この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

30 / 67

リハビリ(糞遅更新罹患者)



30話 首無しのモノノフ

 

 

 

 

「くぉるぁ!! カズマ! なんだそのへっぴり腰はよぉ!! ツルハシはもっと腰入れて使いやがれい!!」

「はいぃぃぃすいやせん!!」

「バァッカヤロウ!! そんな持ち方してっと怪我しちまうだろが!! 土建のドの字も知らねぇ冒険者のトーシロが小綺麗にやろうなんて欲張るんじゃねぇ!! まず安全第一だコノヤロウ!」

「すんまっせん!! はいすんまっせん!!」

 

 すっきり爽やかに晴れた空へ木霊する暑苦しい怒声と悲鳴。

 鳴いて、もとい泣いているのはいつも通り俺だった。

 

「アクアの嬢ちゃん!!」

 

 くわっ、と鬼のような顔の親方はアクアに振り返り。

 

「相っ変わらず良い仕事だぜ。うちでもう一年……いやぁ半年もやってりゃすぐ左官の頭になれる腕前だ。なぁ、何度も言うが、この道を本気で極めてみる気はねぇか?」

 

 物凄く神妙かつ真剣な声で親方は言った。冗談めかした風など一切なく、心底から思って言った言葉なのだとそれは誰にも明らかだった。

 そんな親方を前に、青髪女は鼻から吐息して首を横に振った。

 

「芸術ってものはね、求めちゃダメなの。ただあるがままを魅せてこそ観衆の心を動かせるのよ。この白く滑らかな壁は私の心そのもの。不純のない清く美しい私そのものを表現したからこそ、これほどの出来栄えに……」

 

 ものっそいドヤ顔で天狗、もとい嘘八百並べ立てた後のピノッキオばりに鼻を高くひん伸ばしたアクアが長々と講釈を垂れている。

 

(女神ってなんだっけ)

 

 捻じり鉢巻きにニッカポッカ。右手に(こて)を、左手には塗り材を。それはどこからどう見ても立派な土木作業員で、左官職人のアクアであった。

 今日も今日とて俺とアクアは土木作業に勤しんでいる。

 モンスター討伐系の依頼がギルドの掲示板から絶えてこれで何日目だろう。ああだこうだとぼやいでも、日々の食い扶持がどこかから降って湧いてくれる訳も無くて。

 結局は異世界転生以来お馴染みなアルバイト生活に戻っている。

 

「よぉし!! 切りもいいところで昼飯だ!!」

『うぃぃっす!』

 

 親方の号令に作業人足一同が威勢よく応える。

 皆それぞれが持参した弁当なり出来合いの軽食なりを広げ、自分とアクアもその辺の材木を椅子代わりにして昼飯を取り出した。

 

「あー、ジンクロウがいれば弁当作ってもらえたんだよなー」

「そうね。昼ご飯代も浮くし次があったら絶対捕まえないと」

「いや材料費くらいは出せよ。食い物までタカリだしたら本気で終わりだぞお前」

 

 流石にその、最後の尊厳だけは守って。

 落ちぶれ果てたアクアと知り合いとか思われたくないから。

 最近、裏通りから表通りに進出したというケバブ屋のケバブサンド。たっぷりの野菜とたっぷりのジューシーな牛肉を挟んだパンに齧り付く。甘辛いソースが肉の旨味を引き立て、しゃきしゃきとした野菜は絶妙なアクセントだった。

 

「んぐ……結局昨日は戻らなかったな、ジンクロウ」

「はふはふ、がふがふっ、んぐぐ……山の向こうでなんか討伐だっけー? そりゃ一日で戻るなんて無理に決まってるじゃない。なに? なになに? カズマさんもしかしてまた寂しくなっちゃった? おじいちゃん遠くに行って寂しくなっちゃった?」

「うっっざい煽り方すんじゃねぇよ! なにそのゲス顔!? ゲスすぎて逆にすげぇわ! 鏡見てこい自称女神!」

 

 食べカス塗れの口でニチャァっと笑みを作ってこちらを心底こき下ろすアクアの邪悪っぷりにむしろ感心すら湧く。

 

「だいたいその爺が出掛けて一番ご機嫌斜め……というか急転直下してる奴があそこにいるだろ」

 

 外壁工事用の石材やら木材は牛車で運ばれる。荷車を牽く牛の為の餌、干し草がそれこそ荷車に山盛り一杯積まれてあるのだが。

 俺はその頂上に指を差した。

 

「………………」

 

 その頂上で、大の字に寝転んだままぼ~~~~っと空を仰ぐちまっこい少女に。

 地面に突き刺した杖に帽子を引っ掛け、ただひたすら日向ぼっこに精を出すめぐみんがそこにはいた。居たというか有った。何せ身動ぎ一つせずにいるもんだから、もはや干し草の重石と化している。

 

「おいカズマ」

「はい?」

 

 のっそりと近寄ってきたのは親方だった。親方は髭面をこっちに寄せてひそひそ声で言う。

 

「あのお嬢ちゃんをどうにかしてくれ。日がな一日あそこに陣取ったまま動きゃしねぇ」

「いや、俺も何回かどけって言ったんすよ。でもこう梃子でも動いてなるものかって感じで。親方からも言ってやってもらえないっすか。いやホント遠慮なく叱り飛ばしてもらっていいんで」

「バカヤロウ。あの年頃の娘っ子にそんな真似できるか。どんな口汚い反撃喰らうかわかったもんじゃねぇや。うちの娘もよぉ、あれっくらいの頃は反抗期が酷ぇのなんの……」

 

 厳つい顔がしなしなとしょげ返る。父親に対する反抗期の娘の当たりの強さが恐ろしいのはどの世界でも共通らしい。

 

「お、お嬢ちゃ~ん? そんなとこで寝てると牛にかじられるよ? 降りてきてくれよ、ね?」

「仕出しの余りだが、昼飯にどうだい? 聞いてる? 聞いてないか! ははは! ……はぁ」

 

 それはそれとして、親方だけでなく工事に駆り出されている大工のおっちゃん連中までめぐみんの扱いに困っている。

 腫れ物というか、おっかなびっくりというか。無言で不動で大の字を貫く少女というやつは、おっちゃん達にとって未知の生物ないし珍獣に当たるらしく、退かすことも叱ることも出来ずお手上げ状態だった。

 あれだけ不機嫌オーラ発散しまくってれば然もありなんって感じだ。

 

「カズマ! ほれ、ほれ」

「お前のパーティの子だろうが」

「なんとかしてくれ、いやしてくださいお願い」

「えぇ……」

 

 ムキムキマッチョメン共にせっつかれて、干し草の山へと不承不承近寄る。

 

「めぐみーん」

「動きません」

「うわお意志が固い」

 

 一言発する間も取り付く島もねぇ。

 

「今ゆんゆんをどう折檻してやろうか熟考してる最中なんです。邪魔しないでください。とりあえず乳ビンタ1000回は確定として……」

「やめたげてよぉ」

 

 その子のクーパー靭帯が死んじゃう。

 先日、ジンクロウとお馬でツーシートを決めていた女の子はどうもめぐみんの知り合いだったそうだ。とんだ偶然というか重なる不運の必然というか。ホントに間の悪いことこの上ない。

 めぐみんの不機嫌マッハ化の要因に、その事実が一役も二役も買っていることは言うまでもない。

 要は一番の親友だと思ってた奴が自分に何も言わずに共通の友人と二人して旅行に行っちまった感じだろう……合ってるか合ってないかはともかく、なんか別の黒歴史が紐解かれそうになったので思考を止める。

 

「ジンクロウにも勿論お仕置きを受けてもらいますよ。ちょっと乳がでかくて顔が良いだけの、誘えばほいほい付いてくるチョロボッチ女にうつつを抜かすなど許しがたい気のゆるみ。そんな男には……そうです。あのいつも大事そうにしている剣に紅魔族的ハイセンスな名前を呪符で貼り付けてやります。向こう100年くらい絶対に取れない強力なやつを。いくら頼んでも触らせてくれないケチん坊にはお似合いの罰です。ふむ、ピョン吉なんてどうでしょうカズマ」

「やめろ。名前付けた途端元気に跳ね回りそうだ」

 

 あれは、魂を喰らうとかいう中学生が授業中に考えたようなヤバイ設定を冗談でもなんでもなく地で行くマジもんの妖刀である。あれで斬られたジャイアントトードやコボルトが糸の切れた人形のように事切れる様を何度となく見てきたのでその効能に間違いはない。間違いであって欲しかった。

 そんなド根性マジキチ刀がどっこい動き回る様を想像して……寒気がした。いや、まさか本当に動かないよねジンクロウさん? 大丈夫だよねジンクロウさん? ねぇ!?

 一人戦々恐々とする俺をどう思ったか。めぐみんはじとっとこちらを睨む。

 

「ふんっ、カズマはどうせジンクロウの味方でしょう」

「あぁ? いや、別にそんなつもりはないけど……」

「はっ、どうだか。口ではなんのかのと文句を言って、内心ではあわよくば女の子を紹介してもらおうとか考えてるんでしょう。カズマらしいゲスい計算です」

「お前ん中で俺はどんだけ女子に飢えてんだよ」

「三日間飲まず食わずで荒野を彷徨ったジャイアントアースウォームくらい」

「化物級ってか!? 性欲お化けってか!?」

 

 流石に酷過ぎる。寛大なカズマさんの堪忍袋の緒も、この言い草にはテッシュのコヨリ並の強度に落ちるというもの。

 

「よぉっしわかった! お前がそんなこと言うんなら俺からも良い事教えてやる! ジンクロウがそのゆんゆんって子と討伐に出掛けたのはなんでだと思う!?」

「な、なんだと言うんですか」

「男は! おっぱいが! 大きい子が!! 好きなんだよぉおおおおお!!!」

「ッッッ!?」

 

 天空を貫くように叫んだ。その真理(個人差があります)、その真実(主に大嘘です)を。

 大気を震わせて響き渡った怒声。牧草を食んでいた牛馬は驚き嘶き、大工のおっちゃん親方達は唖然と固まり、昼飯を掻き込んでいたアクアは鼻からケバブの肉を吹き出した。

 そして今の今まで不動を貫いていためぐみんは、堪らずといった風に干し草の上で飛び上がる。

 

「解ったか!? あの子が選ばれ、自分が選ばれなかった理由が! そうかそうかまだ解らないか! ならば何度でも言ってやらぁ! お前には! 乳が! な――――」

「その口を閉じろぉおおおおおおお!!」

 

 次の瞬間、文字通りにめぐみんは飛んだ。中空に身を躍らせ、両手は交差させて前方へ、落下地点である俺に向けて。

 フライングクロスチョップだと!?

 急いで逃げようと背を向けた時には既に遅く。背中にチョップと圧し掛かりを食らい、そのまま前のめりに倒れた。

 

「ぐぉあ、馬乗りからの裸絞めとか、おま、洒落にならん……!」

「言ってはならぬ一線を踏み越えやがりましたねコノヤロウ!」

「うるせー! 不機嫌なだけならまだしも、勝手にメラメラ焼き餅焼いて他人にまで八つ当たりするからだ! ガキかお前は!?」

「ええガキですよ! ヤキモチですよ!! ガキがヤキモチ焼いちゃ悪いですか!?」

「こいつっ、開き直りやがった」

「ガキどころか、まず最初に人のことを犬猫扱いしたのはどこのどいつ達ですか!?」

「くっ、このロリっ子め、20話近く前の話蒸し返しおってからに……!」

「ふふふ、口約束だろうと逃しませんよ! 拾ったからには餌やり・散歩・遊び(爆裂)まで責任持って請け負うのが飼い主の義務でしょう! それなのにジンクロウはっ! …………ジンクロウは」

「っ?」

 

 背後からの首の絞め付けは相変わらずだったが、少女の怒声が止む。漲っていた怒気が萎んで、なんとも弱々しく。

 

「突然、私達と他のパーティの魔法使いを引き合わせたり……ここのところは何かと戦闘の指揮をカズマに執らせたり……今回だって、私達に一言相談してくれればよかったのに……これじゃあまるで」

「めぐみん……?」

 

 お前、泣いて。

 

「まるで、自分がいついなくなってもいいように、準備してるみたいじゃないですか……!」

「……」

 

 その言い分を的外れだとは言えなかった。というより、薄々勘付いていたことだ。

 リーンと伝手を繋いでくれた時から……ではない。もっと前から。

 ――この街で、ジンクロウに出会ったその時から。

 なんとなく、いつかは、そうなるんだろう。そういう予感を抱えながら今まで付き合ってきた。

 一線を引かれてるとかそんなややこしい話じゃない。言ってしまえばシノギ・ジンクロウという青年は、ゲームでいえば期間限定のお助けキャラみたいな存在だった。

 勿論、本人がそんなようなことを言った訳ではない。単に自分がそう感じていただけで。

 不思議というなら、ジンクロウがパーティを抜けて自分達の前から去っていくかもしれない、その事実に内心で納得している自分自身がなにより、可笑しいくらい不思議だ。動揺も、戸惑いも、驚くほど少ない。

 めぐみんはどうだ。こんなにも、泣いてしまうほどに、感情を揺さぶられて――――

 

「そんなこと私は許しませんからねぇ!!」

「うぎぃああああ!?!? めぐみんっ! ギブ! ギブぅ……!!」

「ジンクロウはもはや我が爆裂道の門下! 途中退場なんて認めませんんんん!!」

 

 その門下認定に本人の承諾は無いんだろうな当然ながら。

 寂しくて涙が出ちゃう女の子だもん、などという可愛げがこのロリータ爆裂狂いにあるなどと一瞬でも思ったことを悔やむ。

 めぐみんの肉付きの薄い細い腕の骨が喉仏を良い感じに圧迫して苦しさ半端ない誰か助けて。

 ぎゃあぎゃあ騒ぎに騒ぐ俺達二人に、ふとアクアがひょこひょこと近寄ってくる。

 

「ねぇねぇちょっと二人とも!」

「へ、へるぷみーごっです……」

「なんですかアクア!? 私は今この男を絞め殺すのに忙しいのです!」

「なんか門のところに変なのがいるわよ。それもめっっちゃくちゃアンデッド臭いのが!」

「「え?」」

 

 工事現場からも程近い正門に目を向ければ、果たしてアクアの言葉通り、ざわざわと落ち着きなく様子がおかしい。

 そして、様子のおかしい奴がいた。

 

「だ、だから俺は! いやっ、ですから、私はただの旅の騎士でこの街にいる旧い知人に会いに参っただけだ!」

「なら氏素性を詳しく聞かせてもらおう。それに騎士なら仕えている主の名を明かせる筈だ」

「そ、それは、あー、そうだ! 今は浪々の身故、主君を持たず……」

「では以前に仕えていた主は? どこの領主だ? 生まれは? 王国に親類縁者はあるのか?」

「お、おい待て! この街では入門の時こんな検めはない筈だぞ!」

「うるさい怪しい奴め。不審人物に限っては検問も厳しくなる。入街規則にもきちんと載ってる決まりだ」

「こんな怪しい奴、俺が番兵の任に就いて以来初めてだ」

「さあ大人しく検問所へ来い怪しい奴」

「なんだそのローブと頭巾は! 恥ずかしげもなくこんな怪しい恰好をして」

「馬にまで大布を被せるとはますます怪しいぞこいつ!」

 

 大きな男だった。2メートルは軽く超える偉丈夫。全身を黒いローブで隠しフードを目深に被り、背中には布で包んだやたらでかくて長い板のようなものを背負っている。

 そして、跨っている馬もまたでかい。工事の材木運搬に駆り出されている輓馬も相当な大きさだが、あの馬の体躯はそれよりさらに一回りは大きい。その馬にも、まるで姿を隠すように頭から布をほっ被せている。

 衛兵の皆さんから理不尽なレベルで力一杯怪しまれるのも肯ける。あの見た目の奴を素通りはありえないわ。

 普段なら、このまま事の成り行きを野次馬として観戦するだけなのだが。さっきこの駄女神は、不穏なことを口にしていた。

 

「……あれ、アンデッドなのか?」

「間違いないわね。くっさいくっさいアンデッド臭がぷんぷんするもの」

 

 アクアは顔を顰めながら、鼻を抓んで顔の前をパタパタと扇ぐ。アンデッド臭なるものが一体どんな臭いなのか知らないし知りたくもないし、そもそも嗅ぐこともできないので理解は難しいが、この本気で嫌そうな顔を見るに嘘は吐いていないようだ。

 アンデッド……この世界では屍鬼や死霊系のモンスター全般を差してアンデッドと呼ぶが、そんな生きた死人が下手な変装をしてまでこの駆け出しの街に何の用があるのやら。

 

「ふふふ丁度いいわ。ここのところロクなクエスト受けられなくて稼ぎも少ないし毎日のシュワシュワ量も減ってイライラしてたのよ。私の慈悲(腹いせ)でこの世から塵一つ残らず消滅ぐえ」

「駄女神ステイ」

 

 秩序勢力所属のアクアにすればあれは怨敵に当たる。こうしてシャツの襟首を掴んでいなければ今頃は勝手に退魔魔法ぶちかましに飛び出していたことだろう。

 目的も正体も分からない相手にそんな真似をして、事が平穏無事に終わる保証がどこにある。誰がしてくれる。少なくともこの女の所為で現在進行形で気苦労真っ最中の身としては、暴走暴挙は厳として阻止せねばならない。

 

「ほほう……」

「あ、ちょっ、まっ」

 

 片方の暴走を捻り潰したかと思えば、また一人爆裂の導火線に火が付く。

 帽子と杖を引っ手繰るように携えめぐみんが駆け出した。

 

「あぁくそ! ややこしい奴がややこしいことをー!!」

 

 

 

 

 

「衛兵諸君は退がってください!」

「な、なんだ」

「どうしたんだいお嬢ちゃん。迷子かな?」

「いや冒険者の子だろ。外壁工事に来てる」

「ごめんなお嬢ちゃん。おじさん達、今仕事中なんだ。向こうでお兄さんお姉さんと遊んでもらいなさい」

「迷子でも遊びに来た訳でもありませんよ!?」

 

 衛兵さん達の大人の対応は至極真っ当だ。

 けれどそんなもの知ったことではないと、頭のおかしい魔法少女はビシリと黒尽くめを指差した。

 

「その不審者の正体はアンデッドです! 呑気な衛兵は騙せても、紅魔族随一の魔道の才人たる我が目は誤魔化されません!」

 

 さも自分が看破しましたとでも言わんばかりの高らかな宣言である。

 小さな背中にようやく追い付き、その首根っこを捕まえる。

 

「ハハハ! まったくこの子ったらもう! すみませぇ~ん失礼なことを……」

「ぎくぅっっ」

「え」

 

 愛想笑いで誤魔化そうとした矢先、そんな擬音が辺りに響いた。

 響いたというか言った。当の黒尽くめの、その口から、擬音語を発した。

 んなベタな……。

 

「……」

「なななななななな、何を言ってるのやらわわわわわわわかりませんなぁ。おおおおお俺が!? この俺がアンデッド!? ハハハハハハハハハハッッ、そんな筈がないではないかおかしなことを言う娘だなぁ! 俺がアンデッドに見えるのか!? どこがだ!? いや深い意味はないが! 参考までにどんなところがアンデッドっぽかったか言ってみてくれ! 参考までに!!」

 

 複数の無言と視線が黒フード男を刺す。八割方が呆れを含有成分とした微妙な沈黙が流れ、それに耐えかねたアンデッドの男が余計に騒ぐ。

 

「な、なんだその目は!? 俺は違うぞ!? 違うからね!? 今日は服装がちょっとシックに決まり過ぎてるだけで普段はもっと明るい」

「『ターンアンデッド』!」

「痛だだだだだだだぁー!?!?」

 

 横合いからぺかーっと光が溢れ出す。それは真っ直ぐに馬上の男を貫いた。

 まるで肉を火炙りにしたかのような音と共に、黒フードの男の身体から黒い煙が立ち上る。苦しみ、悶え、盛大に痛がった末、男のフードが捲り上がった。

 その下には、黒鉄色の兜を被った頭がある。それ自体は普通の外見だ。全身甲冑(フルプレート)を着込んだ人間などこの世界では珍しくもない。

 その頭が、傾き、ズレて、落ちた。

 

「あ?」

「え?」

「んん?」

 

 ごとり、鈍い音を立てて地面に落ちた。

 人間の生首が、取れて落ちた。

 

「ああああああああああ!?!?!?」

「ひぇええええええええ!?!?!?」

「なんちゅうことしてんだアクアぁぁあああああああああ!!」

「私悪くないもん!! 私悪くないもん!! アンデッド浄化しようとしただけだもん!!」

「首だけちょんぱする浄化なんてあってたまるかボケぇぇえええええ!!」

 

 騒然とする俺達とドン引きする衛兵さん達。正門前をカオスな空気が支配しようとした、その時。

 

「……くっ、なんという、威力だ。まさかこの俺にダメージを与えられるプリーストが居ようとは。こんな、駆け出しの街に」

「「「え?」」」

 

 馬を降りていた。男の偉丈夫な身体が。

 首の無い身体が馬を降りて、地面に落ちた首を拾っている。

 そして今、確かに、落ちた首が喋っていたような。

 

「こ、こいつ、デュラハンだ!」

 

 衛兵の一人が叫ぶ。その呼称には聞き覚えがあった。現代でも、伝承やフィクションに多少知識を持つ者なら知っているだろう。

 首無し騎士、デュラハン。

 そしてこの世界において、デュラハンとして最も名の通った者と言えば。

 

「デュラハン!? 魔王軍幹部の、あのデュラハンか!?」

「最近領内の廃城を乗っ取ったとかいう奴か!?」

「伝令! 冒険者ギルドに伝令だ!」

 

 今度は衛兵達が騒然とし始めた。槍や剣を手に手に、首無し騎士を取り囲もうとする。

 騎士は、先程の痛がり様などまるでなかったかのように落ち着き払っている。自身に向けられる無数の矛を、左腕に抱えた頭から慌てもせず眺めていた。

 馬をその場から退かせる余裕さえ見せて。

 

「ふっ、バレてしまっては仕方ない。そうだ。我こそは魔王軍幹部が一人、ベルディ」

「赫奕と猛り狂え、深淵に凝固せよ。我が憤怒(いかり)、我が漆黒。紅蓮の業火に昇華せん――――」

「退避ぃーーー!! 頭のおかしい魔法使いが、頭のおかしいことをするぞぉーーー!!」

 

 そう叫び、一目散にその場を逃げ出す。アクアはめぐみんが一歩前に進み出た瞬間には走り出していた。こういう時だけは察しが良い女だ。

 衛兵達もその辺りは抜かりない。何せこのロリっ子には、キャベツ騒動の時の前科がある。あの時も、危うく居合わせた冒険者や城門の兵士まで巻き込みそうになったのだ。その堪え性の無さと容赦の無さは、既にこの街で周知の事実。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ去る俺達を、デュラハンの人は呆然と見送った。無知とはこんなにも憐れなことなんだなぁっておもいました。

 魔力が空中に黒い渦を巻き、その中で日暮れ間際の星のように光が瞬く。

 幾何学模様の魔法陣、それがデュラハンの頭上を覆った。

 

「ふぁ?」

「喰らえ! 我が怒り(八つ当たり)の一撃! ジンクロウのバカバカバカー!! 『エクスプロージョン』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。