前半に時間かかった…のわりには、短いです。
後半クインクスでます。六月はまだ未登場。校舎が違うので…
ジュースを買いに行ったはずの佐々木が、いつまで経っても戻ってこない。
時計を確認すれば、佐々木が罰ゲームでジュースを買いに行ってから、もう十五分は経っていた。ルームサービスで頼んでしまおうか。待ち時間にと鈴屋と始めたスピードも、もう十回目が終了したところだ。三勝七敗、負け越し。ハイルは総じて苛立ってきていた。
「鈴屋さん…」
「そうですねぇ。ちょっと遅いですし見に行くです。こわーいお姉さんに連れて行かれてるかも」
ハイルは鈴屋の全身を眺めた。「それ、あなたが行けば鴨ネギってやつですよ」という言葉を、割りと必死に飲み込んだ。
佐々木はすぐに見つかった。ロビーにある椅子の目立たない場所に座っていた。
しかし、一人ではない。浴衣を着た女と一緒だ。距離も近い。
「ハイル、マジでしたね。あっ、ハイルーー」
ハイルはズンズンと近づいていった。
まず、佐々木が気づいて、少し驚いたような顔をする。
次に、隣の女が佐々木に釣られてこちらを向いた。
ハイルは、一瞬足を止めた。しかし、そこは庭出身。ラグはコンマ5、すぐに動き出す。
認め難いことだった。ハイルは、振り返った女性の顔に見惚れてしまったのだ。
「…あっ。ごめん!ジュースだよね…」
まるで今まで忘れていたとばかりに、佐々木は足早に自動販売機へと向かう。鈴屋がそれに付いていっているのが見えた。
佐々木が慌てていったために、出遅れたハイルは、タイミングを失った。
「どうも。お連れの方ですか?すみません、ハイセさんに私が声をかけてしまって…」
無視を決め込んでいると、女が申し訳なさそうに繕いながら、声を掛けてきた。
佐々木と鈴屋はまだ選んでいる途中だ。ずらりと並んだ自動販売機を行き来している。
早く戻ってこい。
自分も選びに行きたかったハイルだが、何となく行きづらい。買ってくるジュースも、ハイセに知らせてあるし。
「…いえ」
「そうですか。よかったです」
別に何も良いことなんてない。どうでもいいから、一刻も早く部屋に戻ってジュースを飲んで、三人で七並べをしたかった。
しかし、そんなハイルの内心などいざ知らず、女性は言葉を続ける。
「…あの、私たち同い年みたいですね。ハイセさんが言ってました」
にこりと嬉しそうに笑う女。だからなんなん…
「私も友達と二人で来ているんですけど、明日よかったら…」
「結構です」
「は?」
思わずと、地が出たような声。
なんか今ので分かってしまった。この女は、猫をかぶっているのだと、ハイルは自分が抱いていた不快感の正体に当たりをつけた。
警戒度がぐんぐんと上昇していく。
「あーっ!もしかしてToじゃないですか?」
鈴屋の弾んだ声が、場の空気を切った。
この女のことを知っているのか、駆け足で寄ってくる。嬉しそうだ。
「やっぱりです!お会いできて嬉しいです。他のメンバーもここにいるです?」
「あ…いえ、すみません。私は友達と旅行に来てて」
「あ、僕たちと一緒ですね。友達三人で旅行中です。僕、鈴屋ジューゾーです」
ハイルは首を傾げた。
まあ、鈴屋と佐々木は友達と言えるだろうが、自分はどうなのだろう。少なくとも、自分と佐々木は友達ではないなと考えて、ハイルは頷く。
そして、ハイルがそうこう考えている内に、鈴屋と女はなにやら話が盛り上がっていた。
「ハイセ、あの人何なんよ」
「何なんって…知らないの?最近テレビにも出ているバンドの人だよ」
「知らん。……それで、何を話してたの?」
「えっと……?」
何故こんな責められているんだろうと、佐々木の表情が困惑したものになる。
佐々木のその様子に、ハイルの苛立ちは募るばかりだ。
「まさか、ナンパでもしたん…?」
「…な、なんか怖いよハイル……まあ、僕もファンだったから、つい声をかけてしまったというか、なんと言うか…って、うわっ」
ハイルは、乱暴に佐々木の手を取った。そして、鈴屋の元へ。
「あ、ハイルー、Toが明日ーー」
鈴屋の言葉が続く前に、ハイルは、同じく乱暴に鈴屋の手を取って、女性にすみませんと一礼して反転。そのまま、無言で部屋へと直行した。
深夜。
トランプや持参した携帯ゲーム機で、日付が変わるまで遊び尽くし、明日(今日)のためにそろそろ寝ようということになって、今はふかふかの布団の中。しかし、ハイルは中々眠れなかった。
すーすーと微かな寝息が一つ聞こえる。これはどっちのものかと思案して、鈴屋のものだと見当をつけた。佐々木のはもう少し大きかったはずだ。
「はいせ」
小さな声で言ったのに、自分の声が思ったよりも大きく聞こえた。ハイルは思わず口に片手をやった。
「なに…?早く寝た方がいいよ」
何故だろう。冷たい声だ。少し寂しさを感じていたハイルの心に、今度は不安が生まれる。一分ほど無言が続いた。
「あと、一年も生きられないのに」
「知ってるよ」
かぶせるように、返事が来た。変わらず、冷たく無感情な囁き。
こんなことを言いたいわけではなかった。しかし、止めようと思っても、一度開いた口は止まらない。
「ナンパとか、意味ない」
「僕の勝手だよ。ハイルには関係ない」
ぐさり、と突き刺さった気がした。
不安に、不安が重なって、ハイルは自分がどこにいるのかわからなくなった。
舌の摩擦がゼロになる。何でもいいから言おうとした。話を続けて、この言い様のない寂しさを埋めようとした。
「私も、あと十年くらいで死ぬかも」
「…」
今度は返事はない。もう寝てしまったのだろうか。声が冷たく聞こえたのも、眠たかっただけなのかもしれない。
もう寝ているのなら、それでもいいやとハイルは続ける。本当は、聞いていないほうがいいのだ。
「私も、半分人間じゃないんよ。だから、寿命も半分くらい…」
ああ言ってしまったと、少しだけ後悔。これ本家の人が聞いていたら消されるなと、ハイルはぼんやりと考える。
なんだか、こんな会話前にもした気がする。何て言ってたっけ……忘れた。
「でも、私もハイセと一緒に死んでもいいしょ?」
「だめだよ」
「死んでもいいからーー」
いいからーー何?
死んでもいいから何なのだ。自分は何を言おうとしている?
「だから、駄目だって」
結局、佐々木によって遮られたため、ハイルは自分が言おうとしていた言葉の先を知ることはなかった。
だが、一つだけ言いたいことはあった。
「明日は、三人がいい」
「…うん、わかった」
その返事に満足したハイルは、間も無く、静かに寝息を立て始めたのだった。
□
「ハイセ、なんで女装してるんです?」
「これ、僕の仕事着…もはやお仕事スタイルになっちゃってるんだ。僕も昨日まで忘れてたんだけどね…パンツスタイルだからまだマシと言えばそうなんだけど…あはは…はぁ」
色々と事情が重なっているために、それを知らない鈴屋に話せるわけもなく、佐々木は言葉を濁すしかなかった。
鈴屋も、佐々木の落ち込んだ様子を見て、それ以上聞くことはなかったが、その代わりにとニッコリ笑って、佐々木の前に両手を差し出す。
直ぐに、コロリとあめ玉が三つ置かれる。鈴屋は、しげしげと眺めて、お気に入りの味であるのを確かめると、満足そうにコロコロと笑った。
「大変ですねえ」
「久しぶりに見たら、ドン引きでした。化粧してるハイセ超きもかったです…」
そうさげずみながら、ハイルも佐々木からあめ玉を受け取る。鈴屋は既に口に入れていたが、ハイルはあとで食べようと思い、味を確認してポケットに突っ込んだ。
佐々木琲世、約二ヶ月ぶりの変装であった。と言っても、ウィッグと薄く化粧を加えただけだ。あと詰め物。しかしどうだろうか。どう見ても女にしか見えない。声まで女性のものに変えるのだから、本当は男性ですと目の前で言われても誰も信じないレベルのものだ。
ズーンと落ち込む佐々木の様子を、ハイルは冷めた目で眺めていた。
「やあ、おまたせおまたせ。…君達、やっぱりすげー焼けてるね。什造が昨日来た時も思ったけど、顔真っ黒じゃんよ」
「えっと、すみません…篠原特等。今日はよろしくお願いします」
「すみません、よろしくお願いします…」
「いやいや、別に嫌味なんかじゃないから!健康的で結構結構。こちらこそよろしくな」
「篠原さん、僕のお土産ちゃん達はどうでした?」
「うん、美味しかったよ。ありがとさん。めっちゃ多かったけど」
簡単に打ち合わせを終えた後、送迎の車に乗り込んで、一同は第七ジュニアアカデミーへと向かった。
「これ、迷ったんよ…」
ハイルは迷子になっていた。
第七アカデミージュニアの敷地内であるのは分かっている。なぜなら、さっき門を潜ったのだから。
事務員に今日の講演の会場まで案内され、中に入る前にトイレに行ったのだが、どうやら帰り道を間違えてしまったらしい。
これではいけない。長い休暇のせいで、意識が低くなっている。これが捜査中ならば大失態である。なにしろ、自分は、エリート捜査官なのだ。
ハイルは、気合いを入れるように小さく拳を握り込む。
「おや…お困りでしょうかお嬢さん」
ハイルは、後ろから掛けられた気だるそうな声に反応する。
振り向けば、百四十あるかも分からない小さな背丈の少女がぼけーっと立っていた。魂が口から出ている。
ハイルは、誰かがいることには気づいていたが、話し掛けられるとは思っていなかったため、少し驚いた様子になって少女を見つめた。
「補習終わりで灰色の脳みそトロけてやすが、力になりますぜ」
へへっと、どこかいやらしく、そして壊れたように笑う少女は少し不気味だ。加え、人差し指と親指で円を作るいやらしい仕草がそれを冗長させている。
彼女は、ここの生徒だろうか。第七は風紀は悪くないと聞いていたのは、何だったのか。
しかし、このままでは迷子のままだ。では案内を頼もうとハイルは考えて、車での移動中に佐々木から皆に配られた手作りのクッキーの包みを、バックから取り出して少女に差し出す。
雰囲気的に流れに乗って、賄賂としてなんとなくだ。
「これでよろしく頼みます。ぷよぷよさん」
「アタイは才子。ぷよぷよ違います、トランジスタなグラマーなんや」
だが承った、と才子は、口の端より一筋の液体を垂らしながら、ハイルの手からサッと包みを受け取った。その勢いのまま包みを開けクッキーを一口。そして、もう一口。ばくばく。
口に運ぶ手は止まることなく、才子はその場で全てを食べ尽くした。包みの中で、才子の手が寂しく空を切ったタイミングで、ハイルは水筒を差し出した。
「はい水どうぞ」
「もがもが…すまないねぇ、ばあさん」
「…構いませんよ」
こきゅこきゅっと喉がなる。ハイル正直、動物に餌付けしている気分で、少しわくわくしながら才子を見ていた。
「ふぃぃぃ、生き返ったぜ。この恩は必ず返します。用件はなんナリ」
「………あ、そうやった。…では、案内をお願いします…ぷよーー」
「案内します全力で!…あの、それと…我が慧眼では、同じくらいじゃないかと…いかに…才子は来月で禁断の十八となりますが」
「私も来月で十八です。あ…伊丙入です」
「!…これはこれは奇遇ですね。じゃ…じゃあ、るんちゃん…?」
「はい、じゃあ…えっと……ぷよちゃん」
「もう少し考えておくれ」
ハイルは、不思議な気分に陥っていた。
初対面の人のはずなのに、何故か話せる癒される。というか、可愛い。……あ、そうか。動物だ。そう思えば、高い位置で二つに結われた髪が、耳みたい。
うん、フワフワしてる。
「…えっ、えぇひぃ…な、なんで抱き着かれているので…?ひぃっ〜、頭モフらないでー。才子はモフりたい側なのよ〜」
「うふふ…」
甘い香りが、鼻の奥いっぱいに広がる。抱きしめる腕に少し力を入れるとぽよんと返ってくる弾力のあるふわふわ。これ、無理なんよ。離れたくても、離れられないって…。
「ひーおたすけー」
「何やってんだ才子」
「しらぎんっ。見てわかるでしょ、才子襲われてます」
「いやどう見ても…って、その服…その人捜査官じゃね?あ、てことはまだ講演始まってねえんだ!よかったー」
誰か別の生徒がいたようだ。機嫌が良いハイルは、才子の耳に顔をうめたまま、親切に教えてあげることにした。
「講演はもう始まっていると思いますよ。私は……この辺りを視察していたので」
「えっ」
「しらぎんピンチ!才子もピンチ継続っ」
途中少し寄り道しながらも程なくして、ハイルは才子と不知と共に会場に辿り着いた。佐々木が、時計をチラチラと見ながらドアの前に立っていた。
こちらに気づいたようで、心配そうな眼差しのまま寄ってくる。
「伊丙一等、長かったですね。体調悪いのならーー」
「おい、やめえ。上司に向かってその口の利き方は何なんよ」
「…申し訳ありません。不要な言葉でした」
なんてデリカシーのない。ハイルは大いに憤慨した。
「えっ、るんちゃんがこのキャリ〜アウーマンの上司…?社会の闇を見た気分です」
「バッカ才子。バッチ見れば分かるだろ。伊丙さんは一見とろそうだけど、たぶん仕事はバリバリなんだよ」
なんでこんなに失礼な人間が多いのだろう。ハイルは、本気で疑問に思った。
あと、ハイセの生温い視線が鬱陶しい。それと佐々木は男である。ここで言ってやろうか。
「友達出来たんだ。よかったね」
上司相手にこの言い様と、明らかな上から目線。最近甘やかしすぎていた弊害である。コレは再教育ものだと、ハイルは佐々木をじとーっと睨みつけた。訓練できるようになったら、しごいてやろうそうしようと決心した。
ハイルのその怨みを込めた視線を受けても、佐々木は変わらず微笑んでいた。
「何故こうなった。予定では今頃ゴロゴロしてたはず……なるほど、これは夢か」
「ぷよちゃん。もっと、ほらこう」
「え…私戦闘力1以下ナリよ。るんちゃんは五十三万はありますね」
「あと三回変身残してます」
「ーーなんと」
講義を終え、現在は実践指導の時間であった。
アカデミージュニアでは、一般教育の他に、喰種捜査官になるためにと考えられた、基礎訓練がカリキュラムに組まれている。そのため、この講習に自主的に参加している生徒達は皆慣れた様子で臨んでいた。
引きずり込まれた才子を除いて。
ハイルは、全体講習を終え個別での講習に入ってからは、才子に付きっきりだった。別に、他に人が来なかったとかではない。ちなみに一緒に来た不知は、鈴屋のところだ。鈴屋のアクロバティックな動きに、必死になってついていっている。
佐々木の場所は、一番多い。主に男達。マジなのもいる。つぶらな瞳と逆三角な目の少年が競い合うように教えを請いていた。佐々木はタジタジな様子である。はっ。ザマァしょや!
「…で、なんでいるのさ」
「…?よんだから」
何当然のことを聞いているのかと、ハイルは小首を傾げる。
「いやいや、何で僕の部屋に?ハイルの部屋に呼べばいいじゃん。ていうかそもそも、学生さん呼んでいいの?あとで怒られるんじゃない?」
「あっ……いいからハイセ、おなか空いた」
「改めまして私才子です。お邪魔虫してます」
「ここ、佐々木さんの部屋なんスね。お邪魔です!」
「ハイセ、僕もおなかすきました。早く中に入りましょう」
「…うん、そうだね」
合鍵を使って、ハイルは佐々木の部屋に入って、才子と不知とプレステっていた。
ゲームは佐々木の部屋にしかないから仕方ない。不知も男の子だから、自分の部屋に入れるわけにもいかないからしょうがないのだ。
しかし、ハイルは少し反省した。そう言えばこいつ女装してたなと。あと有馬さんに怒られたらどうしよう。でも、ぷよちゃんはもうお泊りセット持ってきているし…。
「あれ、鈴屋さんもここに住んでいるんスか?」
「いーえ、僕はハイセの部屋に泊まるんですよ。復帰するまでですけどね」
「へー、みんな仲良いんスね……って、佐々木さん女…ああ、お二人そういう関係っスか」
「…?…ええ、そうですよ」
不知の中で、鈴屋と佐々木は交際関係にあることが決まってしまった。美形同士ですげーなと思っている。
ハイルは突っ込まない。でもちょっと気分が悪くなった。
才子はゲームに熱中している。聞いてもいない。昼間食べた美味しいクッキーを思い出しながら、ご飯まだかなとヨダレを垂らしている。
鈴屋は、ニコニコと笑っていた。機転を利かせているつもりだ。
換気扇を回してキッチンに立っている佐々木には、何も聞こえていない。知らぬが仏だろう。
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次回は、不知との絡みからの予定です。