聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
夢を見ていた。
視界に広がるのは無限に広がる地平線と、何もない真っ白な空間。僅かな音も聞こえず、静寂無垢なこの場所で京はただ一人立ち尽くしている。
(……………何もない)
しょーもない夢を見ていると、溜息を漏らす京。悪夢よりはマシだが、ここまで虚無一色となると返って気味が悪い。
「………………ん?」
背後に気配を感じる。京は後ろを振り返ると、そこには京ーーーー自分自身の姿があった。
「私…………なの?」
目の前にいる自身の姿に、違和感を覚える。確かに京なのだが、京であって京ではないとも言える。それ故に自分であると確信が持てない。何故なら京には、
「違う…………私じゃなくて、華?」
華にも見えていたからである。しかしそれもまた、華であって華ではない。この哲学的状況は、一体何を意味しているのだろう。
すると
「…………………っ!!」
唇を重ね、そっと口付けを交わすのだった。拒む隙も与えない程の刹那的瞬間。突然の出来事に思考が働かず、京は彼女の接吻を受け入れる事しかできなかった。夢だと言うのに、その感触はあまりにも現実味が色濃く感じられる。
「ーーーーーーー」
唇を離し、優しく微笑む
(え…………ええぇええええええぇぇぇえええ!?)
この上なく動揺していた。異性からではなく、同性によるキス。しかもその相手が自分(?)自身。もう訳がわからない。冷静でいろと言う方が無理な話である。
しかし………不快感はなかった。むしろ嫌ではないとさえ感じてしまう。それが不思議でならない。
"ーーーー汝、我を愛せよ。我もまた、汝を愛せん"
心に直接語りかける、彼女の声。その言葉が何を意味しているのかは分からない。
「あなたは、誰なの?私?華?それとも………」
京の問いに対し、
"ーーーーー
京であり、華でもある彼女の存在。夢の中で、何を伝えようとしているのだろうか。京は彼女の言葉を受け入れ、目を閉じ静かに耳を傾けた。
"
「ーーーーーーーー!!」
唐突に夢が終わり、京の意識は現実へと引き戻された。目を開けると、視界には見慣れた天井。ここは島津寮で自分の部屋である事を認識する。
(………………変な夢)
説明のつかない夢の顛末。人が見る夢の内容の殆どは解釈できないと言うが………これは如何なものか。考えた所で無意味だと分かっていても、詮索せずにはいられない。しばらく頭を捻っていたが、所詮は夢なので京は思考を打ち切った。
(でも夢とはいえ、私のファーストキスが奪われるなんて………)
何とも目覚めが悪い、と肩を落とす京。どうせ夢なら、大和にされた方がよかった………そんな事を思いながら、京は朝の支度を始めるのだった。
放課後、川神市某図書館にて。
授業を終え下校した京は寮には戻らず、一人で図書館へと足を運んでいた。歴史書や伝承の類の物等、あらゆるジャンルの書物を手に取っては、ひたすらに項目を捲り続けている。
夢の中で聞いた彼女の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。たかが夢の内容なのに、一体何をやっているのだろうと呆れている自分がいる。それでも京は手を止めず、探し続けた。
(…………やっぱり、ないよね)
結局探している物は見つからず、積み立てられた本の山を眺めながら途方に暮れる京。元々期待はしていなかったが、公共の図書館にクェイサーや
歴史の裏で戦いを繰り広げてきた、クェイサーという存在。そして元素回路。サーシャ達に出会うまでは存在自体知らなかった。知っている人間はごく一部のみ。
そもそも、何故
彼女に導かれている、そんな気がして。
「ーーーー調べ物ですか?京さん」
ふと、後ろから京に声をかける男性の声。振り返るとそこにはユーリの姿があった。気配がなく、幽霊のような存在感。そして右眼の眼帯。相変わらず不審者そのものにしか見えない。
「まあ、そんな所です。そしてユーリさんは背後から私を視姦………NOMORE性犯罪。摘発しないと」
「はは………これは手厳しいですね」
京のノリをさらりと笑顔で躱すユーリ。掴み所のない怪しさ全開の中二病神父(京の個人的見解)。突くと一体何が出てくるのだろう………いっそ眼帯の秘密でも聞き出してみようかと考えていると、ユーリは積まれた書物を手に取り適当に
「………もしかして、クェイサーの歴史について知りたいのではありませんか?私でよければ、できる範囲でお答えしますよ」
京の心情を読み取るように、涼しげな表情で答えるユーリ。察しの通りである。夢で告げられた彼女の言葉………それがクェイサーと関係しているのかは分からない。知らないと言えばそれまで、ただの夢だったと話は終わる。
しかし、ただの夢だとは思えない。知りたい、知らなければという一種の使命感が京の中で芽生え始めていた。ユーリならーーーアトスの人間なら何か情報知っているかもしれない。僅かでも可能性があるのなら………と、京はユーリに訪ねた。
「………''レゾネイター''って言葉、知りませんか?」
「ーーーーーーーー」
その言葉を聞いた瞬間、項目を捲るユーリの手が止まる。二人の間に流れる空気が重くなり、張り詰めた糸のような緊張感が京の肌に伝わる。まるで触れてはいけない何かに、触れてしまったように。
「…………………………………それを、どこで?」
刺し貫くようなユーリの鋭い視線。先程の表情とは一変、感情のない無機物へと変貌したユーリに、京は恐怖を感じていた。命の危険さえ、覚えてしまう程。
「あ………その……………夢、です。夢で聞いたんです。クェイサーの事と、何か関係あるのかなって。それで…………」
絞り出した京の声は、微かに震えていた。心臓の鼓動が早くなり、全身が脈打つ感覚。逸らす事すらも許されないユーリの視線は、逃すまいと京を射止めている。
(夢………………成程、そういう事ですか)
思考した末に一人納得するユーリだったが、同時に京の表情が引き攣っている事に気付く。余程自分が怖い顔をしていたのだろう、ユーリは表情を崩し、これはすみませんでしたと一言置いた。
「京さん、少し時間はありますか?」
「……………はい?」
唐突なユーリからの誘いに、思わず変な声を上げてしまう京。場所を移し、話がしたいのだという。それはつまり、ユーリが"知っている"事を意味していた。
「貴方にお話しておきましょう。雷の