聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
今回は「聖痕のクェイサー」サイドのエピソードになります(※一部オリジナル設定あり)
メイドカフェ。
それは、かの地に咲き誇る秘密の花園。彼の者達が追い求める理想郷。憩いと安らぎの地。
そこには、頭に白いカチューシャ。フリルのついたエプロン。短いスカートという正装に身を包んだメイドが主人である人達を接客―――奉仕をしている。
全てはご主人様の為に。彼女らは今日も奉仕に勤しむ日々を送っていた。
そんな中。客席で優雅に紅茶を嗜むカーチャと、赤面し視線を泳がせながら周囲を見回す心の姿。心は銀のトレイを片手にメイドの衣装に身を包み、胸元に可愛く″こころ″と書かれたネームプレートをつけている。
そう、彼女は今歴としたメイドなのである。
「よく似合ってるじゃない、心」
悪くないわ、と心のメイド姿を楽しむカーチャ。褒められているのか、それとも弄ばれているのか。どちらにせよ辱められている事に変わりはないと心。
(どうして………どうして、此方がこんな格好を………)
高貴で由緒正しき自分が、何故メイドに………置かれている状況に後悔する心を、カーチャはクスクスと笑っていた。全てはカーチャの手の平の上。心の性格を知り尽くしたが故の、必然の結果なのだから。
数日前、不死川邸にて。
友人に招待され、最近オープンしたメイドカフェへと赴く事になったカーチャ。友人は財閥の令嬢で、カフェのオーナーを担っているらしい。
面白い事になりそう………そう思ったカーチャは心にも声をかけた。
当然、何か裏があるに違いないと警戒する心。しかし流石に公衆の面前では何もして来ないだろうと高を括る筈………案の定、心はOKを出した。
当日。外出を見送る侍女達の前でカーチャは、
"今日は心お姉様、メイドカフェでアルバイトをするんだって!毎日お世話をしてくれる、侍女の皆さんの気持ちを理解する為にって………だからカーチャも一緒に応援しにいくの♪"
とんでもない事を言い出したのである。それを聞いた侍女達は大号泣。"何てお優しいお方"、"ご立派になられて………"と心に尊敬と感謝の眼差しを送っていた。
そんなおろおろと泣く侍女達に今更違うとも言えずその通りと言わざるを得なかった。やられた、と今更気づいても手遅れ。もはや逃げ道はなし。
こうしてカーチャによる"心、はじめてのメイド体験"が幕を開けたのだった。
そして現在。
カーチャは招待客として。心はメイドとして今に至っている。
「そろそろ待ち合わせの時間ね………」
時計を確認しながら友人の到着を待つカーチャ。これからカーチャの友人がやってくる………失礼な事があれば何をされるか分かったものではない、と背筋を凍らせる心。額から冷や汗が滴り落ちる。
仕事のマニュアルはどうにか頭に叩き込んだつもりだが、所詮は付け焼き刃。ましてや何不自由なく育ってきた心にとって、アルバイト自体が初体験である。
どうしたものかと頭を悩ませていると、カフェの入口の扉が勢いよく開いた。側で待機していたメイド達が揃って一礼し、丁重に来客を出迎える。
来客した人物はカーチャの友人―――――辻堂財閥の令嬢、辻堂美由梨だった。
「――――ああ、カーチャ!
挨拶をするや否や、会いたかったですわとカーチャに近付き再会の抱擁をする美由梨。カーチャも久しぶりに会えて嬉しいと、美由梨と抱擁を交わす。
「――――――――――――――え」
現れた美由梨の姿を前に、心の表情が一瞬にして凍りつく。何故なら、
(つ…………つつつつつつ、辻堂美由梨いぃぃ!?)
彼女は心の知人だからである。辻堂財閥とは付き合いがあり、社交場で何度か顔を合わせていたが………事ある毎に火花を散らす仲で、友好関係は良い方ではない。おまけに性格的にも、スタイル的にも(特に胸)苦手な存在だった。
そしてよりにもよって、今はメイド姿。都合が悪い事この上ない。心は咄嗟に持っていたトレイで自分の顔を覆い隠す。
その心の仕草を、カーチャは見逃さなかった。どうやら美由梨の事を知っている………ますます面白くなりそうだわ、と。
「……………む?」
程なくして、心の存在に気づいた美由梨。心の顔はトレイで隠れて見えない。その接客態度に対し美由梨は怒りを露わにする。
「ちょっと、そこのメイド!主人である私達の前でその態度は何事ですの!?顔をお見せなさい!」
失礼ですわと心を指差す美由梨。正論だが、今このトレイを下ろしてしまえば正体がバレてしまう。無理、絶対に無理と拒否を貫く心。
(……………うぐっ!?)
突然、右足に強烈な痛みが走る。足元を見下ろすと、カーチャの踵が右足にめり込んでいた。さっさと顔を見せろという圧力を感じる。小さな抵抗も虚しく、心はゆっくりと顔からトレイを下ろすのだった。
「……………?貴方は確か………」
心の顔をじっくりと眺め、思考を巡らせながら自分の記憶を辿る美由梨。次第に思い出してきたのか、目を見開き"不死川心!!"と大声で叫んでいた。
「何故貴方がここに?それに、その格好………まさか不死川家から破門されてアルバイトを―――」
「ち、違うのじゃ!これには理由が、」
反論しようとした瞬間、美由梨は人差し指を心の口元に突き出し、口の聞き方が悪いと鼻息を鳴らす。
「理由はどうあれ、貴方はここの店員――――メイドです!主人に対する姿勢ではありませんわ!」
非の打ち所のない、完膚なきまでの正論。肩書は関係なく、今はメイドカフェの定員。そして美由梨はオーナー。余程の事がない限り、逆らえる立場ではない。
不本意だが負の感情を押し殺し、心は眉をピクピクさせながら、口角を歪に吊り上げて謝罪する。
「も…………申し訳ございませんでした。お嬢さ………み、美由梨お嬢………様」
「その引き攣ったような笑顔………貴方、メイドとしての自覚はありますの?」
話になりません、と一蹴する美由梨。そもそも基礎がなっていないと、ここぞとばかりにダメ出しを言い放つ。言い返せないのを良い事に………心はトレイを握りしめながら、必死に怒りを堪えていた。
(全く………手間がかかるわね)
このままでは埒が明かない。心の様子を見兼ねたカーチャが、美由梨に経緯を説明する。心がアルバイトの体験中だという事。今、カーチャが不死川家でお世話になっているという事も。事情を聞いた美由梨は眉間に皺を寄せながら心を眺め回した後、納得したのか小さく息をついた。
「貴方………前々から高慢で性格が悪いと思っていましたが、少しだけ見直しましたわ。使用人の為に自ら買って出るその心意気――――しかと私の胸に届きました」
これは店のオーナーとして一肌脱がなければなりません、何かを決意する美由梨。彼女は心を指差し、高らかに宣言する。
「不死川心。今からこの私………辻堂美由梨が、貴方を立派なメイドにして差し上げます!」
突如として始まりを告げた心のメイド化計画。そうと決まれば善は急げですわ、と携帯を取り出し連絡を取る美由梨。何でも、メイドのスペシャリストに心当たりがあるのだという。
何故だろう………心には嫌な予感しかしなかった。
「―――――お久しぶりですわ、英雄さん。急な用件で申し訳ないのですが、実はかくかくしかじかで………」
"英雄"という言葉にビクッと反応する心。話相手は、まさか………心の胸がざわつき始める。
そして、その嫌な予感は見事的中する事となる。
「えぇ………ですので是非、あずみさんをお借りしたいのです」
………………………………。
その名前を耳にした途端、心の頭の中が真っ白になった。口から魂が抜けるような喪失感。徐々に顔色が蒼白色に染まっていく。もう自分が生きているのか、死んでいるのかさえ分からなくなっていた。
――――波乱のメイド体験が、始まる。