聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
クリスが向かった先……それは街の外れにある、使われていない朽ちた小さな工場跡だった。日が沈み、空が夜の闇に包まれ、周囲がより不気味さを演出している。
この場所に、子供達がいる……クリスは息を呑み、ゆっくりと工場の扉を開けた。
扉は錆び付いているのか、酷く耳障りな音がした。音が内部に反響するが、中は暗く人気は感じられない。虚しく金属音が木霊するだけである。
周囲は見えない。クリスはゆっくりと工場内に足を踏み入れ進んでいく。足を踏む度に床が軋んだ。相当に古い建物なのだろう。
すると突然、工場内に明かりがつき始め、周囲が照らし出された。まるで、誰かが来るのを待っていたかのように。
「………!」
工場の奥の奥。そこには道場の子供達の姿があった。子供達は口を塞がれ、身体はロープで巻かれ横たわっている。意識はない。眠らされているようだ。
だがまだ、死んではいない。クリスは子供達に駆け寄ろうとした時、
「………!?」
一発の銃声が鳴り響いた。銃弾はクリスの足下―――床に向けて放たれ、減り込んだ穴から硝煙が立ち上っている。
気配を消し、暗闇に身を潜めた人間。子供達を攫い、人質にした張本人である。クリスは敵意と共に、その犯人の姿を睨みつけた。
「……おっと。それ以上近づくなよ?」
犯人は椅子に座りながらクリスを見据え、くくくと笑っていた。茶色の髪に、身なりの良い白のスーツを身に纏っているが、身体中は包帯で肌という肌が一切遮断されている。まるで、ミイラのような不気味な男だった。
そしてその手には、拳銃という凶器が二丁。クリスは携帯していたレイピアを構える。
「……ところで、あの女はどこにいる?それに僕は一人で来いって言った筈だけど……誰だよ、お前」
お前に用はないと、男は不機嫌そうに吐き捨てる。恐らくジータの事だろう。ジータの知り合いだろうか……少なくとも、友人の類ではない。
「生憎と自分一人だ。それと、貴様のような輩に名乗る名前はない」
侮蔑の意味を込めて、返答するクリス。すると男は何を思ったのか、突然狂ったように笑い始めた。何が可笑しいとクリスが再び言葉を投げ返す。
「……何が可笑しいって?そりゃ笑わずにはいられないよ。アイツをおびき寄せた結果、お前みたいな命知らずのガキが釣れたんだからなァ!」
男はそう叫ぶと、椅子から立ち上がりクリスに拳銃を突き付けた。男からは苛立ちと殺意がクリスの身体を通して感じ取れた。
どうやら戦いは避けられないようだ……もとより、それは覚悟している。クリスはレイピアの切っ先を男に向けた。
「へぇ……まあ、暇潰しにはちょうどいいか。それじゃあ―――遊んでやるよォ!」
瞬間、男が動き出した。男は二丁の拳銃のトリガーを引き、クリスに向けて乱射する。
(ふん、その程度――――!)
クリスは乱射された銃弾の軌道を読み、容易く躱していく。銃弾よりも早い攻撃など、嫌と言う程体感している。そのまま銃弾を躱しつ前進。徐々に男との距離を縮めていく。
「ちっ……!」
だが、男も銃を乱射するだけが脳ではない。男は接近したクリスを蹴り上げようと動き出す。
「見えたぞ!」
クリスはその足を潜り抜け、そのまま肘を男の腹に食い込ませた。男はごふ、と胃液を逆流させたが、直ぐに体制を立て直し、クリスの足下に向けて銃弾を放つ。
「くっ………!?」
ばら撒かれていく銃弾の嵐を、クリスは後退しながら避けていく。一撃は与えたものの、これでまた距離が開いてしまった。
男に取っては有利だが、銃弾の装填数には限りがある。空にしてしまえばこちらの物だ。
「いい加減死ねよ、ガキがァ!」
一発も当たらない事に激情し、がむしゃらに乱射を続ける男。一体どれだけ撃ち続けたのだろう、薬莢が床に大量に散らばっていた。
クリスは銃弾を避け、さらにレイピアで撃ち落とす。クリスには傷一つついていない。当然、それが永遠に続くわけではない。何れ終わりを迎える事となる。
「……!?クソ、弾ぎれかっ!」
拳銃の弾がなくなり、ポケットからマガジンを取る男。だが、装填させる隙を与えるつもりはない。クリスは男に接近。レイピアで拳銃とマガジンを落とし、粉々に破壊する。
そして、男の首にレイピアの切っ先を突き付けた。
――――勝負は、ここに決した。男に攻撃手段がない今、勝ち目はない。クリスはまだ続けるかと目で訴えている。
すると男は両手を上げ、まるで命乞いをするように、途端に弱気になり始めた。
「ひっ……!わ、わかった。許してくれ。僕が悪かった……子供達はすぐに解放する。だから、命だけは……!」
さっきの傲慢な態度はどこへいったのだろう。勝ち目がないと分かったのか、男からは戦意が消えていた。
クリスはレイピアを構えたままであったが、男に全部武器を捨てろと指示を出した。男が何も持っていない事を確認すると、クリスはようやくレイピアを下ろすのだった。
男はクリスから解放され、力なく膝をつき、がっくりと項垂れている。
(よし、まずは子供達を……!)
男の身柄は警察に任せればいい。今の男に逃げる気力は残っていないだろう。男から離れ、子供達の所へ駆け寄るクリス。子供達に怪我はない。一安心したクリスは子供達からロープを外そうと手をかけた。
だが、しかし。
「うっ――――!?」
その選択がよもや間違っていようとは、クリスには思いもしなかっただろう。
焼け焦げたような臭いが、クリスの鼻をつく。そして背中に感じる、異様な熱。クリスは膝をつき、うつ伏せになりながら床に倒れ伏せた。
背中が熱い……まるで焼かれたような感覚。否、実際に背中を焼かれているのだ。未知なる“何か”によって。
「……最初に忠告した筈だよ。
不気味に笑う男の声。あり得ないと、クリスは思った。男に攻撃する手段はない筈である。拳銃は破壊した。それ以外の武器も持っていない。
なら何故、攻撃する事ができたのだろう……クリスの背中を焼いた拳銃以外の何か。その正体は、クリスの視界にすぐに入ってきた。クリスは男を凝視する。
「な……んだ、ソレは」
クリスの視界に入った物。それは、男の右手の薬指にはめられた装飾品のようなものだった。包帯が剥がれ、銀の光沢が剥き出しになっている。
分からない。一体この男が何をしたのか……クリスには理解できなかった。
「……本当に自分が勝ったとでも思ったのか?銃弾避けたくらいで、粋がるなよこのクソガキがァ!」
男はうつ伏せになったクリスの腹を、思いっきり蹴り上げた。
「ごっ、ふ……!?」
衝撃で胃液が逆流する。意識がシャットアウトしそうになるも、僅かだが意識を保っていた。もしもここで意識を失ってしまえば、自分はおろか子供達まで命を落としてしまう。
だが、それに追い打ちをかけるように、男は足でクリスの頭を踏みにじった。
「ちょっとは楽しめると思ったけど、蓋を開けたらこのザマか。ガキは調子に乗るからムカつくんだよ……!」
散々クリスをいたぶった後、もう飽きたと言わんばかりに、指につけた装飾品をクリスに向けた。その瞬間、装飾品の宝石が発光し、光が収束していく。
クリスはようやく理解した。背中を焼いたあの一撃は、この光によるものだったのだと。
(ダメだ……もう、意識が……)
これ以上意識が保てない。身体に蓄積されたダメージはすでに限界を超えていた。クリスの朦朧とした意識が、視界が、徐々に消えていく。
意識が闇へと落ちる。クリスが最後に見た光景は子供達と、男の歪んだ笑みだった。
「――――――待て」
工場に響く、クリスでも、男でもない。もう一人の声。男は手を止めると、その声の主に顔を向けた。
入口に立つ、一人の影。それは紛れもない――――ジータの姿だった。