EXPRESS LOVE 作:五瀬尊
6月の始め、梅雨入りが宣言されたものの、晴れた日などは肌にまとわりつく様な、じっとりとした蒸し暑さを感じるようになっていた。そんな日の外で行われた体育の時間での出来事である。
Side out
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「ぁあっづぅ~・・・何でこんな日に外で体育なんかするかな~~。」
1人の女子生徒が、気怠げな声で文句を言い出す。
「まあまあ、さーやん、あの人の実力を見るチャンスじゃない?目、付けてたでしょ?」
そう言って鞘音をなだめる陽向の視線の先には、先日転校してきたばかりの男子生徒―芹沢 龍士―の姿があった。
「ああ、そうね・・・って言うか、この学校特に同じ学年の連中の足が遅いのよ!何よ、最速で6秒94って!?」
「いやまあ、それはそうだけども、何にしたってさーやんは速すぎだと思うよ?」
発狂気味な鞘音に対し、呆れ声で応じる陽向。
「そうだよねー、幾らなんでも女子で6秒22は速いよね。先輩方も立つ瀬無しだし。」
更に追い打ちとばかりに彩葉が棒読みじみた冷静な声でそう言う。幾らつきあい始めたばかりと言えど、四六時中引っ付いている訳ではない。こういう時間は女子グループにいる事が多いようだ。
「うっ、仕方が無いじゃない。走れちゃうんだから。」
言い訳がましく鞘音が言う。が、
「いやまあそれはそうだけどさぁ・・・他の人をそれに巻き込むのは止めよ?」
陽向が肩に手を置きつつそう言った為、沈黙を余儀なくされる。
「やれやれ。・・・果たして芹沢君は鞘音ちゃんのライバルに成り得るのかな?」
項垂れる鞘音に呆れの視線を向けた後、やや悪役めいた口調でそう言う彩葉。
「あれ?なんか彩葉キャラ変わってない?」
驚いたように顔を上げ、そう言った鞘音の声には戸惑いが含まれていた。
「気にしないで。」
彩葉は指摘されたのが恥ずかしかったのか、少しばかり顔を赤らめて即座にそう言った。男子ならば突然口調を変えるなど良くある話だが、・・・女子は変化には敏感なのだろうか。
「と、準備始めたよ。走るんじゃない?」
陽向のその言葉に、鞘音が楽しげな表情を浮かべる。
「さあて、どんな走りを見せてくれるのかしら?」
「楽しそうだね、さーやん。」
先ほどまでと打って変わって好戦的な笑みを浮かべる鞘音に、此処までもっとも落ち着いていた陽向が目を細める。
***
「そう言えば、龍士って足速いのか?」
所変わって男子勢。亮太が思い出したように訪ねる。
「ああ、まあな。あいつ、こっち来たら大体、近所連中と遊ばない時とか家の近くの山とか行って走り込んでたし、鬼ごとかしたら、地の利をよっぽど生かさない限り絶対追いつけないし。足は速いと思うぞ。」
「地の利を生かすって言ったら・・・掟破りの地元走りみたいな事か?」
「掟破り?それは良く分からんけど、俺らは飛び降り耐性だけはあるから、目につきにくい石垣の上からタイミング合わせて飛び降りるとかだな。」
「飛び降り耐性・・・?つーか、最早走っての勝負はしてないんだな。」
「まともに走ったんじゃまるで追いつけないからな。あっちは小回りも利きやがるし。まあ、最近はそう言う手使ってもフェイント掛けられたりで捕まってくれないんだよな。」
「ま、土地勘もつくし、慣れがあるだろうからな。・・・っと、もう走るか?何秒くらいで来るんだろうな?」
「さぁ?去年の時点で6秒80だからな。もうちょっと速くなってると思うけどな。」
「到底俺達が敵う相手じゃないな。」
賢太が、鍛え方が違うよとでも言うように首を横に振る。
「おっ、始まったぞ。って速いな!」
「初っ端で加速していって、後半持続させるタイプか?」
「まあ、そうだな。気が短いって言うのもあってか、先に加速したがるタイプではある。」
「はえーもう走りきったぞ。つっても良く分かんねえな、誰かと競走しねえかな。」
亮太が感嘆しつつ、期待を込めた声でそう言う。
「あるなら、陸上部の人だろ。穂崎さんとか速いらしいし。」
「あー、6秒前半だろ?速いよな。」
賢太のその言葉に、全くだとばかりに他の2人が頷く。
Side out
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1時間目開始直後の準備体操中、男子の体育の先生と女子体育の先生が話しているのを見かけた。
「穂崎ー、準備体操終わったら、300mトラックのスタート地点に来てくれ。」
話を終えたらしい先生が駆け足気味に寄ってきてそう言う。何の為かは分からないけど、拒否権は無いらしい。
「はあ、分かりました。」
自分でも気の抜けた返事だと分かるような、適当な返事だったが、そこは先生にとっては重要な事では無いらしい。
***
「それで、私は何をすれば良いんですか?」
300mトラックのスタート地点に呼ばれ、面倒くさがっているのを隠さず先生に聞いてみる。
「ん?ちょっと、競争をな・・・。」
先生はそれを気にした様子も無く答えてくれる。この学校の教師達は、ある程度生徒の態度が悪くても見逃してくれる。肩の力を抜きたいタイプにはかなりありがたい性格と言える。
「えーと、穂崎さんって言ったっけ?」
何となく準備運動を始めた時、突然後ろから声が掛けられて、ビクリと体を起こす。
「そうだけど?」
「へえ、女子なのに・・・って言ったら失礼か。凄いな学校で1番走るのが速いとは。俺も足には自身あるから、今回はよろしく。」
そう言いつつ、芹沢君は手を差し出してくる。
「先生、競争って・・・?」
まさかコイツと?という視線を送っただけだが、先生はあっさりと頷いた。
「ああ、芹沢と走って貰う。」
「そうですか・・・。じゃあ、よろしく。」
最初のイメージとはえらく違うな思いながらその手を握り返す。その時、ふと手に目を遣り、驚愕する。
(指、ほっそ!)
手の平は、私の手を包み込めるほどに大きいのに対し、指は女性のものと思えるほど細く、長い。
「どないかした?」
じっと手を見つめたまま動かなかったからか、芹沢君が不思議そうな顔で訪ねてくる。
「あっ、ご、ごめん!指細いな~と思って・・・。」
慌てて手を離し、目を逸らしながら弁明する。
「そう?修也と変わらへんと思うんやけど。」
相手は、自分の手をまじまじと見詰めながら、首を傾げる。
「え?ごめん北城君の指そんなによく見た事無い。」
と言うか、異性の手などそうまじまじと見ないのだけど。
「2人とも、授業中なんだが。」
危うく会話がヒートアップしかけたところで先生によりクールダウンさせられる。
「す、すみません。」
「おっと、失礼しました。」
丁寧な言葉な筈なのに雑に聞こえるのは何故なんだろう。顔と性格のせいかな?
「はぁ、まあいい。2人には300mを走って貰う。手を抜くなよ?」
「「分かってます。」」
偶然にも同じタイミングで肯定する。・・・取り敢えず、真剣勝負のつもりで行かなきゃね。
「なら良い。スタート位置に付け。」
そう言われ、スタートラインに並ぶ。
「良いか?行くぞ?よーい・・・。」
リレーなどではないので、クラウチングスタートでのスタートが基本になる。あんまり好きじゃないんだけど。
「どん!」
先生の合図と同時に足で地を蹴る。さぁて、お手並み拝見と行きましょうか。
次回はもっと速く出せるようにします・・・。