この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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35話 千客万来。馬は帰れ

 

 

 

 アクセルの街はその中央を大きな川が縦断している。というか、水場に沿って集落が発展した結果の現在なのだろう。

 中心地に建つギルドを出発して、蛇行する川を遡ること約30分。早くも街の外縁を囲む石壁が見えてきた。

 石壁にはトンネルが空けられていて、壁の内側には番兵さんの詰所が設えてあった。

 先頭を歩くお姉さん――ウィズが番兵の一人に会釈する。

 

「こんにちは。魔道具雑貨店のウィズです」

「ああウィズさん。こんにちは。シノギさんのところですかね?」

「はい、通っても大丈夫でしょうか」

「勿論」

 

 なんて、簡単なやりとりで通行許可が下りた。

 顔見知りというのもあるだろうが、街から外へ出る分には然したる検査も要らないようだ。笊すぎね? と思わなくはない。

 デュラハンの人の格好がどんだけ常軌を逸して怪しかったのかがよく分かる。

 なんともあっさりと街の外に出てしまったが、目的地はまだ先らしく、俺達はなおも川沿いを歩く。

 ふと、その時。

 

「ん?」

 

 音が耳を打った。甲高く、硬い音色。響きからしてまだ少し遠い。

 何となく聞き覚えがある。音の正体を記憶から掘り起こそうとして、横合いから差した声がそれを妨げた。

 

「……よく来るんですか」

「え? いえ、時々お掃除の手伝いに来るぐらいです」

 

 おずおずとしためぐみんの質問に、ウィズは柔らかく微笑んで答えた。

 

「……そうですか」

「?」

 

 美人なお姉さんのきょとん顔は実に可愛くて眼福この上ないが、「ジンクロウとはどういう関係なんですか」「旧くからの知り合いなんですか」「懇ろなんですか」「大人の関係ですか!?」……後半は主に俺が知りたいことであるが。なるべく詳しく。臨場感強めで。

 ともかく、めぐみんの言外の意図は見事にかわされた。というか気付かれもしなかった。天然……だと……!?

 カズマさん的好ポイントを続々積み上げていく素敵お姉さんとマジでどんな経緯で知り合えたのか切実にジンクロウを詰問したくなってきた頃。

 

「お」

 

 その家は見えた。

 川沿いに繁った雑木林の奥、突然木々が拓けたかと思えばその空間に行き会った。枝葉によって丸く区切られた空から陽光がスポットライトめいて差し込んでいる。

 その只中、小さな一軒家が建っている。いや、うん。確かに“一軒の家”には違いないのだが。

 茅葺きの寄り棟屋根。

 漆喰を塗られた板壁と所々剥き出しの土壁。

 縁側、縁框があり、そのすぐ下の飛び石が前庭から背の低い木柵の門扉まで続く。

 普通の家だ。実際に見たことはないが、その外観はひどく馴染み易い。

 だってそれは、古風な日本家屋だったから。それはもう、小さい頃テレビでよく見ていた日本む○しばなしに出てくるような山奥の古びた庵だったから。

 いやもう丸っきり、完全に、立派な百姓家です。時代劇でしか見ないような木造りの小屋敷。

 

「なんでやねん」

 

 ここ、洋風ファンタジー異世界。

 これ、江戸時代の農家。

 世界設定守れや、せめて。

 そしてまた、硬質な音が辺り一帯に響く。音源は探すまでもなく、目の前にある。いる。

 

「あ……」

「なんだなんだ、今日は随分客が多いな」

 

 笑みを刻んで、そいつは薪割り用の斧を手元でくるりと回し肩に担いだ。

 割られた(たきぎ)に代わって、一回り太い枝、もとい丸太が置かれる。置いたのは女の子だった。

 その子はこちらに気付くと見るからにぎょっとして男の背中に隠れる。そしておそるおそる俺達を覗き込むと。

 

「あっ、めぐみん!?」

 

 傍らの少女の名前を叫んだ。驚いたような顔はすぐに笑顔になり、何やら慌ててしかめ面を作る。

 

「な、なんという偶然! なんという運命の悪戯! 再会できるのをっ、じゃなくて! 再戦の機会を心待ちにしていたわ! さあめぐみん! 今こそ因縁の対決に――――」

「チェェエエストォォオオオオオ!!!!」

「ひぇええええ!?」

 

 自分の真隣から少女が猪の如く飛び出した。

 イカれた奇声というか気勢を発して。

 

「なんで! また! ゆんゆんが! ここにいるんですかー!?」

「いた!? あた!? いたたたっ!? めぐみんなんで!? なんでいだっ! なんでおっぱい叩くの!? ちょっまっ、めぐみぃん!?」

 

 ばっしんばっしん平手が少女の胸を襲う。歳は自分より少し下に見えるが、もしかしたら、万に一つ、めぐみんと同い年の可能性もある。

 年齢不相応のなかなかの発育なものだから、それはもう揺れるわ弾けるわ凄い。何がとは言わないがとにかく凄い。

 

「いたたたたたたッッ!? 取れる! おっぱい取れちゃう!?」

「ぬんぬんぬんぬんぬぅぅぅん!!」

 

 上体を左右に∞を描くように振ることで平手打ちに体重とその反動が乗り凄まじい威力を発揮している。

 あのロリっ子、デンプシーロールなんてどこで覚えたんだろう。

 

「……」

「おうおう仲良きこと」

 

 などと、そいつは如何にも暢気に言った。

 最後に見た時と何一つ変わらない、あの軽やかな笑みを浮かべて。

 そいつは、ジンクロウだった。間違いなく、俺の知ってるシノギ・ジンクロウだった。

 

「はぁ……」

「他人の面見て溜め息たぁ御挨拶だな、カズ」

「吐きたくもなるわ。あー、なんか……もう疲れた」

 

 用意していた文句とか……謝罪とか、諸々一切どっかに失せた。認めたくないが、安堵の溜め息ってやつで蟠っていたもの含めて吐き出ていってしまったらしい。

 もしくは、めぐみんの勢いに全部持ってかれたか。

 たぶん両方だった。

 

「説明、あるんだろうな?」

「はて」

「すっとぼけても見逃さねぇよ!? いや、最悪俺は誤魔化されてやってもいいけど、あのロリっ子は絶っっっ対許さないからその辺覚悟して言葉選べよな?」

「……ああ、そいつぁ確かに道理だ」

 

 観念するようにジンクロウは言った。

 

「二週間近く音信不通だったのはこの家を建ててたから、か?」

「そうさな。まあ、まずは分かり易いところから話そうかい。この庵は元々この土地に建ってたもんだ。そこのウィズの口利きで見付け、殆ど捨て値で買い上げた」

「口利きなんてそんな。ただ、私のお店の世話をしてくれた不動産屋さんをご紹介しただけで……」

 

 恐縮するように、ウィズは両手をぱたぱたと振る。

 

「え? 元々?」

「おうよ。己も初めに見た時ゃ面食らった。随分昔、この街を訪れた()()()がこさえ、長らく住み着いていたらしいが。その家主もとっくに死んで手付かずのまま打ち捨てられておったのよ」

「流れ者、ねぇ……」

「ああ、己らと同じ、流れ者だ」

 

 十中八九、過去にこの世界へ転生した日本人が建てたのだろう。いったいどれくらい昔のことなのやら。

 アクアを問い詰めても無駄なのはマツルギの件で周知の事実なので真相は闇の中である。

 

「我ながら無理な条件を出しちまったと思うが、いやよくぞこうも御誂え向きな場所があったもんだ」

「あはは……普通、街の外に家を建てる人はいませんからね。いくら駆け出しの街とはいえ、モンスターや野盗の被害もゼロではありませんし」

「あぁ……」

 

 そりゃまあ出るだろう。勿論、街周辺の安全確保は常日頃行われているだろうが、カエルとかトカゲとかゴブリンとかコボルドとか、根絶が難しいモンスターなどそれこそ無数にいるし。幸い強盗被害には今のところ遭ってはいないが、絶対ないなんて保証もまたどこにもないし。

 その為の壁で、その為の番兵で、そして冒険者である。

 

人気(ひとけ)を嫌ってのことだろうが、相当に変わり者だったらしいな。この家の主は」

「ジンクロウも大概だと思うけど」

「違ぇねぇ」

 

 嫌味も同意されてしまえば意味がない。仕方ないので、ジンクロウとお互いの苦笑を突き合わせた。

 

「けど、それにしたって二週間も何してたんだよ。一から建てたっていうならまだしも、ただの引っ越しにそこまで手間取るか普通?」

「いやそれがな、確かに庵は手付かずで残っちゃいたんだが……正真正銘の()()()()でな。屋根は抜け、床は腐り、壁は崩れ、そらもう酷ぇ有様でよ」

「うわぁ」

「はい、本当に。建ってるのが不思議なくらいでしたね……」

 

 うんざりとジンクロウは肩を竦め、傍らでウィズが遠い目をする。

 

「まあ、大黒柱は辛うじて無事だってんで建て直しとまでは行かなんだが、修繕だ掃除だなんだかんだと小忙しいのなんの」

「あぁそれで……」

「しかしどうだ。素人の手遊びにしちゃ上々の出来であろうや」

 

 冗談めかした得意顔で、自分の背後の庵を親指で指す。

 古めかしい佇まいだが、壁の漆喰は滑らかだった。茅葺屋根も毛足(?)は整っているように見える。中はどうなっているのだろう。古式の日本家屋なんてテレビで見るくらいだ。純粋に興味はある。

 

「って、ジンクロウが自分でやったのかよ」

「おうさ。職人を雇おうにも銭が無ぇんでな」

「ですよね」

 

 したくもない同意と世知辛い共感にな、涙が出ますよ。

 

「……言えば手伝ったのに」

「そうか。そうだな……そうすりゃあよかったな」

「……」

 

 細やかな文句を呟く。

 この飄悍な男には大概の嫌味も皮肉も通じない。けれど今は、ひどく神妙に頷くのだ。

 

「しかしそうも行かんでな」

「なんでさ」

「あぁ、それがな……」

「?」

 

 いつに無い歯切れの悪さ。ジンクロウは何とも言い難い微妙な顔をした。

 思わず首を傾げた、その時。

 

 

「『ターンアンデッド』!!」

『あいだだだだだッッーー!?』

 

 

「え?」

「ひぇ、なに!?」

「この声は……」

「わっ、なんだよ!?」

 

 俺やウィズ、そして未だにキャットファイト(一方的)していためぐみん達もその絶叫というか悲鳴に動きを止める。

 そんな中、ジンクロウは一人忌々しげに。

 

「戯けめ、見付かりおった」

 

 林の暗がりから突然激しい蹄の足音が立った。

 (いなな)き草木を掻き分けて現れたのは、黒く大きな馬。サラブレッドなんて目じゃない巨体の怪物馬だった。

 その馬は、頭から鼻面までを兜で覆っている。おそらくは馬の頭蓋骨を象ったものなのだろう。馬鎧自体は然して珍しくはないが、わざわざこんな不気味な形を選ぶ馬主の趣味を疑う。示威効果という意味ならなるほど、覿面に効いてる。

 などと観察している場合じゃない。馬は真っ直ぐに俺達の方へ駆け寄っているのだ。

 

「やべっ、皆逃げ――」

「あー、よいよい。どうせ狙いは一人だ」

「へ?」

 

 真っ直ぐに、迫る。

 馬は真っ直ぐ、ジンクロウにもめぐみんにも乳しばかれ中の女の子にも、勿論俺にも目もくれず――ウィズに突っ込んだ。

 より正確には、前脚と後ろ脚を思い切り広げて、頭も目一杯下げて、地面を腹這いにスライディングしながら。

 ウィズのスカートの中にその馬面を突っ込んだ。

 

『ぶるひっひひひぃぃぃぃん!!』

「キャァアアアーーッッッ!?」

 

 堪らず悲鳴を上げるウィズ。

 堪らんと言う感じで嬌声を上げる馬。

 なんだこれ。

 

「なんだこれ」

「さあな」

「ジっ、ジンクロウさぁ~ん!! 助けてくださ、も、もぞもぞしないでぇ~!!?」

『ぐひっ! ぐひひひぃーん!!』

「……」

 

 ジンクロウは脱力するように一息吐いて、肩に担いでいた斧を手繰る。掌の中心でそれをぐるりと回転させ、ゆっくりとした足運びで踏み込み、その動きの緩慢さとは比べ物にならない速度で斧の刃先を振り落とした。

 ざくり、と。肉厚の刃は深々と抉り込んだ。

 馬の首……の、数センチ手前の地面へ。

 

「夕餉は桜鍋でも饗すか? なあ、カズ」

「いいねー。馬肉なんて田舎の爺ちゃん家で食べて以来だ」

「馬肉と聞いては私も相伴せずにおけませんね」

 

 乳しばきに飽きたのか満足したのか、めぐみんも加わっていよいよ食肉加工の相談が始まる。

 ロングスカートの下にある馬面の表情は分からないが、黒い馬体全身にびっしょりと汗を吹き出し始めたところを見るに容易に想像はついた。

 さっそくと言わんばかり。ジンクロウが再び斧を持ち上げた瞬間、馬は地面を削るようにその場を後退った。器用だなおい。

 

「なんだぃ、もういいのか。遠慮せずもっと楽しめ。ウィズにゃ後で己からきちっと詫びを入れておいてやる。然すれば確と――――介錯仕ろう」

「や、悪乗りしといてなんだけどジンクロウも馬相手にちょっと大袈裟……」

『そうだそうだ! 動物愛護という言葉を知らんのか貴様!』

「「「え?」」」

 

 抗議するようにもう一度それは嘶いた。

 俺とめぐみんと女の子、三者三様に声を上げて固まる。三つの視線は一ヵ所へ、黒くてでかいその獣に。

 喋った。馬が。

 

「なんで毎回私のスカートに頭を突っ込んでくるんですか!?」

『そこにスカートがあるからだ。言わせるな恥ずかしい』

「もっと恥ずかしがるべきことがありますよね!? 人として!」

『だって馬だもの。だから全裸でも許されるよね! ほぅら御立派様だよぉ』

「いやぁー!!? ち、近寄らないでくださいぃ!!」

 

 顔を真っ赤にして当然の訴えをするウィズに、黒い馬はそれは流暢に、そして実に腹の立つ、いやもういっそ清々しい変態っぷりで返す。

 魔物というか、広義の意味でモンスターチックな馬だ。

 

「ジ、ジンクロウ。こいつ」

「だぁあ!! はぁっ、ぜぇっ、ごっほ、おえっ、やっと、追い、付いた……!!」

 

 林から水色の髪が飛び出してきた。息せき切らせて嗚咽まで吐く、それはアクアだった。

 さっきから静かだと思ってたが、どうやら雑木林の中で馬と追い掛けっこしてたようだ。

 小枝やら葉っぱやらに塗れたアクアは、どうにかこうにか息を整えると、びしっと一点を指差して。

 

「そいつ! その馬! あのアンデッドよ!!」

「指示語多いわ」

「だーかーらー!!」

 

 アクアの知能指数低めの発言に首を捻る。

 しかし思索を巡らせるより先に、答えはあっさりと寄越された。傍らの、ジンクロウから。

 

「お前さんの首を刎ねた野郎だ」

「え」

『如何にも』

 

 鷹揚に馬は頷いた。ひどく、人間臭い挙動で。

 

『あの時は名乗る間もなかったな。よもや殺した相手に再び(まみ)えるとは僥倖か、数奇と呼ぶべきか。ともあれ改めて名乗ろう。勇敢な冒険者の少年よ。我が名はベルディ――――』

「『ターンアンデッド』!!」

『あいっだだだだだだだだぁーーー!!?』

「キャァア!? 私まで消える!? 消えちゃいますぅ!?」

 

 焼け焦げたような黒い煙を上げて馬が叫ぶ。巻き添えでウィズも叫ぶ。

 アクアは愕然と両手を握った。

 

「カズマどうしよう! 私の魔法が効いてない!」

「いや効いてる効いてる。効いてるけどとりあえず今はやめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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