聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
校庭にギャラリーが集まり、その中央で一子と心が向き合っていた。
「ほっほっほ。皆の前で辱めてやるのじゃ!」
心は自身に満ちた表情で、一子を見下している。
一子の力量は把握済みであった。川神の人間であっても、血の繋がりはない。養子である事も知っている。規格外の戦闘力を持たない、一般クラスの人間だ。
それならば自分の柔術のレベルが確実に上である……実力も才能も、心は確信していた。
一子は、決闘を前に燃え上がっている――――と、一子を知る人間ならば誰もがそう思うだろう。
「…………」
だが、今の一子にその闘志は感じられなかった。ただ静かに決闘の時を待っている。
周囲にいるギャラリーがエールを送る中、梅子が立会いの為、一子達の前へとやってきた。
「今日は学長が不在の為、この決闘は私が代理で立会わせてもらう」
梅子は向かい合う2人を見て、決闘の準備はいいか?と視線で合図を送る。2人は頷き、問題がない事を梅子に伝えた。
学長は未だ意識が戻らない。こんな時に決闘などしている場合かと、ふと思う梅子だったが、規則は守らなければならない。梅子は早速、決闘の儀を執り行う。
「2人ともへ出て名乗りを上げよ!」
梅子の合図に合わせて、両者一歩前へと出る。
「――――2-S組、不死川心!」
「――――2-F組、川神一子」
心は構え、一子は薙刀を持って静かに切っ先を向けた。戦闘体勢に入った事を確認した梅子は、早速決闘の合図を告げる。
「いざ尋常に――――はじめっ!」
梅子の合図と同時に、両者の激突が始まった。
「――――川神流奥義・蛇屠り!」
先手は一子。薙刀で心の足元を狙い、狩り取るように鋭い一撃を繰り出す。しかし、心は見え見えだと言わんばかりに攻撃を躱し、一子の右腕を掴み取る。
「投げ飛ばしてやるのじゃ!」
掴んだ右腕を引っ張り、一子の身体を勢いよく背負い投げた。だが一子は空中で体勢を立て直し、地面に着地する。
「休む暇は与えぬぞ!」
心の追い討ちが一子を襲う。一子に反撃する暇も与えない程の、隙のない攻め手であった。捕まれば関節技が来るだろう……一子は避けるのに精一杯で、徐々に後ろへと押されていく。
「そら、どうした!?逃げてばかりでは張り合いがないぞ!」
「くっ―――!?」
自分のペースを掴んだ心は余裕の笑みすら浮かべ、一子を窮地へと追い詰めていく。一子は未だ反撃出来ず、心の攻撃を避けるばかりである。
その試合を見守っている大和達は、押されている一子の様子を心配して見ていた。
「犬のやつ、随分と押されているな……」
「うん、正直まずい展開だね」
と、クリスと京。卓也や岳人達も同じ思いだった。このままでは、一子が押し負けてしまうのは目に見えている。
しかし、そんな中でサーシャは腕を組み、一子の戦いぶりを冷静に観戦していた。
(違う……押されているんじゃない)
何かが違う……戦ってきた戦士としてのサーシャの勘が、そう告げている。
(あいつ、対戦相手を“弄んでいる”)
それが、サーシャの導き出した回答だった。一子は劣勢しているように見えるが、実は違う。逆に心を、まるで子供を相手にするかのように弄んでいたのである。
他の人間の目を誤魔化せても、サーシャの目にはそう写っていた。
「ほっほっほ、逃げてばかりで芸がないのう」
永遠と避け続ける一子を挑発しながら、心は笑う。一子は身動きが取れず、とてもではないが反撃できるような状況ではなかった。
「――――っ!!」
一子の動きが徐々に鈍っていく。これでは捕まるのも時間の問題。一子のスタミナが切れるのを待つばかりである。
「やはり所詮は山猿。此方に一矢報いる事も出来ぬ、無能でしかないのじゃ!」
「――――――」
心が一子に腕を伸ばそうとしたその時、それは起こった。
「――――!?」
心の動きが止まる。否、正確には止められていた。心の伸ばした腕が、逆に一子によって捕らえられていたのである。
周囲のギャラリーも、まさかの形成逆転に騒然となっていた。
「また、無能って言ったわね」
一子は怒りを込めた鋭い眼光で睨みつけながら、掴んだ心の手首をギリギリと締め上げる。心は痛みに耐え、腕を振り解こうとするが……できない。
「――――アタシは、」
手首を締める力が強くなる。今にも潰してしまいそうな程に。血の巡りをせき止められ、心の手が徐々に白くなっていく。
「――――その言葉が、一番嫌いなのよ!」
一子は空いている腕に力を込め、強烈な正拳を心の身体に打ち込んだ。一子の拳は心の腹部にめり込み、内臓を抉り取るような一撃を与える。
「か――――はっ!?」
衝撃で胃液が逆流した。心は咽せながら打たれた腹を押さえ、地面に崩れ落ちそうになる。
「休む暇なんかないわよ!」
一子は皮肉めいた言葉を心に差し向けながら、さらなる追撃を始めた。殴りと蹴りを連発し、心の体力を削っていく。
心は防御する余裕もなく、ただ攻撃を浴び続けていた。それはもはや決闘ではなく、一方的な暴力にしか見えない。
一方、それを見ている百代は。
「―――――」
一子の戦いを、ただ黙って見守っていた。
動きといい、スピードといい、確かに一子の言っていた通り、驚異的な成長を遂げている。このままいけば、師範代クラスにまで上り詰める事ができるだろう。
だが同時に、百代は気付いてしまった。できる事なら気付きたくなかった事実に。
一子の攻撃は止まない。まるで機械のように、無表情のまま繰り返し打撃を入れ続けている。
このままでは殺されてしまう……心の本能がそう叫んでいた。
「ま、待て……待つのじゃ。此方は、不死川家……これ以上危害を加えれば……」
自らの危険を感じ取った心は、残る力を振り絞り一子に言った。それはもはや降参の合図だった。心は負けましたと言いたくないが故に、回りくどい言い回しをしている。
すると一子はあっさりと攻撃を止めて、心と距離を取った。
「そう、わかった」
「わ……分かれば、よいのじゃ」
一子の攻撃が止むと、心はほっと胸を撫で下ろした。だが次の瞬間、
「――――ぐっ!?」
心の身体に、強い衝撃が走った。まるで鈍器に殴りかかられたような衝撃だった。心の身体が勢いよく吹き飛んでいく。
「―――――」
一子は攻撃を止めたと思わせ、追撃で鋭い蹴りの一撃を放っていた。
「い、た……」
心は力なく地面に横たわっていた。制服も砂埃で汚れ、身も心もボロボロである。辛うじて蹴りを防いだ左腕に激しい痛みを訴えながら、右手で優しく摩った。
「――――え」
ふと、違和感を感じる心。痛む左腕に触れた瞬間、変な方向へ屈折している事に気づいた。
左腕の骨が、ぽっきりと折れ曲がっている。目で確認してようやく認識した。折れたと知った心は次第に痛みが増し、さらに恐怖が思考を支配する。
「うっ……うぅ……ぐすっ……」
痛みと恐怖で涙が止まらなくなり、ついに戦意を喪失した。梅子は心に戦う意思がないと判断すると、一子の勝利を高らかに告げた。
「勝者、川神かず―――――?」
決闘が終わり、梅子が一子の勝利を宣言しようとした時だった。一子は倒れ伏せている心に、ゆっくりと歩み寄る。
「―――――」
心を見下ろす一子の姿は、どこか冷め切っていた。自分が勝ったという事実など、どうでもいいように、つまらないという顔をしている。
何をする気だろうか……すると一子は動けない心に対し、
「―――――うっ!?」
心の頭を、右足で思いっきり踏み付けた。一子の思いも寄らない行動に梅子が、大和達が、そして周囲の生徒達が驚愕する。
一子は地面に押し付けるように、体重をかけて心の頭をぐりぐりと踏みにじった。そしてその冷め切った表情のままで口を開く。
「地面に這いつくばる気分はどう?」
「い、いたぃ……やめ……」
啜り泣き、一子に許しを乞う心。もはや自分が受けている屈辱など、もうどうでもよかった。痛い、助けて欲しい……身も心も潰れかけ、立ち上がれない程に弱りきっている。
「やめろ川神!!もう勝負はついた!!」
梅子が怒鳴るように声を上げた。しかし、一子はやめるどころか梅子を睨みつけ、敵意を露わにしながら反抗する。
「うるさい!!先生は黙っててよ!!」
「なっ――――!?」
今まで見た事のない一子の殺気立った態度に、思わず梅子は言葉を失った。
一体一子に何があったのだろう……審判を無視してまで反抗する事は今までになかった。
一子は心に視線を戻し、汚いものでも見るかのように見下ろしている。
「アタシが無能なら、アンタはクズよ。何が不死川家よ、何が格よ。一人じゃ何もできないくせに。結局は名前だけじゃない」
「うっ……うぇぇ……う……」
無能と言われ、自分の怨嗟を吐き捨てながら、一子心の頭に足を擦り付けた。
――――いつもなら泣いて”覚えておれー”とヘタレっぷりを見せる心。しかし、今の心は本気で泣いている。ここにいる生徒達の誰もがそう思った。
すると生徒達を掻き分け、大和達と、忠勝までもが一子の所へとやってくる。
「ちょっとやり過ぎじゃねぇのか、ワン子」
「一子、勝負はお前の勝ちだ。もう十分だろ」
いつになく、キャップの表情が真剣だった。忠勝も、大和も、京やクリス達も……一子のしている事に度が過ぎていると感じている。
何があったのかは分からないが、キャップ達の言う事なら一子も少しは冷静になるだろう。
しかし、一子が大和達に対して言い放った言葉は、
「邪魔しないで」
氷のように冷たい一言だった。ファミリー一同、一子の態度に絶句する。まるで別人だった。だがそれで引き下がる大和達ではない。
「……か、一子さん。わわわ、私ごときがでしゃばるのも大変恐縮に思うのですが、これ以上は不死川さんが可哀想です。ですから、もう……」
『そうだぜ。敗者を辱めるのは勝者のすることじゃねぇよ、一子さん』
手の平に松風を乗せた由紀江が、一子の前へ出てくる。
由紀江も一子の知らない一面に少し狼狽えていたが、同じファミリーとして、仲間として言わなければならない……そう思った。
そんな由紀江に対し何を思ったのか、心から離れ、由紀江に歩み寄る。
そして一子は由紀江の手の平の松風を、
「――――え」
片手で払いのけるようにして弾き飛ばした。一子は激情する。
「“私ごときが”……?馬鹿にしてるの!?」
「え……あ、私は……」
「アンタいっつもそうだよね!?何よ、楽しい?そうやって、下手に出て人を見下すのがそんなに楽しい!?ムカつくのよ、そういうの!!」
詰め寄るように、由紀江を責め立てる一子。由紀江はとうとう何も言えなくなり、その場で泣き崩れてしまった。それがさらに一子の激情を煽る。
「この、泣けばいいと思っ――――」
「やめないか、犬!」
仲裁に入るクリス。一子はクリスを睨みつけ、どきなさいよと目で訴えていた。
その目は黒く淀み、憎しみの色に染まっている……クリスにはそう見えた。ここにいる一子は、本当に一子なのだろうか――――そう錯覚する程に。
「――――――ワン子」
周囲のギャラリーがさっと退いていく。その奥から、百代が歩み寄ってきた。すると一子の態度が変わり、ニッコリと笑って百代に向かって走っていく。
「お姉さま!今の戦い見てた?すごいでしょ、アタシすっごく強くなったよ!」
「―――――」
一子の話を、百代はただ黙って聞いている。一子は百代に認められたいという、その一心で見せたかったのだ……自分が強くなった姿を。
するとしばらくして、今まで黙っていた百代がようやく口を開いた。
「ワン子」
「何?お姉さま」
一子は百代の答えを笑顔で待っている。しかし、それに対して百代は無表情のままだった。
そして、百代は静かに告げる。
「―――――じじぃをやったのは、お前か?」
「――――――」
その言葉に、大和達が、周囲が驚愕する。それはつまり、一子自身が川神院を襲った張本人だと疑っている事を意味していた。
七浜の帰り道で感じた禍々しい闘気と、今の戦いで一子が形成逆転した瞬間に感じた闘気……この2つの気が酷似している事。
そしてマルギッテとの模擬戦闘で僅かに感じた黒い闘気。百代の中で全てが一致した。
一方一子は苦笑いしながら、困った表情を浮かべていた。
「人聞きの悪い事言わないでよ、お姉さま……だって、じーちゃん」
そして、百代はもっとも聞きたくなかった言葉を、一子から告げられる事になる。
「―――――ちゃんと“生きてる”でしょ?」
百代を挑発するかのように、一子は笑う。川神院を襲ったのは自分であると。次の瞬間、
「ワン子ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
百代の理性が、弾け飛んだ。