ナナホシ「何か回想でリベラルと話してたらしい」
パウロ「人神から家族の居場所を教えて貰ったから助けに行くぞ!」
シャンドル「リベラルに雇われてフィリップの護衛になったよ!」
作成率が仕事してない?いえいえ、次話(皆様にとっての次話ではなく、私がストックしてる作品の次話)なので嘘はついてないんです!
……まあ、既にストック尽き果ててますので、次からは作成率詐欺にはならないと思います。
亀更新ですが、お付き合い頂けると幸いです。
魔大陸で唯一の港町であるウェンポート。そこに、ルーデウスたちは道中でトラブルなく辿り着いていた。
ここから船に乗れば、魔大陸から離れ、ミリス大陸へと辿り着ける。過酷な地である魔大陸の外へと出れば、フィットア領までの道中の安全度は跳ね上がるだろう。
ここまでの旅路で一皮剥けたルーデウスとエリスならば、もう容易に帰れるほどだ。
しかし、リーダーとして方針を定めていたルーデウスの表情は、優れなかった。むしろ、暗い表情だ。
皆が寝静まっているであろう夜更けの中、静かに目前の問題に向き合っていた。
「緑鉱銭200枚……」
原因はここまで二人を護衛した、ルイジェルド・スペルディアである。四百年前のラプラス戦役にて、敵味方区別なく暴れまわった彼らの種族が、忌み嫌われているのが理由だ。
スペルド族は、全ての種族から畏れられ、忌諱されている。故に、船に乗るだけでも多額の金額を要請されていた。
――すまんな、俺のせいで。
顔を曇らせたルイジェルドの表情を思い出し、ルーデウスはここからどうやって渡航するのかを考える。
スペルド族である彼を、ここに残していくという選択肢はない。己とエリスを助けてくれた恩人だ。
失礼なことを思ったり、冗談で貶したりすることもあるが、ルイジェルドを裏切るようなことは絶対にするつもりはない。それほどまでに、彼から恩を受けているのだから。
しかし、ウェンポートに辿り着いてから、既に一週間ほど経過しているものの、渡航の目処が立っていない。
否、どうすべきかの方針自体は定まっている。正当な方法で金を稼ぐか、迷宮で一攫千金するか、裏業者に渡りをつけるか。元々エリスとルイジェルドには、そのように提案した。
だが、冷静に考えてみれば、選択肢なんてあってないようなものだ。正当な方法で金を稼ぐにしても、時間があまりにも掛かりすぎる。迷宮も命の危険性がある上、確実性に欠ける。
故に、裏業者の者に頼むことになるのだが……交渉に失敗したのだ。
「どうするか……」
断られた理由は、幾つかある。
単純に運び手である彼らが、何か別の準備に忙しかったからだ。つまり、今はスペルド族という爆弾を抱え込めないと言われたのである。
次に、その彼らの準備にトラブルが起きたようだ。どうやら、ミリス大陸に“はぐれ竜が出現した”とかで、何やら慌ただしくなってるらしい。
魔大陸から離れてるから関係ないだろ、と思ったものの、そもそもルーデウスは彼らが何をするつもりだったのか知らないし、詮索するつもりもなかった。
ともかく、一段落するまでは無理と言われた訳だ。
「よし……売るか」
口に出せば、アッサリと決意出来た。ルーデウスは懐に手を入れる。
そこから取り出したのは、実用するには少しばかり派手過ぎるナイフだった。5歳の誕生日に、リベラルより貰った代物。
肌身離さず持ち歩いてくれ、という言葉に従った結果、転移してからも懐に入っていた物だ。
ルーデウスにとって、これは大切な物だ。実際にこのナイフを扱った機会は少ないものの、リベラルとの思い出の代物。
だが、この町のギルドであった出来事を思い出し、僅かに顔を曇らせる。というのも、そのリベラル本人の伝言があったからに他ならない。
「…………」
まず、転移事件の詳細。これにより、ルーデウスはフィットア領で何が起きたのかを把握した。受け入れがたい話であったが、ともかく現状は理解した。
次いで、ミリス神聖国で合流出来そうなこと。何故こちらの動きが把握出来てるのか首を捻ったが、魔界大帝の力を借りたと記載されていたので納得する。ルイジェルドも納得していた。
もうひとつは、ヒトガミに関すること。驚き戸惑ったが、ヒトガミではなく私《リベラル》を信じて欲しい、と書かれていたので、一先ず再会した時に話を聞こうと考えている。
そして最後に、ルイジェルドとの会話が、頭に鮮明に残っていたのだ。
――――
時は遡り、伝言を確認した後の話だ。
「魔界大帝と会ったのか……そのリベラルとは、何者なのだ?」
当然のように書かれていたその事実に、ルイジェルドは軽く驚いたような表情を浮かべていた。
「僕に魔術や戦闘術を教えてくれた師匠です。詳しくありませんけど、ラプラス戦役とやらにも参戦していたらしいですよ?」
「ラプラス戦役に?」
「えっと……確か、銀緑と呼ばれ――」
「――銀緑だと?」
そこで、ルーデウスの言葉は途切れる。ルイジェルドが今まで見たことがないほどに、真剣な表情をしていたからだ。
「ルーデウス」
「は、はい」
口を開いた彼は、ルーデウスの肩を掴みながら逡巡した仕草を見せる。しかし、迷いを振り切るかのように大きく息を吸った。
「銀緑は信用するな」
その言葉に、ルーデウスは固まる。何を言われたのか理解出来なかったのだ。
「いや……すまん。それは言い過ぎだったな」
謝罪するルイジェルドに対し、ルーデウスは混乱する。唐突な台詞に、思考が追い付かなかったのだ。
故に、疑問をぶつける他ないだろう。己にとっては、間違いなく恩人であり、大切な人なのだから。
「それは……何故ですか?」
「……奴は、銀緑はラプラスとの最終決戦の際、その場にいた」
「……うん?」
その台詞に、ルーデウスは頭に疑問符を浮かべた。自分が聞いた話と違うからだ。
というか、その場にリベラルがいたのであれば、『魔神殺しの三英雄』ではなく、『魔神殺しの四英雄』になってるだろう。
そんな不思議そうにしてるルーデウスに、ルイジェルドは告げる。
「あの女は、決戦の場で影から高みの見物をしているだけだった。俺が乱入しようとも奴は決して動かず、見ているだけだった……」
「見ているだけ、ですか?」
「ああ。戦いが終わった後は、何もせずその場から静かに離れていった」
確かにそれは、胡散臭いだろう。この話だけを聞けば、ルイジェルドがそう告げたのも納得出来る。
現在のリベラルを知ってるルーデウスからすれば、それは信じられない話だ。
「よくリベラルさんに気付きましたね」
「俺にはコレがあるからな」
トントンと、自身の額にある宝石を叩く彼に、ルーデウスは納得する。索敵能力に関しては、スペルド族の右に出るものはいないだろう。
ウェンポートに来るまでに、散々と見せ付けられた力だ。確かにルイジェルドが間違えるとは思えない。
「ルーデウス。銀緑はお前の師だ。信用するなとは言わん」
恨んでる訳でもない。蔑んでる訳でもない。しかし、ルイジェルドとしては、どうにも信用出来ない人物だった。
リベラルにどのような意図があったとしても、その行動は彼女の憎んでいる存在と似ていたのだ。
「だが、警戒はしておけ」
ただ、胡散臭かった。
それだけだ。
――――
団体で移動しているパウロ。
単独で移動しているリベラル。
どちらが早いかなど、言うまでもないだろう。素人の多いパウロの方が遅いのは、当たり前の事実であった。ましてや、リベラルは実力者。倍以上の速度で進行している。
シャンドルと別れた彼女は、あっという間に紛争地帯を走り抜け、各国に残された捜索団の足跡を見付けていた。そこから彼らがどこを目指しているのかを把握し、特に苦難もなく追い付く。
捜索団に追い付いたリベラルは、休憩をしていたパウロの元へと歩み寄り、声を掛ける。それに対し、彼は驚いた表情を浮かべながら応対した。
「リベラル? 何でここにいるんだよ?」
「はい、報告することがありまして……アレを使い、パウロ様を追い掛けて来ました」
「あ? アレってなんだ?」
「剣の聖地からフィットア領に向かう際に使ったものです」
パウロは彼女の言うものが、転移装置を指してることに気付く。態々隠喩して言ったのも、周りの者たちに分からないように、配慮してのことだろう。
と、同時に己の失敗に気付いた。
転移装置だ。あれを使っていれば、こんなにも苦労してシーローン王国や、ミリス大陸を目指す必要などなかった。
魔大陸に向かった筈のリベラルが追い付いてきたのも、転移装置を使ったからだろう。そして、フィットア領でもう少し待っていれば、もっと安全に、そして早急に向かうことが出来ていた。
シーローン王国まで、後もう少しだ。一週間も掛からない。今更そんなものを使っても、むしろ遠回りになる可能性が高いだけだ。
「しかし、どうやら皆の不満が多かったようですね……もっと早くにフィットア領に戻れていれば良かったのですが……申し訳ございませんパウロ様……」
「……構わねえよ。そんなの今更だ」
どうしてもっと早くに来なかったのだと、喚いたところで意味などない。例え皆の不満がなかったとしても、ヒトガミの助言もあったのだ。
結局、パウロはリベラルを待たずに飛び出すことに変わりなかった。まだまだ幼いノルンを連れての旅になっていただろうし、その場合はもっと困難な道程になっていた可能性すらある。
「それで、報告ですが……ご家族の所在が判明しました」
「なんだと!?」
だが、そんな後悔もリベラルの一言で吹き飛ぶ。
「どこだ!? 頼む、教えてくれリベラル!」
「ちょ、落ち着いて下さい!」
肩を掴み、必死の形相を浮かべるパウロ。そんな彼の様子に、周りの者たちも何があったのかと集まってくる。
リベラルの報告は、喜ばしい情報である。しかし、同時に周りの平静さを失わせるものだ。魔界大帝から家族の居場所を教えてもらったと皆が知れば、他の者たちも同様に「俺も、私も教えてほしい」とパニックが引き起こるだろう。
只でさえ強行軍で押し進めているというのに、そのような事態に陥れば収拾がつかなくなる。遭難者を探す前に、こちらが遭難してしまう。
そのことに気付いたパウロは、ハッと冷静さを取り戻し、皆を散らしていった。
――――
周囲の者たちに二人きりになりたいと告げ、パウロとリベラルは離れた場所にやって来ていた。
「……それで、どこなんだ?」
ある程度考える時間があったためか、頭が冷えたのだろう。すっかり平静となったパウロに、己の得た情報を伝えていく。
魔大陸にルーデウス、ベガリット大陸の迷宮都市ラパンにゼニス、シーローン王国にリーリャとアイシャ。それぞれがどういう状況に陥ってるのかも伝えた。
ルーデウスのことを聞いた時、パウロはホッとした表情を見せる。自分の息子の優秀さを信じていたからなのだろうか。「ルディなら大丈夫だろう」という信頼が見えた。魔大陸にいたということで、今まで情報が入らなかったことにも納得した様子だ。
だが、他の三人の状況を伝えると、一転して表情を曇らせる。
「そうか……奴隷になってる、か」
それは、既にヒトガミから聞いてる情報であった。あの存在が嘘は吐いてないという証明がされたのだ。
予め聞いていたお陰だろうか。パウロは動揺することなく、その事実を受け止めることが出来た。むしろ、希望を持つことが出来るのだ。
恐らくヒトガミの言った手順で進めれば、リーリャとアイシャを助け出すことが出来るのだろうと考える。確かにヒトガミは胡散臭いが、それでも滅茶苦茶なことは未だに言ってない。
家族を助けるために告げられたこと。
それはひとつだけだ。
『奴隷市場を潰して欲しい』
ただ、それだけであった。何もおかしなところのない、神らしいお願い。それだけであるのならば、受け入れるのも当然だろう。
そもそもな話、そこにはパウロの家族だけではなく、他の者たちの家族もいるというのだ。確かに奴隷市場を破壊するのは多大な労力が必要だが、協力者も数多くいるだろう。
更に言えば、ヒトガミは潰し方も助言してくれた。ならば、出来ないことはない筈だ。
だからこそ、パウロは当然の答えを出す。
至極真っ当な考えだ。
「リベラル……頼みがある」
「何ですか?」
彼の家族で不透明な状態に陥ってるのは、ひとりだけだ。魔界大帝の力を持ってしても不明で、現在の状況がハッキリと分からないのは。
「ゼニスを、助けてくれ……頼む、お前しかいねえんだ……!!」
迷宮都市ラパンに、パウロは行ったことがない。数多の迷宮を踏破してきたSランクパーティー『黒狼の牙』ですら、挑戦したことのない未知の領域だ。
ゼニスなら……アイツならきっと切り抜けられる、という気持ちはあるが、だからと言って絶対的な信頼を抱ける訳がないだろう。それ以上に胸中を不安が締めていた。
ノルンは己の側におり、ルーデウスは自力で帰れる段階。リーリャとアイシャは今から助けに行くことが出来る。故に、遠い上に救出の困難なゼニスを助けに行って欲しいのだ。
相手がリベラルだからこそ、パウロは頼み込んでいた。実力があり、移動手段も確保しており、ゼニスとも仲が良かった。そして実際に、それを成し得るだけの実行力がある。彼女が助けてくれさえすれば、また家族が揃えるのだ。
だが、懇願するパウロに対し、リベラルは困ったような表情を浮かべる。
「ゼニス様を助けに行くのは構いませんが……シーローン王国はどうされるのですか?」
「そっちは大丈夫だ。奴隷から解放するくらいなら何とでもなる。それに、タルハンドとエリナリーゼが既に向かってんだろ?」
「まあ、そうですが……アイシャ様とリーリャ様の安全を確保してから、ベガリット大陸に向かっても遅くないのでは?」
リベラルとしては、シーローン王国に寄っておきたかったのだ。何せ、ここはある意味大きな分岐点となり得るのだから。
シーローン王国は、約80年後に魔神ラプラスが復活する地だ。ラプラスの復活地点を固定することが出来れば、ヒトガミの打倒に大きく前進出来る。
リベラルの今までの失敗を帳消しにして有り余るほどに、重要で重大なイベントだ。
とは言え、ここで絶対にシーローン王国へ行かなければならないかと言われれば、そうでもない。正直、この段階で第七王子のパックスが殺されない限り、詰みに陥ることはないだろう。
王子として落ちこぼれであるパックスは、その劣等感を刺激され、将来自殺に追い込まれるが、その大きな切っ掛けとなるロキシーはこの地を訪れていない。
ならば、ヒトガミはどのような手で、パックスを始末しようとするのかを考えるべきだ。まあ、当然そんなことは分からないが。オルステッドなら知ってるだろうが、聞けないので除外だ。
だが、誰を駒として動かそうとしているのかは、ある程度予想出来てる。
「パウロ様、もしかしてヒトガミから何か言われたりしてますか?」
「…………ああ、その通りだ」
少しの間の後、パウロは正直に答えた。
「詳細を伺っても?」
「分かったよ……」
パウロは、まだ迷ってる段階だ。リベラルは家族の居場所を見付けてくれたし、ヒトガミは家族の助け方を教えてくれた。
リベラルとヒトガミが敵対してなければ、何とも簡単な話であっただろう。だが、そんなことはなく、両者共にハッキリと敵対関係を口にしている。
明らかに、どちらかがパウロを利用しようとしていた。少なくとも、唐突に両者が手を取り合い、パウロを助けようとしている、なんて馬鹿げた思考にはならない。
ある程度の間が空いてることもあり、頭は冷静になっている。リベラルは転移事件のことを否定しなかったが、それでも
だったら、今はヒトガミではなく、ちゃんと彼女のことを見つめるべきなのだろう。どちらが正しいのか分からなくても、それだけは分かることだ。
だから、パウロは彼女の誠意に応えることにした。
ポツリポツリと口を開いた彼に、リベラルは優しい表情を浮かべて頷く。
「……なるなど。奴隷市場を潰して欲しい、ですか」
「俺が頼まれたのはそれだけだ。それ以上は言われてねえ……」
「いえ、十分です。答えて下さりありがとうございますパウロ様」
これにより、リベラルはヒトガミの狙いを正確に理解することとなった。そう難しいことでもない。未来の知識を持つ彼女は、ヒトガミの狙いに簡単に気付く。
今までに纏めた知識を思い出しつつ、彼女は結論を出した。
まあ、単純な話である。
シーローン王国で出来損ないと称されるパックスは、奴隷市場とのツテを作ることによって、将来大きな力を得ていく。だから、その前に奴隷市場を潰して欲しい。そんなところだろう。
とても分かりやすい狙いだ。未来の知識がなければ分からなかっただろうが、そんなことを知らないヒトガミからすれば、どうしようもない話である。
そして、実際にヒトガミはそのつもりだった。
呆気なく見破られたものの、ヒトガミとしても出来たらいいな、程度のものだった。猜疑心を持ってるパウロを使徒にしてる時点で、ヒトガミの余裕の無さも窺えるだろう。
行動の見えないリベラルによって、既にルーデウスとも間接的に接触されている。故に、ルーデウスを都合の良いように操ることも難しくなった。
そう、ヒトガミは現状打つ手がほとんどなかったのである。
「……奴の言うことを聞かず、家族を解放出来るのか……?」
場の状況を理解したリベラルとは対照的に、パウロは不安げに疑問を漏らす。ヒトガミの正確な力は知らずとも、強大な存在であることは理解しているのだ。
リベラル側に付くということは、ヒトガミと敵対するということ。手の届かぬ場所から一方的に悪意を振り撒かれる可能性を考えれば、パウロの不安も当然だろう。
もしかしたら、俺は間違えた判断をしたのかも知れない。もしかしたら、これが原因で家族が害されるかも知れない。もしかしたら……そんな不安が胸中を渦巻き、段々と最悪の光景が脳裏を走り出す。
だが、そんな気持ちを振り払うかのように、リベラルは笑顔を浮かべてパウロの手を取った。
「私もシーローンへ向かいますよ。早く皆様を奴隷から解放しましょう。なぁに、荒事になれば私にお任せ下さい! 誰が相手でも一捻りしてやりますよ!」
「……それはともかく、皆を解放するための具体的な方法はあるのか?」
そう、それがパウロの不安点でもあった。ヒトガミは奴隷から解放するための方法を、市場を潰すための方法を教えてくれた。
というか、奴隷市場の幹部連中や、弱味や急所をヒトガミは教えたのである。徹底的に潰すのであれば非常に使える情報だが、中途半端には使えない情報だ。
確かにこれらを駆使すれば、皆の解放は容易だろう。だが、弱点を付く戦略は、それ以上に相手を“やる気”にさせてしまうのだ。
パウロは生き延びられる自信があっても、他の者たちはそうでもない。一方的な虐殺が、繰り広げられてしまうだろう。
しかし、そんなパウロの言葉に対し、リベラルはコテンと首を傾げる。
「何を言ってるんですかパウロ様……奴隷なら買えばいいだけじゃないですか」
余りにも当たり前な解答。パウロとて、穏便に済ませられるのならそうする。
だが、根本的な問題として『フィットア領捜索団』には資金がないのだ。
「……金はどうするつもりなんだ?」
「そんなの私が出しますよ」
「は?」
あっけらかんと言い放たれた言葉。それに対し、パウロは唖然とした表情を見せる。
「え、リベラルお前……金あるのか?」
「ありますけど」
「ブエナ村にいた頃に、金欠って言ってなかったか?」
「当時は手持ちがなかっただけで、自宅に帰ればありましたけど」
「いや、だが……俺の家族だけとなると、捜索団の奴らは納得しねぇぞ?」
「ふぅ……私を誰だと思ってるのですか? 私は銀緑ですよ? 金なんて幾らでも用意出来ますよ」
かつて、彼女はルーデウスの五歳の誕生日に、派手な装飾のナイフをプレゼントした。そして、誰も気付かなかったが、それは世界的に有名な鍛冶士の作り上げた名品。
魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ、『
そんな大層な物を、ポンとプレゼントしていたのである。売却すれば、アスラ金貨1万枚相当。約十億円である。
幼い頃から龍鳴山で過ごし、その遺産を引き継いだリベラルは、自宅に帰れば高値で売れるものを大量に所持している。むろん、ある程度の資金も必要になる可能性を考慮し、今回は売っても問題ないものを幾つか持ってきている。
流石に知名度がないので、ユリアンの作品ほど高値では売れないが、それでもそれなりの金貨は手に入る。
「…………そうか」
もちろん、市場の金相場が崩れない程度に加減をする必要があるので、リベラルだけで捜索団のバックアップは出来ない。しかし、今回の奴隷解放には十分過ぎる金を用意出来る。
もしも既に二人が売り払われていたら、なんて問題点もある。しかし、先に向かってるタルハンドとエリナリーゼがいる以上、それもないだろう。
シーローン王国で情報収集をし、状況の把握をしてる筈だ。仮に、二人が到着する前にリーリャとアイシャが売り払われていたとしても、足取りを掴むことは出来てるだろう。
即ち、問題解決である。
「しかし、いいのか? こんなこと言うのも何だが……俺はその金に見合ったものを返せねえぞ?」
「構いませんよ。私は別に金が無くても生きていけますし、そもそも渡すのも微々たるものですし」
「…………そうかよ」
これ以上の詮索は止めようと、口を閉じる。この話題を続けてしまい、「じゃあ借金ってことで、貸したお金はいずれ全部返して下さいね」なんてことを言われれば、堪ったものではないだろう。
どれほどの金額になるかは不明だが、パウロ一人で返せる額でないことは確かだ。捜索団員たちも、現在は無一文である。皆で協力しても、返済に長い時間が掛かることは明白であった。
「では、気を取り直しまして……シーローン王国へと向かいましょうか」
「リベラル、そのことなんだが……アイシャとリーリャは俺に任せてくれねえか?」
だが、リベラルの提案をパウロは断る。その事実に、彼女は首を傾げた。
「何故ですか?」
「……俺がとんでもなく最低なことは自覚してる。けどよ、リベラルにはゼニスを助けに行って欲しいんだ……」
「シーローンでの金はどうするつもりですか?」
「……貸してくれ」
それは言葉通り、とんでもなく滅茶苦茶なことだった。
つまり、パウロは金だけを置いて、ベガリット大陸へと向かってくれと言ってるのだ。それも、対価なく無償で。
「ふむ……自分が何を言ってるのか理解されてますか?」
「ああ……」
「では、その上で今の台詞を述べたのですか」
「ああ……」
パウロの言葉に、リベラルは溜め息を吐く。
「……正直、私はゼニス様を助けにベガリット大陸に向かうことも、パウロ様にお金を差し上げることも構いません」
リベラルからすれば、それはどのみちすることである。だから、構わないと思ってるのは確かだ。
問題は、その理由だ。どういった意図があって、そう提案しているのか。パウロがどうしてそんなことを言い出したのか、彼女には一切分からなかった。
それに、シーローン王国にも寄りたいと思ってるのだ。ヒトガミへの対応策は出来たので、絶対に寄らなければならない訳ではない。だが、自分の手で不安を取り除きたいと思うのは当たり前だろう。
「ですが、どのみちゼニス様を救出するのに時間が掛かることは確かです。ならば、ここでアイシャ様とリーリャ様を助け、万全を期してから向かってもいいと思うのですが」
「俺は……一秒でも早く、家族と会いてえんだよ……」
ポツリと呟かれた言葉に、リベラルは沈黙した。
「なぁ、リベラル。ゼニスは……絶対に無事だという保証はあるのか? ゼニスだけは、詳しい状況が分からなかったんだろ?」
「…………」
「この非常事態に自ら迷宮に入る理由なんてねえ。なら、ゼニスは迷宮の中に転移しちまったんだろ?」
普段からは考えられぬ程、冷静な考察を述べるパウロに、リベラルは小さく頷く。
「……そうなりますね」
「既に一年以上経ってる。分かるか? ゼニスは、一年以上も迷宮の中に一人でいるんだぞ? 魔眼に映ったからには、生きてるんだろ!?」
己がどれほど支離滅裂な頼みをしているのか、パウロはしっかりと理解している。けれど、それでも言うしかなかった。
転移事件が起きてから、もう一年以上経ってる。捜索団は結成されてるが、資金的な問題もあり、未だにろくな活動が出来ていない。
家族の居場所を知ることが出来たのは、何の関わりもない魔界大帝やヒトガミの能力によるもの。ノルンを保護してくれたのも、リベラルのお陰。
――パウロは一年以上も経って尚、家族のために動けていなかったのだ。
「俺は、ゼニスに、リーリャに、アイシャに、ルディに、早く会いてえんだよ……」
気が狂いそうだった。家族を捜すこともせず、無為に時間を浪費してしまって。
グダグダと長ったらしく『フィットア領捜索団』に縛り付けられてしまい、ろくな活動も出来ず。何度投げ出してやろうかと思ったものだ。
王都からの復興資金も、捜索団にまであまり回らず、それこそ自力で帰ってこれるような場所にしか行けなかった。
動き出すのが遅すぎた。
誰もが焦燥していた。
心が、壊れてしまいそうだった。
「リベラルには、大切な人はいねえのか? 絶対に、何が何でも守りたいような、そんな人が」
「…………まあ、いない訳ではないですけど」
「なら、俺の気持ちを分かってくれるだろ!? 不安なんだよ! 情けなく泣き出しちまいそうになっちまうほど、怖いんだよ……!」
もしも、リーリャが、アイシャが、ゼニスが、ルディが死んでたら。そんな想像が脳裏を過り、パウロの瞳から本当に涙が零れ落ちる。
確かに今は生きてるかも知れない。けれど、誰もがいつ死んでもおかしくない状況下にいるのだ。
安心出来るわけがない。分かったからこそ、より必死になるのだ。手の届きそうな場所にあるからこそ、手を伸ばしてしまう。
未来の知識を持つリベラルと違い、パウロには安心出来る要素がひとつもなかった。リベラルのように落ち着ける訳がなかった。
「だからよ、頼むよ。ゼニスを、助けてくれよぉ……!!」
大の大人が嗚咽混じりに懇願し、すがりつく。あまりにも惨めで、情けない姿だった。
だからこそ、パウロがどれほど家族のことを大切に想っているのか理解出来る。元より、そのためならば神だろうが悪魔だろうが、魂を売り払ってもいいと思っていたほどだ。
ヒトガミにも、その気持ちを散々利用されている。
「…………」
パウロのその姿に、リベラルはかつての光景を思い返していた。
五千年前、そして、地球からこの世界にやって来る前。もし、あの頃からやり直すことが出来るのであれば、目の前の
例えば、エリナリーゼが窮地に陥れば。ナナホシが危機に晒されれば。
ああ、きっと、助けるために必死になるだろう。大切に想っているのだから、当然だ。
そのために、私はここまでやってきたのだ。
誓いを、約束を果たすために、道なき道を歩んできた。
だからこそ、パウロの気持ちが痛いほどに分かった。
「…………ハァ、分かりました」
長い沈黙の後、彼女はポツリとそう呟いた。
確かにシーローン王国に行きたいが、リベラルにはまだ余裕があるのだ。甘い選択と認識しつつも、己には次のチャンスがあることも認識している。それ故の甘さなのかも知れないが、少なくともパウロの我儘を聞くことは出来ると判断したのだ。
仮に、次の機会を不意にしてしまったとしても、オルステッドの代わりに責任を持って『五龍将の秘宝』を回収する。その為にも力を蓄え続け、更にはラプラス戦役に参戦したのだから。
もうひとつの保険として、自身に宿る『龍神の神玉』を渡すと言うのもある。そうすれば、ペルギウス……甲龍王の秘宝を回収して無の世界に辿り着くことが出来るだろう。
その場合は、リベラルが約束を果たした後の最終手段となるが。
「その代わり、私の頼みを聞いて下さいね?」
「あ、ああ! 分かった! 何でもやってやる!」
「大したことではありません。シーローン王国に着いたらすぐに、此方の人形を第三王子ザノバ・シーローンに渡して下さい」
勢いよく頷く彼に対し、リベラルが懐から取り出すは、ロキシーを模したフィギア。
昔、ブエナ村でルーデウスから教わって作り上げたものだ。
リベラルはボレアス家でのような失敗をするつもりはない。ルーデウスから予め教わった技術を元に、丁寧に作り上げた逸品である。
彼の拘り抜いた細部の芸術性を理解することは出来なかったものの、それに近しい代物を作り上げた自負はある。少なくとも、そこらに売っている人形よりも、遥かに出来がいいことは確かだ。
「これをか? と言うか、ロキシーかこれ?」
「はい、彼女を模して作りましたので」
「……相手は王子なんだろ? どうやって渡せばいい?」
問題はそこだろう。気軽にその国の王子と出会える訳がない。
リベラルは「ふむ」と頷き、その場で人形を幾つか作り上げる。グレイラット家全員分の人形だ。その他に、魔物やらを模した物を作った。
最後に、自分を模した人形を作り上げる。
「市場に何個もこれらを流して下さい。そうすれば、向こうから接触してくる筈です」
「来なければ?」
「取り合えず、私とルディ様が作ったと言い触らして下さい。どんな人物かも人形のお陰で分かるでしょう」
ここまですれば、ザノバの元に人形が行き着く。流石に一個くらいは手にするだろう。人形狂いで有名な人物なのだから。
一先ず、これで彼との繋がりが出来る。ルーデウスがシーローンで騒動を起こさなければ、ザノバがラノア魔法大学に留学しないかも知れない。
布石としては不十分かも知れないが、やるだけやっておいた方がいいだろう。上手く行けば、これでザノバはラノアに留学することになる。
「人形を対価にすれば、きっと快く手伝ってくれますよ」
国に有益な神子であろうと、抑えられる問題にも限度はある。
これまで何度も問題を起こしているので、次の失態があればザノバは国外追放という形になるだろう。
「その上で、ラノア魔法大学に数年後に向かうことを伝えれば大丈夫です」
人形に対して異常な執着を持つザノバならば、必ず何かしらの行動を起こす。人形の為に、配下の近衛兵を売り飛ばす程だ。
ラノア魔法大学へ強い関心を持つと共に、ルーデウスとリベラルに何としてでも会おうと考えるだろう。
「では、お願いしますパウロ様」
「ああ、そっちもゼニスを頼む」
「任せて下さい。必ず連れ帰りますよ」
こうして、話は纏まった。
――――
パウロと別れた後、リベラルは何をするでもなく、その場で立ち尽くしていた。
(家族……大切な人、か……)
かつての失敗を思い出し、リベラルは自分の世界に没入する。そもそもな話、ヒトガミを打倒するだけであれば、不可能ではなかったのだ。
そう、400年前のラプラス戦役。彼女はそこで『五龍将の秘宝』を全て回収することが可能だった。聖龍帝シラード、甲龍王ドーラ、冥龍王マクスウェル、狂龍王カオス……そして、魔龍王ラプラス。
全ての五龍将がいた時代。ヒトガミに辿り着く鍵を揃えられた時代だ。けれど、リベラルは己の我儘のために、それらを放棄してしまった。
オルステッドに殺されても文句の言えない失態だろう。
(あぁ、中途半端です。二兎追うものは一兎をも得ず……私はどちらか片方だけを取るべきだったのでしょうか……? 今回の判断も、間違えてるかも知れません)
今は考えるべきことではない。しかし、それでも思うのだ。私は中途半端な気持ちを引き摺ってるがために、失敗しているのではないか、と。
先程のパウロとの会話もそうだ。ザノバは将来的に見れば、必要な存在ではないとオルステッドは言っていた。
(5000年も前の約束です……私は煩わしいと思ってるのでしょうか?)
パウロ同様に、彼女の行動も支離滅裂となっていた。
ザノバがいなくても、人神打倒と言う誓いは果たせる。しかし、リベラルが約束を果たすには、ザノバの存在は必要不可欠となるのだ。なのに、確実性のない行動をしてしまった。
(ですが、果たせなければ私の前世での生涯も、そして今生でやって来た事が全て無に帰します……だから、やらなければならないのです)
内心で深い溜め息を吐き、リベラルは気持ちを切り換えた。
Q.ラプラス戦役の最終決戦で何やってんだリベラル……。
A.ラプラスの復活位置の固定が出来なかった場合の保険です。歴史に大幅な齟齬を起こさない為に参戦出来なかったので、せめて魔神の戦いを観察して復活時に備えようとしてました。
尚、リベラルは隠密に自信があったようで、誰にも気付かれてないと勘違いしてる模様。
Q.指切……値段ヤベェ……。
A尚、.ルーデウス、エリス、ルイジェルドの三名はは指切であることを知らない為、クッソ安い値段で買い取られる模様。
Q.パウロの言動。
A.パウロは現在精神的に不安定になってます。家族が危機的状況下であることを人神に煽られ、情緒不安定なのです。
Q.リベラルの言動。
A.前世からずっとナナホシとの約束を果たそうとしてるクレイジーサイコレズ。5000年以上もその為に生きてきて、「私は何でこんな苦労して、人生を捧げてまで約束を果たそうとしてるんだ」とならない人はいないんじゃないですかね。
つまり、リベラルも情緒不安定なのです。