聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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第2章「一子編」
12話「災厄の予兆」


とある夕暮れ時の事。

 

ポニーテールを靡かせて、腰にタイヤを結びつけたロープを引き摺りながら、一子は多馬川が流れる土手道を駆け抜けていた。

 

「ゆー、おー、まいしん!ゆー、おー、まいしん!」

 

自ら掲げる言葉を掛け声にしながら走り続ける一子。百代という目標のため、今日も走り込みという名の鍛錬に明け暮れていた。

 

いつか、百代のようになる。そんな強い願いを胸に秘めて。

 

 

 

“川神一子。はっきりと言わせてもらうよ、お前には武術の才能は……殆ど皆無だ”

 

 

 

鍛錬の最中に、ビッグ・マムの言い放った言葉が頭を過ぎる。一子はそれを振り切るように、ただひたすら走り続けた。

 

才能がない……自分でもそれは分かっていた。けれども諦めきれない自分がいる。

 

 

 

“この際だ、はっきり言ってやる。ワン子―――――お前には武術の才能がない”

 

 

 

一子を苛むように、百代の言葉が脳裏に蘇る。認めたくないと一子はがむしゃらに走り続けた。

 

土手道を走って走って、走り続けて……どこへ向かうわけでもなく駆け続ける。

 

やがて次第にスピードが落ち、そして……とうとう一子は足を止めた。地面に視線を落とし、誰に問うわけでもなく小さく声を漏らす。

 

「アタシ……こんな事してる意味、本当にあるのかな」

 

このまま修行と鍛錬を続け、何かが変わるのだろうか。百代のようになれるのだろうか。もしなれなかったら……そう思うと、不安で押し潰されそうになる。

 

自分に自信がなくなっていく……一子の中で、大きな迷いが生まれ始めていた。

 

 

 

夕日が落ち始める頃。タイヤを椅子代わりにして座り、一子は茜色に染まる多馬川を眺めていた。まるでその向こうにある何かを求めるように、切なげに眺め続ける。

 

“勇往邁進”。恐れる事なく、自分の目標に向かって前へ進む。その決心が揺らぎ始めていた。

 

こんな気持ちで鍛錬に集中などできない。今までこんな事はなかったのに……葛藤が生まれ、一子の迷いが大きくなっていく。

 

強くなりたいのに、なれない。やはり才能がない人間には無理なのだろうか。夕日と共に心が沈み、諦めようと思ったその時だった。

 

「――――もう走られないんですか?」

 

突然、背後から声をかけられる。一子は振り返ると、そこには背の高い、黒いスーツを来た金髪の男が立っていた。金髪の顔は優しく微笑み、ワン子に声をかける。

 

「すみません。貴方があまりに直向きに走っていたもので、つい見入ってしまいました」

 

金髪の男が苦笑いしながら答える。少なくとも、悪い人ではないだろうと一子は思った。

 

「えっと……お兄さんは?」

 

「私は観光でやってきた者です。それにしても……ここは良い所ですね」

 

緩やかに流れる多馬川の風景を見て、金髪の男は思わず感服する。旅が好きで、今回は川神市に旅行へ訪れたのだと言う。

 

「貴方はよくここへ来るのですか?」

 

「え……はい、鍛錬のコースにしてるんです。いつも走るのが日課で――――」

 

と、そう言いかけて一子は口を閉ざしてしまった。悲しげに、視線を川の向こう側へと向ける。

 

また明日も続けられるだろうか。自分の目標に向かう事ができるだろうか。今の一子には、できると言い切れる程の自信はなかった。

 

そんな一子の様子が気になったのか、金髪の男は一子の隣に腰掛ける。

 

「何かお悩みのようですね。差し支えなければ……お話しいただけませんか?」

 

これも何かの縁です、と金髪の男は笑う。一度は考え込む一子だったが、今の気持ちを吐き出せば、少しは気が紛れるのではないか……そう思った一子は、今の自分の心境を話し始めた。

 

自分の自信が失いかけている事。自分の目標に辿り着けないのではないか、不安でいる事。迷っている事……一子は胸に秘めた思いを全て曝け出す。

 

「アタシ、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……やっぱり、アタシじゃ無理なのかな」

 

独り言のように呟く一子。金髪の男は一子の方に顔を向けながら、それを黙って頷きながら聞いていた。すると金髪の男は再び多馬川に視線を戻し、一子にこう告げる。

 

「大丈夫ですよ。貴方ならきっと、ご自身の願いを叶えられます」

 

「え……?」

 

一子は金髪の男を見る。まるで、そこに救いを求めるかのように視線を向けていた。例え根拠がなかったとしても、その一言は嬉しい。

 

「信じる者は救われます。だから貴方も、自分を信じてください」

 

金髪の男はポケットから何かを取り出し、一子の手のひらにそっと手渡す。

 

それは、黒い石に金属の装飾品が施されたアミュレット……お守りだった。一子は、そのアミュレットをまじまじと見つめている。

 

「これは……?」

 

「ただのお守りです。気休め程度にしかならないかもしれませんが……どうか、貴方の願いが叶いますように」

 

アミン、と金髪の男は右手で十字架を描くような仕草を取り、一子に目標の成就を祈る。

 

「―――――」

 

諦めかけていた一子の心が次第に晴れていき、笑顔が戻っていく。

 

限界を自分で決めてはいけない。たとえ道程が困難であろうとも、目標を―――百代のようになるためには、こんな事で立ち止まってはいられないのだから。

 

“自分を信じる”。金髪の男の言葉に心を打たれ、一子は自分の目指すべきものを改めて再認識したのだった。

 

一子は自分の頬をパンパンと叩き、気合を入れて立ち上がる。

 

「お兄さん、ありがとう!おかげで迷いが吹っ切れたわ!」

 

活力が戻り、金髪の男に蔓延の笑みを返す一子。金髪の男は何よりですと言って笑う。

 

「よし、それじゃあ、もうひとっ走りいってくるわ!またね、お兄さん!このお守り、大切にするからーー!」

 

一子は金髪の男に手を振ると、再びタイヤを引き摺って走り去っていく。手渡されたお守りを、大切に握り締めながら。

 

その様子を、金髪の男は微笑みながら見送っていた。

 

「―――――」

 

一子の姿が遠くなり、次第に見えなくなると、金髪の男は懐からカードを取り出した。

 

それは、1枚のタロットカード。

 

そのカードには“運命の輪”の逆位置を示す絵が記されていた。

 

「別れ」「すれ違い」「情勢の悪化」……まるで、一子のこれからの未来を示しているかのように、不吉なオーラを漂わせている。

 

「どうか、そのまま前へとお進み下さい――――貴方の欲望を満たす為に」

 

タロットカードを投げ捨て、金髪の男――――フールは不気味に笑うのだった。

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