聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

77 / 135
46話「銀色に染まる夜」

水銀による不意打ちで負傷した由紀江。そして剣術、クェイサーの能力で翻弄した“黛由紀江”。

 

戦局は互角だった。同じ剣技と剣技の読み合いが続いたが、想定外な攻撃に足元を救われた結果、今の状況に至っている。

 

目の前にいるのは自分を騙る偽物である、鏡のような存在。相手が自分だというのならば、自分が取るあらゆる行動を想定し、その裏をかけば良いだけの事。だが、その行動は思いも寄らぬ形で裏切られた。

 

「お前の脇腹を抉り取るつもりだったが……少し浅かったか」

 

悠長に笑う“黛由紀江”。反応が遅ければ、言葉の通り内臓ごと持っていかれた事は間違いない。由紀江は唇を噛み、自分自身の下した判断を悔やんだ。

 

そもそも、由紀江という存在は一人しかあり得ない。変装の類だと思うのが普通である。それを知ってなお、由紀江は油断してしまったのだ。

 

クェイサーとしての能力という思わぬ隠し腕。気付ける筈もない。だが、致命傷を追わなかったのは幸いと言っていいだろう。

 

「貴方がクェイサーである事は、分かりました。でも……」

 

でもおかしいと、脇腹からひしひしと伝わる痛みに堪えながら由紀江は答える。おかしいと言うより、理解できなかった。

 

“黛由紀江”が使用した黛流の剣術。剣術どころか、動きや速度、構えが全て同一である。自分が剣使いなのだから感覚で分かる……次に来る一手も、技も全て。

 

そんな由紀江の疑問を余所に、“黛由紀江”は眈々と答える。

 

「おかしいも何もない、私は黛由紀江であり、同時にクェイサーでもある。つまりお前は、私以下の存在と言うわけだ」

 

見下している“黛由紀江”の視線が由紀江に突き刺さる。

 

「どういう……意味ですか?」

 

「弱肉強食……弱者が消えるのは自然の摂理。それに黛由紀江は二人といらない。当然生き残るのは私だ。何故なら私は、お前の望むもの全てを手にしているからな」

 

由紀江が望む物……それはたくさんの友人。積極的で明るく、誰からも好かれる……今の由紀江にはない、由紀江の描いていた自分自身の理想像。それを、“黛由紀江”は全てを手にしている。

 

由紀江の目の前にいる“黛由紀江”は、“理想そのもの”だとでもいうのだろうか。信じられない……だが由紀江の剣を持つ手は、かすかに震え始めていた。

 

“ならば自分は、欠陥品なのだろうか”、と。

 

「そんな、事……」

 

頭の中では否定する。しかし、由紀江の理想がそれを許さない。追い打ちをかけるように、“黛由紀江”は続ける。

 

「お前が今どう思おうと、周りはそれを望んでいる。もうお前は必要ない」

 

「………」

 

自分が示した理想に追い詰められていく。由紀江の求めていた理想そのものに。

 

――――口下手で、なかなか友達ができない自分。

 

――――厳しく育てられ、周りからは畏敬の念で見られてきた自分。

 

――――そんな自分を変えたくて。それでも中々上手くいかない、もどかしい自分。

 

「私、は……」

 

結局何も変わってはいなかった。由紀江の思考が、絶望の色へと染まっていく。

 

しかしそんな時こそ、松風がいつも励ましてくれたのではないか。由紀江は救いを求めるように、松風に手をかけようとした。

 

(………!)

 

はっと気付く由紀江。友達ができない寂しさを紛らわす為に、いつも話相手になっていてくれた松風。だがそれと同時に、理想から逃げている事に気付かされた。

 

そう思い込んでしまうくらいに、由紀江の心は弱り切っていたのかもしれない。その上、ほんの一瞬だけ松風の存在を否定してしまった自分が、堪らなく許せなくなった。

 

さらに思考が闇へと落ちていく。友達ができないのは松風のせいなのではないか?と少しでも思ってしまう。自分は最低だ、と由紀江は視線を落とした。

 

………自分から逃げ出したくせに。“黛由紀江”が自分が必要のない存在だというのにも納得がいく。由紀江は自分がますます嫌いになり、酷い罪悪感に苛まれていた。

 

「やっぱり……私、何も変わってない……」

 

悲しみに震えながら、由紀江は涙した。刀を持つ力が抜け、戦意と共に心も失い、深い闇へと落ちていく。しかしそんな時、

 

「――――しっかりしなさい!黛由紀江!」

 

そんな由紀江の心を呼び戻した声の主は、伊予であった。伊予は由紀江に駆け寄り、肩を掴んで真っ直ぐ視線を合わせる。伊予はこれまでにないくらいに、怒りを露わにしていた。

 

「何弱気になってるの!?まゆっちはまゆっちでしょ!?」

 

「い、伊予ちゃん……」

 

伊予の言葉の一つ一つが、由紀江の心に喝を入れ、同時に光を呼び戻していく。

 

「確かにまゆっちは口下手で、なかなか人前じゃ話せなくて不器用な所もあるけど、それでもまゆっちは必死に頑張ってる!今はまだ理想に近付けなくても、少しずつ前に進んでるじゃない。だって―――」

 

そして笑顔で、彼女にこう伝えるのだった。

 

(親友)が――――ちゃんとここにいる。そうでしょ?まゆっち」

 

それは、由紀江にとって何よりの救いであった。親友が、側にいる。何も変わっていないわけではない。少しずつ、前へ前へと進んでいるのだから。

 

由紀江の心は、彼女に暖かく包まれていた。嬉しくて、涙が止まらなかった。そんなの二人のやりとりを眺めながら、“黛由紀江”は小さく肩を落とす。

 

「……何故そいつの肩を持つ?私の方が優れているのは明らかだ。欠陥品を選ぶ理由が、私には理解できないな」

 

心ない“黛由紀江”の言葉。伊予は振り向かず、押し殺したような声で答える。

 

「……貴方という人が、やっと分かったよ」

 

静かな伊予の怒りが、伊予の背後にいる“黛由紀江”へと向けられた。伊予の背中から、突き刺すような視線が伝わるような気がした。伊予はそのまま“黛由紀江”に語りかける。

 

「貴方は明るくて、すぐ友達もできて、お喋り上手で……確かにまゆっちの理想だね。でも、」

 

ゆっくりと振り返り、彼女の胸の内の怒りを、そして同時に、“黛由紀江”自身を憐れむように視線を向けた。

 

「簡単に手に入れた理想なんて、そんなの本物じゃない。貴方はまゆっちがどれだけ変わりたくて、今までずっと努力してきたか知ってる?自分の思い描いている理想は、簡単には手の届かないものなんだよ」

 

だからこそ、由紀江は一歩一歩進んでいるのだと、“黛由紀江”を諭すように話を続ける。

 

「まゆっちの事を欠陥品って言ったよね?人は誰でも欠点はある。私にも、貴方にも」

 

人間には必ず欠点がある。誰にでもある……言い換えれば人の個性に他ならないのだから。

 

「“完璧な人間なんていない。人間は常に欠陥を抱えて生きるもの”だって、教えてくれた人がいるの。貴方がどうして、まゆっちにならなきゃならないのかは分からないけど、貴方は絶対にまゆっちにはなれない」

 

最後に伊予は“黛由紀江”の目をまっすぐに見据えて、

 

「たとえ貴方が……まゆっちの複製だったとしても」

 

まるで確信をついたような回答だった。いくら由紀江を模倣しても、伊予が由紀江と過ごした時間や思い出は、誰にも真似はできない。伊予の知っている親友の由紀江はたった一人しかいない、かけがえのない存在なのだから。

 

「―――――」

 

すると、今まで黙して聞いていた“黛由紀江”に変化が訪れた。顔を俯かせ、刀を、血が出るくらいに握り締めている。その彼女からは、憎しみと怒り……悲しみさえも感じ取れた。

 

「複製……だと?」

 

押し殺した怒りが声に現れている。俯いていた顔を上げると、憎悪に満ちた瞳が覗いていた。

 

次の瞬間、

 

「――――私の目の前で、二度とその言葉を口にするなああぁぁ!!」

 

“黛由紀江”が動き出した。憎しみの対象となった伊予に向かって地面を蹴る。刀の鋭利な刃と、水銀の牙が交差して襲いかかった。

 

まるで風のような速度。一瞬にして距離が縮まった。避ける術はない。

 

「伊予ちゃん!」

 

“黛由紀江”の攻撃が伊予に触れる寸前、由紀江が二人の間に入り、刀で攻撃を抑え込んだ。攻撃の重圧が、由紀江のわき腹の傷に響く。受け止めた刀が、“黛由紀江”の力で押し戻されていく。

 

「伊予ちゃん……にげ―――!?」

 

逃げて……と、言いかけたその時だった。突然“黛由紀江”の身体が動かなくなる。指一本すら、満足に動かせない。

 

一体何が起きたのか……目を凝らした由紀江は事態をようやく理解する。

 

街頭の光に浮かぶ、由紀江の刀に絡まる水銀の糸。刀だけではない。身体中、巻きつけられた糸によって束縛されていた。身動き一つ、彼女は取れない。何時のにか由紀江は“黛由紀江”に捉えられていたのだ。

 

すると、“黛由紀江”は歪んだ狂気のような笑みを零し、まるで釣り上げるかのように水銀(シルバー)ロッドを引き上げ、由紀江の身体を投げ飛ばした。由紀江は街灯に直撃し、身体中に強い衝撃が走る。

 

「がっ……は……!?」

 

地面を転がり、血を吐き出しながら咳き込む由紀江。直撃した街灯はぐにゃりとひしゃげている。さらに、“黛由紀江”から受けた傷が広がり、出血量は酷くなっていた。

 

「まゆっち!?まゆっち……!」

 

伊予が駆け寄り、半ば動かない由紀江の身体を抱き起こす。由紀江の意識は朦朧とし、殆ど失いかけていた。伊予は何度も由紀江を呼び続けたが、反応が薄い。

 

「あ……あ……」

 

掠れた声で、由紀江は何かに手を伸ばそうと、残った力で必死に動かしていた。

 

その手の先には―――地面に放り投げられた松風。先程の衝撃でポケットから転がってしまったのだろう。松風はまるで苦しいと訴えているかのように、冷たい地面に横たわっていた。

 

「まつ……か……ぜ……」

 

松風の名前を呼び、由紀江は手を延ばし続ける。父親から譲り受けた、大切なもの。否、由紀江の傍にいる大切な友達。

 

「これが松風か。まるでくだらないおもちゃだな」

 

それを、“黛由紀江”が拾い上げる。詰まらなそうに松風をながめながら彼女は嗤う。由紀江は抵抗もできず、声も出せない。そんなボロボロの由紀江を強く抱きしめながら、伊予は“黛由紀江”を睨みつけていた。

 

しかし、その時“黛由紀江”に異変が起こった。

 

「うっ……!?」

 

突然吐き気が“黛由紀江”を襲う。拾い上げた松風を落とし、口元を抑えている。彼女の異変に伊予は驚きを隠せない。

 

「うぇ……うぅ……!!」

 

膝をつき、激しく苦しみ出す“黛由紀江”。むせ返りそうな感覚が彼女を蝕む。原因は分からない。“黛由紀江”でさえ、この事態を予想していなかったのだから。

 

(今なら……にげ………)

 

今ならば、由紀江を抱えて逃げられるかもしれない。だが伊予の足は恐怖で竦みきっていた。けれども逃げなければきっと殺される……本能が必死にそう叫んでいた。

 

そんな時、

 

「―――黛、大和田!」

 

夜の公園に響く、由紀江と伊予を呼ぶ女性の声。伊予が振り返った背後から、見覚えのある女性が息を切らしながら走ってくるのが見えた。暗がりから、徐々にその姿が見えてくる。

 

「及川、先生……?」

 

伊予達の前に現れたのは、保険医の麗だった。麗は弱った由紀江と伊予を守るように前に立つ。そして、麗は懐から拳銃を取り出し、“黛由紀江”にその銃口を向けたのだった。

 

「大人しくしてもらうわよ、“黛由紀江”。いや―――クローン黛」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。