているようで、時々声が漏れていた。少し、変な気分になったが、すぐ冷めていった。
不意に、前世の妹が今の霧嶋さんと同じ年頃、16歳でシングルマザーになっていたことが頭に浮かんだから。
終わったあと、唾液に治癒効果があることを説明して塗りつけた。(返事は返ってこなかったが)
…おかしい。傷が塞がらない。自分で試した時には、すぐに塞がったはずだ。
少し焦って、彼女には悪いと思いつつ、さらに多めに塗りつけた。
それでも変化がなかった。自分にしか効果がないのか。グールには効かないのか。
焦りから冷や汗が滲み出した時、唾液が徐々に浸透するように消えて、ゆっくりと傷が塞がっていった。
完全に塞がったと思えば、彼女が倒れ込んできた。声をかけても返事がない。眠っていた。
彼女が目覚めたのは、日付が変わって、数時間経ってからだった。