無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

ナナホシ「リベラルと知り合いだったなんて知らんかったよ……」
リベラル「何かもう思い通りにいかなくて草生えてきた」
サレヤクト「社長に殺されそうなリベラルを龍鳴山へと運んだらしい」

前回の投稿から滅茶苦茶間が空いてしまい、大変申し訳ありません……更に謝罪すべきことは、今までよりもこれからの方が忙しくなるという意味不明な事態です……。
こんな不定期なのに未だに読んで下さってる方々には、感謝しか出来ません。ありがとうございます。


四章 揺れるゆりかごは幸福への兆し
1話 『それぞれの道中のお話』


 

 

 

 カタカタと、キーボードを打つ音が響く。

 長い時間その調子でいた私は、やがて凝り固まった筋肉を解すように身体を伸ばす。

 

『ハァ……もう分からない。本当に分かりません。何でこれで駄目なのか意味不明ですよ』

 

 パソコンに書き記した文章を見つめながら、私は思わず愚痴った。

 そこに映し出されているのは、異世界転移に関する理論だ。

 私が静香の知識を元に作り上げたもの。

 

 結局、私の理論は静香のものと大差のないものとなった。

 むしろ、最終的にそこへ行き着く、と言うべきか。

 少なくとも、理論上では異世界転移が出来る筈であった。

 

 しかし、それでは駄目なのだ。

 この理論ではまだ未完成なのだ。

 

『……やはり、理論では語れない別の要因か、誰にも気付けない何かしらの穴があるとしか思えませんね……』

 

 先程言ったように、私が作ったものは、静香の作ったものと大差がない。

 そして静香は、その大差のないものを使った結果、故郷に帰ることに失敗したのだ。

 

 だから、駄目なのだ。

 これでは同じような結果になってしまう。

 

『……静香が帰還しようとした場面に居合わせていれば、失敗の原因も分かるかも知れませんが……』

 

 なんて、過ぎた話なので無理なのだが。

 異世界転移すらままならないのに、その上過去にまで転移するなど、夢のまた夢だし。

 まあ、無い物ねだりしても仕方無い。

 考えるべきことはそんなことではない。

 

 ともかく、転移に失敗したのには理由があるはずだ。

 全ての事象には必ず因果がある。

 

 なんて意気込んだタイミングで、部屋のドアが開かれた。

 そこから一人の女性が姿を現す。

 

『……おはよう』

『おはようございます静香』

 

 昔から変わらない容姿である彼女は、眠たそうに目元を擦っていた。

 欠伸を噛み殺しながら静香はコーヒーを用意すると、それを私の側に置いてくれた。

 

『お疲れ様』

『ああ、ありがとうございます』

 

 コーヒーを一口飲み、私は姿勢を崩す。

 長時間机と向き合っていたので、そろそろ休憩としよう。

 

『どう?』

 

 端的な彼女の一言に、私は難しい表情を浮かべる。

 

『そうですね……空中城塞で完成させた異世界転移装置を見たいですね。そうすれば、失敗した原因も多分分かると思いますので……』

 

 無理だと分かっていても、ついそう思ってしまう。

 理論は完璧であり、モルモットなどを使った実験も成功。

 なのに、それでも空中城塞にて静香は失敗した。

 そう、今の私達は行き詰まっているのだ。

 

 だが、静香はポカンとした表情を浮かべていた。

 何を言ってるんだろう、この人。

 などと言いたげな雰囲気だ。  

 

『……ごめんなさい。言葉が足りなかったわね。私が聞いたのはコーヒーのことよ』

『え? あ、ああ! そっちでしたか!』

 

 どうやら勘違いしたようだ。

 それも、配慮の足りない悪い形で。

 そもそも、“今の彼女に空中城塞のことなんて分からない”だろう。

 いかん、この空気を払拭せねば。

 

 誤魔化すかのように、私はコーヒーを一気に飲み干す。

 コップを机に置き、私は満面の笑みを浮かべてサムズアップしてみせた。 

 

『美味しいですよ。砂糖も私の好みの量ですし、流石は私の嫁です!』

『なにそれ。私はあなたの嫁じゃないし』

『何でマジレスするんですか! 一夜を共に過ごした仲じゃないですか! あんなにも激しく燃え上がったのに!』

『間違ってはないけど、あなたの言い方に悪意を感じるわよ……』

 

 なんてことを言い合いながら、二人は日々を過ごしていく。

 今となっては遠い、本当に遠い昔の出来事だ。

 まあ、この頃の言動はともかく。

 今の私は、矛盾を抱えてばかりだ。

 

 しがらみに囚われた存在でしかない。

 

 

――――

 

 

 パウロ・グレイラットは、舌打ちをしていた。

 

「チッ……」

 

 後方を見渡せば、大勢の人間が彼を先頭に追従している。

 しかし、旅慣れてないものが多いためか、進行速度は遅い。休憩も極端に多い。襲ってきた魔物への対処も甘い。

 あまりにも不出来であり、練度がないことは明らかな集団だ。素人ばかりなので仕方ないと言えば仕方ないが、パウロは苛立ちを隠せずにいた。

 

 捜索団を結成した彼は、アルフォンスやその他大勢の希望により、リーダーとなり皆を率いる立場となっていた。

 パウロ自身も家族を捜すつもりだったので、人手が多いに越したことはないと思った。世界のどこかに転移した家族を捜すのを、一人で行うのは不可能だからだ。

 だが、リーダーになったのは浅はかだったと後悔した。

 

『希望者を募り、フィットア領の難民を捜索する』

 

 やることは単純であるが、その目的を果たすのは途方もなく難しいことだ。まず、金銭が足りない。

 大勢を賄う食費は馬鹿にならないのに、アスラ王国からの援助がほとんどないのだ。否、フィットア領にはある程度の援助があるものの、捜索団にはほとんど回ってなかった。

 そして、先程も挙げた練度の低さ。これも問題だ。農夫などの素人が多いため、行程でどうしても時間が掛かる。馬も人を乗せれるだけの数がないので、徒歩なのも問題だ。

 

 一応、妻であるゼニスの実家は他国にあるものの、高名な爵位なのでそちらから援助を貰う予定だ。そこで下地を作り、ミリスやアスラ、そして道中にある国々を捜す予定なのだ。しかし、あくまでも予定だ。

 本来であれば、十分な資金を得てから活動を開始するものだと言うにも関わらず、早く捜索を行いたいという者達が多すぎた。パウロはそれに押し切られた。

 

 約七ヶ月。

 その間、捜索はされていない。

 一応、個人でしている者達はいるものの、所詮は“個人”でしかないのだ。

 

 親しい者が行方不明である人々に、不安が募った。早く見付けなければ、助けなければと。焦る心が正常な判断力を奪い、毎日を過ごす中で徐々に失われていった。

 その結果、強行軍だ。元Sランク冒険者であるパウロを祭り上げ、無理やり捜索団としての活動が開始された。

 民衆とは愚か者が多いものだ。例え間違っていても、それが正しいと思えばそちらに流されてしまう。パウロからしてみれば、堪ったものではないだろう。

 しかし、彼自身も民衆と同じで、家族が見付からずに不安を抱えている。まだ活動すべきじゃないと頭では理解していたものの、強く否定は出来なかった。

 

 近くにいた男が後続の遅れに気付き、パウロへと進言する。

 

「パウロさん、遅れてる人が多い。もう少しゆっくり行こう」

「……分かったよ」

 

 が、そんな準備の足りない集団では、満足に活動出来る訳もない。本人が楽観的であることも悪かったのだろう。

 厳しい旅路になることが分かっていながらも、「まあ、何とかなるだろ」と甘い考えを持っていた。

 

 本来の歴史であれば、この時期には既にゼニスの実家であるラトレイア家に話を通し、援助を得られていた。けれど、剣の聖地に転移していたパウロには、組織の団長として準備する時間が足りなかったのである。

 

(クソ……出発する前の自分をぶん殴りてえよ……)

 

 歩くペースを落としたパウロは、苛々しながらも無意味な反省をする。今更後悔したところで、何の意味もないのだ。

 後方でのろのろと歩く集団を眺めると、ノルンを連れて一人で行動したいという欲求が増すばかりである。

 

 そして、苛立ちの原因はもうひとつあった。

 

(奴隷になってるんだな、リーリャ、アイシャ……父さんが絶対に助けてやるからな)

 

 彼は、二人の所在を知っていた。ヒトガミから、シーローン王国にいることを教えられたのである。

 それは、喜ばしい情報だった。ずっとずっと探していた愛おしい家族の行方が分かったのだ。喜ばない訳がない。

 しかし、リベラルの言葉が何度も頭を掠めたのだ。ヒトガミの使徒は最終的に大切なものを失う、という台詞が。ヒトガミの言う通りにして大丈夫なのかと、焦燥が募る。

 

 ヒトガミはリーリャとアイシャを助ける手順まで、丁寧に教えてくれた。捜索団という荷物を抱えた状態で、何をどうすれば助けられるのかを。指示通りに動けば、全てが上手くいくと言った。

 もちろん、パウロはリベラルの話を伝えた。最終的に俺を嵌めるつもりだろう、と。

 それに対し、ヒトガミは言った。

 

『なら、どうするんだい?』

 

 あっけらかんと、悪びれもない態度で。

 

『未だに音沙汰もないリベラルと、こうして家族の居場所を教えた僕か、どっちを信じるべきかなんて言うまでもないよね?』

 

 まるで、救いの手を差し出すかのように。

 

『それに、僕は君の家族に害を及ぼすつもりはないよ。人神の名に誓って約束しよう』

 

 すがりつきたくなる約束を、結んでくれた。

 

 やはり、リベラルよりヒトガミの方が信用出来ると思ってしまった。雰囲気然り、神々しさ然り、どれもリベラルの持ち合わせてないものだ。

 だから、ヒトガミの言う通りに動くつもりだった。けれど、やはりリベラルの言葉が何度も頭の中を反芻する。

 

 奴を信じてはならない。リベラルのあの表情を見ただろう。必死で間違いを正そうとする顔を。

 否、信じるべきだ。ヒトガミのあの空気を体感しただろう。あれは本当に神様だ。それに、家族を救うためならば、俺は神でも悪魔にでも魂を捧げてやる。

 

 ぐるぐると思考を繰り返し、正解が分からず苛立ちばかりが増す。だが、真実の沙汰はさておき、シーローン王国には立ち寄るべきだろう。

 シーローン王国を無視して進み、やっぱりその地で奴隷でした、死んでました。なんて結果になれば、悔やんでも悔やみきれない。

 そう、パウロは後悔したくないのだ。己の選択で間違えたのならば、まだいい。辛うじて納得は出来る。

 しかし、他者に全ての選択を委ねて間違えるのだけは、絶対に自分を許せそうになかった。

 

 なのに、こうして他者の言葉に揺らいでる己が腹立たしかった。

 

(リーリャとアイシャを救う。その後にミリスに行けばいいだろ)

 

 資金のない状態なので、穏便に奴隷から解放させることは出来ないだろう。間違いなく戦闘に陥る。

 その時、きっと少なからず捜索団の誰かが死ぬ筈だ。けれど、それでも彼らはついてきてくれるだろう。フィットア領民を救うと言う、大義名分があるのだから。

 練度に差はあれど、ここにいる者達の気持ちはひとつだ。だから、そう。上手くいく筈だ。

 パウロは己へとそう言い聞かせ、不安や心配を誤魔化していく。どのみち、賽は投げられてる。どんな状態だろうと、やるしかないのだ。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山から移動していたリベラルは、パウロの元を目指して進んで行く。フィットア領から既に彼がいないことは知っているので、紛争地帯を突っ切っている最中だった。

 パウロがどこを目指しているのかまでは不明であるものの、ある程度の見当はついていた。恐らく、ゼニスの実家であるラトレイア家から、援助を貰うためミリス大陸を目指してるのだろう、と。

 とは言え、予想通りであるとは限らない。取り合えず、捜索団を結成しているのならば、動きも目立つ筈だ。

 彼等が立ち寄った国々で残す伝言を当てに、追い掛ける。それが彼女の予定であった。

 

 もちろん、転移して先回りしてもいいのだが、それでもリベラルは紛争地帯を通って行った。誰かを連れてる訳ではないので、移動速度は格段に早い。

 彼女の実力ならばそれが容易であるし、もしかしたらパウロ達が紛争地帯へと進んでいる可能性を考慮してのことだ。すれ違いを防ぐための保険である。

 

 単にそれだけの理由であり、それ以上の意図は特になかった。

 しかし、その判断は彼女にとって、好機をもたらすこととなった。

 

 

――――

 

 

 彼と出会ったのは、偶然だった。

 

 紛争地帯を突っ切っていたリベラルが、他国の密偵と疑われ、兵士と敵対しそうになっていた時のことだ。

 

「おや、もしかしてリベラルさんですか?」

 

 兵士たちとの問答の場に現れたのは、金属の棒を持つ男だ。50歳ほどに見える初老で、この世界では珍しい黒髪であった。

 何でこの人がここにいるんだろう、と言わんばかりの表情を彼は浮かべ、頭を下げる。

 

「お久し振りですリベラルさん。私ですよ、シャンドルです」

「いや、誰ですか貴方」

 

 口ではそう言いつつ、リベラルは彼が何者なのかを把握していた。昔に見た頃よりも随分と老いていたので、気付くのに遅れてしまったのだ。

 

「何を言ってるのですか。私の顔を忘れられたのですか? 私ですよ、リベラルさん」

「知っているのかシャンドル?」

「ええ、私の知人です。密偵ではありません」

 

 ただ知人だ、というだけで容疑が晴れる訳もなかったのだが、シャンドルは兵士たちを説得する。その甲斐があったのか、やがて彼等は納得して引いていった。

 そして、残されたリベラルへと、シャンドルは笑みを浮かべながら再び頭を下げる。

 

「改めまして、お久し振りですリベラルさん」

「ええ、久し振りですねアレックス様。何十年振りかは覚えてませんけど」

 

 元七大列強第七位。

 先代『北神』アレックス・カールマン・ライバック。

 それが彼の真名であった。

 

「改名されたのですか?」

「ええ、今はシャンドル・フォン・グランドールと名乗っております。息子に北神の座を譲ったアレックスは、もういませんよ」

「なるほど。では、今後はシャンドル様とお呼びします」

 

 リベラルは初代北神である、カールマン・ライバックと戦友だった。ウルペンやペルギウスとも戦友だったのだから当然だろう。

 そんな戦友の息子である、アレックスと知人であるのも、また当然のことであった。もちろん、彼の息子のアレクサンダーとも知人だ。

 彼と最後に会ったのが何時なのかまでは覚えてないものの、久し振りと挨拶する程度には会ってなかった。

 

「紛争地帯にいる、と言うことは……傭兵でもしてるのですか?」

 

 この地にいる兵士から、ある程度の信頼を得ているようだったので、そう予想する。実際に自分も傭兵として活動したことがあるので、目的もある程度察しがつく。

 それに対し、彼は頷くことで肯定した。

 

「はい、武者修行といったところです。やはり、実戦に勝る修行はありませんね」

「ふふ、違いないです」

 

 ブエナ村に赴くまで、賊の相手をしたり、傭兵としての活動を行ったりしていたリベラルは、笑いながら同意する。

 そこまで考えた彼女は、ふと思い付く。シャンドルが傭兵であるのならば、雇うことは出来ないだろうか、と。

 元北神である彼は、将来的にも味方でいて欲しい人物だ。未来の仲間を得るという打算があったからこそ、ラプラス戦役にも参加した。

 しかし、彼が傭兵という立場であるのならば、雇い主という立場で味方に引き込める。知り合いでもあることも加味し、シンプルな関係だからこそ裏切りに遭う可能性も少ないだろう。

 

 未来への布石を考えたリベラルは、しばらく難しそうな表情で唸る。脳内でどうすべきか考え、思考が纏まると口を開いた。

 

「……シャンドル様。今の仕事が終わったら私に雇われませんか?」

「リベラルさんに、ですか?」

「そうです。力を貸してください」

 

 彼女の直球な言葉に、シャンドルは目をパチパチさせる。珍しいものを見たと言いたげな様子だ。

 が、そんなことなど気にせず、リベラルは続ける。

 

「依頼内容は……フィリップ様の護衛です」

「フィリップ? 誰かなそれは」

「フィットア領の領主の息子で、城塞都市ロアの町長です。……今となっては元、が付きますが」

 

 リベラルの言葉に、彼はなるほどと頷く。二人の関係に関しては不明なものの、先の転移事件の責任を取らされかねない立場なのはハッキリしてるだろう。

 フィリップをアスラ王国に引き渡さないようにする、と言うのが依頼なのかと顔を向ける。

 もっとも、そうであるのなら難しい依頼なのだが。国からの要請を断る、と言うのは国賊扱いされかねないものだ。アスラのような大国ならば、そういった反逆者に容赦はしないだろう。

 

「そうですね……紙とペンを貰えませんか? フィリップ様への伝言も渡したいので」

「少々お待ちを」

 

 リベラルの頼みに従い、ささっと何処かへ紙とペンを取りに行ったシャンドルは、すぐさま戻り二つを手渡す。

 受け取った彼女は、紙に伝えるべきことを書き連ねていき、やがて手紙として折り畳む。

 

「……フィリップ様をアリエル様の陣営に付かせます。グレイラットとしての立場を捨てるかは任せますが、一度表舞台から引いてもらうつもりです」

「ん? 何故それを私に?」

「フィリップ様には裏で動いてもらうからです。そして、シャンドル様にはその護衛を頼みたいのです。護衛対象が何をして、その結果どういう危険が起こりうるのか、ある程度の前情報は必要でしょう」

「なるほど、確かに」

 

 リベラルがフィリップに頼みたいこと。それは至極単純なものだ。

 正直、まともな手段で彼が立ち直ることは不可能だろう。兄のジェイムズは保身に走り、父であるサウロスを上級大臣へと売ってしまった。一応ながら、ボレアス家自体は首の皮を繋いだとも言える。

 しかし、城塞都市ロアの町長であるフィリップには、もはや立場など存在しない。あるのはボレアスという血筋の枷のみだ。

 放置していれば、むしれるだけむしりとられ、やがてゴミのように捨てられるだろう。

 だったら、そうならないように新たな立場を手にしてもらう。

 

 アリエルを王にするため、貢献し、功績を残し、再び爵位を貰う。

 これがリベラルの考えであった。

 

 とは言え、あくまでも提案だ。リベラルはアリエルを王にするつもりなので、その際に「一緒にやらないか?」と誘ってるようなもの。

 今のリベラルに出来る、唯一の罪滅しだ。転移事件に対し、ろくな対応を取らなかったフィリップへの償い。

 現状から確固たる立場を取り戻すのならば、逆転の一手とも言えるだろう。兄のジェイムズと完全に敵対することになるが。

 危険は多い。アリエルは第二王女であり、上に第一王子と第二王子の兄が二人いるのだ。それを押し退け王となる細工を頼むのだから、確実に尖兵を差し向かわされるだろう。

 

 故に、フィリップがこの提案に乗った時、彼を守る強力な護衛が必要だった。ギレーヌも護衛をしてくれるだろうが、さしもの彼女も一人では厳しい筈だ。

 だからこそ、目の前にいるシャンドルにも護衛を頼みたかった。……フィリップが提案に乗らなければ、当然ながら白紙となるが。

 

「ふむ……」

 

 思案げな表情を浮かべ、シャンドルは悩む。と言うのも、突拍子もない話だからだ。

 それとは別に、実際にその依頼を受けた際のメリットとデメリットについても考える。少なくとも、アリエルが王になれなければ、アスラ王国から一生命を狙われるだろう。

 

 しかし、リベラルがアリエルを王にする助力をするのであれば、その可能性も低くなる。シャンドルは彼女の強さを知ってるからだ。

 政治方面に対する力量までは知らないものの、こうして偶然出会った己に声を掛ける程度には、先を見据えているのだろう。目的を達成させられるだけの手があると考えるべきだ、と。

 

「まあ、他ならぬリベラルさんからの頼みです。私は別に構いませんが……」

「何か、欲しいものでも?」

「うん、こうして再会したのも何かしらの縁です。稽古でも付けて下されば構いませんよ」

 

 彼の言葉に、リベラルはポカンと呆れた表情を浮かべる。危険であるのにも関わらず、あっけらかんとした態度だからだ。

 

「つまり、報酬とは別に手合わせして欲しいと?」

「いやぁ、傭兵として活動したのはいいものの、あまり手強い方がいなかったんですよ! 北神流を教えつつ、自らを省みてばかりしてまして! しかし、リベラルさんと手合わせできるとはありがたい!」

 

 嬉しそうに語感を強める彼に、リベラルは苦笑することしか出来なかった。シャンドルがどうして北神の座を開けたのか知らないが、その言葉で大体は察せよう。

 きっと、初代北神の教えを広めるため、身軽な立場になったのだろうな、と。そのついでに、自身もまたステップアップするためか。

 

「分かりました……私自身も反省したいことがありますので、特別ですよ?」

 

 何にせよ、協力してくれるのであれば、その程度の願いは叶えよう。三日三晩と戦い続けるわけでもない。

 仕方ないなぁ、なんて態度で了承してみたが、シャンドルは気付いた様子も見せず、笑顔のまま人目のない場所へと案内し始めた。

 

 

――――

 

 

 人気のない広い場所へと辿り着いた二人は、静かに対峙する。リベラルは無手のまま立ち尽くし、シャンドルは棒を構えて彼女を見据える。

 激しい戦いにはならない。これはあくまでも稽古であり、組手だ。互いに長引かせる気もなく、すぐに終わることだろう。

 

 リベラルの何も持たないその手を、シャンドルは見つめる。彼はそれに対して不満を覚える訳もなく、普段通りの様子で口を開いた。

 

「無手と言うことは……“呪子のまま”ですか」

「まあ、治すこと自体は出来るんですけど、そうすると新たな問題点が出てしまいまして」

 

 『神子』と『呪子』。

 

 魔力の変異により、あらゆる特殊能力を持つものが、そう呼ばれている。その二つの根本は同じではあるものの、役に立つ力を持つ者を『神子』。役に立たない力を持つ者を『呪子』と呼ばれていた。

 リベラルは後者の呪子であった。それは、生まれつきそうだったのではない。後天的に呪子となったのだ。

 

 『龍神の神玉』。

 その効果を発揮した時、リベラルはヒトガミの手から逃れられる。しかし、強力な力故か、それに伴いひとつの副作用をもたらすこととなった。

 

「今の私が武器を持っても……聖級以上の動きをすれば壊れるままです」

 

 彼女の源でもある初代龍神には、神としての力を受け止められる武器があった。柄は『龍神刀』。オルステッドに受け継がれた、神の武器だ。

 魔剣と呼ばれる剣を含め、彼等が全力で武器を振るえば武器は破損する。そして、ヒトガミの力を退けるため、龍神の神玉の力を纏うリベラルもその例から溢れなかった。

 

 つまり、リベラルは――『武器を振るえない呪子』なのだ。

 

 とは言え、全力でなければ普通に振るえる。先程言ったように、聖級程度の動きが、武器の破損をさせない彼女の限界なのだ。

 リベラルが剣を振るったのも、ブエナ村に訪れる前に行った、盗賊退治が最後である。その時も僅かな闘気を纏っただけだ。

 

 魔龍王の知識を受け継いでるリベラルは、呪子としての呪いを消すことが出来る。しかし、それは龍神の神玉の力を打ち消すことになるのだ。

 それではヒトガミの能力に捉えられてしまうので、未だに呪子の呪いを打ち消すことが出来ずにいた。上手いこと良いとこだけを取る技量と知識が足りなかった。

 

「まあ……『王竜剣カジャクト』並の代物があれば、壊れることもないでしょうけど……」

「ははは、あれは倅に託しておりますよ。あの剣は強すぎるんです。だからこそ、私はこれを使ってるんですがね」

「なるほど、確かに。王竜剣で修行したところで、技量なんてろくに上がらないでしょうね」

「そうです。そうなんです。武者修行したいのに、それでは意味がないんですよ!」

 

 ははは、と陽気に笑うシャンドルに、リベラルも気を弛める。彼の明るい性格に、張り詰めていた緊張が僅かに途切れた。

 その瞬間、リベラルの額にナイフが凄まじい速度で飛来する。

 

「うひゃあっ!」 

 

 迫り来るナイフを、彼女は咄嗟に挟み込んで止めた。

 

「殺す気満々じゃないですか!」

「気を抜いてるのが悪いんですよ。それに、アッサリ止めてるので構わないでしょう?」

「ぐぬぬ……許しませんよ。全力で終わらせます」

 

 リベラルは魔眼を開き、シャンドルの流れを読み解く。オルステッドに使うことのなかった魔眼だ。

 力、魔力、重心、それらの流れを視つつ、距離を縮める。迫り来る彼女に、シャンドルは待ちの姿勢を見せた。

 剣士の勝敗とは、本来一瞬でつくものだ。そして、その刹那の間に、本人たちにしか知り得ぬ激しい攻防があった。

 

 細かいフェイントを織り交ぜ、距離を詰めていくリベラルに、シャンドルは惑わされず待ち続けた。

 棒を持つ彼の間合いは広い。リベラルが素手であることも加味すれば、一の太刀が避けられても、二の太刀は間に合うだろうと。

 それに、『流れを視る』魔眼を持つ彼女を相手にするのならば、動かないのは最善手とも言えよう。

 

「おおおお!」

 

 リベラルが間合いに入った瞬間、シャンドルは棒を振るった。それに対する彼女の反応によって、二の太刀をどうするのか一瞬で決める必要がある。

 避けるのならば、右か、左か、下か、上か、それとも退がるのか。どれにせよ、二の太刀には間に合う。

 受け止めるのならば、水神流の『(ナガレ)』か、それとも違う技か。『(ナガレ)』をされれば受け流されないように対応する必要がある。

 

 シャンドルが様々な考えを巡らせていることを、リベラルは理解していた。理解していたからこそ、彼女の取った選択はシンプルだった。

 走りながら、渾身の力を込める。そして、振るわれた棒に対し、大きく振りかぶった。

 

「むぅっ!?」

 

 ゴン、と大きな音を経て、シャンドルの棒は弾かれる。振り抜かれた拳が、打ち勝ったのであった。

 剣ならばともかく、棒では攻撃力不足だったのだ。ただそれだけのことだった。リベラルの龍族としての強靱な肉体を、突破することが出来なかった。

 

 棒が大きく弾かれ、体勢の崩れたシャンドル。立ち直るよりも早く詰め寄ったリベラルに、手刀を首元に置かれる。

 チェックメイトだ。勝敗のハッキリしたその状況に、彼はガッカリした表情で手を上げた。

 

「見事に私の思惑を読み切られましたよ……やはり、昔から変わらずお強い」

「棒じゃなくて剣だったら、こうはなりませんでしたけどね」

「それも所詮はたらればでしょう……。態々付き合って頂き、ありがとうございました。ご依頼の件、お受けいたしましょう」

 

 構えを解き、一息吐いたシャンドルは、再び笑みを浮かべて了承する。

 こうして、リベラルは北神二世であるシャンドルの協力を得ることとなった。





Q.そいえば社長に対して魔眼使ってなかったね。
A.全力を出されたら駄目なので、色々な力をセーブしてました。

Q.シャンドルさんアッサリ負けたな。
A.作中で書いた通り、長引かせる気は両者共にありませんでしたし、やはりただの棒では勝つのが厳しかったのです。

Q.シャンドルさんに会えたのは偶然?
A.偶然です。一応、誰か頼れる人がいたらいいなぁ、と思ってたりしないこともないですが、本当にいるとは一切思ってませんでした。
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