聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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73話「迷える騎士」

葵紋病院の一室。

 

 

学園で起きた一件で負傷したクリスは、ふとようやく目を覚ました。頭が重い。頭を抱え、ゆっくりと身体を起こす。

 

 

「うっ……!?」

 

 

身体を起こした直後、身体中に痛みが走った。その痛みが、昨夜学園で起きた出来事を思い起こさせる。あれから、一体どうなったのだろう。事件は解決したのだろうか。

 

 

すると病室の扉がガラガラと開く。入ってきたのはサーシャ、まふゆ、大和だった。

 

 

「クリス!」

 

 

気がついたんだね、とまふゆ。手にはお見舞いに持ってきたのだろう。果物などの品々の入った袋が握られている。

 

 

「話はカーチャから聞いている……派手にやられたみたいだな」

 

 

深夜の学園で起きたV(ファオ)の襲撃の一件は、当然サーシャの耳にも届いていた。情けない話だと、クリスは肩を落とす。

 

 

Vは華と京、そしてカーチャによって退けられた。操られていた男達も無事保護され、現在はVが所持していたペンデュラムを回収し、アトスで調査が進められているとの事である。

 

 

「身体の具合はどうだ?」

 

 

大和が声をかける。水銀体の攻撃によって負傷したものの、傷は浅く、問題はないとクリス。一日病院で様子を見た上で、数日後には退院できるという。最も、由香里が身を挺して庇っていなければ、どうなっていたか分からない。

 

 

「……あ」

 

 

ふと、クリスを庇い倒れた由香里の姿が脳裏に蘇る。あの後、由香里はどうなったのだろう。水銀体に襲われてから意識を失い、その先の記憶が全くない。京と華の安否もわからないのだ……クリスが不安を募らせていると、その心境を察したのか、大和が心配ないと答える。

 

 

「ゆかりんは無事だ。京と華もな……ぶっちゃけ、あの二人は心配して損したくらいだ」

 

 

思い出したくないのか、急に顔色を悪くする大和。サーシャは溜息をつき、まふゆは苦笑いしていた。大和に過剰な看病を要求する京と、カーチャにSMプレイで看病を迫る華の姿が目に浮かぶ……ともかく、この二人は問題はなさそうだった。

 

 

由香里は水銀体の攻撃を受けて重傷を負ったものの、命に別状はないとの事だった。若さ故か、回復力も早く、現在は意識もはっきりしているようである。

 

 

由香里や京達が無事で安堵したと同時に、自分は何一つできなかった事を悔やむクリス。

 

 

そう、何もできなかった……心の迷いが剣の迷いへ繋がり、仲間を傷付けてしまった事への罪悪感がクリス自身を押し潰す。

 

 

あの時迷わず剣を振るっていれば、由香里は傷付かずに済んだのかもしれない。それに、あんな幻覚さえ見ていなければ―――――。

 

 

(…………!!)

 

 

唐突に、あの幻覚が蘇る。血に塗れた自分の手。身体中に悪寒が走り、両手が震え出した。また同じものを見てしまうのではないか。そう思うと、自分の手を視認する事が堪らなく怖くなる。

 

 

父親は人殺し。人殺しの娘。人殺し人殺し人殺し人殺し。永遠と繰り返されるループ。それは吐き気を催す程に、クリスの耳に残り続ける。耳を塞いでも、その声からは逃げられない。

 

 

もう何も見たくない。何も聞きたくない。クリスの精神は、そこまで追い詰められてしまう程に磨り減ってしまっていた。

 

 

「クリス……?」

 

 

様子を変に思ったのか、サーシャが声をかける。余程クリスの表情が酷かったのだろう、サーシャだけでなく、まふゆと大和も心配していた。

 

 

心配をしてくれるのは嬉しい。しかし、今の心境を悟られる訳にはいかなかった。これ以上、仲間に迷惑をかけられない。そう、これは自分自身の―――家族の問題なのだから。

 

 

「……少し疲れているみたいだ。すまないが、横にさせてくれ」

 

 

色々な事があり過ぎて、気持ちの整理がつかないとクリス。顔色も悪くとても話せるような状態ではなかった。これ以上は、体調に負担をかけるだけかもしれない。サーシャ達はまた来ると言ってクリスの病室を後にする。クリスはサーシャ達を見送ると、ベッドに横たわり視界を閉じた。

 

 

何も考えたくない。ただ目を閉じていたかった。全てから目を背けていたかった。

 

 

意識が徐々に遠のいていく。疲れもあるせいか、眠りにつくまでさほど時間はかからないだろう。

 

 

 

目が覚めたら、由香里のところへ行こう……そう決めたクリスは身体の眠気に身を任せながら、ゆっくりと深い眠りへ落ちていった。

 

 

 

 

 

クリスが目を覚ました時には、窓の外は夕日を彩るように、オレンジ色の空に満ちていた。時間はもう夕方である。眠気で重く感じる身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がりクリスは病室を出た。

 

 

すると病室を出てすぐ、お見舞いに来たのであろう、マルギッテと遭遇する。マルギッテはクリスを見て一瞬だけ動揺したような素振りを見せた。

 

 

フランクとの会食以降、お互いに話づらいのか、一言も口を聞いていない。

 

 

「お嬢様……怪我の具合は如何ですか?」

 

 

いつになく、マルギッテの態度は控え目に感じられた。クリスには優しく接するマルギッテだが、今はまるで怯えているようにも見える。

 

 

クリスは言葉を返そうとするも、父親への不信感が邪魔をする。もうマルギッテさえも、自分の味方ではないのだ……そう思うと、悲しみを通り越し怒りさえ覚えてしまう。

 

 

「………ゆかりんの病室へ行く。見舞いなら心配いらない」

 

 

帰ってくれ、と。そうマルギッテを冷たく突き放し、背を向けて歩き出すクリス。氷のような感情の込められた言葉が、マルギッテの心に深く突き刺さった。

 

 

無論、その理由は分かっている。クリスは今、軍そのものが信用ならないのだ。軍事機密というだけで、こんなにも距離が離れてしまうものなのか。それでも、マルギッテはクリスに声をかけようと口を開く。

 

 

だが、クリスは。

 

 

「あ、待って下さい。お嬢さ――――」

 

 

「今は………話したくない」

 

 

感情のない声で、マルギッテを完全に拒絶したのだった。一度も振り返る事なく、クリスは由香里のいる病室へと足を進めていく。

 

 

もう、クリスを呼ぶマルギッテの声は聞こえない。ただ、背中に視線を感じた。どんな表情をしているのかは分からない。

 

 

自分がしている事が、如何に筋違いかは理解している。マルギッテは軍人としての義務を全うしているに過ぎない。事実を言いたくても、言えない立場にいるのだ……だから、マルギッテは関係ない。それでも振り返る事はできなかった。

 

 

もし、振り返ってしまえば。何もかも許してしまいそうな気がして。クリスは逃げるように、歩を早めながら由香里のいる病室を目指した。

 

 

――――心の中で"ごめんなさい"と。そう呟きながら。

 

 

 

 

 

由香里のいる病室に着いたクリスはノックをすると、ゆっくりと扉を開ける。

 

 

そこには上半身を起こし、本を読んでいる由香里の姿と、側で眠っている由紀江の姿があった。由香里は読んでいた本を閉じ、クリスに向かって手を振る。

 

 

「おお、クリスか」

 

 

無事で何よりだと笑う由香里。頭や腕、胸の辺りには包帯が巻かれていた。状態からして如何に身体にダメージを負ったかは見て取れる。

 

 

由香里が生きている。無事である事を確認できた事で安堵するクリス。もしも無事でなかったなら、一生自分を許す事ができなかっただろう。怪我を負わせてしまった責任は自分にある……由香里に会わせる顔がない事は承知しているが、罪の意識がクリスを突き動かしていた。

 

 

どう声をかけていいか分からない。目を合わせる事さえも、できない。そもそも、自分にそんな資格があるのだろうか。

 

 

「その……怪我の具合は?」

 

 

ようやく振り絞り出てきた言葉。他に言葉が見つからない。すると由香里は両手を広げ、自分の身体をクリスに見せつける。

 

 

「まあ、見ての通りだ」

 

 

半分ミイラだな、と由香里は自分の身体を見て自嘲気味に笑う。怪我はしているものの、由香里は元気そのものだった。しかし、クリスには分かる。由香里は心配をさせないよう、無理をしているのだと。表情に映る疲れの色だけは、隠す事はできない。

 

 

怪我をしてなおも、クリスを気遣う由香里。罪悪感がクリスの胸を締め付けた。自分自身が許せなくて、叫んでしまいたかった。

 

 

由香里だけではない。大和達や、看病をし続けている由紀江にまで、迷惑をかけてしまった。クリスは眠っている由紀江の表情を覗く。由紀江は穏やかな表情で寝息を立てていた。しかし目下は赤く、少しだけ隈ができている。

 

 

由紀江は由香里の意識が戻るまで、ずっと看病を続けていた。泣きながら由香里の無事を祈り続け、目が覚めるのを待ちながら。

 

 

「私が目を覚ました途端に大泣きしてな………今はもうぐっすりだ。ずっと眠っていなかったから、疲れたんだろう」

 

 

困った姉だな、と由香里は由紀江の頭を優しく撫でる。親身になってくれる事は本当に嬉しい。しかし同時に、由紀江に心配をかけてしまった事実が由香里の表情を曇らせる。由香里が眠っている間はきっと身が削られるような思いだったに違いない。

 

 

無論、クリスも同じである。自分の所為でこの事態を招いたのだ。視線を床へと落とし、二人に対し謝罪の言葉を述べる。

 

 

「………すまない。全部、自分のせいだ……」

 

 

全ては、自分がした行い。それによって生まれた、仲間を死の危険に追いやってしまったという結果。クリスの中で大きく膨れ上がり、気がつけば償いきれない程の罪の形となっていた。

 

 

だがそんなクリスを、由香里は責める事はしなかった。思い詰めているクリスに、クリスの所為ではないと首を横に振る。

 

 

「クリスが悪いわけじゃない。だからそう気を落とすな。それに、みんな無事だったんだ」

 

 

皆が生きて無事でいるならそれでいい、と由香里。何もできなかった自分を咎めず、優しく受け入れるその気持ちは嬉しい。だがその反面、これ以上優しくしないでくれとクリスの心が揺らぐ。

 

 

身も心も軋み悲鳴を上げ、ボロボロになっている自分。家族の問題は自分で決着をつけなければと、そう思っていた。だが、戦いに支障をきたす程にまで追い込まれている。もう限界だった。

 

 

苦しい。辛い。解放されたいと心が助けを求めている。この不安を、何もかも全てぶちまけてしまいたい。クリスが口を開きかけた瞬間、

 

 

「―――――クリスは、一体何に迷っているんだ?」

 

 

唐突な由香里の疑問によって、それは遮られてしまった。確信をついた問いかけに、言いかけていた言葉がクリスの喉の奥へと消えていく。

 

 

迷っている……由香里の言う通り、今のクリスはまさしくそれだった。

 

 

ジータと戦い、父親の真実を知り、そして信じていた父親の正義さえも疑わしくなった。様々な感情が交錯し、何が真実なのか、そして何を信じて剣を握ればいいのかも分からなくなってしまったクリス。もはや何に迷っているのかさえも、分からない。

 

 

こんな今の自分を曝け出しても、迷惑をかけるだけだ。やはり、これは自分の問題なのだと改めて再認識する。

 

 

仲間を巻き込めない―――それは、仲間がまた傷ついてしまうのではないかという、恐れ。クリスは無理に笑みを浮かべながら、大丈夫だと返事を返した。

 

 

「……心配ない。これは、自分自身の問題だ」

 

 

自分の事は自分でかたをつける。本当はただの強がりに過ぎない。自分でも理解している。それでも、この心に残る迷いは、自分で晴らさなければならないと誓った。それは、ある種の強迫観念なのかもしれない。

 

 

由香里はこれ以上追求する事はなく、クリスがそう言うならと言って話を打ち切る。クリスもそろそろ病室に戻らなければと踵を返し、逃げるように由香里の病室を後にした。

 

 

心配する由香里の視線を、背中に感じながら。

 

 

 

 

 

病室へ入ろうと、クリスは扉に手を掛ける。扉を開くと、中にはフランクが両手を後ろに組み、窓の外を眺めながら背を向けて立ち尽くしていた。待っていたぞと、そう無言で訴えるように。

 

 

フランクがクリスの視界に入った瞬間、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に襲われる。部屋の中が重い。呼吸すらも許されないような緊迫した空気が流れていた。見舞いに来てくれたようだが……それだけが理由ではない筈である。

 

 

マルギッテと同じく、会食以降フランクとは顔を合わせていない。ならば、今がチャンスかもしれない。もう一度フランクから真実を聞き出さなければ。でなければ、きっと後悔するだろう。今度は何を言われようとも食い下がる。たとえ、それが父親に逆らう事になろうとも。

 

 

「父様。もう一度言います。あの村で一体――――」

 

 

「――――謎の元素回路(エレメンタル・サーキット)の一件に関わっているそうだな、クリス」

 

 

クリスの言葉に被せるように話を切り出すフランク。謎の元素回路の一件は、フランク匹いる軍も関わっている事柄である。クリス達が協力している事を知っていてもおかしくはない。ただ、一体それがどうしたというのだろうか。

 

 

「……はい。仲間と一緒に、事件を追っています」

 

 

隠す必要などない。これはクリス自身が決めた事である。仲間達や住む人々を守る為に。フランクならば、きっと理解してくれる……そう思っていた。

 

 

だが、次のフランクの言葉がクリスに残酷な現実を叩きつけることになる。

 

 

「クリス……今後一切、謎の元素回路には関わるな。無論、アトスの人間にもだ」

 

 

今後は、謎の元素回路とは手を引けとフランク。そしてサーシャ達との関わり合いも許さないと、そう言った。クリスの身を案じての事なのだろう、父親としての配慮なのかもしれない。しかしそれならば、早い段階で忠告してくる筈である。

 

 

それが、何故今なのか……明らかにおかしい。何かを隠している。フランクに対し、ここまで憤りを感じたのは生まれて初めてかもしれない。今、クリスの中で怒りが渦巻いていた。納得のいかないクリスはフランクに反論を始める。

 

 

「それは、村の事と何か関係があるからですか?」

 

 

「お前が知る必要はない」

 

 

「答えないのなら、自分は父様の指示に従うつもりはありません」

 

 

クリスの思わぬ返答に、フランクはほんの一瞬だけ動揺し、言葉を失った。今まで自分を慕っていた娘が、逆らう事などなかったからだ。しかし引き下がる訳にはいかないと、フランクはクリスに振り向き、鷹のように鋭い視線を突きつける。

 

 

「……父親の言う事に逆らうつもりか?クリス」

 

 

それは、脅迫にも似た問いかけだった。見た事のないフランクの表情に身が竦むクリス。軍ではいつもこのような表情をしているのだろうか。けれども、ここは何があっても譲るわけにはいかない。本当の真実を確かめなければ。クリス自身の手で。

 

 

「………逆らいます」

 

 

小さく、決意を込めてフランクに言い放つ。もう一歩も退けない。クリスはフランクに対し反抗する事を選んだ。余程の決断だったのだろう、クリスの目は震えていた。

 

 

しばらく睨み合う二人。すると、フランクは再び窓の外の景色に視線を戻し、ポケットから携帯を取り出すと、どこかへかけ始めた。連絡を取っているようだが……一体何をするつもりなのだろう。予想がつかない。

 

 

「――――ああ、どうもお世話になっています。2年F組のクリスの父ですが」

 

 

電話の相手は川神学園のようだ。クラスの名前を口にしている。学園に連絡する理由が、ますます理解できない。

 

 

だが、その理由は次の一言で明らかとなる。

 

 

 

「……突然で申し訳ないが、退院後はすぐに娘を本国へ連れ帰りたい。手続きは明日そちらに伺うので、また後ほど」

 

 

そう言って一方的に電話を切る。相手に有無を言わさず、是が非でもクリスを―――ドイツへ帰国させる。それがフランクの下した最終決断であった。

 

 

何の意見も聞かず、何の理由も説明せず、ただ自分の都合で取り決めたフランクの行動。クリスは言葉を失った。こうなってしまった以上、止める事はできない。クリスを縛り付けてでも連れて帰るつもりだろう……当然、クリスが納得いく筈もない。

 

 

「どういうつもりですか父様!?自分は納得がいきません!」

 

 

声を荒げながら、フランクに食ってかかるクリス。しかし、フランクは決定事項だと言ってクリスを振り切り病室から立ち去ろうとする。もう、クリスの言葉に耳を傾けるつもりもないらしい。それでもなお、クリスはフランクを呼び止めようとした。フランクは立ち止まり、最後にこう告げる。

 

 

「今の内に友人達と別れの挨拶をしておくといい……後悔のないようにな」

 

 

もう、二度と川神(ここ)へは訪れない。そう言っているようにも聞こえた。それだけ言い残して病室を後にするフランクの背中を、ただクリスは見送る事しかできなかった。突き付けられた現実に絶望し、その場に崩れ落ちて床に膝をついた。

 

 

「そん……な……どうして……」

 

 

もう、大和達やサーシャ達とも会えない。父親とも、二度と分かり合えることもなく。何も分からないままドイツに帰還を余儀無くされた。

 

 

 

何も変える事もできないのか………今のクリスには、抗いようのない現実を、ただ噛みしめる事しかできなかった。

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