誕生日おめでとうございます
「ミナサーン! 私は帰ってきましたよー!」
バレンタインイベントから一週間が経った月城学園に校内放送を通じて明るい声が響き渡った。
職員室で小テストの採点作業をしていた明紫波光秀はピタリと手を止めて天井を睨み付ける。
「めんどくせぇことになったな」
「あの放送はなんですか?」
採点中の小テストを片付ける光秀に隣の美術教師から質問が向けられた。そのため光秀はやや疲れた顔で新任教師を見やる。
「理事長が帰国したんだよ」
光秀が説明するそばで他の教師たちもバタバタと動き始めている。その間も校内放送は明るい声を流し続けていた。
「……というわけで、私においしいOHAGIを食べさせてくだサ~イ!それができなければ今年度の三年生の卒業は認めません!」
校内放送から流れた恐ろしい発言に教師たちから驚きの声が沸き起こった。その声にも驚く美術教師のそばで光秀が立ち上がる。
「明紫波先生、これどうするんですか? というかいつもこうなんですか?」
「だいたいな」
やはり疲れた顔で返した光秀は自分の肩を揉みながら職員室を出た。
生徒会室に移動すると既に生徒会役員たちが集まっていた。それだけでなく風紀委員長の顔もある。
本来なら受験を終えた三年生は学園に通う必要がない。しかし後輩に役目を譲った元生徒会役員たちは仕事の引き継ぎのため今日も登校していた。
「やぁ、明紫波。また僕がおはぎを作れば良いんだろう?」
去年もそうだったからと、開口一番に元生徒会長が言い出す。緋色の髪を揺らして座る足を組み直した生徒会長は挑発的な目を光秀に向けていた。
あと一月で卒業を迎える予定の生徒会長は目が合うと眉を潜める。そんな生徒をまっすぐに見つめながら光秀は腕を組んだ。
「先生をつけろ」
「とりあえず小豆と砂糖と米か。伊達川持ってるよナ?」
睨み合うふたりに口を挟む形で真葉が言い放つ。すると元副会長の伊達川が自分の手元にあると返した。
それを聞いた緋田がそれならと立ち上がる。
「これから調理に取りかかろう。政宗、一緒に来てくれ」
材料の確認をしなければと緋田は意気揚々と部屋を出て行った。
緋田と伊達川が生徒会室から出ていくと何も知らない徳川が首をかしげる。
「信長におはぎを作らせて大丈夫なのか? デス料理なんだろう?」
死人が出ないかと心配する徳川は光秀を見つめる。そこで勢いよく扉が開かれた。
「OHAGI!!!!」
ハツラツとした声をあげて飛び込んでくる外国人に徳川は目を見開く。
「あの石像の!」
「OHAGI!それはスイートなブラックダイヤモンド!私の心をつかんで離さない甘美な恋人!」
意味不明な言葉を並べ立てる外国人に徳川は困惑のまま石黒に目を向ける。しかし石黒は騒ぎを完全に無視して書類を読んでいた。
「あれは良いのか?」
「気にしたら敗けです」
しかし問いかけは無視しないらしく徳川の質問には返してくれる。そんな石黒の言葉に従うように徳川も気にしないことにした。
その間に外国人は光秀に絡み、さらに同じ色合いの風紀委員長にまで絡んでいく。
一時間後、自信に満ちた笑顔で戻った緋田は重箱を抱えていた。それを見るなり前木が逃げるように石黒の後ろに移動する。
「それはOHAGIですね!」
「そうだよ」
笑顔の緋田は机に重箱を置いてふたを開かせた。その中身を見た瞬間、風紀委員長の豊白が吠える。
「ヘドロやないか!!!」
「失礼だよ!!」
「どこがやねん!そないなもん食べるなんて死亡フラグしかないやないか!」
「明紫波! この無礼者を追い出しなよ!」
今度は豊白の言葉に激怒した緋田が光秀に吠えた。しかし光秀は理事長を見るや首を横に振った。
「豊白はついさっき理事長と白いもの同盟を組んだんだよ」
「君は何を言っているんだい? 意味がわからないよ」
「悪い。俺もよくわかんねぇんだわ」
つい10分前に豊白は理事長と色が白いというだけで謎の同盟を組んでいた。正確には独自の友好関係を結んだと言えるのだろう。しかしそれはあまりに独自過ぎて光秀の理解を越えていた。
緋田は自分が作ったおはぎを小皿に乗せて理事長に差し出す。理事長は満面の笑顔でそれを食べて、その笑顔のまま何かを叫んで倒れた。
しかし五分後に蘇生した理事長は重箱を大切そうに抱えると緋田に礼を言って立ち去る。それを見送った豊白はよく死なへんなとつぶやいては緋田とケンカを始めた。
しばらくその様子を眺めていた光秀は視線を伊達川に移す。
「あれ任せて良いか?」
「ああ、構わないぞ。いつものことだからな」
いつも穏やかな伊達川に問題児ふたりを押し付けて光秀は生徒会室を後にした。
職員室に戻る合間に校内放送が流れ、おはぎは手に入ったと理事長が報告する。そして当然だが、三年の卒業は認められた。
問題が解決した安心感と共に職員室へ戻った光秀は自分の席についた。すると隣の席の美術教師が冷凍みかんを食べている。
「お疲れ様です。他の先生に聞きました。理事長の好きなおはぎ昨年も生徒会が用意したらしいですね」
「まぁな、理事長もあれでよく生きてるわ」
試食だけで倒れたというのに結局はすべて持ち帰った。そんな理事長の身体の謎を思いながら光秀は仕事の続きに取りかかろうとした。
すると隣から冷凍みかんを差し出される。目を向けると美術教師がにこやかな顔を見せていた。
「お疲れ様の冷凍みかんです」
「ありがとな」
最近毎日のようにみかんをもらっている光秀はふと卓上カレンダーに視点を止めた。
「そういえば先生の誕生日だな」
「そうなんですよ~」
やっと23歳ですと美術教師は嬉しそうな顔で返す。そんな美術教師に何かやらないとと頭を巡らせていると白い影が背後に立った。
「誕生日なんておめでたいですね!」
理事長のハツラツとした声と笑顔を見た瞬間、光秀は嫌な予感に包まれていた。そんな光秀の目の前で理事長は少し待っているようにと告げて離れていく。
何も知らない美術教師はそわそわと頭を揺らしながら光秀に何が始まるんでしょうかと微笑む。
「理事長って楽しい方ですよね」
明るくて素敵だと思います。そう語る美術教師の元へ、理事長はあのおはぎの乗った小皿を持ってやってくる。ここへたどり着く間、他の教師たちの困惑を含んだ視線が理事長の手元に向けられていた。
「誕生日プレゼントでーす!」
「わぁ、ありがとうございます!」
笑顔の理事長につられるようにいつもよりテンションの高い美術教師は嬉しそうに小皿を受けとる。そしてそこに乗せられた黒い物体を笑顔のまま眺めた。
「変わった形の食べ物ですね」
「これこそ日本の宝!黒く甘美な宝石です!甘く芳醇でいてその後に来る強い刺激は常に私の心臓を射抜いてきます!」
「なんだかキャビアみたいな響きですねぇ」
理事長の説明を聞いた美術教師は楽しげにそれを食べる。そして笑顔のまま床に倒れ込んだ。
「おう…OHAGIの刺激が先生をも射抜いたようですね!」
「いやこれ泡ふいて倒れてるだけだろ、大丈夫か?」
床に倒れたまま動かない美術教師を前にした光秀はそばに突っ立っている教師に救急車を呼ぶよう指示を出した。