聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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第3章「京編」
29話「復活の魔女」


温泉旅行から帰ってきたファミリー一同は、それぞれ残り僅かの夏休みを過ごしていた。

 

 

夏休みも後一日。日も沈み、夜空に星々が彩る中、由紀江は寮へと戻る帰り道を歩いている。

 

 

由紀江は一日中、同じクラスの伊予と遊びに出かけていた。

 

 

遊びに夢中になった由紀江は時間を忘れ、気が付けば夜間になっていた。余程伊予と過ごすのが楽しかったのだろう。

 

 

「すっかり遅くなってしまいました」

 

 

『成長したなまゆっち。また大人の階段を登ったぜ。昔のまゆっちだったら、夜遊びなんてしねーもんな』

 

 

「な、何を言うんですか松風!?私はただ伊予ちゃんと遊んでただけですよ!」

 

 

松風と話しながら夜道を歩く由紀江の姿は、まるで独り言のようで(というか完全に独り言)とても怪しく見えた。幸い、帰り道に人気はない。

 

 

(何だか人気が少ないですね……)

 

 

由紀江は周囲を見渡す。確かに人気が少ない。というより、ないと言った方が正しいか。まるで由紀江意外、誰もこの世にいない……そう思える程に不気味なくらい静かだった。

 

 

『いや、まゆっち……こいつは普通じゃねーぜ』

 

 

危険を感じ取ったのか、松風が由紀江に警告をする。感じる……静かな闇で蠢く、敵意という名の気配が。

 

 

由紀江は常備していた刀を抜いて、周囲を警戒する。だが、感じる敵意は未だ微動だにせず、静かに由紀江の動きを待ち続けている。

 

 

「―――――――」

 

 

静かに目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。目で見えぬのなら気配を辿り察知するまで。

 

 

やがて敵の気配が大きくなり、由紀江の身体にピリピリと殺気が伝わってくる。そしてその殺気は由紀江の背後へと忍び寄ってきた。由紀江は目を開き、

 

 

「―――――そこです!!」

 

 

振り向き様に刀を振り、横一文字に一閃した。

 

 

「………?」

 

 

だが斬れたという感覚はなく、手応えはなかった。形のない液体を斬ったような感覚。

 

 

否……由紀江の斬ったものは、“液体そのもの”であった。斬られて飛び散った液体が、由紀江の視界に入る。

 

 

(これは………?)

 

 

目に映るは、銀色に輝く液体。そう――――水銀であった。すると、斬った筈の飛散した水銀の粒が針状に変形し、由紀江に向かって降り注ぐ。

 

 

「―――――!!」

 

 

由紀江は後退しながら水銀の針を躱していく。水銀の針は地面に無数に突き刺さっていた。避けていなければ、今頃は串刺しにされていただろう。

 

 

「いるのは分かっています!一体何者ですか!?」

 

 

再び刀を構え、未だ姿を表さない敵に訴えかける由紀江。しかしその呼びかけも虚しく、返ってくるのは静寂だけである。

 

 

だが次の瞬間、

 

 

「―――――フフフ」

 

 

由紀江の背後から、不気味な笑い声が聞こえてくる。由紀江は咄嗟に後ろを振り向いた。いつの間に近付いていたのだろう、一人の女性が立っていた。

 

 

ブロンドの長い髪を靡かせ、ニヤリと冷徹な笑みを浮かべる女性。この女性が気配の正体……由紀江は女性を睨みつけ、刀を構える。

 

 

「初めまして、ミス・ブシドー。いえ――――黛由紀江さん」

 

 

会いたかったわ、と言って女性はまた笑う。由紀江を知っている……この女性は、一体何者なのだろうか。

 

 

だが、由紀江にもこの女性に思い当たる節があった。旅館でまふゆから聞いた、水銀を自在に操るクェイサー、アデプト12使徒の一人。

 

 

「“クイックシルバーの魔女”、エヴァ=シルバー……?」

 

 

独り言のように、由紀江は呟く。すると女性は意外そうな表情を浮かべたが、すぐに邪悪な笑みへと戻した。

 

 

「あら、私も随分と有名になったものね」

 

 

肯定。女性はエヴァ=シルバーであると認めた。だが、そこで疑問が生まれる。エヴァはサーシャによって倒されている。それなのに、何故生きているのか理解できない。

 

 

「……貴方は、サーシャさんによって倒された筈です」

 

 

由紀江がサーシャの名前を出した瞬間、エヴァの表情が冷酷で歪な笑みに変わる。その笑みは、復讐の色に染まっていた。

 

 

「そうね……確かに私は死んだわ。でもそんな事は些細な問題よ」

 

 

言って、何故生きているのかは語ろうとはしない。だが、どちらにせよクェイサーという強敵が由紀江の目の前にいる事は確かだ。

 

 

「目的は何ですか?」

 

 

警戒を解かず、真意を問う。エヴァは長い髪をかきあげながら答えた。

 

 

「ただのご挨拶よ。私達の出会いの、ね。それとも――――」

 

 

水銀ロッドを構え、エヴァが由紀江にカツ、カツと足音を立てながら近付いてくる。

 

 

「――――“別れの挨拶”の方がいいかしら?」

 

 

瞬間、由紀江にエヴァの殺気が迸った。エヴァは水銀ロッドを振りかざし、その先端から鞭のような形状の液体水銀が襲いかかる。

 

 

「――――――せやぁ!!」

 

 

由紀江は迫り来る水銀を、剣戟で薙ぎ払った。一度に繰り出される無数の斬撃が剣圧を発生させ、水銀の鞭を跡形もなく斬り刻んでいく。

 

 

「――――な!?」

 

 

斬り刻んだ、筈だった。しかし水銀はこうなる事を予想していたかのように霧散し、気体となって昇華されていく。

 

 

気化水銀――――高密度の水銀が蒸気となり、まゆっちの視界を奪った。

 

 

水銀は性質上、一度吸えば人間の身体に害を及ぼす有毒性がある。由紀江は息を止め、剣戟による剣圧で気化した水銀を吹き飛ばした。視界が一瞬でクリアになる。

 

 

だが、由紀江の目の前にエヴァの姿はなかった。

 

 

(消えた!?一体どこに――――)

 

 

気配が探れず、見えない敵に由紀江は焦りを覚えた。相手はアデプトのクェイサー、一瞬でも気を抜けば命を奪われる。

 

 

「――――貴方のその恐怖に満ちた表情、とっても素敵よ」

 

 

エヴァの声が聞こえる。前にいるのか、後ろにいるのか、気配を感じ取れない。

 

 

そして、

 

 

「――――いっそ、綺麗に解体(バラ)してしまいたいくらい」

 

 

由紀江の耳元で、突然エヴァの声が囁かれた。これまでに感じた事のない悪寒と恐怖が、背筋を凍り付かせていく。

 

 

由紀江は背後から離れて距離を取り、振り向き様に剣戟を放った。その瞬間に無数の水銀の針が襲いかかるも、剣戟で全てを振り払う。

 

 

「……さすがは黛十一段の娘ね。隙がまるでないわ」

 

 

由紀江の剣捌きを、エヴァは賞賛しながら興味深そうに笑う。褒めているのだろうか……否、遊ばれている。それ程までに強いと由紀江は体感した。

 

 

「……貴方も相当の使い手とお見受けしました。貴方のような方と剣を交える事ができるのは、とても光栄です」

 

 

「随分と律儀なのね。それとも皮肉で言っているのかしら?」

 

 

「本心です。ですが……私は殺し合いは望みません」

 

 

エヴァを強者と認めるも、命をかけるような戦いはしないと由紀江は訴える。それは戦士として、武士として。その志を持つ者としての信念だった。

 

 

するとエヴァは何を思ったのか、急にくすくすと笑い出した。

 

 

「貴方、本当に優しい子なのね」

 

 

殺さずして戦う……由紀江の考えの甘さに呆れ返るエヴァ。だが、そんな生半可な意志で戦う事は死に繋がる。

 

 

「もういいわ。そんなに死ぬのが嫌なら、生きたまま壊してあげる――――!」

 

 

エヴァの殺意と共に水銀の鞭が舞う。鞭はウォーターカッターの様に地面を削りながら、由紀江に向かって迫り来る。

 

 

「黛流剣術―――――」

 

 

由紀江は目を閉じて精神を集中する。敵の攻撃を見切り、そこから生まれた僅かな隙を突く。戦いで焦りは命取りとなる。だからこそ冷静にならなければならない。

 

 

そして水銀の鞭が自分の範囲に入った瞬間、由紀江は目を見開いて刀を捌いた。

 

 

「―――――“朧月”!!」

 

 

由紀江の繰り出した斬撃が満月のような軌跡を描き、水銀を弾き飛ばす。

 

 

だが、エヴァの水銀操作によって水銀は個体となり、無数の針となって由紀江に襲いかかる。針は容赦なく由紀江の身体に突き刺さっていった。

 

 

「―――――?」

 

 

おかしい、とエヴァ。水銀の針は確かに由紀江に命中してはいるが、由紀江は微動だにしない。むしろ姿が霞んで見え、水の波紋が広がるように歪んでいる。

 

 

(まさか、斬撃による幻影……!?)

 

 

と、エヴァが気付いた時にはもう遅かった。エヴァが攻撃した由紀江の幻影が消え、眼前には本物の由紀江の姿がある。

 

 

“朧月”――――それはぼんやりと夜空に浮かぶ、霞んだ月の如く。

 

 

初撃で気を纏った斬撃を放ち、自らの幻影を作り出す。そしてその隙に敵の懐に入り込み、二撃目を放つという黛流の奥義。

 

 

「終わりです!」

 

 

由紀江はエヴァの懐に入り、踏み込みで一撃を放つ。殺さない……だが、峰打ちなら気絶させる程度の威力はある筈だ。由紀江の刀が、エヴァの脇腹を狙う。

 

 

「―――――なっ」

 

 

その時、それは起こった。

 

 

由紀江の攻撃に対し、エヴァは身体を捻らせ、刀の刃の部分にわざと身体を食い込ませたのである。刃はエヴァの脇腹に深々とめり込み、バターのように綺麗に裂かれていく。

 

 

これが、人を斬るいう感触なのだろうか……肉が斬れていくという生々しい感覚が、刀を通して由紀江の身体に伝わり、手がぶるっと震え出した。

 

 

だが次の瞬間、エヴァの身体が風船のように膨れ上がり、破裂して水銀となり周囲に拡散した。由紀江は即座に後退するが、飛び散った水銀が由紀江の左腕を斬り裂いた。

 

 

「うっ……!?」

 

 

負傷した左腕を抱えるように押さえながら、痛みを堪える由紀江。傷口が深い……血が指まで伝い、ポタポタと流れている。

 

 

完全に予想外の行動だった。否、由紀江が殺せないと分かった上での行動だったのだろう。その甘さに付け込まれた結果である。

 

 

エヴァの身体の水銀爆発。恐らく本体ではない。エヴァであった水銀体は、跡形もなく消え去っている。由紀江はエヴァの気を探るが……何も感じなかった。

 

 

“――――また会いましょう。今日は楽しませてもらったわ”

 

 

エヴァの声が聞こえる。気配はない。恐らく逃げたのだと由紀江は察した。

 

 

(エヴァ=シルバー……手強い相手でした)

 

 

エヴァと戦った時の感触、あれは本気ではない。本気であったなら、由紀江も左腕の負傷だけでは済まなかっただろう。下手をすれば、今頃は四肢を解体されていたかもしれない。そう想うと、身体の奥底から恐怖が湧き上がってくる。

 

 

『まゆっち………こいつはマジでやべぇよ』

 

 

「はい……サーシャさん達に知らせましょう」

 

 

由紀江は左腕にハンカチを巻きつけて止血しながら、足早に寮へと戻っていった。

 

 

 

 

クイックシルバーの魔女、エヴァ=シルバーの復活。彼女の真意は未だに分からない。ただ一つ言える事は、この川神市に大きな異変が起きているという事だ。

 

 

謎の元素回路、アデプトのクェイサー。川神市に潜む闇が音を立てて動き始めた。

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