泥濘(ぬかるみ)の日常は燃え尽きた
魔術師による生存競争
運命の車輪は廻る
最も弱き者よ、剣を鍛えよ
その命が育んだ、己の命を試す為に
1回戦開幕
残り128人
空が焼け
家が溶け
人は溶け
路は絶え
これが戦いの源泉
これが再起の原風景
私は一人
此処にいる。
「ん………」
夢、だろうか。何か欠けた夢を見ていた様な気がする。目を開けると、白い天井があった。そして鼻に付く薬品の臭い。
「保健室………?」
どうやら何時の間にか気を失って保健室に運ばれたらしい。では、彼、セイバーとの出会いは夢だったのか。私は上半身だけ起きて右手を掲げる。
「令呪がある」
そこには剣を連想させる紋様が描かれていた。これがあると言う事は。
「セイバー……さん。いる?」
「なんだい?」
私の呼びかけに彼、セイバーはベッドの横に座った状態で現れた。それに少しだけ驚く。すると、それが面白いのか、セイバーがクスリと笑う。
「む………」
「ごめん、何だかリスみたいで可愛くて」
可愛い、その言葉に顔が熱くなる。すぐさま、顔を振って熱さを飛ばし、セイバーを真っ直ぐ見る。
「えっと、貴方が私のサーヴァントなんだよね?」
「うん、僕が君のサーヴァント。セイバーだ」
サーヴァント、セイバー。やはり聞き慣れない単語だ。そう思って首を捻ると、カーテンが開かれる。
「あ、秘羽(ひう)さん。起きたんですね」
紫の長髪。白衣を着た少女は確か、桜さんだ。彼女は笑みを浮かべると。
「身体の方は異常ありませんから、もうベッドから出ても大丈夫ですよ。それとセラフに入られた時、預からせて頂いた記憶は返却させて頂きましたのでご安心を」
そういって、彼女はセラフに入った魔術師は例外なく記憶を奪われ、仮初(かりそめ)の日常を生きるのだという。そうして仮初の日常で自我を呼び起こした者がマスターとして本戦に参加するのだと説明を聞かされる。
「以上が予選のルールです。どうかしました?」
「あぁ、うん。何でか、名前と魔術と一般常識しか思い出せないんだけど」
そう、幾ら頭を捻っても、肝心の記憶が思い出せない。ただ、魔術の事を思い出せたのは僥倖だ。これがあるのとないのとではかなり違ってくる。そして桜も驚いたのか、少し顔を伏せると。
「確かに何らかの不具合が見られますね。けれど、少し時間を置けば記憶は蘇ると思います」
「でも、肝心の聖杯戦争が分からないんじゃなぁ」
「なら、僕が説明しようか?」
視線を向けるとセイバーは笑みを浮かべていた。
「そうですね。私が話すよりもご自分のサーヴァントと友好を深める意味も兼ねていいと思います」
「それもそっか。じゃぁ、セイバーお願い」
私の言葉にセイバーは一つ頷く。
「じゃぁ、先ずは聖杯戦争からだね。この戦争は『聖杯』と呼ばれる『願望器』を奪い合う戦いなんだ。そして奪い合う為に七人の魔術師(ウィザード)は七人のサーヴァントを呼びだして殺し合った。これが『聖杯戦争』の原典。今回行われる聖杯戦争はコレの模倣した物なんだ。そしてオリジナルと違うのはこの戦争がトーナメント制だと言う事。そしてそれに伴って出場者もかなりの数だと言う事。そして最後の一人が聖杯を手に取る事が出来る。色々と掻い摘んで話したけど。理解出来た?」
「な、なんとか」
ギリギリだ。けど、理解できない訳じゃない。私の言葉にセイバーは頷く。
「じゃぁ、もう一つ。僕達サーヴァントについて説明するね。サーヴァントは聖杯戦争においてマスターと共に戦うために呼び出された英霊、つまり過去の英雄だ。生前、偉業を成し遂げた人間は後の世にまで信仰される英霊となる。それを使い魔として召喚したのがサーヴァントだ。聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントは七つのクラスに分類される。
セイバー =剣士 僕のクラスだね
アーチャー =弓兵
ランサー =槍兵
ライダー =騎乗兵
キャスター =魔術師
アサシン =暗殺者
バーサーカー=狂戦士
等がある。他にも例外なクラス、つまりイレギュラークラスも存在するけど、原則的にこの七つだ」
「成る程」
大体理解出来た。
「ありがとう、セイバー」
お礼を言うと、セイバーは笑みを浮かべて頷く。
「じゃぁ、そろそろ出ようか。長々と此処にいても仕方ないしね」
「あ、うん」
セイバーはそういうと、その場から消える。だが、姿が見えないだけで近くにいるのが分かる。
「では、秘羽さん。頑張って下さいね」
「うん……」
桜の応援に返事をして保健室を出る。そして廊下を歩いていると、見慣れない男が立っていた。黒い僧服を纏った壮年の男性だ。彼は堀の深い顔を私に向け、笑みを浮かべる。
「えっと、貴方はマスターですか?」
「残念ながら違うな。私は言峰。この戦争の監督役として機能しているNPCだ。あぁ、知っているとは思うが、我々NPCは自我などなく、予め入力されたプログラム以外の行動は行えない。まぁ、分かっているとは思うが。
では、予選を無事通過したマスターよ。聖杯戦争に付いて簡単なレクチャーを始めるとしよう」
そういうと、言峰神父(何故だか、彼は神父に全く見えないが)が話し始める。大体の内容はセイバーに聞いたとおり、トーナメントを勝ち抜いたマスターが聖杯を勝ち取るといった物だ。
改めて分かったのはトーナメント数が七つという事だ。これが分かっただけでも僥倖だ。ゴールが見えただけやる気も出る。
そして他にも分かった事がある。この戦争は一回戦毎に七日の猶予期間が設けられる。その間、相手サーヴァントの情報を入手したり、アリーナと呼ばれる場所で自らのサーヴァントを強化したり、各々に自由な時間を与えられる。
そして一番大切な事はアリーナ及び校内での対戦相手同士で私闘が禁止されている。アリーナの場合はセラフ側からの干渉で大体、三分ほどで強制的に止められ、校内ではマスターのステータス低下というペナルティを受ける。
「大体分かりました。それと、私の対戦相手は分かりますか?」
「少し待ちたまえ」
そういって、言峰神父は少し俯いた後、困惑した顔で。
「妙だが、システムにエラーがあったようだ。君の対戦相手に関しては明日までに手配しよう」
申し訳なさそうに語っているが、何となく楽しんでいる様な声音なのは気のせいだろう。うん、気のせいだ。
「最後に一つ。本戦に勝ち進んだマスターにはそれぞれ個室が与えられる。2-Bの入り口にこの認証コードを携帯端末に入力してかざしてみるといい。
さて、これ以上引き止めても仕方あるまい。アリーナの扉を開けておいた。今日のところは先ず、アリーナの空気に慣れておきたまえ」
そういって言峰神父は何処かへ行ってしまった。私はそれを見送ってから端末に認証コードを入力する。
「個室は後で確認できるから先にアリーナに行こう」
『そうだね。僕も興味があるから』
セイバーの賛同に少しだけ嬉しくなりながら、私はアリーナの入口へと向かう。
▽
そこは別世界だった。透明な水色で造られた壁と地面。そして歩いた地面が発光する様は幻想的だった。
「これは凄いね」
隣では何時の間にか実体化していたセイバーが控えていた。
「そういえば、セイバーは剣士なんだよね?」
「そうだけど?」
私はセイバーの正面に廻って、彼を頭からつま先まで注意深く観察する。
「その割には剣が何処にもないんだけど」
そういうと、彼は苦笑して。
「あぁ、僕が使う剣は有名すぎるんだ。だから風の魔術で見えない様にしているんだよ」
セイバーがそういうと、端末が光る。見ると、セイバーのサーヴァント情報の欄、スキルの部分に『風の魔術:C』と書きこまれていた。
「成る程、じゃぁ、剣を見ちゃうと正体が即バレしちゃうんだ」
「うん、そうなんだ。この場合は真名だね。そうだ、マスターの君に教えないと」
そういうセイバーに私は手で待ったをかける。
「今はまだセイバーでいい。記憶の殆どを思い出せてない私がセイバーの真名を知るのはリスクが高いと思うの。それに今の私じゃ足手纏いになっちゃうから」
一息にそういうと、セイバーは少しだけ黙り、頷く。
「分かった。じゃぁ、君が僕のマスターに相応しいと判断した時に僕の真名を教えるよ」
セイバーはそういうと、笑みを浮かべた。一瞬、その笑顔に呆けてしまう。
「それじゃ、アリーナ探索と行こうか、マスター」
「あ、うん」
セイバーの言葉に頷き、私は歩き出す。
「そういえば、君も魔術を使えるんだよね?」
セイバーが聞いてくる。私は頷いて、ポケットに入っていた物を取り出す。ソレは瞳の形をした真珠だった。
「コレは?」
「言葉では少し説明し辛いかな」
そういって、私は『魔術回路』を起動する。うなじに移植されている『魔術刻印』から緩やかな魔力が生成される。それを真珠に流し込む。
「よし………」
真珠が淡く光る。そしてその真珠から改めてアリーナを見る。
「コレは……面白いね」
多分、真珠を通して同じ光景を見ているセイバーの声が聞こえる。
「私の魔術は『ザフィエルの瞳』ザフィエルは人間が適切に知識を扱えるかどうかを監視する天使の事なんだけど。私の一族はコレを応用して一種の『魔眼』を人工的に造り出した物。戦闘には全く使えないけど、隠された路や魔術の弱所を視ることが出来るの」
何かを探す時にはかなり便利だが、こと戦闘に関してはサポートに廻ってしまう。なんでこんな魔術でこの戦争に参加したんだろう。そう思って軽く落ち込んでいると、セイバーに肩を叩かれる。
「面白い魔術だね。それに隠された路に何かあるかもしれない。このアリーナでは意外と便利かもしれないよ?」
「そう……かな?」
聞くと、彼が頷く。どうやら私は現金な女の様だ。やる気が出てきた。
「じゃぁ、先ずはあのエネミーに対して何が出来るか確認してみよう」
そういって、彼は目の前を指さす。見ると、何というか二つの立方体がバネで繋がっている物で、それが宙に浮いて動いている。
「取り敢えず、戦ってみようか」
「あ、うん」
真珠を通してエネミーを視る。因みにこの真珠。オートで浮かせる事が出来るので咄嗟に落としたりすることは無い。
「右から来る」
言葉と共にエネミーが右から下の立方体を振りまわして攻撃してきた。だが、セイバーはそれより早く、エネミーを不可視の剣で切り裂く。
「サポート入らないかも」
「いや、先読みが出来るのは便利だよ。次からは念話で教えてくれると嬉しいな」
セイバーの言葉に頷く。その後、蜂の様なエネミーと遭遇し、念話で相手の行動を教えながら戦う。そして一通り、エネミーを倒し終わる頃には私の体力と魔力もそれなりに消耗していた。
「はぁ~、魔力量も体力も少ないんだ」
「でも、今知って良かったじゃないか。これが戦闘の最中だったら目も当てられない」
それもそうか。納得しながらアリーナを出る。
▽
「何も無い教室でもデコレーション次第なんだね」
個室に入ると同時にセイバーの『模様替えしよう』という言葉に従い、机や椅子を動かし、又はセイバーが砕いて私が新しく思いだした初歩魔術で簡易ソファーを作ったら、あら不思議。それなりの部屋に変わっていた。
私は自分用に作ったソファーに座り、テーブルを挟んだ向こうには玉座の様な背の高い椅子に座ったセイバーが笑みを浮かべて座っている。
「うん。僕も少し驚いた」
そういう、セイバーの椅子には青色の布が掛かっており、私のソファーには黒の布が掛かっている。これは何というか、互いの自己主張の様な物だ。
「そういえば、私の名前を言ってなかったような」
「あぁ、そういえば」
セイバーの思い出したかのような言葉に思わず、笑ってしまう。彼も少し照れたように笑う。そうしてひとしきり、笑ってから私はセイバーを見て告げる。
「私は秘羽真耶(ひうまや)。これから宜しくね、セイバー」
「こちらこそ、宜しくマヤ」