聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい! 作:みおん/あるあじふ
とある島津寮の朝。
今日は休日という事もあり、由紀江は珍しくぐっすりと眠っていた。由香里が転入した初日で疲れが押し寄せたのだろう、すやすやと寝息を立てている。
そんな中由香里は一人起きていた。由紀江の寝顔を堪能した後、庭へ出て鍛錬を始める。
「――――――」
静かに精神を研ぎ澄ませ、居合の形を取る由香里。彼女はクェイサーだが、勿論剣の鍛錬も欠かせない。いつもなら由紀江と練習試合をするのだが、今日は一人だった。
これも、全ては由紀江の剣となり盾となる為である。もっと強くならなければ、由紀江を守れない。命をかけて由紀江を守る……自分はその為に在るのだから。
「―――――?」
鍛錬中、気配を感じ取った。精神を研ぎ澄ませた彼女には、僅かな気配も感じ取れる。
「――――すまない、鍛錬の邪魔をしてしまったな」
現れたのはクリスだった。鍛錬をするつもりだったのか、模造品のレイピアを手にしている。
「……いや、今始めたところだ」
由香里は気にする事もなく、居合の形を解いた。熱心だな、と感心するクリス。だが由香里は首を横に振った。これは自分に課せられた当然の行為だと、そう言いながら。
「……私はゆっきーの剣であり、盾だ。その為だけに私はいる」
由香里は由紀江を守らなければならない……そう約束した。それはクリス自身も知っている。血文字で書いた誓約書の事も。
だが、クリスには狂信的に聞こえていた。確かにそれを貫くのは良い事だが、何か引っかかる。クリスは追求を始めた。
「なあ、ゆかりん。聞きたいんだが、どうしてそこまで守り抜く事に拘るんだ?それじゃあまるで、ゆかりん自身がどうなってもいいように聞こえるぞ?」
クリスが気になっているのは由香里自身だった。由紀江を守る事は構わない。ただ本人はどうなのだろう。由香里はクリスの質問に対して肯定した。
自分の事は、どうなってもいいと。
「そうだ、私はどうなっても構わない。ゆっきーさえ守る事ができれば本望だ」
それが、由香里の答え。由紀江を守る為ならば命すら惜しくないと、そう言ったのだ。
彼女の返答を聞いたクリスの表情が変わる。クリスは彼女を睨みつけた。
「お前……今までずっとそんな気持ちで鍛錬を行っていたのか」
怒りを抑えるかのように、静かに問い質すクリス。何故怒っているのか、由香里には理解できなかった。由香里はそうだ、と答えるしかない。
だがクリスはそんな彼女を許せなかった。クリスは由香里に詰め寄る。
「命を捨ててまで、まゆまゆを守り抜いて……それでまゆまゆが本当に喜ぶとでも思うのか!?」
クリスの叱責は続く。クリスは止めない。由香里が自分の大切さに気付くまで。
「お前が死んだら、取り残されたまゆまゆはどうなる?ずっと苦しんだまま生き続けるんだぞ?自分達も同じだ!それでもゆかりんは、まゆまゆを守り抜いたと堂々と胸を張って言えるのか!?」
「………!」
言われて始めて気付く。守り抜いて、死んで。それでも由紀江が笑顔でいてくれるだろうか……いや、それはきっとない。悲しみ続け、永遠に心に傷を背負って生きていくに違いない。
それでは本当の意味で由紀江を守り抜いたとは、言えないのである。そして教えられた。自分の命の大切さに。
同時に、怖いとも思った。もし由紀江に何かあって、自分が犠牲になってしまったら由紀江はどんな顔をするだろうか。
由紀江が悲しい顔をするのは、自分が死ぬよりも辛い。それに、自分が死んだら由紀江の顔や仲間の顔さえも見れなくなるのだ。
「………」
唐突に、自分が死ぬという事が恐ろしくなる。だがそれは誓約に反するのではないか……板挟みになった由香里の手は震えていた。
そんな由香里を、クリスはそっと抱きしめた。クリスの温もりが由香里を包む。
「……お前の言いたい事は分かる。それはゆかりんの義に反してしまうのではないかと、そう思っているんだろう?でもそれは違うぞ」
由香里を諭すように、優しく接するクリス。表情からは怒りが消えていた。
「まゆまゆの剣となり盾となる……それは、ゆかりんの人生を全うするまでだ。途中で死んでしまったら、それこそ誓約違反だろう?」
「クリス……」
思い掛けないクリスの本当の優しさが、由香里の心を震わせた。由香里は嬉しさで、目から込み上げる熱いものを抑える事ができなかった。
「わたしは……ゆっきーと一緒に生きたい……」
「ああ。まゆまゆもきっとそれを望んでいる。ゆかりんはもっと自分を大事にするべきだ」
自分自身を大切に。クリスの言葉の一つ一つが、由香里の心に響いていく。感情が次々と溢れ出し、涙が止まらない。
「うぇえ……ん……ひっく……」
「泣くな。そんな顔を見られたら、みんなに笑われるぞ」
泣き続ける由香里の頭を、そっと撫でるクリス。クリスは由香里が泣き止むまで、ずっと由香里の身体を抱き続けていた。
これが由香里が流した始めての涙であり、生きたいと願うようになった瞬間だった。
そしてこの日の朝。クリスは彼女を諭してしまった事を激しく後悔した。
何故なら。
「クリス、好きだ!もう自分を抑えられない!」
「やめろ、近寄るな変態!」
由香里がすっかりクリスに惚れてしまったからである。由香里はクリスを捕まえようと追いかけ、クリスは必死で由香里から逃げ回っていた。
よかれと思ってした事が、まさかこんな事態を招いてしまうとは……今更後悔しても遅い。できる事ならば、時間を戻してしまいたいと思う程に。
もう、彼女の更生はできない。クリスは泣く泣く、今の由香里とこの状況を受け入れるしかないのであった。
「クリスーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「よーーーるーーーなーーー!!!!」