目覚めは何時も唐突であり、曖昧だ。何時に起きて、どの下着に着替えたのかも曖昧で。思いだそうとすると頭に靄が掛かった様になって分からない。でも、それを疑問に思った事は無い。
「おはよう!!今朝も気持ちのいい朝で大変結構!!――――」
ただ、今日だけは違った。知っている。私はこの光景を知っている。足早に校門に向かうクラスメイト。友達と話しながらやって来る先輩。そして目の前で持ち物検査を行う友人。何故、同じ事をしているのだろう。周りの人間は何故、それが気にならないのだろう。そして。そんな光景を見ている私は何故、こんな疑問を抱くのだろう?
「つ!?」
唐突に頭に鈍痛が奔る。思わず、苦悶の声を上げる。だが、目の前の友人も周りの生徒も気付かない。まるで私だけ別の世界に弾かれたかのように。そして私は徐に走り出す。目の前で荷物検査していた友人は私がいた空間に対して機械的に声を掛けている。それが不気味で、滑稽で、恐ろしかった。
「はっ、はっ、はっ!!」
元々、運動は苦手な私が全力疾走しても大した距離は走れない。そう思いながら、未だ痛む頭痛に顔を顰めながら、私は視線を上げる。そこには一人の男子生徒が曲がり角を曲がる姿が見えた。
「確か、あそこは」
行き止まりだった筈だ。そして彼の行動は私の記憶には無い。それが気になり、私は彼の後を追う。
「本当に……ますね。………-ルだけでなく…………ルだ」
曲がり角に近づく度に声が聞こえて来る。そして私が角を曲がるとそこには二人の男子生徒が向かい合っていた。一人はクラスメイトだ。そしてもう一人、こっちは見覚えがある。先日、転校してきたレオだ。短く切り揃えたブロンドの髪に真っ赤なスーツが目に付く美少年だ。
「え?」
一瞬、レオの姿が変わる。そこには長身の青年が立っていた。逆立てた金髪。上半身の殆どを露出した黄金の鎧を着た男だ。だが、その姿も一瞬でレオの姿に戻る。
「貴方達はどう思います?」
投げかけられた問いに思わず、息をのむ。彼は私と男子生徒の二人に対して問いを投げたのだ。
「こんにちは。こうして話をするのは初めてですね。此処の生活も悪くはありませんでした。見聞の限りではありましたが学校と言う物に僕は来た事が無かった。そういう意味ではなかなかに面白い体験でしたよ『彼』は少々不満のようでしたが」
そういって、にこやかに笑うレオ。レオの言った『彼』とは先程の男だろうか?そう考えているレオは踵を返して壁に向き合う。
「さようなら………いや、違いますね。お別れを言うのは間違いだ。今の僕は理由もないのに、アナタに会える気がしている。故に今度は『また今度』というべきでしょう」
そういって、レオは壁の向こうに消えていった。そしてその後を追うように男子生徒も壁の向こうに消えていった。
残ったのは私だけ。
頭痛はまだ収まらない。
壁に触れる。多分、此処がワタシの終着。そして私の始まり。このまま壁の向こうに行けば、この変わらない曖昧な生活が終わる。
「っ?!」
それでもいいじゃないか?曖昧だけど、変わらない平穏が一番じゃない?
「でも……!」
でも。変わらない日常はもう沢山だ。
「何が待っていても構わない!!」
私はこの偽りの日常を自らの意思で終わらせる。
「わっ!?」
そう決めた瞬間、私は壁の向こうで倒れていた。
「痛い……」
思いっきりオデコぶつけた。
「うぅ~」
オデコを擦りながら。視線を上げると、黒い羽が目に付いた。
「これって、カラスの羽?」
手に取って見ると、確かにカラスの羽だ。しかも、かなりの数が落ちている。
「なんで、こんな所に?」
疑問に思う。そして視界の端に何かが立っている。
「これ、人形?」
そこにはデッサン用の模型と思われる、のっぺらぼうの人形が立っていた。
「取り敢えず、こっちだよね」
そういって、私は人形の先にある孔を見る。先が見えない。孔の向こうに広がる闇に何時の間にか後ろに一歩下がっていた。
「あぁ、もう!!覚悟決めろ、私!!」
パン、と頬を両手で叩く。そして私は歩き出す。
▽
歩き付いた場所は煌びやかなステンドグラスに囲まれた大聖堂の様な場所だった。そして視線の先。先程私より早く向かった男子生徒が倒れていた。
「だ、大丈夫!?」
急いで駆け寄り、揺さぶる。だが、反応は無い。
「え?」
視界の端で何かが動き、視線を向けると、先程見た人形が立ち上がっていた。
「あっ」
人形が突起の付いた右腕を前に出す。瞬間、私の身体に衝撃が奔る。そして人形は付きだした右腕を戻す。それに引っ張られるように私の身体も少しだけ前へ引かれる。そして人形の突起に真っ赤な色を認識した瞬間、私は前に倒れる。
「あ………れ?」
人形がゆっくりと近づいてくる。止めを刺す気だ。
身体に力が入らない。早く動かないと。身体からどんどん熱が引いて行く。死にたくない。ゆっくりと視界が暗くなる。
『ふむ、君も駄目か』
ふと、何処からか声が聞こえた。若い、男性の声だ。
「だ………れ?」
『そろそろ刻限だ。君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう。安らかに消滅したまえ』
死ぬのだろうか?こんな誰もいない世界で。
「や……だ」
こんな所で、誰もいない場所で、自分の生に意味を見出せないで、何より………こんな理不尽に。
「死ぬのは………いや………!!!!」
地面に両手を当て、力を入れて身体を持ち上げる。幸い胸の傷は貫かれた傷では無い様で痛みはそれほどでもない。
「死んで………たまるか!!」
立ち上がる。そして目の前の人形を睨む。
『成る程、死という諦めを打破し、立ち上がる。君にはそうするほどの理由があるようだ。よかろう、諦めをよしとせず、尚進む君に相応しいサーヴァントが残っている。健闘を期待しているよ』
突然、ガラスが砕ける音がした瞬間、私に光が降り注いだ。手で顔を覆い、光から目を護る。そして光の先を見ようとして。
「あ………」
目を奪われる。そこにはゆっくりと降りて来る青年がいた。白銀の鎧、金髪碧眼。何処か愛嬌のある顔立ち。青年は私の前に降りると私を見る。その視線は何処までも優しかった。
「君がボクのマスターかい?」
「マス………ター?」
何を言っているか理解できない。けれど、私は知らず、頷いていた。それを見た彼は実に嬉しそうに笑うと頷いた。すると視界の端で人形が彼に襲いかかった。
「あ、危な―――」
「フッ!!!」
私の言葉が紡がれる一瞬前に彼は振り向き、無手である右手を振るう。瞬間、人形は突風に身を砕かれ、残骸となって地面に落ちる。
「自己紹介がまだだったね」
そういって、彼は私に向き直る。
「僕はセイバー。君を護る……サーヴァントだ」
そういって、笑みを浮かべる彼は昔、絵本で見た勇者の様に輝いていた。
「痛っ!?」
瞬間、右手に痛みが奔る。見ると、刺青の様な紋様が描かれていた。
『手に刻まれたソレは令呪。サーヴァントの主人となった証だ。サーヴァントの力を強化。或いは束縛する、三つの絶対命令権。簡単に言えば使い捨ての強化装置だ。だが、それはこの戦争の参加資格でもある。精々、使いすぎない様にな』
手の焼ける様な痛みに我慢しながら話を聞く。
『困惑しているかね?しかし先ずは………おめでとう。傷つき、迷い、辿りついた者よ。取り敢えずは此処がゴールだ』
痛みが更に増す。けれど、負けない。コレは生き残った証拠なのだから。
『戦いには剣が必要だ。それは主人(マスター)に仕える従者(サーヴァント)。敵対する総てを斬り伏せる剣士。これからの戦いを切り開く為に用意された英霊。それが君の隣にいるものだよ』
その言葉を聞いた瞬間、脚から力が抜ける。どうやら限界の様だ。地面にぶつかる前に彼、セイバーが抱きかかえてくれた。お礼を言おうにも言葉が上手く出せない。そしてやって来る眠気に負けた私はゆっくりと夢の世界へ旅立つ。起きた最初はセイバーにお礼を言おう。そう誓いながら。
『では、これより聖杯戦争を始めよう。如何なる時代、如何なる歳月が流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理。汝、自らを以って最強を証明せよ――――』
▽
「ほう………」
そこは学校の屋上。そこに立っていた男性は嬉しそうに表情を変える。
「退屈な茶番だと思っていたが、よもや貴様が現れるとはな『聖剣使い』クク、存外に楽しめそうではないか」
黄金のサーヴァントはそういうと、両手を広げる。
「精々、我(オレ)に当たるまで負けてくれるなよ?」