あまり話も進みません…
三話投稿します。
トップバッターは、中年の目覚めです。
設置された僅かな照明と月明かりのみが照らしている、今は住民も退き、もはや廃墟と化したニ棟の広間。そこに、今回の作戦の精鋭と呼べる部隊がいた。いずれも対グールのために身体を鍛え上げた屈強な者達。その者達が装備に身を包み、多種多様な武器を構える姿は日常からかけ離れたもので、どこか異様だ。そして、ここに駆り出された者達は、それぞれ輝かしい功績持つ者ばかり。並のグールなどは相手にならないだろう。
「……な」
しかし、現在、不測の事態に陥っていた。
「総員、警戒を!‼」
真っ先に我に返った、鎧に身を包んだ捜査官が声を飛ばす。その言葉に、他の捜査官達も気を引き締め、警戒度を高める。
瞬時に警戒態勢に入ったことを確認した篠原は、次に索敵の指示を出そうとして、口をつぐんだ。
ここは、逃げられたと考えるのが妥当だ。しかし、少年のグールにそんな力は残っていないようにみえた。勿論弱って見えたのが、演技の可能性も捨てきれない。隙を伺っていただけかもしれない。だがしかし、その場合は自分を葬るべく、一撃を浴びせていたのではないかと思う。
新手か。篠原はその考えに行き着いた時、同時にその一歩先の答えにたどり着いていた。誤りでもかまわない。可能性があるのだ。篠原は周りにその情報を伝えるべく口を開く。
「レートS+しらな⎯」
篠原を衝撃が襲った。
残された者達の多くは、冗談のような光景を目の当たりにして、身を固くさせることしかできなかった。篠原が指示を出そうとしたことを察知して意識を向けた時、身が吹き飛ばされるような強風に襲われた。前衛にいた数人が地に手をついたが、それだけだ。
問題は、篠原の姿が消えていたことだった。
「白浪だッ!‼」
二刀を持った捜査官、亜門が叫んだ。
“白浪”。日本で訓読みされた“しらなみ”、もしくは“はくろう”とも、“はくは”とも読めるそれには、大きく二つの意味がある。一つは、泡立って白く見える波の意味。そして二つ目は、中国後漢の賊の名、白波賊から、盗賊の意味がある。
幕末、歌舞伎にて興った白浪物では、盗賊が主人公に置かれているが、それは大盗賊としてではなく、むしろ小心者であったり、運命に翻弄される弱者として描かれている。
白浪と名付けられたグールのことを、上位捜査官の間では、知らぬ者はいなかった。身体能力の優れた捜査官が認知さえも不可能な、その俊敏さも理由の一つだが、最もあげられる理由としては、真戸呉緒が亜門と共に対峙した後の、彼の豹変ともいえる変化だろう。
真戸呉緒がグールに執着し、クインケ操作が優れている、良くない言い方をすれば、クインケ狂いであるのは同期では、周知の事実であった。しかしその男が、負傷を理由にクインケを手放したのだ。手足を失ってでもグールを追うことを止めない男だと認知されていただけに、真戸をよく知る者達ほど、その行動に驚きを隠せなかった。
驚きはそれで終わりではなかった。二課で早々に活躍を見せた真戸。実力を知っていた周囲は納得したが、こいつ誰だと、誰もが内心ツッコミを入れた。狂気じみていた顔つきは精悍として、若々しくみえるようになった。背筋は張り、纏う空気は落ち着き、貫禄のようなものまでも発していたのだ。負傷により前線に出ることができなくなったため、二課に移ったとされているが、どう見ても、負傷する以前よりも健康体に見えた。
書類上では、“白浪”というグールは、赫子、補食を確認していなくとも、グールを逃がし、真戸呉緒を負傷させた凶悪なグールとされている。だが、多くの捜査官達の内心では、真戸呉緒を変えた切っ掛けとして認識されるようにもなっていたのだ。それほどに、真戸の変化は周囲にとって劇的だった。
ちなみに、彼の娘の談では、以前とそう変わりはないとのことだ。
「う、ぐっ」
「寝坊だ、篠原」
目を覚ました篠原に気づいて声を掛けたのは、実質的にアオギリ十一区アジトの指揮を任されていた真戸であった。グールレストランでの功績を考えても、異例の大抜擢である。ちなみに今は、その立場上から、准特等捜査官へと昇進している。
「…ま、ど?……って、どうなったんだ!?」
全身に鈍痛を感じながらも、篠原は勢いのまま、ベッドから上体を起こした。
「作戦は終了した。が、成功したとは言い難いな」
場所は、急増で作られた救護テント。現在は、気を失っていた篠原が発見されてから、一時間ほど経っていた。その間に突入部隊は、アオギリのアジトに残っていたグールを掃討していた。しかし、グールの死体の半数ほどは、すでに何者かによって命を奪われていたものなのだ。結果的に、グールの殲滅は完了したが、真戸はこれを、成功とは言えなかった。
「まあ、メディアには我々によるものだと流すが」
それが、当然のように真戸が言う。しかし篠原に反論はなかった。今回の突入は、すでにメディアにも取り上げている。民衆の不安を煽るような情報は流すべきではないのだ。
「…で、私は」
「おそらく、“白浪”だ。…それと私は、ここのグールの半数を駆逐したのも、奴だと考えている。しかし、目的はまだ明確ではない」
「……まじか…でも、私と戦っていたグールは助けたんだよな?」
篠原は腹に衝撃を感じる前に、戦っていたグールの少年を思い出す。
「ああ、おそらく。その後に殺したとは考えにくい。…話が少し変わるが篠原、アラタを確保した時、子が二人いたのを覚えているか?」
「それ確か、十年くらい前のことだよな」
「そうだ。私は映像でしか確認していないが、お前が対峙していたそのグールは、アラタの子どもだ。子は羽赫のようだが」
「…あー」
篠原は、十年前の出来事を思い出して、成る程と納得する。
あの時は、他に優先案件があったため、支部局員に任せ(確保は失敗に終わった)顔は確認していなかったが、年の頃を考えると、あながち間違いでもない気がする。加えて、あのグールの少年は、アラタprotoに執着を見せていたのだ。
「そして、その子どもは二人だっただろう。では、もう一人はどこだと思う?」
「…白浪の仲間か」
「おそらく。その兄弟を助けるため…は、まあついでだろうが、アオギリのグールを狩っていた白浪が、なぜグール一匹を助けたのかは、これで一応の納得はいく。……ああ、そうだった。お前のクインケ、盗られていたよ」
「……えっ…ええっ‼…まさか、アラタが…?」
できれば、オニヤマダのほうであってほしいと、篠原は願う。試作品とは言え、あれには、それなりのコストが掛かっているのだ。
「そのようだ。覚悟しておくといい。それと、オニヤマダも真っ二つだ」
「ええー」
真戸の愉快そうな視線に、篠原はガックリと肩を落とす。
「うへぇ…笑い事じゃないでしょ…。にしても、“白浪”ねえ…言える立場じゃないけど…これ、更にらしくなったよな」
「ああ、全く。それを名付けた、娘の勘の良さには私も頭が下がるよ」
「はは…誰に似たんだろうな」
暁の姿が頭に浮かび、ぼんやりと篠原は思う。聡明さは認めるが、何も皮肉なところまで似なくてもよかったんじゃなかろうか。
「ちなみに“白波”の方もかけているらしい。まあ、これはどちらといえば、私達を表しているかな。…お前が消えたときの周りの連中は正にそれだった。白衣だったら文句なしだ」
小さくだが、吐き捨てるように、真戸は言った。一部の者は瞬時に状況判断をして対応する様を見せていたが、突風に倒れ伏す者、警戒を解いて固まる者の方が大多数だったのだ。
「あー…」
篠原は、気まずそうに目を背けた。自分も“白浪”が現れた可能性があると気づいたのは、気を失う直前。そのため、それを周りに伝達することができていなかったのだ。篠原は、くるだろう口撃に備える。
「まぁ、それはいい」
「へ?」
「問題は、まだある」
ここはもう掃討完了したと、先程言っていたはずだ。ならば、と思い立った篠原は顔色を変えた。
「…まさかコクリアが」
だが、それこそあり得ないと、篠原は考える。なぜなら、今収容所には、黒磐をはじめとした特等捜査官数人、そして急遽二十四区から戻った、有馬貴将まで防衛についているのだから。
「それこそ、まさかだ。事前に警戒していたんだ。だが、隻眼の梟が出たそうだ」
その時、真戸の瞳に憎しみの炎が映ったのを、篠原は見逃さなかった。いくら真戸が変わったといえ、愛する妻を奪ったグールに抱いていた憎しみは消えてはいないと再確認する。
「…被害は?」
「そして、すぐに逃げたらしい」
「は」
「逃げた先にあるのは、方角的に、ここだろう」
「……は、くるのか!⁉梟っ⁉」
身体に激痛が走るも篠原は、歯を食い縛り立ち上がった。
「まてまて」
「うっ」
ポンッと真戸に肩を軽く押される。それだけで、篠原は尻餅をついた。
「隻眼の梟は、目撃されていない。…いや、遭遇しなかったと言うべきか」
「…じゃあ、どこに」
恨めしげに睨んでくる篠原から、真戸は目を外して答える。
「お前がスヤスヤと寝ていた所だよ。そこだけ更地になっていた」
真戸自身、その場に出向いて確認している。地面には雷が何発も落ちたかのような焦げあと。周囲の木々もなぎ倒され、その外側に、篠原は寝かされていたのだ。真戸はその時見た光景を篠原へと伝える。
「は、じゃあ“白浪”は」
「交戦した可能性が高い。まあ、隻眼の梟ではない可能性もあるが、現状では明らかだよ。“白浪”の行動もある。奴等は、敵対しているのかもしれない」
「可能性が高いということは、証拠は見つからなかったのか?」
「…ああ、そうだ。今のところは、だが。既に鑑識を呼んでいるから、何かしらは判明することを願いたい」
「そうか…雷か。有馬特等のクインケを思い出すね」
「血縁の者かもしれないな」
「赫者と渡り合える…しかも相手が隻眼の梟ってことは、レートは最低でもssまで上がるよな…」
「ああ」
「なんでお前うれしそうなの…?」
「…ああ、これはこれは」
口元に手をやって、無意識に引き上がっていた口角を元に戻した真戸は、それに答える。
「お前を発見する手掛かりになったのは、女の絶叫だ」
「へ……」
篠原は、いきなり何を言い出すのかと、若干引きぎみに。しかも、戻した口角も、またつり上がっている。
「私の腹に穴を開けたのが“白浪”だとすれば、奴は男だ。残念ながら、よくは覚えていないが、性別の判断ぐらいはできる。…つまり、女の絶叫…隻眼の梟は女ということだ。私でも……まぁ少しだが悪寒が走るほどの、正に断末魔の叫び声だったよ。“白浪”は何をしたんだろうなぁ?」
「顔、顔。顔こわいよ」
篠原は遠い目をして、若干懐かしい気持ちになる。今は腰も曲がっていないし、目も普通だ。若々しくなったようにも見える。しかし、真戸は真戸だったと少し安心した。
しかし、隻眼の梟が女。赫者の形状から男だとは思っていた篠原は、何とも言えない顔をした。
「私ではなかったのが残念だが」
「まぁ、それはちょっとな……にしても、何だ、真戸。お前“白浪”に自棄に柔らかくない?」
憎き仇の苦しみを喜ぶのは、わかる。しかし、その感情は、グールという種全体にも向けられていたものでもあったのだ。気のせいかもしれないが、真戸が話す中で、“白浪”にはそういった感情が感じられなかった。
「………そうか?…まあ、そう見えるのならば、利用価値があるからだろう。事実、今回も全体的に考えれば、損害も最小限だ」
「うーん…」
自分の思い違いだったのか。しかし、どこか釈然としない篠原は、目を閉じてこめかみを揉む。
「私は、今回情報をリークしたのは、“白浪”もしくはその関係者だと考えているのだよ。そして、先日の、例のクズ共の悪趣味な施設の情報を流したのもな」
真戸が功績を上げた案件を、篠原は思い出す。
「いやいや…納得できなくもないが、それは流石に考えすぎだろう」
「まあ、あくまでも、まだ推測にしかすぎない。調べる暇もなかったからな」
重症を負った後に、ほとんど休む暇もなく仕事続きである。これならば、前線にいたときのほうが楽だったと思わなくもない。しかし真戸は、今の仕事にやりがいを感じていた。それも、むしろ此方が合っていたのではないかと思えるほどに。
「話を戻す。コクリアを襲撃してくると思われたグール共。そのほとんどには駆逐する時間もなく、逃げられた。隻眼の梟が消えたと同時にな。こちらも精鋭だったが、逃げられたのだ。つまり」
「事前に知らなかったら、不味かったよね…」
「法寺君が中国で駆逐した赤舌の親類らしきものもいたらしい。赫者となって、広範囲に炎を撒き散らし、グール共を逃がして自身も撤退したそうだ。その被害を受けた者は少なくない」
「…そうか」
「幸い、死傷者はいないようだが…」
死傷者はでておらずとも、多数の重傷者、更にはもはや日常生活さえも儘ならない者まで出た。予測していた以上の被害を受けたのだ。勿論、コクリアからグールは、一体として逃がしていない。しかし決して、防衛成功とは言えなかった。
苦虫を噛み潰した顔に二人がなった時、仮設テントの幕が開かれる。
「失礼します!」
「おお、亜門」
「篠原特等、ご無事で」
報告を任された亜門から、篠原と真戸は周囲一帯の捜索が終えたことを知らされた。完遂とは言え、逃がしたグールもいるだろう。しかし、ここに確かにグール集団のアジトの壊滅を成し遂げたことを実感した。
「お疲れ亜門君、大活躍だったな。しっぽブラザーズを駆逐したそうじゃないか。早速クラを使いこなしているようで、私も嬉しいよ」
「いえ、私などまだまだです。…それと、片方は鈴屋三等が」
「いやいや、それは謙遜だよ。鈴屋三等は確か…篠原の部下だったかな」
「そうなんだが…亜門、すまん。あれ、お前だけで二人いけてただろ?什造が割り込んだみたいになったよな…」
「いえ、什造はクラの性能を知りませんでしたし、それに悪い気はしていません」
什造に自分を助ける気があったのかは、亜門はわからない。もう終わったことであるし、蒸し返すつもりもない。内心、仲間意識を感じて、悪い気はしていなかった。
「そう言ってくれるんなら、ありがたいよ。あいつ、自分のクインケ欲しがってたから」
緩やかな空気が流れる。とりあえず、大規模な作戦に一区切りがついたのだ。テントの外にいる捜査官達も、肩の力を抜き、それぞれの成果を称えあっていた。
それを止めたのは、真戸だった。
「まだまだ、これからだよ。今回、逃がしたグールも多い。我々の仕事はまだ残っている」
「はいっ!」
「そうだな、私も…まだまだだったよ。少し気を抜いていた。…クインケも無いし、初心に返るよ」
「全くだ」
「おまっ、ここは慰めるよ普通」
それに対しての真戸の返答は、鼻で笑いながら去るというものだった。ガックリと肩を落とした篠原は、挨拶をして出ていこうとする亜門に、声をかけた。
「亜門は、前にも白浪と遭遇したんだよな。…見えた?」
「…いえ、移動時の奴は、目で捉えきれませんでした」
「そっか。…すまん引き留めて。まだ動けそうにないから、悪いけど頼むよ」
「いえ」
一礼して、亜門はテントから出ていった。篠原は、それを確認した後、目を閉じて大きく息を吐く。
「ま、一応やり用はあるんだけどな」
目で捉えられないとしても、事前に対策をしておけば、対処は可能だ。しかし、罠を張ったとして、そこに白浪が現れる保証がない。
現在、二十区に配属されている篠原としては、頭の痛い問題だ。ここひと月の間、大食い、そして美食家までそのなりを潜めてはいるが。
思えば、白浪が登場してから、確かに事態は良い方向に向かっている。しかし、それが不気味なのだ。正体、目的が明確でない敵に、篠原は頭を捻る。
しかしまあ、何がともあれ、今回は生き残れた。自分がこれからすべきこと。まずは、身体を治して……それから、家族サービスをすることだろう。
蛇足感。