聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
約1年ぶりです。作者です。
前回の投稿でギャグ要素を投入した途端、話が進まなくなるという事態になり、しばらく滞っていましたが、今復活しました。これまで読んでくださっていた皆様、大変長らくお待たせ致しました。
また更新が長くなるかもしれませんが、これからも読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
静かに歩み寄るフランク。憤怒の如き闘志を身に纏うその姿は、サーシャとクリスに重圧を与える。
これがフランク本来の力ーーサーシャは鉄屑を拾い上げ、
しかし、その時にはもうフランクが一気に距離を縮めていた。フランクの拳がサーシャの腹部に減り込む。
「かーーーはっ!?」
衝撃で意識が遠退く。早い……武器を錬成する前に先手を打つフランクの行動。クェイサーとの戦いに慣れている。フランクは更に追い討ちをかけ、サーシャの横腹に蹴りを入れる。サーシャの身体は吹き飛び、壁へと叩きつけられた。
「いかに強力な元素であろうと、武器を錬成する時間をゼロにはできない。その瞬間こそが、君達クェイサーの弱点だ」
クェイサーが持つ異能の力。だがそれは絶対ではない。元素を行使するには錬成が必要である。そして錬成するには時間がいる。その間はクェイサーは無防備。その隙を突いてしまえばどうという事はない。
「せやあああああ!」
クリスがフランクの背後を取り、攻撃を仕掛けた。首元に回し蹴りを放つも、振り向きざまに足を掴まれ阻止されてしまう。
「実の親に手をあげるとは……つくづくお前は悪い子だな」
流石は親と言うべきだろうか。クリスの戦闘力全てを熟知していた。クリスの動きは手に取るように分かる。フランクはクリスの腹部に正拳突きを放った。一撃で意識を失いかねない程の衝撃がクリスを襲う。
「が、ふっ……!?」
消えかけた意識を、強引に持ち直すクリス。付け入る隙がまるでない。これではかすり傷どころか、触れる事さえもままならない。ただ一方的に、洗礼と言う名の攻撃を受け続けるだけである。
「くそっーーー!!」
サーシャは足下の鉄片を苦無に錬成し、フランクに向けて投擲する。武器を錬成する時間がほぼ皆無という制約を受けたサーシャだが、ナイフ程度の物ならば僅かな錬成時間で済む。しかし、その苦し紛れの攻撃も虚しく、フランクの素手によって弾かれてしまう。
「確かにこの程度の武器ならば短時間で錬成できる。だが、その程度では私に傷ひとつ負わせる事はできんよ」
異能の力さえも軽くあしらうフランクの実力。飛び道具ですらその場凌ぎにしかならない。この男の前では、クェイサーとしての戦術は無意味だ……今の戦い方では勝てないどころか、一矢報いる事もできないだろう。
ならばーーー選択肢はひとつ。サーシャは地面に突き刺さっていたレイピアを引き抜き、その柄を強く握り締めた。
クェイサーとして戦えないのなら、能力に頼らず、純粋に戦士として戦うまで。ビッグ・マムからもそう学んだように。
フランクも、そうこなくてはなと笑う。サーシャの純粋な戦闘力は未知数で油断はできないが、戦闘経験は明らかにフランクが上。遅れを取るつもりはない。
「クリス、同時に仕掛けるーーー!」
「ああーー!」
サーシャとクリスの合図と同時に、フランクに攻撃を仕掛ける。繰り出されるサーシャの斬撃と、クリスの連続する刺突が、フランクに襲いかかる。
「遅いなーーー!」
フランクは余裕の笑みさえ浮かべ、二人の攻撃を捌いていく。サーシャ達の動きが止まって見えるとでもいうのだろうか。二人の迎撃も虚しく、反撃によるフランクの拳撃が二人の身体を弾き飛ばす。
それでもなお立ち上がり、フランクに食らいつこうと足掻くサーシャとクリス。勝算があっての行動か、それとも無謀という名の悪足掻きか。どちらにせよ、彼らをーーー彼らの闘志を打ち砕くのみ。フランクはサーシャに拳を放ち、蹴りでその身体を地面へと叩きつけ、さらにはクリスの武器をも粉砕した。
まるで赤子同然。超人的なまでのフランクの戦闘力に圧倒され、サーシャ達に為す術はないに等しかった。
「致命者サーシャ、君の力がその程度とは……残念だよ」
クェイサーとしての能力を封じられたサーシャの戦いを前に、フランクも拍子抜けだなと嘲笑する。サーシャの戦士としての力量を持ってしても敵わない。その力量と戦術は師匠であるビッグ・マムを思わせた。
「私の愛しい娘の
クリスから手を引けと、取引を持ちかけるフランク。その交渉は、サーシャとクリスには予想外であった。あれだけ激情していたフランクから出た言葉とは、到底思えない。
だがこれ以上戦闘を続ければ、フランクはどんな手段を行使してでもサーシャを排除するだろう。愛しき娘の愛故に。フランクを突き動かしているのは、まさしくその一点である。
クリスを危険に晒さない為に。クリスからサーシャ達を遠ざける為に。聖乳を吸われた事への怒りは、サーシャの想像を遥かに超えていた。
否ーーーー違う。本当の理由はそんな事ではない。確かに父親としての怒りは本物だ。サーシャには見えていた。フランクの激情の瞳の奥に眠る、もう一つの感情が。彼には、クリスを連れ戻さなければならない大きな理由が、別にある。でなければ聖乳の吸引を許し、サーシャ達を無傷で返す筈がない。
フランクの心理に潜む、感情の正体ーーーそれは、怒りではなく”畏れ”。それこそが、クリスの求めている答えだ。それを曝け出さない限りこの戦いは終わらない。
背を向ける事など、あり得ない。
フランクは戦場という名の地獄を潜り抜けてきた歴戦の猛者である。サーシャは今、この男に戦士としての力量を問われているのだ。超えなければならない相手。臆する道理はない。敵わない相手だと知ったならば……己が信念を貫き、戦い抜いて前へと進むのみ。
「……断る。クリスとの間に何があるのかは知らない。だが、クリスに疑念を抱かせているのは貴様自身だ。何故向き合わない?何から逃げている?」
クリスの持つ、父親への不信感。彼女がそうさせているのは、フランクの胸の内にある全て。それを払拭しない限り、クリスとフランクの溝は深まる一方である。
サーシャの問いに、フランクから余裕消え、苦悶に表情を歪ませた。まるで、触れてはいけないものに、触れられてしまったかのように。
「君が何を言いたいのかは知らんが、私は軍人として君をクェイサーであると知った上で、聖乳の吸引を許すと言ったーーただそれだけの事だ」
飽くまで軍人としての対処をしたまで、とフランク。私情は持ち込まないとでも言うのだろうか。サーシャは更に詰め寄った。
「本当にそれだけが理由なら、そもそもアトスと協力関係にはならなかった筈だ。聖乳を吸われた事への怒り……それは、真実を隠すための口実だ。違うか?フランク・フリードリヒ」
俺が気づかないとでも思ったか、とサーシャは投げ掛ける。アトスと協定を結ぶという事は、クェイサーと関わるという事。ならば当然、クリスの性格なら、聖乳を吸われる事を除けば協力を惜しまないだろう。
この少年に、見透かされている。フランクの中で焦りが生じ始める。軍人という仮面が剥がれ落ちそうになるも、フランクは感情を押し殺した。そして、目の前の敵ーーーサーシャを排除するという任務を遂行する為に思考を切り替える。それ以外を考える必要はない。手加減も必要ない。
全力で、サーシャを倒さなければ。
「ーーー前言を撤回しよう。致命者サーシャ、私の全力を以って君を排除する」
瞬間。爆発的な跳躍速度により、サーシャとの距離を縮め、正拳と蹴りの嵐を叩き込む。
(さっきよりも、早い……!!)
フランクの攻撃は初戦より速度も、威力も増していた。今までは本気ではなかったという事だろう。サーシャは防戦一方を強いられ、その怒涛の連撃は反撃はおろか、捉える事さえも許されなかった。
(これでは、もう………)
二人の戦いを、ただ見ている事しかできないクリス。このままでは……と、クリスの表情に焦りの色が見え始めた。消耗戦に持ち込まれるだけである。それに、フランクはまだ息が上がってすらいないのだ。
勝てない。そう自分の心が囁く。父親に一矢報いる事すらままならない自身の無力感が、クリスの闘志を奪う。サーシャの援護ができればとも思うが、今の自分では何もできない。
この先にあるのは、敗北。いくら足掻いても、勝てる道理がない。僅かに保たれていた闘志が今、蝋燭の灯火の如く儚く消えるように。
ーーークリスの思考が、止まる。思考が闇に包まれていく。
あるのは諦めという感情。これ以上自分の為にサーシャが傷つくのは、堪らなく嫌だった。全ては自分の弱さが招いた事。もっと自分が強けば………そう思っても、今は届かない。これがクリスの限界。ならばもう、自分自身の手で終わらせるしかない。
敗北という名の、結末に。
「もう……やめーーー」
”受け流すんだ。そして相手の力を利用してーーー切り返せ!”
戦いを終わらせようとクリスが声を出そうとした時、ふと脳裏にジータの言葉が浮かんだ。何故かはわからない。突然、ジータと手合わせをしていた時の記憶が蘇り始めた。
ーーーーとある日の道場にて。
「………また、負けた」
床に仰向けに大の字に倒れ、クリスは敗北を噛み締めていた。何度戦っても、ジータに勝てない。それどころか一撃すらも与えられていないのだ。
しかし何度負けても、この敗北感は心地よかった。クリスの額から汗が頬へ伝い、道場内に吹き抜ける風が程よく冷やしてくれる。
「以前より動きは良くなってきているな。しかし、力と力のぶつかり合いだけでは、相手を圧倒する事は難しいぞ」
ジータは倒れているクリスに、一息入れようとスポーツドリンクを手渡す。もう幾度も試合を繰り返し続けているのか、クリスの表情に疲労の色が見えていた。クリスは起き上がり、スポーツドリンクを受け取ると、一気に飲み干し、喉の渇きを潤した。
「……自分には、何が足りないのでしょうか」
ジータとの戦いの中で打たれる度に、クリスの欠点は少しずつ見えてきた。僅かだが実感はある。しかし、何かが欠けている。それも、それ自体が見えてこないのだ。
力でもなく。速さでもなく。では一体何が引っかかっているのか。尤も、ジータの戦術・技量と比べてしまうと、何もかもが足りていないのだが。
「クリスには、力も速度も十分に備わっている。しかし、時には相手の力を利用する事も必要だ」
相手の力を利用し、受け流す。力で敵わない相手なら、その力を逆手に取ればいい。力を振るうのではなく、戦いの流れを掴むのまた、戦術の一つだとジータ。力と力だけでは測れないものもある、という事である。
(相手の力を利用する……か)
クリスが初めてジータと試合をした時も、ジータは初見にも関わらずクリスの動きを見切り、一度も隙を見せる事なく倒してみせた。無論ジータの技量も勝ってはいたが、もしジータのような戦い方ができれば、ジータに届くかもしれない。
そしてサーシャにも。百代達にも勝つ事ができるかもしれない。どんなに倒れても、どんなに負けてもいい。強くなりたい、そしてその先を行きたい。クリスはレイピアを手に取り、再び立ち上がった。
「もう休まなくていいのか?」
「はい……引き続き、お願いします!」
今のクリスには、休む時間も惜しかった。それは焦りではなく、純粋にジータと戦いたいが故に。彼女と一戦交えれば交える程、自分の可能性が見えてくる……そんな気がしてならなかった。
そんな直向きなクリスを見て、まるで弟子ができたようだと、ジータは静かに笑う。彼女の闘志に応えなければ………ジータの全てを以って。
そして試合再開。クリスは迷う事なく剣を振るった。ジータは剣戟を払い、ことごとく打ち返す。打ちのめされてもなお立ち向かうクリスの姿に、ジータは投げかける。
「受け流すんだ。そして相手の力を利用してーーー切り返せ!」
お前の力はそんなものではない筈だ、と。それに応えるように、クリスの攻撃も鋭さを増していった。
ーーー超えてみせる。己自身に信じる物がある限り、”義”の心は決して消えない。フランクから受け継がれしその魂は、必ずクリスを導いてくれるだろう。
そう、必ず。
(ジータ、自分は…………)
不意に蘇った記憶。その記憶は迷えるクリスに再び闘志を宿していく。負けられない。ここで負けを認めればこの先一生、真実にたどり着く事も、自分を貫く事もできない。ジータとも分かり合えないままだ。剣を取る事も、自分自身がが許さないだろう。
父親への疑念によって、自分の中にある”義”は崩れた。戦う事にも恐怖を覚える程に。だが、背を向けていては、何も変わらない。ならば自身の手で道を切り開き、こじ空けるまで。今もサーシャは戦っているのだ……クリスの魂が叫ぶ。剣を取り、未来を掴めと。
戦いの葛藤の中で、クリスの心は確かに、”震えた”のだった。
クリスは地面に転がるレイピアを手に取り、フランクを見据えた。レイピアの先端は折れ、もはや武器としての面影はない。しかしクリスに戦う意思が折れない限り、その闘志こそが刃となる。
「ーーー終わりだ、少年よ」
フランクの渾身の一撃が、サーシャに迫る。嵐の連撃を受け続けたサーシャは、限界寸前だった。もはやサーシャにそれを受け止める程の余裕はない。だがその直後、
「させるかっ!!」
サーシャの目の前にクリスが現れ、フランクの一撃を払いのけた。フランクも彼女の復帰に予想外だったのか、反応が僅かに遅れ止めを刺す機会を逃してしまう。
「……来るのが遅いぞ、クリス」
一度は戦いに屈したクリス。しかし、サーシャは信じていた。必ず戻ってくると。彼女はここで終わるような戦士ではないと。
「もう、迷いなどない……この魂に闘志ある限り、自分は戦い続ける!」
迷いは晴れた。後は真実に立ち向かうまで。クリスは改めて父親と対峙する。サーシャと共に。