この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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26話 命あっての物種だわさ

 今日も今日とて仕事だ仕事。

 馬小屋掃除と馬の手入れを済ませてからギルドへ顔を出す。朝飯は食堂で済まそうかい。それとも依頼の道すがら買い求めようかい。

 そんな気楽な心地で、人気も少ない静かな掲示板前。相変わらず貼り出された依頼書は数も疎らだった。

 

「?」

 

 不意に、目端に過ぎるものがあった。見知った顔の受付嬢ルナ、その前に陣取って押し問答する者。

 近寄っていくと、話し声も明瞭になる。

 

「どうにかなりませんか……」

「申し訳ありません。(わたくし)共と致しましても、あくまで斡旋が職務でして……」

「し、しかし……このままでは儂らの村が……」

 

 老人が力無く呻いた。当たり前だが、見たところ冒険者ではない。

 市井の者。日焼けして赤らんだ顔や筋張った手足からして、どこぞの農村から来たのだろう。

 

「横から嘴挟むが、いいかぃ?」

「へ」

「! ジンクロウさん」

 

 これも悪い癖だった。

 無性に節介の蟲が疼きやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 老人はアクセルから西へ馬車で半日ほど行ったところにある山岳地帯、その山裾の村の村長であった。痩せ馬に鞭打って、日を跨いでまで駆け出しの街アクセルのギルドを訪れる要件は一つきり、即ちモンスターの討伐依頼である。

 

「ある日突然、村の近くの森で大きなモンスターが暴れ始めたのですじゃ」

「そのモンスターというのが、その、マンティコアとグリフォンなんです」

 

 マンティコア、グリフォン。生憎どちらにも聞き覚えはない。

 この己の無知なるを心得ているルナが、気を利かせてギルドのモンスター百科を引っ張り出してくれた。

 マンティコアとは、有体に言えば人面の獅子であり、その尾には無数の毒針を生やしているという。

 グリフォンとは、頭部を含む上半身が鷲であり、下半身は獅子であり、翼にて空を飛翔するという。

 聞くだにそれは、まさしく伝承に語られる怪物、紛うことなき化物の姿形であった。

 

「この二匹の討伐依頼、実は随分前からギルドに要請されていました。もともとは街道筋で縄張り争いをしていたそうなんです」

「街道筋? しかし、今」

「はい。争いが(もつ)れたのか(こじ)れたのか、詳細は調査しないと分かりませんが……()()したんです。モンスター二匹とも、街道から逸れて山岳方面に」

 

 縄張りを巡って相争っていた魔物、いや獣が、その守るべき自らの領域を離れてまで闘争など続けるだろうか。

 ――――そうか。縄張りを放り出したのではなく。

 

「趨勢が傾いたのだな? 両獅子何れかに」

「はい。山岳地帯は昔からグリフォンの縄張りです」

 

 合点が行った。戦いに敗れたグリフォンが己が縄張りへ逃げ、それを追い、また新たな居地とせんが為にマンティコアはその領域へと侵略を始めたのだ。

 そして今、近隣の村はその煽りを受けている、と。

 

「正式な依頼ではないか。何故わざわざ直訴など」

「それが……街道への被害は街の流通に関わりますから、ギルドも公的補助として報酬を出せるんですが。今回モンスターの移動先は山岳地帯で……」

「……はっ、なるほど。金を落とす利が無ぇと沙汰が下ったか」

「すみません……」

「おいおい、お前さんが責めを負うことじゃあねぇよ。御上の決め事だ。下々の者にゃどうしようもねぇさ」

 

 グリフォン、マンティコアなる魔物がどれほどの脅威であるのかなど、新参冒険者でしかないシノギ・ジンクロウには未だ理解できぬ。さても、冒険者稼業は事程左様に命懸け。文字通り、命を賭けの質に預け、その末に初めて二束三文を得るのだ。

 命など値札の付けようもないもの、買い叩かれて死ぬとて文句は言えぬ。死人に口無し。そしてそれこそは険を冒す愚か者の末路に相応しい。

 

「で、御代は幾らなんだぃ」

「以前は、二匹の討伐、あるいは撃退で50万エリスでした……今回、グリフォンはともかく、縄張りの外に出てしまっているマンティコアは要討伐対象になります。グリフォンは最低撃退、マンティコアは討伐を必須として……お支払いできるのは10万エリスです」

 

 命を使った阿漕な商売にこの額は釣り合わぬ。

 ここいらの玄人連中が考えるところの、命の売値にそれは届かぬらしい。

 傍らで老爺が項垂れた。腰も曲がり、見るからに草臥れ、倦み疲れている。

 

「虫が良すぎたんでございますよ……冒険者様達は、命張っておられるんだ。こんな端金(はしたがね)じゃ……無理もねぇですじゃ」

 

 村の蓄財を搔き集め、ようやく揃えた10万エリス。ギルドが補助を打ち切ったのなら、報酬を支払うのは当然ながら依頼者本人。

 今や冬も間近。寒村に貯えを放出する余裕などあろう筈がない。

 10万エリス。これが全てなのだ。この老爺、その山村の、全て。

 

「十万か。はは、そりゃ確かに、碌な徒党も雇えまい」

「へぇ、仰る通りで……」

「精々、この素浪人が関の山よ」

「……へ?」

「じ、ジンクロウさん!?」

 

 老爺の肩に手を添える。心底この爺様を憐れに思う。

 なけなしの金で雇えるのが――――こんな奇矯な剣士たった一人きりなのだから。憐れと思わずおれようかい。

 

「ほ、本当に? 本当に、受けて、くださるので」

「応とも。だがまあ、あまり期待してくれるな。見た通り食うや食わずの貧乏剣士だ。この痩せぎすをうっかり化物に喰われちまうとも限らんぞ? かっはははは」

 

 お道化て笑う己に、けれど老爺は不安がるでも、まして怒り出すようなこともせず。ただおずおずと震える手で、薄汚れた革袋を己に差し出した。

 首を左右して、革袋を押し返す。

 

「事が上手く運んだ後で良い。爺さん、その金は大事に仕舞っときな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者の給金は、基本的には後払い、達成報酬という形が基本だ。

 少なくともギルドを介した依頼であるなら、この構図は義務付けられている。

 しかし今回のようなハイリスク・ローリターンの依頼では受けてくれる冒険者自体が少ない。ほぼ居ないと言ってもいい。

 だから村長は、前払い、あるいは前金を成否に関わらず用意することで依頼受託者側に利を示すしかないのだ。

 ……碌々戦いもせずにリタイアして依頼料だけをくすねる、なんて性質の悪い冒険者もいる。そしてこの条件では、そんな悪さも違法行為として摘発することが難しい。

 「失敗した」と言い張ればいいだけなのだから。

 

「……」

 

 依頼受託の手続書を前に、筆が止まった。村長は一早く城門前に馬車を回しに行き、受付には自分と冒険者の彼、ジンクロウの二人だけだ。

 新規の依頼書貼り出しの時刻までまだかなり余裕がある。ずぼらな冒険者が口にする“早朝”ではなく、本当の意味で早朝と呼ばれるこの時刻にギルドへ顔を出すのはこの青年くらいである。彼お気に入りの清掃業務はいつ何時だって余ってるから、早く来ようが遅く来ようが変わりないんだろう。

 ギルド受付窓口は今、ひどく静かだった。耳鳴りを覚えるほどに。

 

「……その、本当に受けるんですか……?」

「二言はねぇよ」

「せ、せめてパーティメンバーの方に助力を仰げないのでしょうか」

「この依頼を受けんなぁ、己の勝手自儘よ。そこに彼奴(あやつ)らを巻き込むのは道理に合わぬ。幽明境(ゆうめいざかい)で博打をやるならその果てが何処に向かうにせよ――責めを負うは自己一身のみ。そうでなくてはならぬ」

 

 彼が前金を固辞したのは、依頼者である村長の不安を気遣ってのことでもあり……同時に、絶対成功を保証することができないという事実への彼なりの誠意だった。

 

「ははっ、なんだぃ。嫌に食い下がるな?」

「それは! ……ギルド職員として、本当は言うべきじゃないのかもしれないですけど……やっぱり危険です。ソロで大型モンスターの討伐なんていう()()、本来やってはいけないことなんですから……」

「いや全く道理だ。しかし時には無理も通さねば、生きることさえ儘ならぬものよ。なぁに、初めてって訳じゃねぇ。どうにかするさ」

「ああそうでしたね! もぅ! ホントに、貴方って人は……」

 

 気負いも恐れもなく、とても軽やかに青年は笑った。

 その笑みが、見る者の焦燥を無性に掻き立てるということを、彼はちゃんと分かってるんだろうか。

 手続書の記入事項が埋まった。  

 

「……では最後に冒険者カードを確認します」

「はいよ」

 

 氏名、年齢、職業、最終討伐モンスター等を再度記録。これで依頼受託手続は完了した。

 とても手慣れたいつもの業務。

 それも見慣れた光景なのだろう。青年は一言礼を言って、踵を返しそのまま扉へ向かう。何処へ? 当然、依頼者と共に仕事場へ赴くのだ。

 

 ――――このまま一人で行かせて本当に良いの?

 

 それは、普段受付業務をこなす時には絶対に覚えない感情。躊躇。

 他の誰かに、他の冒険者には、こんなこと考えもしなかった。受付業務は自分の仕事だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして冒険は、冒険者の仕事なのだ。それ以上でもそれ以下でもなく。

 どちらにも共通するものがある。糧を得なければ生きていけない……という世知辛い必要性が。

 見ず知らずの冒険者を心配も同情もできる。けれど、それは仕事の延長でしかなくて。

 その冒険(しごと)()()()()()()()()、そんな風に思った相手は彼が初めてだった。

 どうしてだろう。どうして私はこんなにも……決まってる。彼と出会って、少しずつ理解していったこと。そしてここ暫くではっきりと自覚した。この気持ち。彼が自分にとってどういう存在なのかを。

 そうだ。彼は。

 ジンクロウさんは――――

 

 

(超! 優良物件!!)

 

 

 ギルド受付嬢ルナ。今年で2●歳独身、現在彼氏なし。(この世界では)とうの昔から立派な行き遅r――適齢期を迎えている。

 冒険者ギルドの受付嬢は仕事柄、基本的には、出会いに事欠かない。日々新参古参、老若男女の区別なく多くの冒険者と顔を合わせ話をして仕事をこなし、時に私的に交流し、親密さを増して恋やら愛やら育んで、遂には「結婚しました♪」なんてのはザラにある。

 ……らしい。

 ここで紐解かれるのがアクセル七不思議の一つ。アクセルの冒険者ギルドの受付嬢は、とにかく、如何ともし難く、事程左様に――――モテない。

 出会いはあっても恋が生まれない。交流はあっても進展しない。もうホントびっくりするぐらい。

 浮いた話なんてひとっっっつもない。一番最近の色っぽい会話? 一昨日の夜の、酔っ払いのセクハラ発言くらいかな。

 

 涙が出てきた

 ルナはぐっと堪えた

 

 そんな、もはや渇いてゆくしか選ぶ道のない惨憺たる女生の前に、突然現れたのが彼、シノギ・ジンクロウ。

 仕事ぶりは真面目で、人当りも良好。彼が清掃業務をこなした次の日の朝はギルドへの苦情が通常の三割は少ない。

 では冒険者の本領、モンスター討伐の腕前はどうか。ノウハウや知識量は、正直心許ない部分もある。しかしそれはギルドや他の冒険者との情報共有で十分に補えるだろう。問題は戦闘能力、技量だが……有体に言って、王都で活躍している一線級の冒険者に優るとも劣らない。あるいは、凌ぐ。

 ギルドは国内各所の支部で得たモンスターの討伐記録、冒険者情報をある程度共有するのだが、それと照らして見ても彼の戦歴は遜色ない。何より、単独で、それも極短時日の内に全ての依頼を完了している。

 王都の中級冒険者の実力は、地方の上級冒険者に匹敵する。というのが、かなりざっくりとした冒険者評価の指標だ。

 となれば、ハイリスク・ハイリターンの冒険者稼業。実力絶対のこの業界において、将来的な彼の高収入は半ば約束されていた。

 真面目一辺倒かと思えばそうでもない。妙に洒脱で身のこなしも軽やか。でも時には俗っぽい話題で愉快そうに大笑いするし、深い悩みも浅い悩みも、正解の無い日々の愚痴なんかも、あの優しい笑みと共に聞いてくれる。

 

(カードに表記された年齢は17歳……年下であの包容力?……ヤバいわ。お姉さんを篭絡してどうしようっていうのマジでむしろ篭絡してお願い)

 

 ――――余談だが、アクセル冒険者ギルドにおいてルナを食事に誘った男は、なんとジンクロウが初めてだった。

 ルナが高嶺の花扱いされていることもあって誘い難いという普通の理由が一点。そして、アクセルの男性冒険者のバイタリティが実は密やかに発散されており見向きもされないという大きな大きな理由が一点。

 

 こういった不純な動機から、いやある意味純粋一途な肉食獣的な本能から、ルナは一計を案じた。

 そして運とタイミングもまた女に味方したらしい。

 

「ぁ……あの、す、すみ……すみみゃせん……」

「あぁ、はい」

 

 一人の冒険者が、依頼書を手に受付前で立っていた。その人物をルナは知っている。冒険者など数多居るが彼女のことは記憶を掘り返すまでもない。それもその筈。彼女はアクセルでは珍しい、ソロ専門の冒険者。

 そしてその手に握られた依頼書は。

 

「マンティコアとグリフォンの、討伐……?」

「え、あ、あの、なにか、不味かったです、か? す、すみませんすみません! 辞めますこれ辞めますからあの!」

 

 それは、今しがたジンクロウが受託した依頼。その更新前の、旧い方の依頼書だった。

 おおかた職員が貼り換えるのを忘れてそのまま掲示板に放置されていたのだろう。

 職務怠慢だ。担当者は何をしているのか。また新人の尻拭いをしなくてはならない等。悲喜交々をさて置いて。

 

「あぁなんて丁度いいところに!」

「やめまっ……へ?」

 

 少女の手をひしと握り、その紅い瞳を見詰めて。

 

「お願いします! ゆんゆんさん!」

「はい? な、なにをでしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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