聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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果てしなく長かったクリス編も終わりを迎えようとしています………。



※クリスの過去にオリジナルの設定が入っています!


83話「真実は業火の記憶の中で Ⅴ」

"―――――戦争だ!武器をとれ、俺たちは戦うぞ!"

 

 

怒り、争いの色に染まった人々の声が聞こえる。

 

 

"―――――私達は公爵に裏切られた!信じていたのに……絶対に許せない!"

 

 

信じてきたものを全て踏みにじられ、憎しみに囚われ、嘆き咽び泣く人々の声が聞こえる。

 

 

"―――――我らのフランク中将が、あの悪魔を討ってくれた!彼に続けぇ、悪を許すな!"

 

 

賞賛と、そして争いへと身を投じる人々の声が聞こえる。

 

 

鳴り止まぬ人々の憎しみ、悲しみ、怒り。負の感情が飛び交う中、フランクはロベルトを討った英雄として迎えられた。そして人々は平和主義を捨て去り、立ち上がり争いの狼煙を上げるようになった。

 

 

英雄とは、皮肉なものだと自分自身を嘲笑うフランク。結局は何も成せず、大事な娘さえも傷つけてしまったと言うのに。

 

 

"―――――とうさま、助けて"

 

 

聞こえてきたのは幼いクリスの声。気がつけば、フランクは真っ暗な闇の中にいた。その闇の中で、クリスは傷だらけで大粒の涙を流し、助けを請う。

 

 

「クリス……!?」

 

 

クリスに駆け寄ろうと走るフランク。しかし、距離は一向に縮まらない。これは夢か、それとも現実か。どちらにせよ、助けなければと無我夢中で走り続けた。

 

 

するとクリスの背後からロベルトが現れ、にやりと笑みを浮かべながらクリスの頭に銃口を突きつける。

 

 

「よせ……やめろおおおおおおぉぉ!!!!」

 

 

フランクが咆哮し、クリスの方向へと手を伸ばす。だが、届かない。目の前に自分を求め泣いている娘がいるというのに。

 

 

そして、最後にクリスは涙を無造作に拭い、精一杯の作り笑いを浮かべながらフランクに微笑んだ。

 

 

 

 

"さ   よ   な   ら"

 

 

 

 

「―――――!!」

 

 

目が覚めると、車両の窓際に寄りかかり、ガラス越しに疲れ果てた自分の顔が写っていた。軍事車両での移動中、フランクは眠ってしまったらしい。

 

 

酷い夢を見たな、と目頭を押さえるフランク。これが現実なら、絶望し自害を選んでいただろう。

 

 

「お目覚めでしたか、中将」

 

 

車内にいた部下がフランクに声をかけ、コーヒーを差し出す。受け取ったフランクはコーヒーを啜った。口の中に広がる苦味が、僅かに残った眠気を飛ばしてくれる。

 

 

「すまないな……眠ってしまったようだ」

 

 

「無理はなさらないで下さい。中将は仮眠すら取っていないんですから」

 

フランクを気遣う部下の配慮は嬉しいが、失態を重ねてきた自分に休む資格などない。

 

 

フリードリヒの計画を抑止できず、部下を失い、ロベルト公爵も命を落とした。結局何一つ守る事ができなかった自分に、フランクは自身を許せずにいた。

 

 

そして、最も許せなかったのはクリスをテロに巻き込んでしまった事だ。無事とはいえ、傷を負い人質にされたという現実は、幼いクリスの心に大きなトラウマを残してしまうかもしれない………そう思うと、身が引き裂かれてしまいそうになる。

 

 

何も守れず、何も成せずにいる自分。しかし、そんな後悔という海に浸り続ける時間はない。こうしている間にも戦火に焼かれ、人々が命を落としているかもしれないのだ……フランクは思考を切り替え、弱気な心に鞭を打つ。

 

 

(何としても止めなければ………命を落とした部下達や、ロベルト公爵の為にも)

 

 

今の自分にできる事。それは、紛争の鎮圧。平和宣言を目前にして命を散らしたロベルトの意志を継ぎ、テロリストの烙印を押された彼の無念を晴らすために。

 

 

必ず、全てを終わらせる……そう心に誓って。

 

 

 

 

 

日が経つにつれて、紛争はフランク率いる軍の活躍により徐々に鎮圧され、人々の心に植え付けられた火種も消えつつあった。長かった任務にも終わりが見え始める。

 

 

しかし、その犠牲と代償はあまりにも大きすぎた。救われた命もあれば、失われた命もある………戦争や紛争とはそういう物だと誰よりも理解しているフランクだが、この虚しさだけは年を重ねても拭う事ができずにいる。

 

 

もうこれ以上、尊い犠牲を出したくない………そう思っていた矢先、部下から通信が入った。

 

 

『―――――中将、この先の近くにある村で火の手が上がっています!』

 

 

「了解した。各部隊、村へ行き生存者の確認と負傷者の救助を行う。火災の規模が大きくなる前に急行せよ!」

 

 

フランクは現在、ある二つの国の間にある小さな村へと急行していた。この地域では今も紛争が続いており、いつ戦火に焼かれてもおかしくない、緊迫した状況にある。

 

 

村が近づくにつれ、車両の窓から火の粉と黒煙が見え始め、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。一刻も早く村へ辿り着かなければ………焦る気持ちを押さえながら、フランクは村の住人の無事を祈る。

 

 

 

――――だが。現実は時として非情で残酷で、理不尽だという事を思い知らされる。

 

 

「――――――くっ!?」

 

 

車両内が激しく揺れ、同時に大きな爆発音が響き渡る。耳を塞ぎたくなる程の怒号のような爆撃。音が聞こえたのは今向かっている村の方角からだった。

 

 

嫌な予感がする………一抹の不安を抱えながら、フランクの車両はスピードを上げ急行。そしてようやく村の入り口へと到着する。

 

 

そこでフランク達が目の当たりした光景は――――。

 

 

「何、だ……これは………!?」

 

 

それは、"業火"という名の地獄だった。村は既に戦火に焼かれ、残っているのは燃え盛る炎の海と、瓦礫と化した建造物。もはや村の面影などどこにもなかった。

 

 

そしてこの村の住人であっただろう、住人が無惨な姿で横たわっている。何の罪もなく、静かに暮らしていただけなのに………突然、その平穏が争いによって奪われたのだ。

 

 

「中将、これ以上進むのは危険です。撤退しましょう!」

 

 

部下の一人がフランクに声をかける。炎はさらに勢いを増し、まるで村ごと飲み込むかのように、永遠と燃え続けていた。

 

 

(また………私は何もできないまま………)

 

 

また、目の前で命が失われる。犠牲を出さないと誓ったばかりだと言うのに………やりきれない思いがフランクの感情を支配する。

 

 

もうこれ以上、耐える事はできない。気がつけばフランクは車両から降り、火の海の中へと飛び込んでいた。背後から自分を呼ぶ部下の声を振り切り、無我夢中で生存者を探す。

 

 

「誰か……誰かいないのか!?」

 

 

燃え盛る炎の中、フランクは叫び続けた。もはや絶望的かもしれないが、一人でも生き残っている者がいれば………僅かな望みを抱きながら、村の奥へと突き進む。

 

 

すると、近くの瓦礫から小さく助けを求める声がフランクの耳に届いた。フランクは声を便りに瓦礫へと近づいていく。

 

 

そこには、木材に挟まれ身動きが取れなくなっている少年の姿があった。怪我をしているが、まだ息はある。フランクはすぐさま少年の元へ手を伸ばす。

 

 

「今助けるぞ!」

 

 

僅かな希望が生まれる。一人でも多く助けたいという信念が、フランクを強く突き動かしていた。

 

 

「熱い……熱いよ……」

 

 

今にも消えてしまいそうな少年の声。少年の目は虚ろで、それでも必死に手を伸ばす。

 

 

「もう少しだ……早くこの手に捕まれ………!」

 

 

こうしている間にも、瓦礫を焼く炎がフランクの身を焦がす。それでも、助けを求める少年の手を取るまでは退けない。たとえこの身体が焼き付くされたとしても。

 

 

「助け、て………」

 

 

少年の声が弱々しくなり、伸ばしている手に力が宿らなくなっていく。フランクは諦めるなと少年の意識を呼び戻そうとするが、

 

 

「助けて…………ジョ……シュア、お兄ちゃ―――――」

 

 

次の瞬間に木材が焼けて崩れ落ち、少年の姿は瓦礫と炎の中へ消えていった。もう、助けを呼ぶ声も聞こえない。フランクは絶望し、ただ呆然とその場に立ち尽くしている。

 

 

これが、この村で見た最後の光景。フランクは未だ燃え続ける炎の中で意識を失い、深い闇の中へと落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

「――――――ん」

 

 

意識が戻り、フランクはゆっくりと目を開ける。視界がぼやけ認識できたのは真っ白な天井。消毒液のような独特の匂い。察するに、ここは病室のようだった。視界が次第にクリアになっていく。

 

 

上半身を起こし、周囲を見渡すと部下が待機していた。部下達はフランクの意識が戻り、安堵の息を漏らしている。フランクは村で意識を失い病院へ搬送。手当てを受け、現在に至ると部下から説明を受けた。

 

 

単身で火の中へ飛び込み、少年を見つけ助けようとした事までは分かるのだが、そこから先は何も覚えていない。しかし、少年の救えなかった事への罪悪感だけが、フランクの心に残留していた。

 

 

「とうさま!」

 

 

突然、聞き覚えのある声がフランクの病室内に響く。病院を訪れたのは、クリスとフランクの妻であった。クリスはベッドに乗り、フランクの身体に飛び付き無邪気に笑っている。頭に包帯を巻いているものの、元気である事にフランクは安堵した。

 

 

「クリス……すまない。お前には本当に怖い思いをさせてしまった………全ては、私のせいだ」

 

 

クリスをそっと抱き締め、フランクは何度も謝り続ける。しかし、クリスは首を傾げ、何の事か理解していないようだった。不思議に思ったフランクは妻へと視線を向ける。

 

 

妻は表情を曇らせながら、医師からクリスの記憶が一部喪失状態にあると診断された事を明かした。テロに関する全ての記憶が失われ、一切身に覚えがないらしい。恐らくショックで一種の防衛本能が働き、その記憶だけが消えたのだろう。幸いといえば幸いだったかもしれない。

 

 

忌まわしい記憶など、無理に思い出させる必要はない。このままクリスが幸せに生きられるなら、それでいい。フランクは娘の温もりを感じながら、クリスが無事でいる事への喜びを噛み締めるのだった。

 

 

 

これが、業火の記憶の中で起きた真実。フランクの身に起きた過去の記録である。

 

 

 

 

 

「………これが、あの紛争で起きた真相の全てだ。私は何一つ救えず、紛争も止める事さえもできなかった」

 

 

希代の名将が聞いて呆れる、とフランクは自嘲気味に笑う。一方、真相を聞かされたクリスは言葉を失い、動揺を隠せずにいた。

 

 

「記憶、喪失………そんな………だって自分は何も………!」

 

 

フランクから語られた、紛争の真実と自身の過去。そんな記憶はない。思い出せない。思考が真っ白になっていく。全ては繋がっていたのだ――――現実が受け入れられず、クリスは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「フリードリヒ=タナー………まさかこんな形で繋がっていたとはな」

 

 

これも因果か、とサーシャ。こうして、三人を引き合わせたのは必然だったのかもしれない。そしてクリスもまた、記憶を失った紛争の犠牲者であった。

 

 

「………どうして、今まで黙っていたのですか。父様」

 

 

次第に冷静を取り戻し、隠していた事への疑念をぶつけるクリス。クリスの眼差しの先にあるのは、父親を信じたいという想いである。娘が向き合おうとしている以上応えねばなるまいと、フランクは話を続けた。

 

 

「私はずっと恐れていた………記憶が戻れば、お前の心が壊れてしまうのではないかとな」

 

 

フランクが真実を隠していた理由。それはクリスの忌まわしき記憶を封印する為だった。

 

 

あの時、クリスに何があったのかは分からない。ただ、記憶を忘却する程の事があったのだろう。もし記憶が戻れば、クリスがクリスで無くなってしまうのではないか………フランクにはそんな気がしてならなかった。

 

 

ならばいっその事、思い出さない方がいい。記憶など戻らなければいい。最初からクリスはあの場にいなかった。全ては悪い夢だったと、そう自分に言い聞かせて。

 

 

 

そして後に、フリードリヒがアデプトと協力関係にある事を知り、フランクはアデプト及びクェイサーに関わる全てを、クリスから遠ざけてきた。

 

 

だがそれも空しく、運命は過酷な現実を引き寄せる。川神市に謎の元素回路が蔓延した事により、サーシャ達アトスの人間が派遣された。そしてクリスは知ってしまったのだ、クェイサーやアデプトの存在を。

 

 

「できる事なら、知らないままでいてほしかったが………返ってお前を苦しめる結果になってしまった。父親失格だな………クリス、本当にすまない事をした」

 

 

全ては、クリスを忌まわしき記憶から守るために。その為ならばどんな手段も厭わない。たとえ最低な父親と思われ、軽蔑されたとしても。

 

 

「……………」

 

 

クリスは表情に影を落としたまま、フランクの言葉を黙って受け止めていた。感じたのは、娘を思う父親の愛情。クリスの心が、満たされていく。

 

 

疑念は晴れた。今クリスの前にいるのは、尊敬する父親の姿。否、最初からずっとそこにいたのだ――――そして側で見守ってくれていた。目頭が熱くなり、涙が溢れそうになるのをクリスは必死に堪えた。

 

 

「………父様。自分の事なら心配いりません。今の自分には、大切な友人が………仲間がいます」

 

 

もしも記憶が戻り、潰れてしまいそうになったとしても。サーシャや大和達となら乗り越えられる。一度は抱え込み自分を見失ってしまったが、サーシャと剣を交えた事で迷いは消えた。もう、一人ではないのだと。

 

 

そして何よりも、クリスの信じていた父親が此処にいる。娘を誰よりも愛する、フランク・フリードリヒの姿が。

 

 

「父様は………自分の誇りです」

 

 

"誇り"――――クリスはそう言ってフランクに微笑んだ。それはクリスにとって最も大切なもの。失いかけていた物を、この手に確かに取り戻したのである。

 

 

「………今まで蝶よ花よと育てていたが、いつの間にか大人になっていたようだ」

 

 

成長したな、とフランク。あの事件以来、今まで以上に愛情を注ぎ、過保護に育ててきたクリス。フランクの知らない間に、彼女は見違える程にまで変わっていた。父親として、こんなにも嬉しい事はない。

 

 

フランクはゆっくりと立ち上がり、クリスへと歩み寄る。そしてその身体をそっと、優しく抱き締めた。

 

 

「―――――クリス。生きていてくれて、ありがとう」

 

 

優しくて暖かい、フランクの抱擁。父親の温もり。娘への愛の形。クリスの今まで抑えていた感情が解き放たれ、堪えた涙が溢れ出した。フランクにしがみつくように、その場に泣き崩れる。

 

 

「…………めん、なさい………」

 

 

声を震わせながら、クリスは言葉を絞り出した。今にもかき消えてしまいそうな、小さな声。それは次第に大きくなり、心のままに泣き叫ぶ。

 

 

「ごめん…………なさい。とうさま、ごめんなさい…………自分、は………私は……うあああぁぁああ…………!!」

 

 

声にならない嗚咽。クリスは娘を想うフランクの深い愛情を知った。その涙は止めどなく、彼女の頬を伝う。溢れ出し、行き場をなくしたクリスの感情全てを、フランクは受け止め続けていた。

 

 

「サーシャ君………これが私の、父親としての愛情(すべて)だ。君には………歪に見えるかもしれないがね」

 

 

たとえ真実を虚構へ捻じ曲げ、手を汚したとしても。フランクはクリスを守り抜く。この命を捧げてでも。

 

 

しかしサーシャは首を横に振った。歪んでなどいない、と。

 

 

「フランク・フリードリヒ。お前は俺の心を震わせた。父親としてのその愛情に………偽りはない」

 

 

感銘と称賛が込められたサーシャの言葉。その言葉に救われたのだろう、フランクは静かに目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

父親と娘。二人の絆はより強く結ばれた。こうして真実は明らかとなり、全ては終わりを迎える。

 

 

クリスの失われた記憶はまだ戻らない。いずれ必ず、向き合う時が訪れるだろう。たとえその記憶がクリスを蝕もうとしても、乗り越えられる。

 

 

父親と、そしてクリスを支える仲間がいるのだから。

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