聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
「ーーーーーーー」
意識が戻り、視界が徐々に開けていく。身体は気だるく、まるで長い間眠っていたような感覚。ゆっくりと覚醒していく意識の中、一子は自分の身に起きた事を思い返していた。
大剣使いと壮絶な戦いを繰り広げ、あと一歩の所で力尽きた所だけは覚えている。その後の事は分からない。大剣使いに止めを刺されたのだろうか………だとするならばここは死後の世界か。
そんな事を考えている内に、視界にぼんやりと誰かの顔が一子を覗き込んでいた。次第に視界がクリアになり、はっきりと目に映るようになる。
それは、まるで天使のような、美しい顔立ちをした女性だった。首には十字架のネックレス。黒い修道服に身を包み、澄んだ翡翠色の瞳は一子に安心感を与えてくれる。一子はその女性の膝を枕にして眠っていた。
そして、ああ、そうか………とある結論に至る。
「アタシ…………死んだのね………」
きっと天使が迎えにきてくれたんだと、穏やかな表情をする一子。戦いには負けてしまったが、何故だか今は心地よいと、瞼を閉じ永遠の眠りにつこうとしたその時、
「ーーーー何言ってるんだよ、君はまだ生きてるよ?」
一子の視界に、見覚えのある顔が入り込んできた。一子を襲撃した、大剣使いである。
「………………………………………へ?」
一瞬、思考が停止する。自分が生きている事実。大剣使いが目の前にいる現実。次第に状況を理解した瞬間、一子の表情が一気に青醒めた。
「ぎゃーーーーーーーー!?何でアンタがここにいるの…………い、いたたっ!?」
涙目になり絶叫しそうになるも、全身に痛みが走り声すら上げられない一子。しかし同時に、この痛みが生きているという実感を湧かせてくれた。
一子の右腕には肩から指先まで包帯が巻かれ、大剣使いによって受けた身体の傷も応急処置が施されていた。一子が倒れた後、この女性よって助けられたらしい。
「驚かせてはダメよ、リジー…………目が覚めたみたいですね。気分は如何ですか?」
優しく包むように語りかける女性。暖かみを感じるその声に、一子は警戒心を抱かなかった。この人は大丈夫だと、自分の勘がそう言っている。
「あ……………アタシは、大丈夫です。えっと、あなたは………?」
「私はテレサーーーテレサ=ベリアです。この子はリジー、私のパートナーです」
テレサと名乗る女性と、大剣使いのリジー。リジーは宜しくねと笑みを浮かべる。この二人は協力関係にあると言うが、敵であるとは思えない。それに今のリジーにも戦意は感じない。考えれば考える程一子には訳がわからなくなっていた。頭を抱え唸っている一子の心境を察したのか、テレサは話を続ける。
「疑問を抱くのも無理はありません。少なくとも私とリジーは貴方の味方ですから、ご安心を………川神一子さん」
「え………どうして………アタシの名前を………?」
一子の名前を知っている………しかし、彼女らとどこかで会った記憶はない。次から次へと疑問が生まれ困惑する一子に、今度はリジーが代わって受け答える。
「話はビッグ・マムから聞いてるよ、鍛えがいのある弟子ができたってね!」
さっきは急に仕掛けたりしてごめん、と申し訳無さそうに謝罪するリジー。その理由は一子の鍛錬の進捗状況を調べてほしいと言う、ビッグ・マムからの伝令だった。最初から命を奪うつもりはなかったらしい。加減されていた事に納得のいかない一子だったが、今は自分が無事である事に思わず安堵の息を漏らす。
そして同時に、彼女らがサーシャ達の仲間である事も理解した。リジーはクェイサーであり、テレサはパートナーの生神女だという。
リジーもまた、サーシャやカーチャとも引けを取らない強さを持つクェイサーの一人。元素は分からないが、少なくともカーチャと同じように模擬戦闘だった事は明白だった。
「……………………」
忘れていた敗北への悔しさが一子の中で再び湧き上がり、どうしようもなく涙が込み上げそうになる。その感情を振り払うように、テレサの膝から身体を起こしゆっくりと立ち上がった。
「………うっ…………」
立ち眩みで視界が僅かにかすみ、倒れそうになるのをテレサとリジーが側で支える。大丈夫かと心配してくれる二人の気持ちは嬉しかったが、惨めになる気がして一子は言葉を返す事ができなかった。
もう、帰ろう。リジーとの戦いがビッグ・マムにどう評価されるのかは分からないが、この結果ではもはや目に見えている。一子はありがとうございましたと礼を言うと、重い身体を引き摺りながら二人に背を向けて歩き出した。
しかし、待って下さいとテレサが去っていく一子を呼び止める。
「一子さんとお話がしたいと、院長から伝令を受けています」
「院長………?」
一体誰の事だろう。このまま帰ってしまいたい所だが、怪我の手当や看病をしてくれた二人を無視するわけにもいかない。せめて話だけでも聞こうと、一子は承諾した。
しかし、肝心の院長はどこにもいない。一子の目の前にいるのはテレサとリジー二人だけである。するとテレサは首のネックレスの十字架をちぎり、地面へと放り投げた。
瞬間。十字架は砕け散り、紋章が大きく地面に浮かび上がる。紋章は淡い光を放ちながら、一子達の前に一人の影を映し出していく。
そこに現れたのは、修道服に身を包んだ小柄な少女の姿だった。
『ーーーこうしてお話をするのは初めてですね、川神一子さん』
半透明姿の少女が口を開く。地面から突然現れた謎の少女に、一子は驚いて目を丸くする。
「え、え?何!?地面から人が生えてきた!?」
『これは元素回路によるホログラム。実体ではありませんよ』
「………??ほろ、ぐらむ………?」
『まあ、テレビ電話のようなものです』
そう言って小さく微笑む少女。この少女が、テレサの言っていた院長なのだろうか。少女はテレサとリジーにご苦労様ですと伝えると、一子に自己紹介を兼ね挨拶を交わす。
『申し遅れました。私はスコーレ養成所の院長を務めるーーーリトル・マムと言います。貴方の事はエミ………いえ、ビッグ・マムから聞いていますよ』
リトル・マム。ビッグ・マムが所属するスコーレの長であり、同時にアトスのクェイサー・生神女を育て世に送り出した信仰及び戦術の教官。外見は幼女そのものだが、彼女からは言葉では言い表せない程の威厳を感じる。
この人には、逆らえない………一子の直感がそう告げていた。緊張からか身体が強張り、返す言葉が見つからず動揺している一子に対し、そんなに固くならないでとリトル・マムは笑う。
『先程の戦闘、テレサの元素回路を通して拝見しました………合格です。道理でビッグ・マムが気に入るわけですね』
リトル・マムの目的。リジーとテレサを派遣し、一子自身を見極める事だった。ビッグ・マムが言ったように、スコーレで修行する以上は中途半端な覚悟では乗り切れない。
これから一子が学ぶものは、武道とは似て非なる本当の"戦い"である。それをビッグ・マムらが一から叩き込むのだ………途中で諦めずやり通せるか否か、改めて一子を試させてもらったとリトル・マムは話す。
「…………………」
正直な所、一子は喜べなかった。リジーとの戦いに敗れ、一体何が合格だと言うのか。武道と同じく、結果を出さなければ意味がない。バカにされたような気がして、悔しさと怒りが込み上げそうになるのを理性で抑え込んだ。
確かにスコーレで修行を積めば、今よりもこの力を扱う事ができるかもしれない。元素回路により強制的に目覚めてしまった力は、もうどうする事もできないのだ………なら少しでも鍛錬を積み、自分自身を制する事が今の一子にできる唯一の方法だった。
しかし現実はそう甘くはない。以前よりも改善はしているものの、技を使えば使う程体力は消耗し、その度に身体が悲鳴を上げている。こんな状態で修行などできるのだろうか………そんな一抹の不安を抱えつつも、一子は鍛錬を続けてきた。
だが結局、何一つ結果を出せていない。一子の目指す川神院師範代、すなわち武のプロフェッショナルは結果が物を言う世界。それは実戦も同じく、敗者には何も残らない。負ければ負ける程、追い詰められている自分がいる。
諦めない、と自分にそう言い聞かせ何度も立ち上がった。心と身体を擦り減らしながら、結果を出そうと何度でも繰り返し続けた。それでも思うようにいかない。
一子の感情の器が、音を立てて崩れていく。
『私は途中で根を上げてしまうのではないかと心配していましたが………どうやら杞憂だったようです。貴方の才能はーーー』
「ーーーー合格って、何がですか?」
小さく消えてしまいそうな一子の声が、リトル・マムの話を遮った。右の拳は震え、痛々しく巻かれた包帯からは血が滲み出している。
才能、適正………もう何もかもうんざりした。今まで抑え込んでいたものが溢れ出し、行き場のない怒りと悲しみ、悔しさが一子の感情を爆発させた。
「………才能とか、試すとか………勝手な事ばかり言わないで!!」
一子の悲痛な叫びが、空に響き渡る。それは、自分自身と周囲に対する怒り。筋違いだと分かっていても、ぶつけずにはいられない。溢れ出した感情はなおも止まらず、表情が涙でぐしゃぐしゃになる。
「アタシは………結局勝てなかった!ずっとずっと負け続きで………何の結果も出せてない………何も変わってない!!」
これまで抱えてきた一子の葛藤。吐き出される言葉の重みは、一子にしか分からない。
「それだけじゃない。この力だってまともに扱えないし………さっきの技だって………せっかくお姉様みたいに使えたのに…………自分でも分かるの!次はもう、こんな怪我じゃ済まないって…………」
震える右の掌を見つめながら、一子は悟る。技の反動で負傷した右腕。次は間違いなく腕の骨が砕け散る………それ故にたった一度きりだと、自覚していたのかもしれない。戦う度に壊れていくような身体では師範代になど、なれるわけがない。
「………こんなの才能なんかじゃない。アタシへの罰なんだわ、きっとそうよ!!強くなりたいだなんて夢を見たから、アタシはーーー」
『ーーーー最後まで話を聞かない子は、おしりペンペンですよ!』
突然のリトル・マムの一喝が、場の空気を一変させた。彼女の言葉には、有無を言わせない程の威圧感を感じる。感情にまかせ言葉を吐露し続けていた一子も我に返り、リトル・マムへと視線を戻した。リトル・マムは表情にこそ表さないが、その瞳からは静かな怒りが宿っていた。
『その力が何なのか………今は解りかねますが、それでも貴方の一部である事は変わりません。ましてやそれを"罰"などと、安易に言うものではありませんよ?』
「……………………ごめんなさい」
視線を落とし、一子はリトル・マムへ謝罪する。返す言葉もなく、取り乱した自分が情けなくて顔を上げる事すらもままならなかった。
一度は目覚めた才能だと思っていた一子。しかし一子が想像していたものとはかけ離れたものだった。
諸刃の剣。行使すればする程体力が容赦なく削られていく。苦悩の連続だった一子の精神はついに限界を迎え、気がつけば感情のままに泣き叫んでいた。才能ではなく罪だと否定して。
しかし、それは間違いだとリトル・マム。一子の異能は身体の一部であり、どう扱うかは本人次第。理解していたつもりだったのに………結局何も分かっていなかった自分に、一体今まで何をしてきたのだろうという悲しさだけが残った。
そんな一子の様子を伺い、落ち着いた事を確認したリトル・マムは仕切り直しです、と言って話を再開する。
『才能………確かに聞こえはいいですが、それだけで強くなれるなら誰も苦労はしません。私が評価したのは貴方の持つ"力"ではなく、それよりももっと大切なものです。それはーーー』
リトル・マムが一子を認めた理由。才能よりも最も必要な事。それは、
『最後まで、生きるのを諦めなかった事です』
「ーーーーー!」
勝つ為ではなく、生き延びる為の力。これまでの戦闘や鍛錬の中で導き出した一つの答えであり、今在るべき姿。一子の表情に光が差し込んていく。生きる為に最後まで戦い抜く意思………身体と心が覚えている。結果を出す事に拘るあまり、自分を見失いかけていた事に気付かされた。
『結果を出したいという気持ちはよく分かります。ですが、焦りは足枷にしかなりません。今はより多くの経験を積み、多くの敗北を知るのです。自分の未熟さを受け入れる事もまた、鍛錬の一つ………できますね?一子さんーーーいいえ、川神一子』
その覚悟はあるか、と。リトル・マムの問いかけには重みがあった。それができなければ、修行する資格はない。この先もまた挫折し、試練と言う名の壁が立ち塞がるだろう。それでもなお、強さを求めるか………一子の答えは既に決まっていた。
「………………やります。ここまでやってきたのに、理由つけて逃げるなんて………絶対にできない!」
もう、決して逃げない。一度は心が揺らいでしまった一子だが、これが最初で最後だと自分に強く言い聞かせた。その一子の意気込みに満足したのか、リトル・マムの表情に笑みが戻る。
『では、改めてーーーースコーレ院長、リトル・マムの名において。川神一子を正式にスコーレの研修生として迎え入れる事を、許可します』
リトル・マムは高らかに告げ、一子をスコーレの一員として歓迎するのだった。側で見ていたテレサとリジーからもよかったね、と自分の事のように喜んでいる。一子にも笑顔が戻り、ありがとうと感謝の言葉を述べた。
『それでは一子、テレサ、リジー。今度は直接会える日を楽しみにしていますーーーー貴方達の歩む未来に、主の導きと祝福があらんことを』
彼女らに祈りを捧げ、リトル・マムが別れを告げた瞬間、立体映像は消えたと同時に紋章も消失した。まるで夢のような出来事が終わり、一子はテレサ、リジーへと向き合った。
「………テレサ、怪我の手当ありがとう!それとリジー。さっきの勝負、久々に心が震えたわ!けど次は負けないわよ!」
首を洗って待ってなさいと、リジーとの再戦を予告する一子。活気が戻り、"いつもの"一子の姿がそこにあった。テレサは微笑み、リジーは受けてたつと元気よく返事を返すのだった。
これは一子しか知らない、彼女達との出会い。その出会いは、一子の人生を変える大きなきっかけになる………それを知るのは、まだ先の話。
勇往邁進。これからも彼女は突き進んでいく。一子が望む、目指すべき未来を。