前世はバンパイア?   作:おんぐ

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別荘ラストです。


49 異常

 

 

 

 

 

 「…え?」

 

 ‎呆気にとられた。ハイルは、隣にいる男が何をしているのか理解できなかった。

 ‎怪物が此方から目を離したその隙に、佐々木が袖を捲り、自らの腕に噛みついたのだ。少なくとも、ハイルからはそうとしか見えない。

 ‎ごくり、と佐々木の喉が動く。見つめた先の佐々木と目が合った。  

 

 しかし、何も言う暇もなく。次にハイルが瞬きをしたその間に、佐々木の姿は視界から消えていた。

 ‎

 ‎「え?」

 

 顔に風が吹きつけた。

 目が追ったのは風が通った道筋。

 ‎その先には、怪物の額から生えていた女の身体をユキムラで断つ、佐々木の姿あった。

 

 「ううぅうぅう」

 

 何か飛んでくる。

 視界の右方向から、広範囲に広がる赤い結晶。もう一体のグールがこちらに羽赫を飛ばしてきたのだ。

 ‎ハイルは回避しようとしてーー後ろ、延長線上に負傷者を抱える鈴屋がいることを思い出す。

 ‎クインケを風車のように、くるくると回した。弾いて、盾にしながら防ぐ。

 ‎

 ‎「硬くうぅうッ」

 

 うわ、二種もち。

 ‎

 ハイルは、敵が二種の赫子を有しているとは予想できなかった。

 一瞬、‎反応が遅れる。

 ‎だが、何とかクインケで受け流しながら対処する。

 

 しかし、余裕はない。

 ‎敵の背後から溢れる赤が見えた。羽赫だ。

 ‎この距離だ。全ては受けきれない。身を削ることになるかもしれない。

 ‎心のなかで、あほあほハイセ、全部ハイセのせいだと言い訳する。

 ‎甲赫に纏われた腕を弾きながら、身を反らそうとーー

 

 「っと」

 

 しかしその‎凶突、凶撃が、ハイルの身に届くことはなかった。赫子は腕ごと、佐々木によって根元から断ち切られた。

 ‎迫っていた敵は、続けざまの蹴りによって飛ばされ何度か地面を跳ねて、止まった。

 ‎起き上がる様子はない。

 

 「ハイセーー」

 ‎「ハイル、もう大丈夫だよ」

 ‎

 言葉を強制的に遮られる。まるで何かを隠すようなそんな雰囲気。

 ‎

 ‎佐々木はそのまま、ハイルに背を向けた。

 

 「嘉納先生。あとはその人達だけですね」

 

 佐々木に目を向けられた仮面の集団が、後ずさる。戦闘の意思が感じられない。

 ‎ハイルは、佐々木が余裕そうなのが何となく癪に触った。

 ‎拍手が鳴り響く。

 

 「…すばらしいよ、金木君。だが、それよりも君ーー」

 「これで終わりですよぁ…あ? ぁ れ…ぇ え」

 ‎

 ‎「ハイセ…?」

 

 嫌な予感。正直もう、お腹いっぱいだ。もうやめろや。余裕を続けろ。

 ‎しかし、ハイルの願いは叶わなかった。

 

 「 」

 

 がくん、と佐々木の肩が跳ね、ユキムラが手から離れる。冷たいコンクリートに、硬質な音がよく響いた。

 ‎ハイルは慌てて佐々木の隣に行く。

 

 「どうしたの!?」

 「ぁ ぇ………?」

 ‎

 佐々木と目が合う。明らかに焦点があっていない。

 ‎そして呆けた顔になったかと思えば、だらりと身体が突然力を失い、顔が俯いた。  

 ‎何か呟き始める。

 ‎よく聞こえない。

 

 「ハイセ…?」

 「……ごめ……め……さい… 」

 

 ハイルは警戒を続けながら、佐々木に近づく。そして、小刻みに震えるその腕に触れた。

 

 「…え?」

 

 まるで、重さを感じなかった。少しの抵抗もなく、佐々木の身体がそのまま地面に倒れていく。

 ‎咄嗟に、ハイルは腕を佐々木の身体下に入れて支える。彼の顔は目と鼻の先にあった。ハイルの耳が、彼が何を言っているのかを聞き取った。

 

 〈おかあさんごめんなさい ごめんなさいごめんなさい ぼくなんにもいらないから …ごめんなさい もう ぶたないで… ごめんなさい……〉

 

 「…ぁ?」 

 

 何を言っているのか、わからなかった。佐々木は虚ろな目をしていて、泣いて、笑っていた。

 あまりな‎異常な状況に、ハイルは動けない。

 

 《…父さんみたいに… ああぁ… ごめん ごめん 父さん、母さん、───、 あぁ泣かないで 泣かないで ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい…》

 

 いつのまにか、言葉は英語で紡がれていた。込められているのは悲しみ、そして、恨みの感情。

 ‎そしてハイルは気づく。

 ‎決して充血とかではない。佐々木の左の瞳が、僅かに赤く染まっている。見慣れた感覚だ。

 

 「あっそびまーしょっ」

 

 弾んだ声が耳を捕らえた。

 ハイルは佐々木を抱えたまま横に飛ぶ。

 ‎頭に巻いていた包帯が裂けて、ほどけていく。遅れた髪の毛が巻き込まれ、ぶちぶちとちぎれる音が嫌に耳に入った。

 

 地面に突き刺さるのは、四本の赫子。断たれた女の上半身の断面から形成されていた。そしてそれは、転がっている巨体に伸びて、元の状態に戻った。

 

 「復活!合体ーー」

 

 ハイルの額に汗が滲む。佐々木の状態も心配だが、この状況が不味すぎる。現状戦えるのは自分と、手負いの鈴屋しかいない。

 ‎気づけばその鈴屋も、先ほど佐々木が無力化したはずのグールと交戦している。負傷者がいるせいか、防戦一方だ。あちらも、危うい。

 ‎馬鹿みたいな拳が馬鹿みたいな数で迫ってくる。

 ‎ああ、やっぱりふざけるなハイセ。

 ‎

 ‎「ねすぽすねすーー」

 ‎

 振り下ろされる‎殴打によって、コンクリートが砂糖のように粉々になっていく。ハイルは佐々木を抱えながら、それを避ける。

 ‎しかし、

 

 「ーーーーガッ、あぐ」

 

 終には、その一つに当たってしまった。佐々木を身体の後ろに回して庇い、クインケを前に出して盾にしたが、いとも容易く弾かれた。

 ‎力を失った手からクインケがこぼれ落ち、遠くに転がる。

 ‎いや違う、自分達が遠くに転がっていったのだと、ハイルは浮遊感を味わいながら感想を洩らした。

 

 ‎ハイルは佐々木共々、壁に叩きつけられた。

 ‎ぼき、と聞きたくない音。

 

 「金木君をこちらに渡して貰おうかな」

 

 喜色に満ちた声だった。

 ‎嘉納の言葉に、ハイルの表情が更に剣呑なものになる。さっきと言っていることが違うと、口に溜まり始めた赤いつばを吐き捨てる。

 

 霞がかった視界の中で、怪物が動いた。その動きはゆったりして、しかし額から覗く女の表情は嗜虐的だ。

 片手には佐々木。‎武器はもう手元にはない。それでも探す手が、虚しく空を掴む。

 ‎絶体絶命という言葉が、ハイルの頭に浮かぶ。

 

 「いきましょーー 「ーー壊ッッッ!!」きゃびゃああー!!」

 

 巨体が、あっけなくぺしゃりと潰れた。

 

 「娘はッッ返してもらうぞッッ!!」

 

 

 

 ‎

 

 

 □

 

 

 

 

 「…いったい何があったんだ」

 

 暁から思わずといった様子で零れた言葉。

 ‎亜門は篠原の手当てをしつつ、内心大いに同意した。

 ‎亜門達がこの広間にたどり着いた時、ハイルと鈴屋が負傷者を守るようにして、二人で十数の敵を相手取っていた。

 ‎敵はいずれも赫子を有した一糸纏わない姿かたちのもの。最初に遭遇した実験体と同類だった。

 目には力があるも、明らかに満身創痍状態である鈴屋とハイルを下がらせ、亜門を主体に残党を殲滅した。亜門をもってしても殲滅は簡単にはいかないと思われたが、その予想は外れる。

 ‎異形達が同士討ちーー否、共食いを始めたのだ。

 ‎そこには、亜門の固定観念の中に存在していたグールの姿があった。

 ‎おぞましい光景だった。どれもが狂い、欲望のままに肉を貪る。

 ‎化け物だ。

 ‎そんな言葉しかなかった。‎だから、知りたくはなかった。

 ‎これは、人間なのだ。

 ‎嘉納明博によって、悪鬼に変えられた人間。彼らは被害者だった。

 ‎しかし結局、その上で亜門は手を下した。

 ‎もしかしたら、彼らは戻れるのかもしれない。腕を振るう最中も、その考えは消えなかった。

 だが‎後ろに、守るべき仲間がいる。それだけ…いや、そのために彼らの命を奪った。

 ‎最後の一人は捕らえた。抑製剤を打ち込んで、無力化した。しかし、一分も経たない内に息絶えた。

 後悔はない。だが、疑問は残った。

 ‎自分に、何ができたのだろう。これは、正義と言えるのだろうか。彼らは悪だったのか。グールに変えられた彼らは悪と言えたのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、暁と目が合った。

 ‎亜門は反射的に目をそらした。

 

 「亜門上等、貴方は本当に顔に出やすいな」

 

 くすくすと、からかうような調子だ。亜門は何となくバツが悪くなった。

 

 「思考を巡らせるのはいい。しかし、今はこちらに集中を。…あとで一緒に考えましょう」

 ‎「…ああ、そうだな」

 

 亜門は一息ついて、死んだように眠る鈴屋とハイルに視線を移す。

 ‎次に、一言も喋らないで座り込む安久姉妹を見た。

 ‎そして最後に、佐々木琲世を複雑な心境で眺めた。

 

 今回の捜査で、知り得たことは有れど、解決したことは無いに等しい。

 ‎得体の知れない巨大な何かに足を踏み入れた不安感が押し寄せる。おそらく、これからなのだ。

 ‎“大食い”から始まった一連の事件。しかしおそらく、今の時点でも、未だ始まりにしか過ぎないのだろう。そんな予感がした。

 ‎

 ‎もう一度、順に見回す。

 ‎そして、亜門は目を閉じて、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 瞼を開く。

 ‎その目には、意思の火が灯っていた。

 

 ‎

 

 




 
 エトが不在のため、鯱はアオギリsideではありません。
 この展開の鯱が書きたかったんです。

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