聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
ちょっとリメイクが入ります。弓道部の部員達が……!
“信じたい”という自身の決意。椎名京はその意思を貫き、守りたい人達の為に弓を射る。
対峙するは嗜虐を芸術とし、無慈悲に人間を切り刻む魔女、エヴァ=シルバー。
それはまるで“銀の芸術”。だが、その美しさとは裏腹に、触れた物全てを切り裂く変幻自在の悪魔の元素である。
「バラバラにしてあげるわ!」
エヴァの振るった水銀は蛇のようにうねり、獲物である京に襲いかかる。
「――――――」
京は迫り来る水銀を、僅かな時間で冷静に観察し分析する。
動き。速度。範囲。弓兵の動体視力は通常の人間よりも鋭く、敏感である。目を凝らし、相手の攻撃を見切り、そして最も適切な行動を選択する。
(―――――見えた!)
うねる銀色の蛇の中にある、ほんの僅かな隙間。京は弦を引き、集中して一点に狙いを定めて矢を放つ。矢は一直線にエヴァの攻撃を潜り抜け、目標―――エヴァの肩に向かって疾る。
右手に握られた水銀ロッド。右肩を打ち抜き、武器を落としてしまえばこちらが優位。
だが、その京の算段は見事に打ち砕かれる事になる。何故なら、
「………な、」
エヴァの右肩を狙っていた京の矢が、突然現れた水銀の鎧によって阻まれたからである。
エヴァは何もしていない。否、する必要がなかった。
「残念だったわね。その程度じゃ、この
水銀の微粒子一つ一つを操作し、あらゆる攻撃を遮断する“見えない鎧”を生成。さらに攻撃を感知し、自立防御を可能にしたエヴァの術式である。
(こ、これじゃあ……)
全方位の攻撃封鎖。どこから攻撃を仕掛けても、銀の鎧によって弾かれてしまう。どのような物理攻撃も一切通用しない。
どうすればいい……しかし、考えている暇はない。京は再び弓を構え、
「―――――遅いわ!」
「―――――!?」
腕を持ち上げた瞬間、僅かに殺気を感じ取った。身体を捻らせ、その殺気を回避する。
「くっ……!?」
持ち手が突然痺れ、弓が手から零れ落ちる。左腕の肩から肘にかけ、まるで鎌鼬か何かに切られたような切り傷が刻まれていた。出血し、生々しい赤い液体が床に滴り落ちる。
動体視力でさえも捉えられなかった、水銀の一撃。いや、切り傷で済んだだけでも幸いだろう。後一歩反応が遅ければ、左腕ごとばっさり斬られていたかもしれない。
とはいえ、弓を握る腕を負傷したのは致命的である。このままでは戦えない上、出血多量で命の危険に晒される事になる。
「いや……もういやああああああああ!!」
突然、部室内に響く悲痛な叫び声。それは弓道部の部員の一人であった。頭を抱えるように、身体を縮こませながら震えている。
「なんで……!?なんでよ!?なんで私たちがこんな目に合わなきゃならないの!?もう嫌!嫌よ、こんなの!!」
未知の恐怖に怯え、精神的に追い詰められ、とうとう感情が爆発する。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫び続けた。他の部員達も、不安の色を隠せない。
「心配……しないで。私が、絶対みんなを守るから」
傷口を右手で止血しながら、部員達に言い聞かせる京。傷口の痛みが伴うせいか、額からは大量の汗が吹き出ていた。
「守るって……そんな弓も握れないような傷で、どうやって守るっていうんですか!?無責任な事言わないでよ!!」
京の言葉に激情する弓道部部員。死と隣り合わせの緊迫な状況が続き、精神が擦り切れ、気が狂ってしまっていた。その不安と恐怖が、さらに周りの部員に伝染する。
「そうよ、私達は関係ないじゃない。用があるのは椎名先輩でしょ?私達を巻き込まないで!」
「そもそも椎名先輩が来なかったら、こんな事にはならなかったのよ!」
「帰してよ……私たちを帰してよ……!」
一人は怒り、また一人は泣いて訴え、京に対して非難の声を浴びせていた。その光景を前に、絶句する京。そして愉快に笑うエヴァ。
「あっはっはっは!自分が助かるなら他人を犠牲にしてでも助かろうと縋りつく。たとえそれが、親しき友人であっても」
それが人間であり、醜い存在であるとエヴァは語る。それは90年以上行き続け、何度も見てきた人間の生に対する欲望。その現実を、京に容赦なく叩きつける。
「信頼、絆、仲間……いくら綺麗事を並べても、結局最後には裏切られる。あなたの守るべきものなんて、そんなものよ?そうだと知ってなお、守る価値があるというのかしら?」
ニヤリと不気味に笑うエヴァ。それは人の心を天秤にかけた、拷問そのものだった。
「…………」
過去に何度も裏切られ続け、何もかもが信じられなくなった京。今は信じられる仲間がいても、いつかは裏切られる時が来るのだろうか。そしてまた、孤独な日々が訪れる。
永遠に繰り返される、負の連鎖。また壊れてしまう儚い物のために、自分の命を投げ捨てる必要性はない。僅かな希望を抱いて傷つけられるよりも、絶望を抱いたまま傷つけられる方が気持ちが和らぐという、一種の毒。
なら、いっそ期待しない方がいい……京の中で、様々な感情が渦巻いていた。
そして、最終的に京が取った行動は、
「……うっ……」
左腕に受けた傷の痛みに耐えながらも、弓を拾い、戦う意志を示したのだった。手を震わせ、額に汗を浮かべながら、弦を引いてエヴァを睨みつける。
その表情は、もう苦痛しかない。それでも諦めない。京の中にある確かな強い感情が、京を突き動かしていた。
「……私は、何度も裏切られ続けてきた。だから、期待もしなかった。だって期待すればするほど、傷付く毎日だったから……」
――――それは、暖かくて、優しい感情。
「でも……教えてくれた。仲間が……みんながいたから。もう、一人で苦しまなくていいんだって。信じてもいいんだって」
――――それは、何よりも大切で。何よりも尊いもの。
「確かに、あなたの言う通りだよ。人間は裏切る生き物。醜い存在かもしれない……」
――――それは身近にあって、けれども意識しなければ気づかない。当たり前の感情。
「だけど、もう疑うだけの人生なんて嫌だ!私は……疑って傷付くよりも、信じて傷付く事を選ぶ!どんなに裏切られても、傷ついても構わない!」
――――そう、それに京は一人じゃない。仲間がいる。本当の意味で信じられる仲間が。
それが……京が思う“信じる”という事なのだから。
エヴァはつまらなそうに溜息を漏らした。死に損ないの分際でおめでたい人間だと鼻で笑う。
だが、気に食わない。あの希望と勇気に満ちた眼差しが。椎名京という存在が。
「……まあいいわ。もう“用事は済んだ”事だし、せいぜいその甘ったるい希望を抱いていなさい。私がその希望ごと、綺麗に壊してあげる」
エヴァの水銀ロッドが再び牙を剝く。このまま京の身体はバラバラにされてしまうだろう。ただ、それでも怯える部員達の盾になる事くらいは出来る。京は、死を覚悟した。
だが次の瞬間、一筋の矢が京の頬を横切った。矢はエヴァの顔面に向かって飛んでいく。
「――――――!?」
だがその狙いも虚しく、矢はエヴァの頬を掠めただけであった。矢の摩擦により、エヴァの頬に切り傷ができる。
京は後ろを振り返った。エヴァに矢を放ったのは……部員の一人である、武蔵だった。武蔵は恐怖で手を震わせながらも、弓を構えてエヴァを見据えている。
しかしその眼は凛々しく、エヴァという敵と立ち向かう意志が宿っていた。
「ビビッてる暇はないわ!みんな、椎名先輩を守るのよ!」
怯える部員達に声をかける武蔵。部員達は驚いたが、その行動に一番驚いたのは京だった。
「ムサコッス……?」
「私が援護します。椎名先輩は、プレミアムな大船に乗った気でいてください……っていっても、弓道の腕は未熟ですが」
そう言って苦笑いする武蔵。そして、
「椎名先輩。これが終わったら……ちゃんと弓教えてくださいよ?教えて欲しい事、まだまだいっぱいあるんですからね!」
これからも、弓を教えて欲しい。部員として、後輩として京を慕う武蔵。京の心が満たされていくのが分かる。
これが“信じる”という事。変わろうとした京の行動が、部員達を突き動かしたのだ。
すると、怯えていた部員達も立ち上がり、それぞれ弓を構えて京を庇うように前線に出る。その足は恐怖で竦み、震えていた。
「椎名先輩。さっきは、勝手な事言ってごめんなさい……」
「戦力にならないかもしれませんけど、先輩の盾になる事くらいはできます!」
「私、本当は怖いです。でも、椎名先輩が死ぬのは、もっと怖い事だから――――!」
それでも、京を守りたいという彼女らの意志。それは京の心を確かに“震わせ”ていた。
「みんな……ありがとう!」
京は思う。“信じる”という事がこんなにも暖かく、優しい気持ちになれる……まふゆが教えてくれた事は、京自身を大きく成長させた。
今なら胸を張って言える。自分は今、変わる事が出来たと。
「……よくも……よくもこの私の顔に……!!」
予想だにしていなかった弓の一撃。頬を掠めた程度でどうという事はないが、美貌を傷つけられたという事実が、エヴァをこの上なく逆上させていた。
エヴァは立ちふさがる部員達を睨みつけ、
「纏めて千切れてしまいなさい!!」
水銀ロッドを振るい、再び水銀を展開した。水銀は無数の触手へと変化する。触手は周囲を切り裂きながら部員達へと襲い掛かった。その水銀を迎え撃つ武蔵と部員達。
すると次の瞬間、
「「うおおおおおおおーーー!!!!!!!」」
怒号と共に水銀で閉ざされていた部室の扉がぶち破られた。エヴァの攻撃がピタリと止まる。
「え………」
京は破られた扉の先を見る――――そこには、京の仲間の姿があった。
「京、無事か!?」
「ようみんな、助けにきたぜ!」
大和、キャップの姿と、
「間に合ったか……!」
「京ちゃん!」
「京、よく頑張ったな。後は私達に任せろ!」
傷だらけのサーシャと百代、そしてまふゆの姿だった。京は一瞬だけ放心したが、今までずっと耐えてきた不安と恐怖が一気に解放され、溜めていた涙が一気に溢れ出した。
「大和、みんな……」
助けにきてくれた……きっと来てくれると信じていた。力が抜け、京は床に座り込む。大和、キャップは京に駆け寄り、京の無事を確認し安堵した。
「大和……私、信じてたよ!ずっと来るって信じてた!」
大和に縋りつくように京は大和の身体に顔を埋めた。大和は京の頭をそっと撫でる。
「ああ……お前が無事で本当によかった。今、止血してやるからな!」
「クラスのみんなは無事だぜ。後は俺らに任せろ!」
大和は京の応急処置を、キャップは監禁されていた部員達の誘導を始めたのだった。
これで全員、無事にエヴァの凶刃から救われた。後は本体を倒すのみ。
「……クイックシルバーの魔女、エヴァ=シルバー。何故貴様が生きている?」
サーシャは
「貴方に答える義務はないわ。それよりも楽しんでもらえたかしら?私の最高傑作、
エヴァが仕掛けた大規模な水銀トラップ。まるでアトラクションのオーナーにでもなったように、歓喜している。
「相変わらず悪趣味ね……あんたのせいでどれだけの人が傷ついたか……赦せない!」
「京が世話になったみたいだな。京に変わってたっぷりとお礼をさせてもらうぞ!」
大勢の生徒を傷つけ憤怒するまふゆ。仲間を傷つけられ、静かなる怒りを胸に秘める百代。
そして、サーシャ。再び蘇ったエヴァを倒すために剣を振るう。
「どちらにせよ貴様を屠る事に変わりはない。エヴァ=シルバー、貴様はもう一度俺が狩る!」
「はっ!こちらの台詞よ。私を殺した罪、死をもって償いなさい!!」
以前倒され、復讐の炎を宿したエヴァがサーシャたちに牙を剥く。
「―――――震えよ!畏れと共に跪け!!」
鉄と水銀がぶつかり合う。サーシャ達とエヴァ、壮絶な死闘が幕を開けた。