聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

74 / 135
44話「魔性宿りし者」

1−C教室。

 

 

登校時間、伊予は教室に入ってすぐ、由紀江の姿を見つけた。由紀江は相変わらず、楽しそうにクラスの生徒と話をしている。

 

 

「あ!伊予ちゃん、おはようございます!」

 

 

伊予が挨拶を交わす前に、伊予の姿を見つけた由紀江が笑顔で手を振っている。いつもと変わらない由紀江の笑顔。

 

 

「あ……お、おはよう」

 

 

昨日の一件があってか、思わず挨拶がぎこちなくなってしまう。由紀江は伊予の様子が少しおかしい事に気付き、心配そうに声をかける。

 

 

「……伊予ちゃん?どうかしたんですか?」

 

 

「あ……ううん、何でもないの」

 

 

本当は聞きたい事があるのに、うまく切り出せない。由紀江が、あんな事をするなんて……到底思えない。思えないのなら聞いても問題はない筈。それなのに躊躇いが邪魔をする。

 

 

それでも、聞かなければ。

 

 

「あ、あのさ……まゆっち」

 

 

「はい?」

 

 

「昨日の夜――――」

 

 

言いかけた途端、丁度チャイムの鐘が鳴ってしまう。由紀江はまた後でと言って自分の席へと戻っていく。

 

 

結局、聞きそびれてしまった。もうすぐ担任の先生が教室へやってくる。やりきれないままHR(ホームルーム)を迎える伊予。

 

 

「みんな、おはよう」

 

 

教室に入ってきたのは担任の先生……ではなく保険医の麗だった。何でも、担任が風邪で休んだらしく、代理で引き受けたらしい。麗はHRをさくさく進めていく。

 

 

「……と、これでHRを終了します。後、黛由紀江ちゃん。ちょっと話があるの。一緒に職員室へ来てもらえる?」

 

 

HRが終わり、麗は由紀江を呼び出した。一体何の用だろう……由紀江ははい、と返事をして立ち上がり、麗と教室から出て行った。

 

 

そして二人が出て行ってすぐ、クラスが騒然となり始める。

 

 

「……ねぇ、呼ばれたのって、もしかしてSクラスの武蔵さんの事じゃない?」

 

 

「なんか、決闘の後に呼び出してエッチ迫ったらしいよ」

 

 

「武蔵さん身体中触られて、色々ヤバイ事されたみたい」

 

 

「ええ!?嘘でしょ!?」

 

 

「気持ち悪……」

 

 

「そりゃ武蔵さん、不登校になるわな」

 

 

「大人しいフリして、やる事結構怖いよねー」

 

 

クラス中が、由紀江の妙な噂で塗りつぶされていく。伊予は突然過ぎて耳を疑った。そんな話、どこから流れてきたのだろう。

 

 

確かに武蔵との決闘後、由紀江は武蔵を呼び出している。その次の日、武蔵が不登校になった事も耳にしていた。だからといって、由紀江がそんな事をするとは思えない、こんなものは根も葉もない噂だろう。

 

 

「もしかして、通り魔の犯人も黛さんだったりして」

 

 

「ああ、そうかも」

 

 

「でも、もう犯人は捕まったんでしょ?」

 

 

「実は、捕まった後も一人襲われたんだって」

 

 

「え!?じゃあ本当に……」

 

 

クラスの由紀江に対する不信感は収まらない。一体由紀江の何を知っているんだ……伊予はたまらず耳を塞いだ。

 

 

自分の親友が疑いをかけられている。もういい、やめてと心の中で叫び続けながら、時間をやり過ごす。

 

 

しかしもう限界。クラスの空気に耐えられなくなった伊予は、逃げ出すように教室を飛び出した。廊下を走り抜け、生徒達を追い抜き、ひたすら走り続ける。

 

 

(違う……まゆっちが、そんな事するはずない!)

 

 

伊予が向かう先は、麗と由紀江のいる職員室。もう躊躇ってなどいられない。今度こそ、由紀江から真偽を確かめなければ。

 

 

 

 

息を切らしながら職員室の前まで辿り着く。伊予はドアに手をかけようと手を伸ばした瞬間、先にドアが開く……伊予の前には由紀江の姿があった。

 

 

「伊予ちゃん?」

 

 

何でここに、と由紀江。伊予は早速話を切り出した。

 

 

「あの、まゆっち……聞きたい事があるの」

 

 

「聞きたい事?」

 

 

「……昨日の夜……商店街にいなかった?」

 

 

昨日見た由紀江の姿。あれはきっと見間違いだろう。まずは商店街に由紀江がいたかどうか、それを聞けばいい。

 

 

いなければ、それで終わり。もう余計な心配する事なんてないのだから。

 

 

「はい。確かにいましたよ」

 

 

―――――。

 

 

伊予の心臓が、止まったような気がした。さらりと答える由紀江。伊予の不安が一気に膨れ上がっていく。

 

 

「何……してたの?」

 

 

恐る恐る訪ねる伊予。由紀江は続けた。伊予は思わず息を呑む。

 

 

「大和さん達と通り魔事件の犯人を捕まえる為に、商店街を警備していたんです」

 

 

由紀江が商店街にいた理由。それは学園から依頼された任務の一環からだった。仲間同士でペアを組み行動し、張り込みをしていたのである。麗に呼ばれたのも、その件についての事だったらしい。

 

 

「そっ……か」

 

 

伊予の肩の力が、一気に抜け落ちた。そうだ……心配する必要なんて始めからなかった。とんだ取り越し苦労だと自分自身を笑う。

 

 

「い、伊予ちゃん?」

 

 

「ううん、何でもないの!早く教室に戻ろ?」

 

 

由紀江の手を取り、二人は自分達の教室へ戻っていく。

 

 

二人で廊下を歩きながら、伊予はクラスでの噂を由紀江に話そうか迷った。しかし噂は噂。わざわざ言う必要はない。所詮は根拠のないもの。

 

 

それに、誰が何と言おうと伊予にとっての由紀江は、由紀江のままなのだから。

 

 

「あ……」

 

 

そういえばと、伊予は気付く。由紀江に変化があってから、見かけなくなった物の事を。

 

 

「ねぇ、まゆっち」

 

 

「はい?」

 

 

「最近見ないね、松風」

 

 

そう、松風の事である。いつも由紀江の手の平で喋っていた馬のストラップ。父親から貰ったという大切なもの。と言っても、実際に喋っているのは由紀江なのだが。

 

 

あれだけ由紀江の側にいたのに、今はいない。由紀江があまりにも自然過ぎて、その存在に気付かなかった。何気なく由紀江に訪ねてみる。

 

 

「松風……?」

 

 

一瞬、由紀江は首を傾げたが、ああと思い出したように相槌を打つ。

 

 

「あれなら、もう捨てました」

 

 

「えっ」

 

 

捨てた。その言葉に、伊予は言葉を失った。

 

 

「いつまでもあんなものに頼っていたら、父上に笑われてしまいます」

 

 

そう言って、くすっと苦笑いする由紀江。そうなんだ、と伊予は返す事しかできなかった。由紀江がそう決めたのなら、仕方が無い。伊予がとやかく言う事ではない。

 

 

「そうだ、伊予ちゃん」

 

 

由紀江が立ち止まる。伊予もそれに合わせて足を止めた。すると、由紀江は伊予と向き合うように顔を合わせた。

 

 

そして、

 

 

「大事な……大事な話があるんです―――放課後、私と一瞬に来てくれませんか?」

 

 

大切な親友、由紀江からの頼みだった。そんな由紀江からの頼みだ、きっと本当に大切な事なのだろう。伊予は頷いて承諾するのだった。

 

 

 

 

夜、公園見晴台前。

 

 

由紀江と伊予は見晴台で、複数の星が煌めく夜空を、二人で眺めていた。

 

 

「うわぁ、きれい……」

 

 

まるでプラネタリウムのような星空を、食い入るように眺める伊予。星空を眺める伊予の横顔はとても満足げで、由紀江も嬉しく思うのだった。

 

 

「私のお気に入りの場所なんです。伊予ちゃんに、ずっと見てもらいたくて」

 

 

学園の帰り道、偶然この場所を見つけたらしい。あまり人気のない古びた公園。こんな場所があったんだ、と伊予は思った。

 

 

星空が照らす見晴台の下。二人はしばらく星々の煌めきの鑑賞を続ける。

 

 

「その……喜んで頂けましたか?」

 

 

聞きにくそうに、伊予に言葉をかける由紀江の姿はどこか初々しい。伊予は由紀江に顔を向けて、にっこりと微笑むのだった。

 

 

「うん。こんな場所があるなんて知らなかった。ありがとう、まゆっち」

 

 

親友からのプレゼント。これほど嬉しい事はない。感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

しかし本命は違う。由紀江からの大事な話。伊予はその話題を切り出す。

 

 

「まゆっち………大事な話って、何?」

 

 

「…………」

 

 

由紀江はただ黙って、伊予の目を真っ直ぐ見る。由紀江の目には何かを決意したような、そんな感情が伺える。何度か深呼吸を繰り返し、息を整えてゆっくりと口を開いた。

 

 

「伊予ちゃん、私――――伊予ちゃんが、好きです」

 

 

それは、彼女からの突然の告白だった。伊予は状況が飲み込めずに目を丸くするが、よくよく考えてみれば友人同士。

 

 

「あ……えっと、それって友達としてって意味だよね?うん、私も好きだよ」

 

 

友達として。親友として好き……それは互いを認め合う事。それは伊予も同じ気持ちである。だが、由紀江は首を横に振った。

 

 

「違います。私は伊予ちゃんを――――一人の女性として愛したい。そういう意味です」

 

 

「え……あ……」

 

 

伊予は言葉を失った。つまりそれは、もっと特別な感情で、想い人として伊予を好きだという意味である。

 

 

いきなり何を言い出すのだろうか……何と返事をしたらいいか迷い、頬を赤く染めながら由紀江から視線を逸らす。

 

 

「あ……で、でもそういうのってさ……なんというか、ほら!私たち女の子同士だし。だからその、愛してるとか、愛してないとかは違――――」

 

 

伊予の目の前に急接近する由紀江。伊予の両手を握るように取り、由紀江は迫った。

 

 

少し恐怖を感じる……伊予は後退り、背中が側にあった樹にぶつかる。

 

 

「ま……まゆっち?」

 

 

「伊予ちゃん……」

 

 

由紀江の息が、伊予にかかる。初めて、優しい由紀江の表情が“怖い”と感じてしまった。由紀江は伊予に迫ったまま続ける。

 

 

「伊予ちゃん、大好きです。優しい所も、小動物みたいに和菓子を食べる所も、全部……」

 

 

由紀江の手がまるで蛇のように動き、伊予の胸元に優しく手を置く。そして伊予の耳元でそっと囁いた。

 

 

「全部―――――私だけのものにしたい」

 

 

「―――――!?」

 

 

伊予の胸元に置かれたまゆっちの手が爪を立てて、無造作に伊予の制服を引き剥がした。下着ごと剥がされ、素肌が露わになる。

 

 

独占欲。伊予の心が恐怖で支配されていく。悲鳴を上げることすらできず、震えることしかできない。

 

 

「すごい……綺麗な肌。それに、こんなにも柔らかい……」

 

 

伊予の肌に触れ、焦らすように愉しむ由紀江の姿は、まるで獣だった。

 

 

 

“なんか、決闘の後に呼び出してエッチ迫ったらしいよ”

 

 

“もしかして、通り魔の犯人も黛さんだったりして”

 

 

 

クラスでの由紀江の噂が、ふと頭を過る。伊予は何度も思考を拭い去った。認めない、由紀江がこんな事、するはずがない。

 

 

しかし現に今の由紀江がここにいる。信じ難い状況が、ここにある。

 

 

「―――武蔵さんは、あんまり触らせてくれませんでした」

 

 

折角親睦を深めようと思ったのに、と撫でるように肌に触れながら、由紀江は独り言のように呟く。武蔵の決闘後に呼び出した時の事である。それはクラスで言っていた噂が、本当である事を意味していた。

 

 

「じゃあ……通り魔で、女子生徒を襲ったのも、全部……」

 

 

一番聞きたくない事を、恐る恐る伊予は口にする。由紀江は否定する事なく答えた。

 

 

「襲うだなんて……私はただ確かめたかっただけです。でもどの人達も違った……やっぱり、伊予ちゃんじゃないとダメです」

 

 

肯定。由紀江は武蔵の事も、通り魔の事も全て認めた。認めざるを得ない残酷な現実。

 

 

「う、そ……」

 

 

これが、伊予の信じていた黛由紀江。由紀江の本性。由紀江はふふと笑い、伊予の素肌を舐め始めた。生暖かい感触が伊予に伝わる。

 

 

「伊予ちゃん……れろっ……これが私。本当の私なんです。伊予ちゃんが好きで好きでたまらなくて。もう自分を抑えられない。伊予ちゃんの隅から隅まで全部、私色に染めてあげたい」

 

 

「…………」

 

 

なす術もなく、ただ無抵抗に。あるがままを受け入れる伊予。身体中が由紀江に染められていく。これが、自分が由紀江という人間を信じてしまった結末。

 

 

それだというのに。

 

 

「………違う」

 

 

震えながら、伊予は声をようやく絞り出した。由紀江の動きが止まる。

 

 

「違うよ……あなたは、まゆっちじゃ、ない」

 

 

目の前にいるのは、由紀江ではない。本人の前で本人を否定するというのもおかしな話だ。こんな時に自分は何を考えているのだろうと、伊予は心の中で笑う。

 

 

けどそれでも。伊予には分かる。由紀江の事は、自分が一番よく知っている。だから、この“黛由紀江”は違うと、はっきり認識出来た。

 

 

何故なら、伊予は由紀江の事を信じているから。すると、由紀江の表情から徐々に笑顔が消え始める。

 

 

「どうして………どうしてそんな悲しい事言うんですか?私は私です、黛由紀江です」

 

 

自分自身を否定され、深い悲しみにくれる由紀江。認めて欲しいとせがみ続けるも、伊予は首を横に振り続けるだけだった。

 

 

「だって、私の知ってるまゆっちは……こんな事しない。それに松風だって、簡単に捨てたりなんかしない」

 

 

おかしいって思ったんだと伊予。いつも大事にしていた松風。父親から貰った大切なもので、あんなに可愛がっていたのだ。仮に松風を使わなくなったとしても、決して捨てるような真似は絶対にしない。

 

 

それに、由紀江はもっと友達を大切にする。いつも相手の事を優先し、こんな風に一方的な感情を押し付けたりはしない。

 

 

「姿形は、確かにまゆっちそっくりだよ。でも……ごめんなさい。あなたは違う。やっぱり、私の知ってる本当のまゆっちは―――」

 

 

口下手で、寂しがりで。寂しいから友達が欲しくて。そのために精一杯努力する頑張り屋。

 

 

最初は気付かなかった。由紀江があんなにすぐに変わってしまった事を、不思議に思わなかったから。

 

 

「私の言ってる事、めちゃくちゃだよね……自分でもよく分かんない。でも、これだけは言える。あなたは、まゆっちじゃない」

 

 

伊予の目から、一筋の涙が零れ落ちる。それは目の前にいる“黛由紀江”に対する哀れみなのだろうか。伊予は無理に笑って、彼女に告げる。

 

 

「あなたは……だれ?」

 

 

―――――。

 

 

その瞬間。“黛由紀江”は、伊予の肩を千切れるくらいに掴みかかった。俯いたままで、表情は伺えない。ただ一つ分かるのは、彼女は怒りで身体を震わせている事だけである。

 

 

「……がう」

 

 

ギリギリと、伊予の肩に爪を立てながら声を漏らす“黛由紀江”。そして顔を上げると、刃のような鋭い眼光の、怒りに満ちた表情があった。

 

 

「―――違う。私は……私は黛由紀江だ!認めろ、私は私なんだ!それ以上でも、それ以下でもない!」

 

 

“黛由紀江”の爪が肩に食い込む。まるで獣か何かに噛みつかれたかのように、じわじわと痛みが伊予を襲う。

 

 

先程とはまるで別人のように変貌した“黛由紀江”。伊予は苦しみと痛みに耐えながら、ある事に気付く。

 

 

“黛由紀江”の左肩に見え隠れする、黒い痣のようなもの。

 

 

否、痣にしては繊細すぎる。そう、まるで紋章のような跡。これは一体何なのだろう……そんな事を考えていた時だった。

 

 

「―――――!?」

 

 

突然“黛由紀江”が伊予から離れ、刀を抜いて戦闘態勢に入った。誰かいる……気配を察知した“黛由紀江”は刀を構えて警戒する。

 

 

「――――伊予ちゃんに、これ以上手は出させません」

 

 

公園の暗闇から聞こえる、女性の声。やがてその声の主は、暗闇から姿を現した。

 

 

刀を手にし、凛々しく立つその姿。清らかな闘気を纏いし、“黛由紀江”の前に現れた一人の少女。

 

 

そう―――――それは正真正銘黛由紀江こと、由紀江の姿だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。