ルディ「不採用とかないわ」
サウロス「獣族とにゃんにゃん」
リベラル「赤い珠は放置しよう」
次でこの章は終わりになります。前章と全く同じ長さになりましたが偶然なので、次からは長くなるかも知れませんし、逆に短くなるかも知れません。私が如何に丁寧に纏められるか次第ですね……。
半年が経過した。
城塞都市ロアからブエナ村に戻ってからのリベラルは、特筆することもない毎日を送っていた。
狩りや採取で食料を確保したり、グレイラット家へと今までのようにお裾分けしたり、時折シルフィエットの努力を手伝ったりだ。日が暮れれば自宅に引きこもり、書物にこれまでのことなどを書き記し、そしてルーデウスの言語学習用の教材作りをする。
眠ることなく次の日を迎えることもあるが、リベラルにとってそんなことは既に慣れており、種族的にも問題はない。ここ最近はずっと一睡もしてなかった。
それ以外には、たまにグレイラット家にお泊まりすることや、ちゃんと自己鍛練を怠たらず体を動かしてるくらいだろう。
因みに、ノルンやアイシャの世話を任される程度には信頼されている。リベラルもそのことは嫌ではないので、リーリャと共にあやしてる場面が増えた。
「では、そろそろロアへ行ってきます。手紙を預かりましょう」
「おう、悪いな」
「お願いするわリベラルちゃん」
「ボクのもお願いします」
ルーデウスの為に制作していた言語学習用の本も完成したので、彼女は再びロアへと向かう。その際に、以前と同じように皆の手紙を預かり、郵便の役割を全うするのだった。
純粋な善意であり、特に打算もないリベラルの優しさ。この程度のことならば、彼女は面倒だと思うことなくちゃんと引き受けるのだ。
――――
城塞都市ロア。その中心地にある領主の館のボレアス邸。リベラルは再びそこへと向かい、面会の手続きを終えてルーデウスと向かい合っていた。
ルーデウスの手には、分厚い辞書のような本が開かれていた。彼は中身を確認しながら、破顔した表情を見せる。
「ありがとうございますリベラルさん……こんな丁寧に作ってくださって……」
「いえ、構いませんルディ様。貴方は可愛い弟子みたいなものですからね。それに、ロキシー様だって絶対同じものを作ってくれましたよ」
リベラルが渡した魔神語教材の本は、本来の歴史でも彼がロキシーから貰ったものと同様で、あらゆる魔神語を人間語で翻訳したものだ。単語から、細かい言い回し、発音の仕方までを、完全に網羅してある。
そんなものをこの地まで直接手渡しで届けられ、あまつさえ直筆本なのだ。ルーデウスはリベラルに対し、感謝の念を抱くことしか出来なかった。
「これで、魔神語の習得に取りかかれます」
「獣神語は既に覚えてるのですか?」
「はい、幸いにもギレーヌがおりますので、彼女に手伝ってもらいました」
そうしてリベラル作の魔神語教本の受け渡しを完了させると、続いて渡されるのはパウロたちの手紙だ。こちらもルーデウスにとって大切なものである。
彼はそれらを受け取りながら、ふと疑問に思ったことを口にした。
「そう言えば、シルフィの様子はどうですか?」
「様子、と言われましても、その手紙に書かれてませんか? ルディ様の為に頑張ってますよ」
「えっと、そうではなくてですね。寂しそうにしてたりしないかなって思いまして」
ルーデウスの台詞を聞いたリベラルは、キョトンとした表情を浮かべた後、微笑ましいものを見るかのような目になる。
「なるほど……ホームシックに陥った訳ですか。愛しのシルフィエット様に会えず、寂しいのですね」
「当たり前じゃないですか。元より望んでここにいる訳じゃないですし」
「それもそうですね。ですが、エリスお嬢様といい感じになってるのでは?」
その言葉に、ルーデウスは「むう」と口ごもらせた。彼としては、疚しい気持ちがない訳ではないのだ。むしろ、下心に満ち溢れている。
シルフィエットは今まで、妹のようにずっと見てきた存在で愛おしさもあったが、エリスに関しては生徒としてとてもやり甲斐を感じる存在になってきた。ツンデレ的な反応にもグッときている。
極論を言えば、どちらもありなのだ。互いに良い部分と悪い部分があり、ルーデウスはそれが自分の好みとして当てはまっている。
今でこそシルフィエットの方が好きだと感じているが、その気持ちもずっと続くかなんて分からないのだ。結局、彼が現状に満足していることに変わりない。
そんな会話をしていると、扉のノック音が響き、二人の意識はそちらへと向いた。
「失礼するよ」
「フィリップさん? どうかされましたか?」
「少し、気になることがあってね」
入って来たのは、エリスの父親であるフィリップだった。ルーデウスと軽い応対を交わしながら部屋の中を見渡した彼は、リベラルで視線を止める。
「君は確か、以前侍女の面接に来ていた……リベラル、だったかな?」
「はい、フィリップ様。本日はお日柄もよく……」
「ああ、そういう社交辞令はいいよ。それよりルーデウス、少し彼女に用があってね。来てもらってもいいかな?」
「え? はぁ、どうぞお構いなく」
よく分からないと言いたげな表情を浮かべるルーデウスを他所に、フィリップはリベラルへと着いてくるように促し、部屋から出ていく。彼女としても断る意味がないので、それに付き従った。
それから、フィリップの自室と思われる場所に辿り着くと、彼は椅子に腰を下ろし、リベラルを見据えた。
「さて、早速質問で申し訳ないけど、君、ルーデウスの師匠で間違いないよね?」
フィリップの質問に対し、リベラルはすぐにその意図を悟る。
現在のルーデウスのステータスは、誰の目から見ても異常なものだ。全般的な魔術を扱える上、王級と聖級の魔術を数多く取得している。
剣術も一般的な騎士と同等な腕前を持っているにも関わらず、十歳にもなってない子供なのだ。しかし、彼の異常性に目が行きがちになるとは言え、それを独力で成し遂げたと思う者はいないだろう。
間違いなく、誰が教えたのか、という疑問に行き着く。
「ルーデウスから聞いたけど、彼には二人の師匠がいるらしいね」
「ルディ様から聞いたのですか?」
「彼がよく師匠は凄いと口にしていたから、気になってね」
なるほど、とリベラルは納得する。別に、彼女は自分が教えたことを秘密にして欲しいなどと思っている訳ではない。むしろ、リベラルが師にいることが明らかになることを望んでいる。
それは、人神への布石だった。ルーデウスに不信感を与えることなく、人神に牽制するための措置。
果たして、リベラルが背後にいることを理解して尚、人神はルーデウスに関わろうとするのか。それとも、関わることを諦めるのか。
もしも関わるようであれば、彼の動きから狙いの察知も容易だろう。歴史をなぞるのであれば、何が目的なのかも筒抜けに出来る。歴史と変わるのであれば、相違点から人神の狙いが分かるだろう。
関わらないのであれば、リベラルは動きが読みにくくなるものの、オルステッドの知る歴史をなぞることになる筈だ。ルーデウスの持つ運命の力とやらで、歴史を変えないのだから。
これは、今は音沙汰のない人神が、どのように動くのか見極めるための先制。
そして、リベラルによる人神への明確な布告。あの時私を始末しなかったことを後悔させてやらんとする、意思の現れだ。
が、今は関係のないことである。
リベラルは思考を止め、フィリップへと意識を向けた。
「一人はロキシー・ミグルディア。過去にエリスの家庭教師に応募していたみたいだけど、不採用にしていたらしいね……惜しいことをしたよ」
「とは言え、ルディ様とロキシー様の相性が良かったというのもあるでしょう。あの方がエリス様に教えても、他の家庭教師と大差なかったと思いますよ」
「……まあ、たらればの話は止めようか。とにかく、ルーデウスの言うもう一人の師匠が、君のことだね」
そこでフィリップは言葉を区切り、小考する仕草を見せる。
「君のことを調べさせてもらったけど……どうにも情報が出てこなくて困ってるんだ」
「そうですか。なら、気にしなくてもよろしいのでは?」
「はは、面白いことを言うね。私は跡目争いに負けて、大きな権限がないとは言え、ボレアスの血筋なのだよ? この国のことなら大概のことは調べられるさ……大概のことはね」
意味深に溢した最後の言葉に、リベラルは露骨だと苦笑せざるを得なかった。
つまり、フィリップはその調べられない“大概以外”の部分に、リベラルが関係あるのではないかと、睨んでいるのだ。
「世界中にいる王級魔術師の数は、そう多くない上に名前が知れ渡っている。そして、ロキシーが水王級魔術師になったのは、そう昔のことでもないよ。それこそ、ルーデウスがここに来るほんのちょっと前のことさ」
「だから、私が教えたのではないかと?」
「そう。君が教えたことは状況的に明らかなのだけれど、私は君の名前を知らなかったんだ。水王級魔術を扱える君の名前を、ね」
それに、と彼は言葉を続ける。
「君のその髪。この辺りではとても珍しいね。そして、とても特徴的だ」
「そこは綺麗だと言ってくれないのですか。銀色と緑色が美しく映えてる、とか」
「『銀緑』……そうだね。美しく綺麗で、伝説に出てきそうだ」
「……ふふ、お上手ですね。ですが、そのように褒められても靡きませんよ?」
フィリップの考えは、短絡的であったが的を射ていた。
ラプラス戦役で活躍したリベラルの名前が知れ渡ってないのは、大きな権力が動いていたことも関係していた。むろん、彼女が名前を明かさないように努力したのもあるが、偶然知ってしまった者の口を閉じさせるには、個人の力では不可能だろう。
それこそ、かつてペルギウスの朋友であった、ガウニス・フリーアン・アスラのような、今は亡き過去の王が力添えしていてたとしてもおかしくない。王の力があれば、人の一人の情報を有耶無耶にするくらい可能だろう。
「前置きはこのくらいにしておこう」
冗談混じりな会話もそこで終わり、フィリップは真剣な表情を見せていた。
「単刀直入に聞くけど、私に力を貸してくれないかい?」
「……随分と直接的な行動に出られましたね」
「私としても不本意さ。けど、君の望むものは何も分からないから、外堀を埋めることも出来なくてね」
不満そうに語るフィリップは、特に嘘など吐いてないのだろう。本来の彼であれば、外堀から埋めて確実な状況にしてから事を進める。それがこの男のやり口だ。
しかし、先程も言ったように、彼はリベラルの弱点と成りうるものを知らなければ、望みも知らない。それに、フィリップの予想が正しければ、ペルギウスに並ぶ偉人かも知れないのだ。
余計なことをして怒りを買うよりは、ルーデウスという繋りから協力を仰ぐ方が、確実でリスクも少なかった。故に、彼は直接頼み込んでいる。
「私としましては、回りくどくされても鬱陶しいだけです。なので、こうして直接的な行動には感心致しました」
しかし、だからと言ってリベラルが頷くことは出来ない。
「申し訳ありませんが、お断りします」
彼が何に対して力添えを望んでいるのか、リベラルは大体の予想がついていた。ボレアス家の乗っ取りだ。十歳になったルーデウスにも提案する、未来のイベントである。
跡目争いに敗北して、城塞都市ロアの町長という立場に甘んじてるフィリップだが、まだ当主の座を諦めている訳ではなかった。
だが、彼女はそれに協力することなど出来ない。
ペルギウスがラプラス討伐を目的としているように、リベラルにもリベラルの目的がある。人神討伐という目的だ。
『甲龍王』と同じで、貴族へ深入りした関係になれば、目的のために動き辛くなる。繋りが足枷になってしまうのだ。故に、自由に動ける立場を彼女は望む。
それに、フィットア領で転移事件が発生することが確定している以上、全てが台無しになるので手伝う価値がほとんどないのだ。
「……理由を聞いてもいいかな?」
「単純なものです。私の目的とフィリップ様の目的は、利害が一致しないからです」
リベラルの目的は二つあるが、取り合えず人神を打倒することが現在の目的だ。その際にポイントとなるのが、オルステッドと転移事件である。
オルステッドはさておき、転移事件に関してはボレアス家は大きく関わることになる。具体的には、被害者として破滅に追い込まれるのだ。
転移事件の発生そのものを止める気のない彼女は、転移事件の発生場所を変えようとして、それが不可能だと判断して諦めた。単純に、移す時間が足りないからだ。
しかし、転移事件が発生してからの対応は出来る立場にあった。前以て知っていたのだから、長い時間を掛けて備えることは出来た筈なのだ。資金的な事情然り、被害者への対策然り。
だが、リベラルは備えることをしなかった。
否、備えることが出来なかったのだ。
人神はリベラルの動きを察知できない。『龍神の神玉』の力によって、人神は能力で姿を捉えられないのだから、それは当然だろう。しかし、あまり大きく動けば、人神がリベラルの動向を知ることは容易だ。
彼女が本来の歴史をあまり変えようとせず、今も尚なぞるように動いているのは、人神に未来の動向を悟らせないためだ。人神は転移事件が発生することを知らないからこそ、リベラルはそれを起こそうとしている。
だからこそ、転移事件発生後に備えた動きを控えた。もしも何らかの理由で人神が転移事件のことを知れば、今までの苦労が水の泡となるから。
もしもの可能性を極力減らし、人神をより確実に殺すため――リベラルはフィリップたちを見捨てることにしていた。
「とは言え、フィリップ様はルディ様の上司。頼みを無下にし、可愛い愛弟子が虐められるのは不本意です」
「と、いうと?」
「こちらを譲りましょう。肌身離さず所持することをオススメしますよ」
そうしてリベラルが渡したのは、幾つかの指輪だ。
「プロポーズかい? 光栄だけど……私には既に妻がいてね」
「違います」
フィリップの冗談に彼女は即答し、指輪の説明をしていく。
リベラルが渡したのは魔道具だ。自身の身を守るための道具。未来でナナホシが所持していた物と、同じような代物だ。
リベラルは転移事件による被害者への対策はしていないが、それはあくまでも大人数への対策だ。選定した少人数ならば、多少の対策は取れる。
取り合えず扱い方を教え、それらを「自分の信頼する人物に渡すといいですよ」とリベラルは伝えた。選定するのは、彼女である必要はない。むしろ、政治に深く関わるフィリップの方が、適切な人物を選ぶだろう。
「……そうか。取り合えず、感謝はしておくよ。君の協力を得られないのは痛いが、強制は出来ないからね」
「それが賢明でしょう」
フィリップはしつこく引き止めようとせず、アッサリ身を引いた。やぶ蛇になっても困るし、そもそも自由に動かせない駒など必要ないのだ。
御しきれぬ力は、身を滅ぼす切っ掛けになってしまう。そのことを理解していた。
「話は変わるけれど、どうして侍女として応募していたのだい? 君ならば、働く必要もないだろうに」
ふと疑問に思ったのか、フィリップはそのようなことを訊ねていた。彼の疑問も尤もだろう。
「働くというのは建前ですよ。したいことがあったから応募しただけです」
「ふぅん? 何なら、今から君を雇用しても構わないよ?」
「いえ、結構です。既にすべきことは出来てますし、何よりボレアス家の趣向に合わせた格好をしていたのに、あの仕打ちには堪えましたので……」
自分が如何に痛い行動をしていたのかを思い出し、リベラルは身を悶えさせる。
フィリップはそんな彼女の様子を、不思議そうに眺めていた。
元々リベラルが侍女になろうとしていたのは、娯楽的な要素が大きかった。労働による正当な報酬を獲得するというのは、人間社会に適応している証だ。元日本人のリベラルとしては、昔の思い出に浸れる要素でもあった。
採否の結果など、彼女の予定に影響などほとんどない。精々、エリスの魔改造が出来なくなるくらいだ。
『赤い珠』を調べるためでもあったが、既にそれは果たされている。なので、今更侍女として採用されても意味などなかった。
「ところで、もうすぐでエリスの誕生日なのだけど……もしよければ君も参加するかい?」
「唐突ですね……誘いは嬉しいですが、それも辞退しますよ。そもそも、お嬢様と会話もほとんどしたことないですし、サウロス様に猫耳のことで絡まれても困りますし」
「父上はそのことを既に忘れてると思うけれどね……とは言え、他の貴族たちに絡まれても困るか」
「ええ、そういうことです。しばらくはのんびりとブエナ村とここを行き来してますよ。用があれば、また訪れた時にでも」
そのまま扉から出ていくリベラルを、フィリップは止めようとせずに見送った。彼としては、満足な結果は得られなかったが、最悪でもなかったからだ。
彼女を説得するための時間はある。いつ姿を消すかは不明だが、しばらくはフィットア領で暮らすと言ったのだ。ならば、そのチャンスをものにしなくてはならない。
必ずやリベラルを味方に引き入れてやると意気込むフィリップは、とても悪い表情を浮かべていた。
――――
それからのリベラルは、淡々とした毎日を送った。
基本的にはブエナ村で過ごし、定期的にロアへと向かってルーデウスの様子を見に行く。そこでフィリップからアプローチを受けたり、如何わしい場面に遭遇したり。
とても平和な日々と言えよう。少なくとも、争いもなく平穏であった。あっても、エリスとルーデウスがじゃれあっていたくらいだ。
誰もが思っていた。
この毎日が続くだろうと。
けれど、世界は微かな歪みを持って進んでいた。そしてその綻びは、やがて大きな形となって現れることとなる。
そして数年後――ターニングポイントが訪れた。
Q.転移事件後の対策って、別に大きく動かなくても地道に金策すればよくね?
A.お金は無限にある訳ではありません。アホみたいに金とか集めたら、色々と経済が悪くなりますし、武具関連でもあまりやり過ぎると、オルステッド社長が困るかも知れませんので。