聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
“黛由紀江”と伊予の前に現れた由紀江。本物の黛由紀江である。
由紀江は正面にいる敵―――“黛由紀江”と対峙する。街灯に照らされ、互いの顔がよく見えるようになる。
「ま……まゆっちが、二人?」
伊予は、夢でも見ているような気分だった。由紀江が二人いる……驚きを隠せない。
そして同様に、由紀江本人も驚いていた。
「わ、わわわわわわ!!ままま松風、わた、わた、わたしが二人います!二人います!」
『さすがのオラもびっくりだぜ。まゆっち、実は生き別れた双子の妹なんじゃね?こいつはまさかの運命の再会だ!』
「えーーー!そんな、父上に限って隠し子だなんて!」
このあり得ない状況にも関わらず、一人と一匹でもめだしていた。そのやり取りを見て、安堵する伊予。
(ほんものの……本物のまゆっちだ。よかった……)
伊予が知っている、いつもの由紀江がそこにいる。口下手で、松風と会話をするその姿。間違っていなかった。あれが本物の由紀江。伊予の親友であると。
一方、“黛由紀江”は冷め切った視線を由紀江に送っていた。そこからは殺意に似た冷酷な感情が読み取れる。
視線に気付いた由紀江はやり取りを止め、刀を構えて黛由紀江に向き直った。
(やはり、カーチャさんの言っていた通りでした……)
由紀江は川神市へ戻る前、カーチャからある連絡を受けていた。正確には、戻るというより呼び出されたと言う方が正しい。
何故ならばこの時この瞬間まで、由紀江はずっと実家にいたからである。
数日前、黛家。
家の電話が鳴り出し、一人の少女が受話器を取る。全ては、この一本の電話から事態が発覚した。
「はい、黛です」
『もしもし、こんにちわ!私、黛由紀江さんのクラスメイトのエカテリーナ=クラエといいます。あの、由紀江さんはいらっしゃいますか?』
電話をかけてきたのはカーチャだった。電話を撮った少女、沙也佳は由紀江の妹である。沙也佳は少々お待ちくださいと言って、姉の名前を呼ぶ。
「お姉ちゃん、電話だよ!」
沙也佳の声を聞き、走ってやってくる由紀江。大和さん達だろうか……川神市を離れてから数日が経ち、電話が来ないから忘れ去られたと思っていた。よかったと心の中でホッとする。
「誰からですか?」
「お姉ちゃんのクラスの、エカテリーナ=クラエさんって人から」
その名前はカーチャの正式名称だった。カーチャから電話なんて珍しい、というよりカーチャからの電話は始めてだった。
(カーチャさんから……?)
由紀江は受話器を受け取り、早速電話越しのカーチャに声をかける。
『へい!オラを呼んだかい?フェイスキャッツ』
『ストラップに用はないわ』
『すんません』
言って一蹴するカーチャ。一応、松風の事は認めてくれているらしい。多分。
「す、すみませんでした。松風がとんだご無礼を……」
由紀江が松風に変わり謝罪をする。傍から見ればとんだ一人芝居である。
しかし、カーチャは怒る事もなければ呆れる事もしなかった。
『……やっぱりね』
一人納得したように、カーチャは呟く。疑問に思う由紀江。
『黛由紀江。あんたは帰省してからこっちには戻っていない、それで間違いないかしら?』
父親が倒れ、急遽帰省した由紀江。帰省してからは一切学園には戻っていない。由紀江はそう説明する。するとカーチャは無感情な声で答える。
『それが――――いるのよ、
「え―――」
呼吸が一瞬、止まる。つまり今カーチャはこう言った。帰省し、いるはずのない由紀江が市内にいると。しかも、普通に学生生活を送っているというのだ。
まるでホラー小説のような展開。成る程、それが仮に本当だとしたら大和達から連絡が来ないのも納得がいく。何故なら、由紀江は大和達のすぐ側にいたのだから。
「あ……それは、つまり……」
『つまり、あんたの偽物がいるということよ。あんたの名を騙って、色々としているみたいだけど』
「…………」
もう、言葉が出ない。由紀江でない黛由紀江が、大和達と一緒にいるのだ……現実離れしたような状況が思考を混乱させる。今の自分は一体何をどう対処すればいいか分からずにいた。するとカーチャは由紀江の心境を察したように、
『迷っている暇はないわ。さっさと戻ることね。でないと、面倒な事になるわよ』
それだけ言って、カーチャは電話を切った。由紀江は受話器を持ったまま取り残される。お姉ちゃん?と呼びかける沙也佳の声も聞こえない。
川神市にいる、もう一人の自分。本当にいたのだとしたら、笑えない冗談だろう。
所謂ドッペルゲンガーというやつだ。出会ってしまったら……恐怖がじわじわと由紀江の心を責め立てる。
そんな時、由紀江の心の声が聞こえた気がした。
『おうおうおう、ビビってる場合じゃねーべよまゆっち!』
「は、はい!?」
心の声、というより松風だった。
『まゆっち、考えてみろよ。まゆっちがもう一人いるわけねーじゃん。常識的に考えて』
「ま、松風……」
松風の言葉が由紀江の胸に響く。由紀江はそれを噛みしめるように受け止める。
『いいかよく聞けまゆっち。まゆっちは世界中のどこを探してもまゆっちは一人しかいねーんだぜ。オンリーワンなんだぜ!』
「――――!」
由紀江はこの世で一人。どこを探しても同じ人間はいない。松風の最後の言葉が、由紀江の迷いを消し去り、震え立たせた。由紀江は受話器を置き、決意を露わにする。
「松風。私、父上の所に行って参ります!」
『決めたんだな、まゆっち』
「はい!大和さん達の所へ戻ります!」
『その意気だぜ!』
由紀江と松風は父親のいる部屋を目指す。大和達のいる、川神市へ戻るために。由紀江の名を騙る偽物を、探すために。
「………」
そして、冷たく、尚且つ哀れみの視線を由紀江の後ろから送る沙也佳。お姉ちゃんがあの腹話術を卒業する日はいつだろう。そんな思いを秘めながら見送るのだった。
つまり今まで大和達と接していた由紀江は偽物。今現れた由紀江こそが本物である。
これで誰が本物で、誰が偽物かはっきりした筈。だというのに。
「……松風」
『おう』
「あれは、偽物なんですよね?」
『おう』
「見事なまでにそっくりなんですが……」
『……そんな日もあるぜ』
由紀江の前には同じ顔。同じ剣の構え。まるで鏡を見ているようで気味が悪い。
いくら本人の偽物が由紀江を騙っていたとはいえ、ここまで似ているとなると驚きを通り越して不気味である。変装の類でもあそこまで似せることはできない。そもそも由紀江ならば、“気”で正体が分かる。
にも関わらず、
(私の気と全く同じ……どういう事でしょうか)
全てにおいてが同一。完全なる複製。自分と同じ存在だと錯覚する程に。
しかし、自分が本物である以上、今目の前にいるのは偽物。それに本物ならば親友の伊予にあんな事はしない。だから問わねばならない、彼女の真意を。
「貴方は……何者ですか?」
“黛由紀江”に問い質す由紀江。緊張で刀の柄を持つ手が強くなる。すると“黛由紀江”はふ、と静かに笑う。
「決まっているだろう。私は
“私は私だ”。そう答える黛由紀江。本人の前で、そんな事は許されるはずがない。
「黛由紀江は私です。貴方は私の名を騙る偽物……その正体――――暴かせて頂きます!」
あくまで自分を騙るのなら、実力行使するまで。必ず何か仕掛けがあるはずだ……由紀江は全身全霊をかけ、“黛由紀江”に挑む。
「私が……偽物か」
嘲るように、“黛由紀江”は静かに笑う。しばらくして彼女が笑いを止め、刃のように冷たく光るその視線を由紀江に投げつけた。
「なら」
次の瞬間、“黛由紀江”は由紀江との距離を一気に縮めていた。
「――――試してみるか?」
「――――!?」
由紀江の本能が危険だ、と告げる。由紀江は反射的に刀を振り上げ、高速で繰り出された“黛由紀江”の斬撃を払いのけた。第二撃が来る間際に後退し、態勢を立て直す。
この速度。そして斬撃。一瞬でも気を抜けば、命はない。そう覚悟する。
「せやああああーーー!」
再び接近し反撃に出る由紀江。敵は自分と同じ剣使い。しかも、由紀江と互角に渡り合える強豪である。
ならば、相手にとって不足はない。己の剣術をもって倒すまで。連続した斬撃を“黛由紀江”に叩きつける。
だが、
「なっ!?」
“黛由紀江”は由紀江が繰り出した斬撃全てを、まるで由紀江の攻撃自体を読んでいたかのように、打ち払った。“黛由紀江”はさらに追撃し、由紀江を斬り込む。
「くっ……!」
火花を散らしながら、ぶつかり合う刃と刃。それは、互いの剣技を競い合うように……いや、競い合うという例えはおかしい。何故なら何もかもが“同じ”なのだから。
(同じ黛流の剣技を!?)
“黛由紀江”が行使している剣技のそれは、まさに自分と同じ流派の黛流である。幼い頃から修行を重ね、ずっと肌で感じてきたものだ……手に取るように理解できる。
同じ流派、そこまではいい。だが解せないのは、構えも剣技も、動きも全く同一だという事である。まさに鏡。自分と戦っているに等しい感覚。現実味を帯びない白昼夢のよう。
「はああああっ!」
その思考を振り切るように、“黛由紀江”の刃を押しのけ、再び刀を振るう。しかしその度にまた弾かれてしまう。
何度も攻撃を繰り返す。また弾かれる。繰り返され続ける終わらない輪廻。これでは埒が明かない。ただの消耗戦になるだろう。
終わらせなければ……相手は自分と同じといえど、やはり偽物。必ず、どこかに綻びが存在する筈だ。
自身の攻撃は、何をしても全て読まれてしまう。その先を、さらにその先を読んでも、先回りされるのならば、さらにその先を超えるまで。相手が自分を騙るなら、その自分を騙るのもまた自分自身。
それならば、自分が絶対に取らないような行動を―――“黛由紀江”が予想できないような行動を取ればいい。相手の意表を突く攻撃を仕掛ければ、この無限は狂い出す。
「黛流剣術――――」
刀を持ち構え、由紀江が反撃へと躍り出る。“黛由紀江”は出方を待った。そして、
「――――十二斬!!!」
繰り出された高速の斬撃が、“黛由紀江”を圧倒した。だが、“黛由紀江”も同じ剣術を繰り出して全ての攻撃を弾いていく。
一、二、三、四………。
斬撃をカウントしながら、由紀江は静かに待つ。予測できないような行動を。先の先の、さらにその先へ。
五、六、七、八………。
七撃目も八撃目も、全てが読み取られている。焦ってはならない。時を待ち続ける。
九、十、十一………。
十一連撃目。由紀江はそこでピタリと攻撃を止めた。“黛由紀江”も異変に気付く。だがそれも一瞬、由紀江は刀の向きを変え、横一線に、薙ぎ払うように斬撃を放った。“黛由紀江”は予測が外れて反応できない。
由紀江の予想外の行動。それは十二斬の斬撃を十一連撃目で止め、その僅かな一瞬で斬り込むという無謀なものだった。下手をすれば反撃されてしまうだろう……一種の賭けのようなものでもあった。自分で自分を騙す。これが由紀江の選択。
そして由紀江の刃は、横一文字を描くように、“黛由紀江”を一閃した。
――――――。
互いに後退し、距離を取る二人。
「う………」
地面に滴り落ちる、赤い液体。その左脇腹から滲み出るそれは、由紀江のものだった。大量の汗が顔から噴き出し、表情は苦痛で歪んでいる。
隙をついた筈だった。十二斬の斬撃を直前で中断し、斬り込むという離れ技は、確かに“黛由紀江”の意表を突いている。そこまでは由紀江の想定の範囲内。
だが、さらにその先は由紀江の想像を遥かに超えるものだった。
由紀江の目の前には、無傷でいる“黛由紀江”の姿。そして彼女の周囲に渦巻いている、銀色の液体。
由紀江には見覚えがあった。以前、あれを使った敵と一戦交えている。
「すい……ぎん。まさか……貴方は、」
水銀。“黛由紀江”が行使しているのは、まさしく水銀に他ならない。左手に持つ
「―――クェイサー。それが私とお前の決定的な違いだ」
“黛由紀江”。黛流の剣術の使い手であり、水銀を操るクェイサー。自分と同一である中で、唯一の違い。ますます理解ができない。
だが一つはっきりした事は、“黛由紀江”は偽物だという事か。しかし、そんな由紀江の思考を読み取るのように、“黛由紀江”は話を続けた。
「私が偽物だと言ったな。それは大きな間違いだ。この力の差が全てを物語っている。本物は私だ。いや、お前を消してこれから私が本物になる……と言った方が正しいか」
一体、彼女が何を言っているのか分からない。由紀江を消して本物になる……これが一体、何を意味しているのかも。
状況は負傷した由紀江が圧倒的に不利。傷は思った以上に深い上、相手は無傷。さらにはクェイサーである事から、戦術も戦力も劣っている。
(でも、伊予ちゃんを……助けないと)
絶望的かもしれないが、伊予を、親友を助けなければならない。由紀江は身体に鞭打つように、刀を再び構えた。その痛々しい姿を見て、“黛由紀江”は笑う。
剣術と水銀。この戦力差は、どうあっても覆す事はできないのだから。
右手に刀。左手に銀の杖。“黛由紀江”は
「お前の血は――――私が銀色に染めてやる」