聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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51話「救われた命」

閉ざされていた意識が、徐々に戻っていく。重い瞼を開けた瞬間、蛍光灯の眩しい光が視界に入ってきた。

 

 

思わず目を瞑り直し、その光に慣れ始めていく。和室のようだが……ここがどこで、どうしてここにいるのかは覚えていない。

 

 

身体は手当を受けている。首筋に装着されていた元素回路(エレメンタル・サーキット)は取り除かれていた。

 

 

ただ一つ分かっている事は、自分―――クローン黛がサーシャに敗北した事だけである。そこから先の記憶はない。状況を確認しなければと周りを確認すると、クローン黛の目に最初に飛び込んできたものは、

 

 

『お目覚めかい?オラだぜ』

 

 

「…………」

 

 

馬のストラップの松風だった。クローン黛も思わず目が点になる。一体何をどうコメントしたらいいか悩む。言葉が出てこない。そして次に飛び込んできたのは、

 

 

「うわわわ松風いけません!病人に対してそんな……っていうか彼女は松風が―――」

 

 

慌てふためきながら、松風と会話をしている由紀江の姿だった。どう見ても腹話術にしか見えない。松風を見て吐き気を覚えてしまった事は知っている筈だが、忘れていたらしい。

 

 

「別にいい……平気だ」

 

 

不思議と、今は松風を見ても吐き気はなかった。特に何も感じてはいないようで、由紀江も安心する。

 

 

何故、松風を見ても何も感じなくなったのかは分からないが……今はそんな事はどうでもよかった。とりあえず状況が知りたい。クローン黛は由紀江に訪ねた。

 

 

「ここは……どこだ?私は、どうしてここにいる?」

 

 

サーシャとの戦い以降、一体何があったのか。その後自分はどうなってしまったのか。由紀江は座り込むと、起きた事を事細かに説明を始めた。

 

 

サーシャに敗れたクローン黛は倒れ、丸一日間意識を失っていた。また、彼女が装着していた謎の元素回路は取り除かれ、アトスが解析を行っている。

 

 

一度はアトスに身柄を引き渡される事になっていたが、由紀江がそれを引き止めた。せめて身体が回復するまでとの約束で、現在は島津寮で看病を行っている。

 

 

彼女の話を黙って聞いていたクローン黛。だが、一つの疑問が生まれる。

 

 

「何故……私を助けた?」

 

 

何故敵である自分を、わざわざ周囲の反対を押し切ってまで看病をする必要があるのだろうか。そこまでする理由が分からない。すると由紀江は手の平に乗った松風を差し出した。

 

 

『オラが教えてやるよ。まゆっちは―――』

 

 

「松風、私から言います」

 

 

遮るように、手の平の松風を覆い隠す。ここから先は、松風の力を借りずに由紀江自身が話さなければならない。すぅと息を吸い、整えてからゆっくりと心の内を告白した。

 

 

「実は………私にもよくわからないんです」

 

 

「………は?」

 

 

由紀江から出てきた言葉は、もはや理由が理由ではなかった。ただ無意識に、クローン黛と向き合いたいのだと思って取った行動なのかもしれない。

 

 

言葉を失ったクローン黛だったが、小さくため息をつき視線を天井へと戻した。天井を眺め続けながら、ぼそりと由紀江に呟く。

 

 

「……私はどうなる?」

 

 

「体調が戻り次第、アトスの人達が身柄を保護するそうです。その後の事は分かりません」

 

 

先程話した通りである。クローン黛の体調が回復すれば、アトスに身柄を引き渡される。保護とはよく言ったものだとクローン黛は鼻で笑う。敵である以上、処罰は免れないだろう。

 

 

それに、クローン黛としての役目は終わっている。この際、どんな処遇を受けても構わなかった。逃げようにも、身体もサーシャとの戦闘で満足に動かない。もとより、逃げるつもりもないのだが。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

しばらく長い沈黙が続く。クローン黛は無言のまま天井を見つめ、気まずい空気をどうにかしようと何か喋らなければ、と慌て始める由紀江。そして、

 

 

「あ、あの………お腹すいてませんか?」

 

 

迷いに迷った末、絞り出てきた言葉がそれだった。クローン黛も返答に迷う。それよりも、情報を聞き出すのが普通なのではないか。調子が狂う……クローン黛は反抗するように由紀江から視線を逸らした。

 

 

「別にいい。お腹は――――」

 

 

そう言いかけた時、腹の虫が部屋に鳴り響いた。それはクローン黛からのものであり、由紀江への返答だった。クローン黛は恥ずかしそうに、少しだけ頬を赤く染めている。

 

 

すると由紀江はにこっと彼女に微笑み、

 

 

「今、ご飯持ってきますね」

 

 

立ち上がって部屋を後にした。クローン黛は由紀江を見送った後、また視線を天井に戻し、目を閉じながら考えに耽る。

 

 

由紀江の優しさに触れたクローン黛。その裏に何かあるのではと、つい勘ぐってしまう。だが由紀江にそれは感じられなかった。純粋な彼女の優しさ……自分にはなかったもの。

 

 

しばらくして、由紀江が食事を持ってやってくる。暖かいお茶とおかゆが用意されていた。由紀江はこれから学校なので、と食事をおいて駆け足でまた部屋を後にした。

 

 

「………」

 

 

身体を起こし、由紀江の作ったおかゆを口に運ぶ……暖かい。空腹が満たされていくと同時に、空っぽだった心も満たされていく。そんな気がした。

 

 

 

 

 

由紀江が出てから数時間。

 

 

部屋の廊下側で、誰かの気配を感じ取った。由紀江と、もう一人は―――クリスである。

 

 

何か話し声が聞こえる。クローン黛は布団から這い出て、重い身体を引きずりながら襖から微かに聞こえる声に耳を当てた。

 

 

「――――本気なのかまゆまゆ。あいつはお前の命を狙った敵だぞ?」

 

 

クリスの声が襖越しから聞こえてくる。クローン黛の事件は、既に風間ファミリーにも知れ渡っていた。無論、由紀江の部屋にいる事も。

 

 

「はい。彼女の身体が回復するまで、私の部屋で看病します」

 

 

皆さんには迷惑をかけるかもしれませんが、と付け加える由紀江。

 

 

そう、この寮は由紀江だけの部屋ではない。大和やクリス達もいる。敵と同じ屋根の下で寝ているのだ、いつどうなるか分からない。その危険も、考慮しなければならない。

 

 

「自分達はいい。心配しているのはまゆまゆだ。また同じような事になれば―――」

 

 

「なりません。決して」

 

 

由紀江はクリスの言葉を遮り、きっぱりと自信を持ってそう言った。なら、その自信の根拠はどこから来ているのか……それは由紀江にしか分からない。真意を知る為、クリスはさらに問い詰めた。

 

 

「それは情報を聞き出すためか?それとも、まゆまゆ自身で―――かたをつけたいからか?」

 

 

「―――――」

 

 

クリスの問いに、しばらく由紀江は沈黙する。部屋で聞き耳を立てていたクローン黛も、当然だと納得していた。やはりどこかで敵だという認識があるのだろう。

 

 

ましてや自分のクローンだ……自分自身で決着をつけたいと、そう思っているに違いない。

 

 

そして由紀江の口からその真意が告げられる。クローン黛は耳を済ませた。

 

 

が、

 

 

「うっ……がはっ、ごほっ!?」

 

 

突然、咽るような咳がクローン黛を襲った。クローン黛は廊下にいる二人に聞こえないよう、必死で咳を抑え込む。

 

 

「――――――は、――――したいと思っています」

 

 

まるで肺が破裂してしまいそうな感覚。しばらく咳は止まらなかった。咳が収まった頃には、会話は終わっていた。由紀江の真意を聞いたクリスはそうか、と言って笑うのだった。

 

 

「まゆまゆらしい答えだな」

 

 

試した真似をしてすまなかったと謝罪するクリス。由紀江も分かってくれればと笑う。

 

 

結局由紀江が何を話したのかは、聞き取る事ができなかった。心に靄が残ってしまったが……いずれは由紀江自身から告げられる事になるだろう。

 

 

クローン黛は布団へと戻り、今はゆっくりと身体を休めるのだった。

 

 

その時、何気なく口を抑えた手の平を見る。そこには、

 

 

「あ――――」

 

 

僅かだが、数滴の血がこびりついていた。咳をした時に吐血したのだろうか。身体に異常が起きている。もう、限界がきているのかもしれない。これが報いか……と自分に下された罰を笑いながら。

 

 

この事は言わないでおこう。クローン黛は血がついた手の平を、握りしめた。

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