聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
ビッグ・マムの地獄の特訓を終えてから数時間。
夕食後、大和達とサーシャ達は大広間に集められていた。何でも、ビッグ・マムから大事な話があるらしい。
ビッグ・マムが来るまでの間は、それぞれの時間を過ごしていた。
「うぇ……疲れたぜ……さすがの俺も限界だ。こりゃゲンさん来なくてよかったかもな」
特訓がよほど堪えたのか、普段から活発なキャップもお膳に突っ伏して伸び切っていた。ちなみに隣では卓也が意気消沈している。
「
岳人は懲りずに燈にアタックを続けていた。燈は喜んで承諾してはいるが、本人は恋愛対象とされている自覚はない。
「まだ言ってるよこの人。しょーもない」
その横で、京は生暖かい目で岳人を眺めていた。
「ところでサーシャ。お前、さっき誰かと戦ってただろ?凄まじい気を感じ取ったぞ」
百代が興味津々にサーシャに話しかける。恐らく海岸で遭遇した燕の事だろう。
「……よく分からん奴だった」
としか言いようがない。突然現れてサーシャに勝負をふっかけ、複数の元素を行使し、やるだけやって帰っていった燕という少女。
どこからどう説明すればいいというのだろう……サーシャは説明に困っていた。
しばらくして大広間の襖が勢いよく開き、ようやくビッグ・マムが中へと入ってきた。話がピタリと止み、しん……と部屋が静まり返る。
「待たせたね、お前達」
言って、大和達とサーシャ達の間に入るように、どしっと腰を下ろす。
「こうしてお前達を集めたのは他でもない。今後の活動について、話しておこうと思ってね」
今後の活動……サーシャ達の事だろう。謎の元素回路の一件はまだ終わっていない。
しかし、それなら大和達を呼ぶ必要があるのだろうか。その疑問に答えるかのように、ビッグ・マムは話を続ける。
「何故お前達がここに呼ばれたのか、疑問に思っているんだろう?まあ、その前にだ。まずはアタシたちアトスがどういう事をしているのか、知っておいてもらう必要がある」
サーシャ達が所属する組織『アトス』。そして
今一度、サーシャ達について知っておくべきだとビッグ・マムは語る。一体それが何を意味するのかは分からないが、同じファミリーの一員として彼らをの事をもっと知りたいという気持ちも大和達にはあった。
「さて。まずは、アタシたちが何と戦っているか……話しておこうかね。まふゆ」
ビッグ・マムがまふゆに視線を向ける。これはまふゆの意識の再確認でもあった。まふゆは頷くと、大和達の方へと顔を向ける。ゴクリ、と唾を飲む大和達。
「あたしたち……サーシャ達は、アデプトっていう組織と戦ってるの」
アデプト。それは、アトスと対立している異端者のクェイサー達が集まる組織。サーシャ達、クェイサーは歴史の裏でアデプトと戦いを繰り広げ、常に暗躍してきたのである。
事の発端は、サルイ・スーの生神女という、新約聖書の福音記者ルカによる史上最初の聖像を巡る争いから、全ては始まった。
聖ミハイロフ学園で平和に暮らしていたまふゆと燈。そんな平和な日常の中で現れた、アデプトのクェイサー。そしてその中で最強に位置する、アデプト12使徒。
「パイロマニア」「コリオグラファー」の異名を持つマグネシウムのクェイサー・水瀬文奈。
文奈は学園ではまふゆ達の親友を装い、裏では聖乳を得るために通り魔事件を起こし、サルイ・スーの生神女を探していた。
そして、サーシャが初めて交戦したクェイサーである。
「ガス・チェンバー」「浄化者クレンズクロア」と呼ばれた塩素のクェイサー・クロア。
かつて紛争において、自らの快楽のために何人もの人間を虐殺してきた殺人狂。とある教会を襲撃して虐殺を行った経歴を持つ、非人道的存在。
「……その教会の話、父様から少し聞いた事がある。確かそれは、疫病が蔓延して全員亡くなっていると聞いているが?」
と、クリスが疑問を投げかける。
「それは表向きの話だ。だが実際は、クロアが撒いた致死性の塩素ガスで全員中毒死している……これがお前たちの知らない、裏の真実だ」
と、サーシャ。クロアは仲間を率いて民族浄化という名目で虐殺を行い、塩素ガスで教会の人間の命を全て奪い尽くしたのである。
それだけではない。中にいた若い女性は皆犯され、子供も塩素ガスで無慈悲に殺されている。もはや私利私欲による、“虐殺”。
「なんて……卑劣な……!」
その話を聞いたクリスは憤慨し、歯ぎしりをしながら拳を握りしめていた。
クロアに対する怒りと、自分が真実を知らずに生きていた事への正義の怒り。無理もない、そうやってクェイサーは歴史から隠されていたのだから。
「……話を、続けるね」
まふゆが本題に戻し、話を継続する。
「双面の
酸素を操り、対象周辺の酸素を無くして窒息させ、さらには物質を強制的に酸化・燃焼させることができる、アトミスと呼ばれたクェイサーの一人。
アトミスとは大気使いに与えられる称号で、人間の活動圏にほぼ無尽蔵にある元素である事から、階梯によらずクェイサーの中でも最強の部類に入る。
特に酸素は金属を腐食させる事ができ、サーシャやカーチャにとってまさに天敵であった。
「鮮血の女王」「クイックシルバーの魔女」と呼ばれた水銀のクェイサー・エヴァ=シルバー。
自らのクローンを作り、予備パーツとして自分の身体に取り込み、若さを保ち続けて95年もの時を生きてきたクェイサー。
聖ミハイロフ学園に潜入し、まふゆを襲っている。そしてこの戦いが、サーシャが第四階梯へと登るきっかけとなった。
「一“激”必殺胡狼」の異名を持つ、鉛のクェイサー・ジャッカル。
鉛を銃弾の形に変形させ、遠距離からの狙撃を得意とするクェイサー。エヴァとの戦いで一時的な記憶喪失となってしまったサーシャを襲い、窮地にまで追い詰めた。
「
指輪からガンマ線レーザーを自在に放つ事ができ、サーシャの鋼鉄をも撃ち抜き、苦しめた。
「グラウンド・ゼロ」と呼ばれた男。珪素のクェイサー・
珪素は大地がある限り無限に取り込める事ができ、異名の通り陸上戦では部類の強さを誇る。
私立翆令学園での事件。
「黒いダイヤモンド」と呼ばれた炭素のクェイサー・ジータ=フリギアノス。
炭素というレアな能力を持ち、汪震とともに翆令学園での任務に赴いていた。事件後は、アトスの捕虜となっている。
そして、彼らを束ねるアデプトの首領・黄金のクェイサー。
サーシャの拠り所であったオーリャを殺し、サーシャの顔に傷を残した張本人。
ありとあらゆる物質を元素分解する事ができる最強のクェイサー。彼は燈の身体を乗っ取り、サーシャ達と激闘を繰り広げた。
その他にも、
『あれ?アデプト12使徒なのに、何人か省かれてね?』
「そこは突っ込まない方がいいと思うよ。たぶん長くなるから」
的確な松風のツッコミに対し、すかさずコメントを挟む京なのだった。
その後も、まふゆはこれまで遭遇した出来事、そしてサーシャ達が何を思い戦い続けてきたか。包み隠さず、全てを話し尽くした。サーシャ達を知ってもらうために。
「……これがあたし達が戦ってきた敵、アデプトなの」
一通りの話を終えるまふゆ。大和達は、ただ黙ってそれを聞き続けていた。すると、今度はビッグ・マムが変わって大和達に投げかける。
「これで分かっただろう?今アタシ達が相手にしている敵は、そういう連中だ」
サーシャ達が敵対している人間は同じクェイサーであり、普通の人間ではない。しかも川神学園の決闘とは訳が違い、負けはつまり死を意味する。だからこそサーシャ達は負けられない。
「ちょうどいい機会だ。お前たちに言っておく事がある」
少し間を置き、大和達を見据えるビッグ・マム。大和達はただビッグ・マムの返事を待った。
そして、
「謎の元素回路……この一件から手を引け」
大和達にこれ以上、サーシャ達の任務に関わるな……そう言い渡したのだった。今後も関われば必ず命に危険が及ぶだろう。一子の事もあり、大和達はそれを十分思い知らされている。戦いに巻き込まれれば、単なる怪我では済まされない。
大和達は真剣に、ビッグ・マムの言葉に耳を傾けていた。反論もなければ相槌もない、あるのはただ静寂のみ。
このままサーシャ達と関われば、今までの日常は、非日常へと変わるだろう。後戻りはできない。もし手を引くのであれば、いつもの日常が待っている。
平和で仲間達と学園へ通い、金曜日に集会をして、休日を楽しく過ごす暖かな日常が。
だが、大和達の答えは既に決まっていた。大和達は視線を合わせて頷き、ビッグ・マムに視線を向けて答える。
「そんな話を聞かされちゃ、なおさら引けねぇな」
まずはキャップの第一声。
「上等じゃねぇか。アデージョだか何だか知らねえが、俺様が全部ぶっ飛ばしてやるぜ」
岳人が頼もしい一言を言うが、勿論燈に対してのアピールも忘れない。
「僕もみんなと同じだよ。それに、もうサーシャ達は僕たちの仲間だしね」
サーシャ達は仲間だから、と卓也は笑う。
「自分も同じだ。アデプトのような輩を野放しにしておく事はできないからな。協力するぞ」
自らの正義に誓うクリス。
「わわわわわ、私のような者でよろしければ力になります!」
『オラも助太刀するぜ!』
皆の力になりたい……友のために戦うと宣言する由紀江と松風。
「アタシも戦うわ」
もう、自分のような犠牲者は出したくない。一子は戦う事を決意する。
「私もみんながそう言うなら」
協力的なのかそうでないのか、京も協力はしてくれるらしい。
「私も引く気はないぞ、ビッグ・マム。仲間に……ワン子に手を出されたんだ。このまま黙って見ているつもりはない」
力を貸すぞ、と百代。一子が巻き込まれたのだ……今更無関係にはなれない。
「……こういうわけだ、ビッグ・マム講師。俺達は何を言われようが、引く気はないぜ」
最後に大和が締めくくり、サーシャ達と戦う事を意思表示したのであった。もう、サーシャ達は風間ファミリーの一員。同じ仲間である以上、引き下がる理由はない。
ビッグ・マムはうむ、とまるでこうなる事を予め分かっていたように、満足げに頷くのだった。
「俺は構わない。だが、もう後戻りはできないぞ?」
大和達に警告するサーシャだったが、彼らの返答は変わらない。揺るがない。サーシャはそうか、と言ってこれ以上は何も言わなかった。
「みんな……ありがとう」
「頼りにしてるぜ」
大和達がいるなら心強い、とまふゆと華。一般の人を巻き込みたくないとは思うが、百代達のような戦力が増えるのは嬉しい。
「好きにするといいわ。けど、自分の身は自分で守る事ね」
と、カーチャは大和達に釘を刺す。だが戦力としては認めてくれているらしい。
これで、大和達はサーシャ達と任務を共にする協力者となった。
「よかったねぇ、サーシャ君。良いお友達ができて」
サーシャの隣にいた燈が微笑み、サーシャの仲間が増えた事を心より喜んでいた。サーシャは照れ臭そうに燈から視線を逸らしている。
微笑ましい、仲間達の光景。この先どんな事があろうとも、大和達となら戦っていけるだろう。仲間というのはきっと、そういうものなのだから。
「………?」
しばらくして、まふゆはある異変に気づく。そう……一子だ。さっきからあまり会話に参加せず、いつになく消極的だった。サーシャをちらちらと目で伺いながら、もじもじしている。変に思ったまふゆは一子に話しかけた。
「一子ちゃん、どうかしたの?」
まふゆの声に反応し、ビクッと体を震わせる一子。一子は言葉をどもらせながら、何やら顔を真っ赤に染めていた。
まふゆは思考する。ここに集まるまでは、普段と変わらない様子だった。サーシャが一子を迎えに行き……様子が変になったのはそれからだ。
“サーシャが迎えにいってから”。それが引っかかり、ある結論に辿り着く。
「サーシャ、あんたまさか……一子ちゃんの聖乳を!?」
恐る恐る、サーシャに尋ねるまふゆ。するとサーシャは悪びれた様子もなく答える。
「変な奴に勝負を挑まれてな……その時に聖乳が切れたから、吸わせてもらった」
瞬間、一子の頭が沸騰して赤面したと同時に、空気が一瞬にして凍りついた。
「ほう……ワン子の聖乳を吸ったのか。私の可愛い妹に手を出すとはいい度胸だなサーシャ」
百代がゆっくりと立ち上がり、腕をばきぼきと鳴らしながら、サーシャを今にも殴りかかりそうな勢いで、殺意のオーラを放っていた。
「サーシャ……貴様と言う奴は……!」
続いてクリスが立ち上がり、どこから取り出したのかレイピアを構えてサーシャを見下ろし、戦闘体制に入っている。
「あーあ。こうなったらもう止められないよ……と、言うわけで面白そうだから私も参戦」
何がどう言うわけなのか京も面白がって立ち上がり、弓を構えてニヤリと笑う。
「あああ、ええええええええと、私は――――」
『まゆっち。ここは空気的な意味で立ち上がんないとKYだぜ』
戸惑っていた由紀江だったが、松風に押され、立ち上がり“ごめんなさい、サーシャさん”と言って日本刀を抜く。
「サーシャ……あんたってどこまでデリカシーがないの……!」
ついにまふゆまでもが立ち上がり、怒りを露わにしていた。
百代、クリス、京、由紀江。そしてまふゆが殺気を放ちながら、サーシャに少しずつ距離を縮め出した。さすがのサーシャも危険を感じ取ったのか、立ち上がり後退っていく。
「ま、待て話を聞け!あれは、敵に襲われたから仕方なく――――」
「「「「問答無用!!!」」」」
サーシャの弁明も虚しく、怒りをMAXにした百代達が一斉に襲いかかる。サーシャは危機を脱すべく大広間から抜け出し、逃亡を図るのだった。
こうして、含鉄泉の夜―――最後の夏休みは更けていく。サーシャの命と共に。
「あ、ちなみにサーシャは死んでいません。とりあえず、まあ一応生きてます。 by 京」