聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!   作:みおん/あるあじふ

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サブエピソード29「祈りは優しさと共に」

「こりゃまた……随分と派手にやったわね」

 

 

麗の寝室にて。麗は正座した由紀江と由香里の傷具合を目にして半ば飽きれていた。仕方ないねとピンセットを手に取り、由香里の傷口に消毒液のついた綿を軽くあてがう。

 

 

「い……いたっ!?」

 

 

消毒液が傷口に染みる。痛みに耐えきれず、思わず声を出してしまう由香里。

 

 

「これくらい我慢しなさい……由紀江ちゃんは大丈夫?」

 

 

手当を終えた由紀江に声をかける麗。由紀江はというと……意識は上の空だった。反応がない。床に視線を落としながら静かに沈黙を守っていたが、ようやく麗の声に気付いた。

 

 

「え……あ、はい」

 

 

「…………」

 

 

考え事でもしていたのか、由紀江の表情はきょとんとしている。その様子を見て、麗はその原因は何であるかすぐに理解できた。由香里の手当を終え、話題を切り替える。

 

 

「話は小島先生から聞いたよ。二年生の修学旅行に着いてきたんだって?」

 

 

たいしたもんだよ、と麗。アトスの協力要請と嘘をついてまで忍び込んだのだ……その二人の度胸が気に入ったのか、麗は呆れるどころか笑っていた。アタシも学生の頃は素行が悪かったからねぇ、と昔の事を染み染みと思い出している。

 

 

何があったかは知らないが、麗の性格からして相当な問題児であった事は間違いない。

 

 

「しかしとんだ騒動に巻き込まれたね……あんた達もついているんだかいないんだか」

 

 

万乳研の一件に遭遇し、二人の折角のお忍び修学旅行は一瞬にして幕を閉じた。すぐにでも川神市に強制送還……される事はなく、鉄心の計らいで同行を許された。ただし制限付きではあるが。

 

 

「けどまあ………」

 

 

すると、麗は由紀江と由香里を自分の胸元に抱き寄せ、優しく抱擁を始めた。二人の頭をわしわしと撫でる。

 

 

「よく頑張ったね、二人とも」

 

 

傷だらけの二人を労う麗の抱擁は暖かく、二人の傷だけでなく、心をも癒してくれた。由香里はこういうのも悪くない、と身を委ねている。

 

 

しかし由紀江だけは身体を震わせ、麗の胸に顔をうずめ、これまで溜め込んでいた感情を爆発させるように泣き出し始めた。

 

 

「うぁ……ああ……ひっく……うううう……!」

 

 

何度も咽び泣く由紀江。GNクッキーという強敵を相手にして、死を目前にして戦い抜いたのだ……怖くないわけがない。もし一歩間違えば自分の命を落とすだけでなく、由香里さえも失っていたかもしれないのだから。

 

 

それだけ、家族を失いたくないという強い意思が由紀江にはあった。

 

 

「…………」

 

 

由香里は……声をかける事ができなかった。何故なら今の自分にそんな資格はないと、そう感じていたから。

 

 

 

 

 

麗の部屋のベランダで、由香里は海が広がる夜景を眺めていた。夜風が由香里の長い髪を靡かせている。

 

 

考えに耽っているわけではない。ただ意味もなく、視線の先は遠い海の果てにあった。

 

 

風が潮の匂いを運ぶ。そしてそれに混じるように、咽るような煙草の匂いが由香里の鼻を刺激した。気がつけば由香里の隣には麗が煙草を加え、夜空に向けて煙を吐いていた。

 

 

「戻らなくていいの?」

 

 

気になったのか、麗が様子を見にやってきていた。由紀江は既に部屋へ戻っている。

 

 

由香里はもう少しここにいると言って、麗の部屋に残っていた。由香里は答えず、視線だけを麗に向けてすぐに海の方へと戻す。

 

 

「……煙草は聖乳(ソーマ)に悪いぞ」

 

 

「それ、サーシャも同じ事を言ってたよ」

 

 

善処はしてるんだけどね、と麗。そう言いつつも煙草に火を付ける姿は、善処どころか一向に止める気はないらしい。麗はもう一度夜空に向けて煙を吐いた後、海の向こうに語りかけるように呟いた。

 

 

「いくら武士娘って言っても、女の子だからね……」

 

 

由香里の心境を察した麗の答えだった。由紀江の事だろう……守る事ができなかった自分を悔いているに違いない。

 

 

由紀江は“剣聖”として厳しく育てられた。しかしそれ以前に人間なのだ……死への恐怖がないわけではない。そんな由紀江に、由香里の身勝手で怖い思いをさせてしまい、その上守る事さえままならなかった。

 

 

麗の察した通り、由香里は自分自身を追い詰めていた。

 

 

「……家族失格だな、私は」

 

 

誰に向かって言うわけでもなく自嘲する由香里。自分の無力さを嘆きながら、拳を強く握り締めた。爪が食い込み、血が滲み出してしまうくらいに。

 

 

麗はそんな由香里の肩に手を回し、自分の傍らにそっと優しく抱き寄せた。

 

 

「守る事だけが、家族じゃないでしょ?」

 

 

そう思い詰めないで、と諭す麗。言葉通り、守るばかりではない。側にいるだけでもいいのだ……きっと由紀江も、同じ事を言うに違いない。守れなかった事を許せずにいた自分にとって、麗の言葉は由香里の心を震わせていた。

 

 

こうして、由紀江と一緒に無事に生きているという大切な事に、気付かされた。由香里の目から、涙が押し寄せてきそうになる。由香里は泣くまいと必死に堪え、腕で無造作に涙を拭い去った。

 

 

泣かないと、そう決めたのだ。

 

 

自分の情けない表情を麗に見られないよう、麗から離れてベランダから踵を返し、もう戻るとだけ言って立ち去ろうとする。すると麗は素直じゃないねぇと小さく笑い、

 

 

「受けには弱いと見た」

 

 

的確かつ個人的な由香里への感想を述べて、煙草を思い切り吹かした。受けに回ると捻くれる性格のようである。由香里は振り向きざまに麗を睨み付けたが……何かを言い返そうとして止めた。認めるようなものである。

 

 

廊下へ出る扉に手をかけ、何も言わぬまま出て行こうとする由香里は、もう一度だけ麗に振り返って、

 

 

「……ありがとう。少し、元気が出た。言いたい事はそれだけだ」

 

 

そう言い残し、逃げるように麗の部屋を後にした。麗は本当に素直じゃないなと、吸殻に吸い終わった煙草を押し付けた。

 

 

「……ふふ、若いっていいわね」

 

 

今の世の中を担っていく彼女達が、麗には眩しく見えた。それに、あの二人はどことなく放っておけないような、そんな気がして。

 

 

だから自分がいる間は、彼女らを見守っていこう……二人の歩む道に祝福を、と柄にもないような事を祈りながら、麗は再び新しい煙草に火をつけるのだった。

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