聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
誘拐事件が起きた翌日。
ジータの活躍により、子供達とクリスは無事保護された。子供達は眠らされていただけで怪我もなく、元気に過ごしている。幸いな事に、誘拐された時の記憶は覚えていないらしい。
一方クリスはゲオルグのレーザーによって背中を焼かれたものの、掠めた程度で済み、大事には至らなかった。但し念の為、数日は通院するようにと医師から告げられ、現在も治療を継続している。
「…………」
診療を終えたクリスは夕日でオレンジ色に染まった風景を、病院の廊下の窓から眺めていた。額には包帯が巻かれ、怪我をした背中は制服で見えないが、焼け跡は治療を受けてもなお、生々しく焼き付いている。しばらくは残る事になるだろう。
夕日が沈みゆく空の色がクリスの頬を照らす。しかし、クリスの表情には影が射していた。子供達は無事で怪我もなく、負傷したものの、こうして生還を果たしていると言うのに……気持ちは晴れないままであった。
「…………」
クリスの中で、様々な思考が交錯する。子供達を守る事ができなかったという自責の念。そして、一人でどうにかできるだろうという過信が、このような結果を招いてしまった。もしジータの到着が少しでも遅ければ、子供達はおろかクリスまで命を落としていただろう。
軽率な行動だったのかもしれない。しかし間違ってはいない。だが、誘拐した相手が異端の能力者であった事は予想できなかった。否、最後まで油断しなければ、まだ出来る事があった筈である。
最低だ……と、クリスは唇を噛んだ。無力感と、何もできなかった悔しさだけが、心の中を渦巻いていた。
―――――しかし何よりも。
クリスには、ある光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。
ゲオルグの攻撃によって気絶状態にあったクリス。しかし徐々にだが、一時的に意識を取り戻す事ができていた。無論、戦えたわけではない。目を開けられる程度である。
戦いの最中、意識が戻りクリスの目に写し出されたもの。そこには、対峙するジータとゲオルグの姿。そして、知ってしまった真実。
それは、
「――――――っ」
ジータもまた、異端の能力者だった事である。保っていた意識の中で見る事ができたのはほんの僅かだった。ジータを覆っていた真空の刃がゲオルグの身体を斬り裂き、一瞬にして退けた瞬間を、クリスは確かに覚えている。
ジータが起こした不可解な現象。ジータだけではない。サーシャやカーチャ、そして由香里……彼らもまた異端の力を持つ能力者達。そう、それは何度も目にしている。
特定元素を操る力………考えるまでもない。ジータは元素を操るクェイサーであるとクリスは理解した。
(また、自分は……)
そしてまた、どうしても思い込んでしまう。手を抜かれていたのではという懸念。それは、今までのクリスの気持ちを裏切るという事である。
ジータは、クェイサーである事を隠していたのだろうか。しかし、ジータは全力で向き合ってくれた。クリスの気持ちを踏みにじるような事をするとは思えない。
なら、何故……そうしばらく考えに耽っていると、
「クリス」
後ろからクリスを呼ぶ声が現実へと引き戻した。振り返るとジータが立っていた。クリスは返事を返そうと口を開けたものの、うまく言葉が出ずそのまま黙り込んでしまう。
「怪我の具合はどうだ?」
クリスが受けた傷が心配で病院を訪ねたのだろう、お見舞いだと言ってクリスの手に缶コーヒーが手渡される。
「……ありがとうございます。怪我の方は、別段問題ありません」
ジータの表情が、直視できない。ジータを見る度に考えていた事が更に複雑さを増していく。クリスは目を逸らし、窓の外に目を戻した。
「……浮かない顔だな」
クリスの様子が気にかかり、ジータは声をかける。子供達を助ける事が出来なかった事を悔いているのだろう。だが相手は異端者、しかもアデプトの人間である。最も、その事についてはクリスには伏せておくのだが。
「………」
だが、知っている。知ってしまったのだ。今更見なかった事になどできない。このまま何でもないと言えばそれまでだが、自分の気持ちに嘘をついたままジータに関わることはできなかった。
クリスは口にする。彼らの―――ジータの正体を。
「ジータ……貴方は……」
窓の外から視線を外し、真っ直ぐにジータと対面する。クリスの表情は沈み行く夕日のように暗く、悲しげであった。
そして、
「……クェイサー、だったんですね」
「―――――」
瞬間、クリスとジータの時間だけがピタリと止まる。ジータは言葉を失ったが、驚きもしなければ否定する素振りも見せなかった。ただ潔く、自らがそうであると認めるように、ゆっくりと頷いたのだった。
病院の屋上にて。
夕日が沈み、空は夜の色に染まっている。その空の下で、クリスとジータは屋上から見える町の夜景を眺めていた。
互いに言葉は交わさない。ただ、二人の視線の先は景色の向こう側である。
しばらく沈黙が続く中、先に口を開いたのはジータであった。
「………見ていたのか」
「……はい。一瞬だけでしたが」
「……そうか」
二人の会話は、それで途切れた。再び沈黙が訪れる。屋上から吹く小風が、まるで今の二人の心境を表すかのように冷たく吹き抜けていく。
ジータは自らがクェイサーであると肯定した。クリスは視線を徐々に落としながら、告げられた事実を受け止めている。
一体、クェイサーの存在をどこで知ったのだろう……だがしかし、ジータはそれを問う事はなかった。
クリス自身、ジータがクェイサーである事など気にはしていない。対等に見てくれなかったという、ジータへの疑念がクリスの中で渦巻いているのだろう。
「クリスの言いたい事は分かっている。私がお前の気持ちを裏切ったのではないか……そう思っているんだろう?」
「―――――」
ジータの問いに対し、クリスは答えない。その沈黙こそがクリスの返答であった。
手合わせの後で語った、“対等でありたい”というクリスの思い。クリスは出し惜しみする事無く、ジータに全力で挑んだ。しかし彼女がクェイサーだと分かった今、クリスにあるのは裏切られたのではないかという思いだけである。
しかし、ジータも好きでクェイサーである事を隠し続けていたわけではない。
ジータにも、理由があるのだから。
「確かに……クリスの言う通り、私はクェイサーだ。だが、もう二度とこの力は使わないと決めた」
ジータは忌々しげに自分の手を見つめていた。まるでその手が血塗られているかのように。
――――遠い過去の記憶。ジータがクェイサーとなり、戦い続けた己が歩んできた道。
幾度となく繰り返される戦いに身を投じ、異端の力で人々を傷付け、命までも奪ってきた罪。それはもう背負い切れないくらい程に、膨れ上がっている。
いくら悔いて、嘆いたとしても、決して許されない。ならば、二度とクェイサーの力は使うまいと、心に決めたのだ。
もう、誰も傷付かないように。もう誰も命を奪い会う事のないように。それ以来、ジータはクェイサーの力を忌むべき力だと思うようになり、心に深くしまい込んだ。同時に自分がクェイサーである事も隠して。
「…………」
ジータの過去を知ったクリス。思い違いであった事に少しばかり安堵を覚えた。行き過ぎた力は人を傷付ける……それは彼女なりの、これまでしてきた事への償いなのかもしれない。
助けに駆け付けた時も、本当ならば使いたくはなかった筈だ。相手が相手だ、やむを得なかったのだろう。
そして、同時に気付いてしまう。彼女が自らの……クェイサーとしての過去から目を背けようとしている事を。
だがそれは、本来あるべき形の償いではない。たとえ力を使わなかったとしても、過去の全てをなかったことにはできないのだから。
今まで沈黙を守っていたクリスの口が、ようやく開いた。真剣な眼差しで、彼女と真っ正面から向き合う。
「貴方の過去に何があったかはわかりません。けど、貴方は逃げています……全てをなかった事には、できない」
クリスの一言が、重くジータに突き刺さる。ジータはそれを黙って受け止める。
「クェイサーは、人を傷付ける事ばかりではないと思います。ジータは自分を……子供達を助けてくれました。それは、ジータにとって誇れる事ではないでしょうか?」
それは、これまでクリスが目の当たりにしてきたクェイサーという存在への敬意。
サーシャやカーチャ達のように人々を守る側の人間もいれば、アデプトのように人を傷付ける人間もいる。決して忌むべき力ではない。使い手次第では、善にも悪にも変わると、そう彼女に気づいて欲しい……それがクリスの切実なる願いであった。
すると、
「……お前のいう事は最もだ、クリス。確かに私は、逃げていたのかもしれないな」
ありがとう、とジータは笑った。
クリスに言われて初めて気付く。クェイサーとしての自分を律する事で、全ての過去から目を背けていたのかもしれない。
誰も傷付けたくない……それは、自分が傷付かない為の口実。結局は偽善でしかない。それでは、何も変わらないのだ。もしもクリスに諭されていなければ、自分は間違った道を進んでいた事だろう。
この力は人を傷付けるかもしれない。しかし同時に、大切な人を守る事もできるのだから。
すると屋上の隅から、パチパチと小さな拍手が二人の耳に届く。
「実に微笑ましい光景ですね。マグノリアにいた頃とは、まるで別人のようです」
二人の前に突然現れたのは、アデプトの統括者、フールであった。フールはゆっくりとクリス達に歩み寄っていく。
「貴様……どうしてここに!?」
フールを睨み付け身構えるクリス。それに対し、フールは相変わらず元気なお嬢さんですねとため息交じりに笑う。
クリスはフールを知っているようだが……今はそんな事はどうでもいいと、ジータは思考を打ち切った。
目的は恐らくジータだろう……ゲオルグを退けた程度で、手を退くとは思えない。
「ゲオルグの次は貴様か……私を殺しに来たのか?」
「まさか……ですが、貴方を討つのは僕ではなく彼女――――あるいは、貴方が彼女を討つと言ってもいいでしょう」
フールの視線の先には、クリス。どういう意味だとジータは問い質す。するとフールはタロットカードをめくり、意味深に笑ってみせた。
「運命は時に残酷なものです。いや、運命というよりは……因縁、と言うべきか」
まるで何かを悟っているように、遠回しに語るフール。二人に一体何の因縁があるというのか……だが、その答えはすぐに明らかになる。
「貴方はフランク=フリードリヒをご存知ですか?彼女はそのフリードリヒ家の人間……貴方の村を見捨てた、あの男の実の娘です」
フールの言葉から出て来た、クリスの父親の名前。クリスの表情が困惑と驚愕の入り混じった色に染まっていく。
否――――最も驚愕していたのはクリスではなく、ジータだったに違いない。
戦果に焼かれ、村人や弟達が命を落としたあの惨劇の記憶が蘇る。ジータは言葉を失い、頭の中が真っ白になっていく。
そして、その紛争を見て見ぬ振りをしたフランクという男の存在。彼女にとっては因縁と言わずして何と言おうか。
「……村を見捨てただと?父様は誇り高き軍人だ、民間人を見捨てるような真似など絶対にしない!」
出鱈目を言うな、と感情的になるクリス。フランクはクリスの誇りであり、尊敬に値する人間である。その父親が侮辱されたのだ……黙っていられる筈がない。
「では、直接本人に会って聞いてみるといいでしょう……最も、それまで貴方が無事でいられればの話ですが」
そう言って、フールは踵を返した。逃がすものか、とクリスは追いかけようと駆け出す。
だが、
「―――――!?」
駆け出したその直前、クリスの行く手を阻むように一本のレイピアが地面に突き刺さった。レイピアを携帯していた覚えはない。
しかしよく見ると、そのレイピアはレプリカではなかった。
純正の金属……否、炭素である。そしてクリスの背後からは、ただならぬ殺気。振り返ると、そこには憎悪と殺意に満ちたジータの姿があった。
「そうか。お前が、あの男の……」
――――もしも、村を見捨てられなければ、弟や村人達は生きていたのかもしれない。
兄や弟達と一緒に、平凡な暮らしを送れていたのかもしれない。
そして自分がこうして、アデプトのクェイサーであった事も……血塗られた運命を背負うことも、なかったのかもしれない。
その怒りが、憎しみが……根源であるフランクを通し、クリスに向けられていた。
「―――――我、生の中で死に臨む」
瞬間、ジータの手元に三日月剣が練成される。それは、復讐という名の決闘。過去の因縁に終止符を……それが今、予期せぬ形で始まろうとしていた。