聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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52話「交わした約束」

数日後。

 

 

クローン黛の身体は、一向に回復の兆しを見せなかった。むしろ変わらない一方である。それでも由紀江は看病を続けていた。

 

 

由紀江だけではない。風間ファミリーの大和やクリス、京やサーシャ達がお見舞いにくるようになった。最初は警戒をしていたが、徐々に話しかけてくれるようになるまで、距離が縮まっている。

 

 

時にはキャップが大量の土産を置きに。クリスがいなり寿司を。岳人がプロテインを……殆どが食べ物のお土産だが、その気持ちは嬉しく思った。

 

 

そんなある日の事。

 

 

寝込んでいたクローン黛に、由紀江が清拭をしようとした時だった。

 

 

「……なあ、お前は」

 

 

側で布を絞っていた由紀江に話しかける。すると、

 

 

『おう、オラになんかようかい?』

 

 

「………」

 

 

由紀江は手の平に松風を乗せて、クローン黛の前まで近づけていた。由紀江を呼んだつもりだが……何故ストラップが出てくる、とクローン黛は言葉を詰まらせる。

 

 

「こ、こら松風……す、すみません。私ですか?」

 

 

どう見ても一人芝居にしか見えないが、あえて見送るクローン黛。だが、同時にクローン黛の疑問でもあった。由紀江が松風を通して話をする理由が、知りたかった。

 

 

「どうして、そのストラップを使って喋るんだ?」

 

 

「え……?」

 

 

思わぬ質問に、戸惑いを見せる由紀江。確かに周りから見れば、松風を通して喋っているようにしか見えない。出会ってからずっと、不思議に思っていたのだろう。そもそも、不思議と思わない方がおかしい。

 

 

しかし、松風は由紀江と共に歩いてきた相棒のようなもの。彼女にとっては、掛替えのないものだった。

 

 

「こ、これは松風と言って付喪神の宿った由緒正しいストラップ……いやいや、父上から貰った大切なものなんです」

 

 

『おう。しかも、オラは付喪神の中でも由緒正しい血統を次ぐサラブレッド中のサラブレッ………あれまゆっち、今さりげなくストラップって聞こえたぜ?』

 

 

「い、いえそんな、私は……!」

 

 

そんな由紀江と松風のやり取りを眺めるクローン黛。今の時点で理解できた事は、松風という存在が由紀江の支えであり、父から譲り受けた大切なものである、という事だ。

 

 

――――それと同時に、寂しさを紛らわすための感情の表れだという事も。そして、由紀江の心の声を通す為の手段なのだと。

 

 

だが、由紀江には大和達のような仲間がいる。伊予のような親友もいる。なのに、何故松風に頼らなければならないのか。するとその疑問に応じるように、由紀江が口を開いた。

 

 

「私は……小さい頃からなかなか友達ができませんでした」

 

 

胸の内を語る由紀江の表情は寂しげだった。武士の末裔として、剣士として育てられた由紀江。彼女は、周囲から畏敬の念をもって接されてきた。

 

 

昔から口下手で友達ができず、苦悩の日々を過ごしていた。そんな由紀江の寂しさを救っていたのが、松風である。

 

 

松風は由紀江の側で、いつでも、どんな時でも由紀江を励まし続けてきた。彼女がここまで来る事ができたのは、松風がいたからこそである。

 

 

故に、由紀江は松風を否定しない。そしてクローン黛の言いたい事は分かっていた。

 

 

もう――――松風は必要ないのではないかと。

 

 

「……お前には、仲間がいる。親友がいる。だから、もう―――」

 

 

「―――できません」

 

 

クローン黛の言葉を遮り、それはできないと顔を俯かせる由紀江。今まで苦難を共にしてきた松風を、簡単に否定する事はできない。松風とは、運命共同体なのだから。

 

 

『……まゆっち、もういいんだぜ?』

 

 

悟ったような松風の声。由紀江も、松風も。薄々と感づき始めていた。

 

 

由紀江には大切な仲間がいて、伊予という親友がいて。サーシャ達と出会い、少しずつ成長した。そして、クローン黛と向き合い、さらに大きな成長を遂げ、彼女に対し自分から友達になりたいと勇気の一歩を踏み出した……踏み出す事ができた。

 

 

今の由紀江は、一人でも前へと進む事ができる。もう、松風に頼る必要はない。その時が訪れていた。

 

 

「で、ですが松風……」

 

 

『成長したなまゆっち……見違えたぜ。もうオラにできる事はなんもねぇよ』

 

 

お前はもう立派に一人で旅立てると、由紀江の背中を押すように語りかける松風。だが、由紀江には決心がつけず、手の平の松風を悲しげに見つめていた。

 

 

「私は……私にはそんなの無理です!松風を、松風をそつ――――」

 

 

『甘ったれんなまゆっち!』

 

 

いつまでも躊躇し続ける由紀江を、一喝する松風。松風はさらに続けた。

 

 

『オラにまゆっちの背中を押させてくれ。これがオラにできる……最後の仕事だ』

 

 

「松風……」

 

 

松風の気持ちを無下にはできない。そしてこれは同時に自身の決意である事を理解する。

 

 

ここで決断しなければ、きっと由紀江はずっと今までのままだろう。何も変わらない。だからこそ、これから本当の意味で変わらなければならない。

 

 

ここが、彼女のスタートライン。

 

 

「………ありがとうございます。松風」

 

 

そう言って、由紀江は松風に別れを告げた。涙を見せず、松風を笑顔で見送る。これが由紀江にできる精一杯の笑顔だった。

 

 

『オラもまゆっちと一緒にいて楽しかったぜ……ありがとな』

 

 

さよなら……と松風も由紀江に別れを告げ、長年付き添った松風という役目を終える。

 

 

これで晴れて、由紀江は松風を卒業した。長い長い二人の時間は決して忘れはしないと、胸に留めながら。

 

 

するとクローン黛の手が、松風を持った由紀江の手を優しく掴んだ。その手は弱々しく、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

 

「約束してくれ。もう、松風は使わないと……」

 

 

「はい、誓います」

 

 

そのクローン黛の手を、両手で包み込む由紀江。必ず約束は守ると。剣士として、そして他ならぬ“黛由紀江”として、彼女に誓った。

 

 

「この松風は……貴方が持っていてください」

 

 

その証として、由紀江はクローン黛に松風を託したのだった。これは御守りですと、クローン黛の身を案じるように。その優しさが彼女に伝わったのか、クローン黛は、

 

 

「……ありがとう。安心、した―――」

 

 

最後に、由紀江にそう微笑みかけたのだった。彼女の弱々しい手が、するりと由紀江の両手から滑り落ち、力なく畳へと投げ出される。

 

 

その手から、松風が虚しく転がっていく。松風には僅かだが、血がこびりついていた。

 

 

そしてそれ以上、クローン黛がしゃべる事はなかった。彼女は満足したように、安らかな表情で眠っている。

 

 

「え………」

 

 

状況が飲み込めない。クローン黛は死んだように由紀江の目の前で倒れ伏せている。眠ったのだろうか……否、由紀江は必死にそう思いたいと願っていた。彼女からは一切の気が感じられない。

 

 

知っている。分かっている。彼女に生気がないことも。呼吸がないことも。

 

 

それはつまり。クローン黛の死を意味していた。クローン黛は由紀江に願いを託し、由紀江の腕の中で、その命を散らしたのである。やがてその残酷な現実が、由紀江にどっと押し寄せてきた。

 

 

「う……あぁ……うぅ…………!」

 

 

由紀江の目からは、一筋の涙。抑えきれないほどの悲しみが、涙と共に溢れ出てきた。由紀江は力を失った彼女の手を両手で握りしめながら、彼女の死を嘆き、泣き続けていた。

 

 

 

しばらくして、大和とキャップ、サーシャが由紀江の部屋の襖を開けた。

 

 

「おーいまゆっち。差し入れ持ってきた………ぜ?」

 

 

勢いよく声を上げるキャップだったが、今の状況を目の当たりにして言葉を失う。そこには啜り泣く由紀江と、力なく眠っているクローン黛がいる。

 

 

一瞬何が起きているのか分からなかったが、キャップ達はすぐに理解できた。大和も絶句し、サーシャは目を細めている。

 

 

「………りに、して、ください」

 

 

掠れた由紀江の声が、咽び泣きながらキャップ達に訴えかける。彼女の表情は見えない。ただ彼女の背中は、ひどく寂しげだった。

 

 

「えぐっ……ひとりに……ぐすっ……してください!!」

 

 

今まで聞いたことのなかった、由紀江の荒れたような叫び。今は、気持ちを整理する時間が欲しいのだろう……キャップ達はただ黙って、由紀江の部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

日が沈んだ寮の庭にて。

 

 

キャップは縁側に座り込み、視線を地面に落とし、由紀江の気持ちの整理がつくのをただ待っていた。今のキャップにできる事は、それしかないと思ったからである。

 

 

サーシャはキャップの横で壁に寄りかかりながら、目を閉じ静かに瞑想を始めていた。

 

 

そんな中、

 

 

「くそ……くそっ!くそっ!」

 

 

大和は近くにあった木をひたすら殴り続けながら、自分の感情を吐き出していた。何度も叫びながら永遠と殴り続けている。

 

 

どれくらい殴っただろう……拳には血が滲んでいた。大和は拳を止め地面に視線を落とし、

 

 

「……みんな傷ついた」

 

 

ぼそりと、小さな声で大和は呟いた。そして大和の抱いていた怒りが爆発する。

 

 

「ワン子が後遺症を患った……京は死ぬ程怖い目にあった!まゆっちは心に傷を負った!」

 

 

また木を殴りつけ、力任せに叫ぶ大和。仲間を傷つけられた事への怒りは、もう既に限界を超えていた。

 

 

「サーシャ……俺はアデプトを絶対許せねぇ!こんな酷い事を平気でしやがって……俺は……!」

 

 

大和の拳はもう、皮膚が剥がれ血塗れになっていた。それ程、大和の怒りは凄まじいものなのだろう。大和が再び拳を上げたその時、その腕をキャップが掴んで静止する。

 

 

「……やめろ大和。悔しいのはお前だけじゃねぇ、俺達も同じだ。そうだろサーシャ」

 

 

言って、キャップは隣にいたサーシャに問い掛ける。サーシャは何も答えない。だが答えなくとも分かる。サーシャの左頬に刻まれた聖痕から血が滲み、怒りを象徴するかのように頬を伝っていた。

 

 

大和は悪い、と言って冷静さを取り戻し、拳をゆっくりと降ろす。

 

 

大和だけではない。キャップやサーシャ達も同じ思いをしているのだ。仲間に手を出された……彼らはアデプトを赦さない、と。

 

 

(オレの心は今、怒りで震えている……!)

 

 

夜空を見上げながら、サーシャは決意する。アデプトを倒す……そして全てを終わらせる、その時まで。

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