聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
夕日が登り始め、空が茜色に染まる下校の時間。
生徒達が帰宅し、校門を出てそれぞれの家へと帰っていく。
その中には百代の姿もあった。一人で帰り歩く百代の後ろ姿は、どこか寂しげだった。
そんな百代を、学園の屋上から見下ろしている人物が1人。
臨時講師、ビッグ・マムだった。
「さて、どうしたもんかね」
独り言のように、ビッグ・マムは呟く。
百代と対決してからもう数日が経つ。あの日以来、百代の様子を観察していたビッグ・マムだったが依然と百代に変化はなく、無気力というより諦めに近いものを感じる。
やはり、答えはまだ見つけられていないようだった。
「…………」
腕を組み、目を閉じて考えに耽る。このまま百代が何も変わらなければそれまで……と、鉄心には宣告をしている。
手助けをするつもりはない。これは、百代自身が乗り越えなければ意味がないのだから。
(もう少し、様子を見るか)
変わって欲しいと思う気持ちは、ビッグ・マムも同じ思いだった。
彼女には、気持ちの整理をする時間が必要なのかもしれない。ビッグ・マムは大きく空気を吸い込み、静かに息を吐くのだった。
「――――そこにいるのはわかっている」
屋上の入り口に背を向けたまま、ビッグ・マムは声を上げる。
「隠れているつもりだろうが、アタシにはバレバレだよ。さっさと出てきな……川神一子」
「………」
屋上の扉がゆっくりと開く。現れたのは気まずそうな表情を浮かべた一子だった。
一子はビッグ・マムに近づくと、早速話を切り出した。
「ビッグ・マム講師。相談があります」
一子の目は真剣であった。ビッグ・マムは百代の事だろうと理解する。
「川神百代のことだろう?」
振り返る事なく答えるビッグ・マム。一子は頷いて、今の百代の様子について話し始めた。
「はい。講師と決闘してから、ずっとあの調子なんです。なんていうか、いつも何かを求めているみたいで……だから、アタシに何かできる事があれば―――」
「ほう。それで、アタシのところに相談に来たってわけかい」
ようやくビッグ・マムは一子の方へと振り返る。だがその表情は厳しかった。
「ダメだ。手を出す事は許さない」
「え……ど、どうして!?」
「これはあの子の問題だ。あの子が一人で乗り越えなければ、成長にならないからだよ」
ビッグ・マムの厳しい言葉に、そんな……と小さく声を漏らす一子。
しかし、自分の大切な姉であり、目標である百代の為だ……ここで引き下がる訳にはいかない。一子はビッグ・マムに食い下がった。
「アタシは、それでもお姉さまの力になりたい」
「お前の気持ちは分かる。だがね、そっとしておくのも一つの思いやりだよ。分かるね?」
時にはそっと見守る事も大切だと一子に諭した。しかし、一子は納得のいかないような表情でビッグ・マムを見上げている。
「ふむ………」
ビッグ・マムは腕を組み、しばらく一子を凝視し始める。すると突然右手を伸ばし、一子の右胸を鷲掴みにした。
「ひゃうっ!?」
いきなり胸を揉まれ、思わず身体をビクッと震わせる一子。ビッグ・マムは、じっくりと揉みほぐしてはうんうんと頷いて、何かを感じ取っているようだった。
散々揉み倒し、満足げに頷いたビッグ・マムはようやく手を離す。一子は突然の出来事にあわわわわと声を上げ、ぶるぶると胸を隠すようにして震えている。
「なるほどねぇ……そういうことか」
一子の胸を触った手を見ながら、ビッグ・マムは一子の中にある本質を見抜いていた。
ビッグ・マムの異名である“地獄の乳揉み師”……そう呼ばれるだけあって、女性の本質が分かるその腕は本物である。
「お前は本当に姉思いのいい妹だ、感心するよ」
ビッグ・マムは一子を賞賛した。しかし次の言葉に、一子は驚愕する事になる。
「だがあの子を心配しているその裏で、自分の目標が失われる事を恐れている………違うかい?」
「―――――!」
薄々と感じていた本心を見抜かれてしまい、一子は声も出せなかった。
百代は自分の目標である。ここで百代が答えを見つけられないまま“終わって”しまえば、自分の目指すべき目標が失われる……それは一子にとって、何よりも恐怖だった。
「あ、アタシは……」
何も言い返せず、拳を握りしめ、地面に視線を落とす一子。
その瞳には、本心に気付かされてしまった恐怖と悔しさで震え、今にも泣き出してしまいそうな程に弱っていた。
ビッグ・マムはそんな一子の様子に同情する事なく、さらに残酷な一言を口にする。
「川神一子。はっきりと言わせてもらうよ、お前には武術の才能は……殆ど皆無だ」
初めて一子達と手を合わせたあの時に、ビッグ・マムは感じていた。
彼女は努力の天才ではあるが、百代や鉄心のような、並外れた武術の才能は殆どない。
それを諭す事で、百代に対する思いがどれ程のものか、見極めようとしていた。ビッグ・マムはさらに続ける。
「お前が目標にしているものは、水に写った月を掴み取るようなものだ。少なくとも、アタシから見ればお前の今持つ才能が開花する可能性は、ほぼゼロに等しい」
一子が目指す目標。いくら努力をしても、届かない領域がある。百代に執着して助けになったとしても、いずれは一子が傷付くだけである。
「それでもお前は……お前の目標である川神百代の力になると言い切れるのかい?」
ビッグ・マムは問う。一子が失う事を恐れる、川神百代という目標を。届かないと分かっていてもなお力になるか……その覚悟を。
だが一子に迷いはない。たとえ力になれなかったとしても、その目標が叶わぬ夢だとしても。その結果、自分が傷つく事になろうとも。
一子の答えは、一つだった。
「アタシはそれでも……お姉さまを助けてあげたい!」
一子は再びビッグ・マムを見る。真剣で、覚悟のあるその眼差しは本物であった。
(ふっ……この子は)
ビッグ・マムは心の中で微笑む。一子の気持ちを揺さぶったつもりだったが、最初から答えは決まっていたらしい。それなら、わざわざ自分の所へ来る必要はないだろうに。
もしかしたら一子も百代と同じように、確かな“答え”が欲しかったのかもしれない。
「そうか。お前がそこまで言うなら、好きなようにするといい。アタシは止めないよ」
背を向け、さっさと百代の所へ行きなとビッグ・マム。その言葉に一子は思わず涙した。
「はい……ありがとうございました!」
流した涙を拭い去り、深く礼をすると、一子は屋上の扉に向かって走り出した。その様子を、ビッグ・マムはただ静かに見送っている。
(川神百代……いい義妹を持ったじゃないか)
ここまで思ってくれる人間がいる……幸せ者だとビッグ・マムは思った。きっと彼女なら百代を変えてくれるきっかけになるかもしれない。
(しかし、妙だねぇ……)
本人には言わなかったが、一子の胸を揉んだ時、ビッグ・マムはほんの僅かに妙な違和感を感じ取っていた。
一子の中に表現できないような、ただならぬ“何か”を。