聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
松風の再登場(?)と、まゆっちの心にも変化が現れます。
「ふっかーーーーーーつ!!」
病院の入り口で、声高らかに叫んでいるのは由香里だった。側には由紀江と京も付き添っている。
水銀体の攻撃からクリスを庇い全身を負傷し入院していたが、僅か数日で退院した。医師も驚愕する程の回復力で、もう病院にいる必要はないですと言われたのだとか。
「まあ他にも気になった看護師を口説いたりして問題になったから、半ば追い出されたような感じだったけどね」
本当にしょーもない、と京。入院中も病院で色々と問題を起こしていたようである。
「………………」
一方。由紀江はと言うと、笑いもしなければ喜びもせず、無表情のまま沈黙を貫いている。一見、普通の人から見れば特に何も感じないのだが、由香里と京は彼女の静かなる怒りを感じ取っていた。
「ほら。まゆっちもカンカンに怒ってるよ?」
京は由紀江を指差しながら由香里に耳打ちする。流石にまずいと思ったのか、由香里は透かさず由紀江にフォローを入れる。
「ゆっきー………白衣の天使に
「別に私は怒っていません」
由紀江は感情のない声で由香里の言葉を遮り、これ以上の弁明を許さなかった。しかも、"由香里が可愛い女性に手を出すのはいつもの事ですから"と畳み掛ける始末。
普段は優しく、引っ込み思案な性格だった由紀江。由香里というもう一人の妹ができてから、由紀江は少しずつ変わっていった。
しかし、こんなに怒りを露にしている由紀江は今まで見た事がない。まるで別人だとさえ思うくらいに。由香里と京もこれはヤバい、と第六感が警告していた。
しばらくして、由香里達を呼ぶ声が聞こえてきた。遠方から三人のもとへと駆け寄る一人の姿。それはクリスだった。
「ゆかりん……その………退院おめでとう」
顔を合わせづらいのか、クリスは俯き加減のまま退院祝いだと言って由香里にケーキボックスを手渡した。由香里は目を輝かせながら品を受け取る。
「ああ、クリス………どんなに会いたかった事か!後、個人的に退院祝いはクリスの裸体にリボンを巻き付け″私の
「こっ、公共の場で恥ずかしい事を言うなこの変態!………とまあ一喝したいのは山々だが、今の自分にそんな資格はない」
本能の赴くまま接する由香里に対し、思わず反発してしまうクリス。いつもならこのまま説教するのだが、今は頭が上がらなかった。そもそも、説教した所で由香里の性癖は変わらないのだが。
「ゆかりん、本当にすまない。自分が不甲斐ないばかりに………それに、皆にも迷惑をかけてしまった」
恐れと迷い。それがクリスの足枷となり、こんな結果を招いてしまった。自分を庇い負傷してしまった事への罪悪感は、まだ消えていない。
「私はこの通り大丈夫だ、何も心配いらない」
気にするなと笑う由香里。そう言ってくれるとありがたい………クリスは力無く笑みを返した。
「私も大丈夫。クリスも色々大変だったみたいだね」
気付いてあげられなくてごめんね、と京。京は自分よりもクリスを気にかけていた。フランクとの一件をサーシャや大和達から聞き、一人で悩み抱えていた事を知ったのはつい先日の事である。
こんなに近くにいたのに気付けなかった………京の優しさが、クリスの胸を打つ。心配してくれている仲間がいるのに、自分は最低だと悔やみながら。
「………………」
そんな由香里と京に対し、由紀江は相変わらず無言かつ無表情のままである。その視線はただ真っ直ぐに、クリスへと注がれていた。突き刺すような瞳の奥からは、静かな怒りが渦巻いている………それはクリスにも感じ取れた。
「まゆまゆ………お前の言いたい事は分かる。だから今日は、けじめをつけにきた」
"けじめ"。自分自身と向き合うという事。クリスの心の迷いが仲間を傷つけてしまう結果を生んだ。
それが原因となり、由香里を危険な目に合わせてしまった事は自分にある。彼女を誰よりも心配していたのは由紀江なのだ………怒っているのも無理はない。謝罪をして済む問題ではない事は重々承知していた。
だから、こうしてクリスは此処にいる。自分自身の行いに、決着をつける為に。
「お願いだ、まゆまゆ………自分を殴ってくれ!」
懇願するように、クリスは由紀江に頭を下げた。その思いもよらぬ言動に驚いたのは、由香里と京だった。しかし固まっている二人を余所に、間髪を入れず由紀江はクリスに近づいて、
「―――――言われなくてもそのつもりです」
何の躊躇いもなく、クリスの頬を叩いたのだった。由紀江の全力とも言える平手打ちに、思わず痛みで叫びそうになるのを、クリスはぐっと堪える。
場の空気が、一瞬にして凍りついた。由紀江がこんな事をするなど、一体誰が予想しただろう………由香里と京の思考が完全に停止する。
「どうして私が怒っているか分かりますか?」
今まで沈黙を守っていた由紀江の口がようやく開かれ、クリスに理由を問いかける。クリスは叩かれた頬を抑えつつ、由紀江へと向き直った。
「自分の所為で、ゆかりんを危険な目に合わせてしまった事だろう?」
「確かに、由香里の事じゃないと言えば嘘になります。ですが私が本当に怒っているのは――――」
今まで無表情だった由紀江の表情が徐々に崩れ、悲しみの色に染まっていく。その目からは一筋の涙が頬を伝い流れていた。クリスを叩いたその腕は、小刻みに震えている。
「仲間を………頼ってくれなかった事です」
それは、クリスが仲間に心を打ち明けなかった事への悲しみだった。
一人で悩み、苦しみ、辛い思いをしているなら、誰かに助けを求めればいい。しかし、クリスにはそれができなかった。全ては自分の問題だと抱え込んで。
「クリスさんはとても真っ直ぐで、真面目で、正義感の強い人です。けど、人は一人じゃ生きていけません。何もかも背負い込んで………一人で全部できるだなんて思わないで下さい」
怒りと悲しみの混じった由紀江の叱責が、クリスの心に深々と突き刺さる。迷惑をかけたくない、自分で解決しなければ………それが仇となり、返って迷惑をかけてしまった。
「返す言葉もない………今後は何かあれば、皆にも相談する。本当に、すまなかった」
「………分かって頂けたなら結構です」
クリスはこれまでの行いを反省し、謝罪する。それを聞いた由紀江はこの話はもう終わりですと言って、改めてクリスへ向き直ると、突然頭を下げ一礼した。
「私の方こそ、出過ぎた真似をしてすみませんでした。無礼をお許し下さい………それとクリスさん、私からもお願いがあります」
そう言って頭を上げる由紀江。その表情は先程と一変、大量の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり顔を真っ赤にしながら激しく動揺している………いつもの由紀江に戻っていた。
「わ、わ、私を…………私の事も、ひ、ひひひ一思いに殴って下さいいぃいぃぃ!!」
「あ…………ええぇっ!?」
思わず、すっ頓狂な声を上げるクリス。由紀江は慣れない事をした所為で、思考がオーバーヒートを起こしていた。視点が合わず、目を回しながら口をパクパクさせている。
「ま、待て待て!悪いのは自分だ!そんな真似はできない!」
「おおおおお願いです!!でないとわ、わわ私、もももうどうにかなりそうでっ!!」
「い、いや、だから………」
互いに譲ろうとしないクリスと由紀江。その二人のやりとりを、呆然と眺め取り残される京と由香里。
「完全にキャパオーバーしてるね………さ、ゆかりん。ここは一つよろしく」
「わ、私か!?」
京にこの場を静めてと丸投げされ、どうしたものかと慌てて思考を巡らせる由香里。暴走している由紀江を止められるのは、由香里しかいない。
ならば、やる事は一つ―――――由香里はポケットからある物を取り出す。取り出したのは………松風のストラップだった。
「よし………行くぞ松風っ!!」
気合いを入れ、再び松風に魂を吹き込む由香里。そして、
『HEY!ファッ○ンガールズ!!アイムアビッグホース!ミーの息子もBig Horse!!!』
………………………………。
「……………………きゅう」
場が変な空気になったと同時に、ショックで由紀江は気を失い倒れてしまった。由香里は手の平に松風を置き、自信満々に松風を復活させたつもりだったのだが、しっくり来ないなと首を傾げている。
「む、何か少し違う気が………」
「大体合ってる。確かそんな感じだったよ、うん」
京はニヤニヤと笑いながらOKサインを出していた。絶対違うだろとクリスはツッコミを入れる。
一時的だが、由紀江を救う為に再び立ち上がった松風。しかし当の本人は意識を失っている。本当に救われたのだろうか。
「お~い、ゆかりん!元気そうだな!」
すると、今度は遅れて大和とサーシャ達がやってきた。キャップが声を上げながら手を振っている。
『待ちくたびれたぜ、ボーイズエンガールズ!ジャンボジェット発射準備OK!今すぐ絶頂フライトファッ○と洒落こもうぜ!YEAHHHHHH!!!!』
なおも叫び続ける松風。一部ドン引きするファミリー一行。事態はもう収拾がつかなくなっていた。
「松風か………懐かしいな。よくあんな風に喋っていたっけか」
「いやいや全くの別人だから!あれじゃもはや"キチ風"だよ!」
松風との思い出を染々と感じる百代と、透かさずツッコミを入れる卓也。松風(由香里)の暴走は止まる気配を見せず、病院の前では乱闘騒ぎが始まっていた。
「うぅ………」
気を失っていた由紀江が意識を取り戻す。悪い夢を見ていた気がする………そんな由紀江に、クリスはそっと手を差し伸べた。
「クリスさん………私は………」
「ありがとう、まゆまゆ。
仲間だからこそ。クリスは由紀江の気持ちを受け止め、大切なものをまた一つ得る事ができた。迷いの晴れたクリスの顔を見て安心したのか、由紀江はクリスの手を取り、優しく笑みをこぼすのだった。
「………こちらこそ、ありがとうございます」
互いに微笑む二人。彼女達の絆は消えることなく、その火を灯し続ける。
これからも、ずっと。
「ちなみに松風は再び封印されましたとさ」 by 京