無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

リベラル「全部予定通りです。これまでの行動は全て静香を帰還させるための行動でした」
ナナホシ「どうしてそこまで私のために…」
リベラル「それが貴方と交わした約束ですから」

今回は文字数多め。
1万2千文字くらいです。
分けようかと思いましたが分けれる区切りがつけれませんでした。
結局過去のお話をちょっと行います。


六章 結ばれし友人に祝言を
1話 『リベラルとナナホシ』


 

 

 

 それは、遠い昔のことだ。

 まだこの世界に来る前のお話。

 参考資料などが片付けられておらず、あまり綺麗とは言えない部屋にふたりの人物がいた。

 

 ペラペラと、紙をめくる音が響く。

 やがて、全てを読み終えた白髪の少女は静かに目を瞑る。

 どれもこれも信じられない話であり、頭の中を整理する時間が欲しかったのだ。

 

『どうです? 何か思い出しましたか?』

『いいえ、何も思い出せないわ……』

『そうですか。それじゃ仕方ありませんね』

 

 どことなく悲しそうな表情を見せるナナホシへと、私は淡々とした様子で答える。

 彼女の記憶を取り戻すことが出来れば話は早かったのだが、思い出せない以上仕方ないだろう。

 内心で溜め息を吐きながら、私はナナホシへと別の本を見せた。

 

『ですが、この文字は読めるんですよね?』

『……読めるわね』

『知識だけでも残っていたのは幸いです』

 

 そのことに私はホッとした様子を見せる。

 こんなファンタジーな存在が目の前に現れたというのに、何の成果も得られなければ悲しいだろう。

 そんなあからさまな態度に、彼女は眉をひそめていた。

 

『取り引きしましょう』

『取り引き?』

『ええ、貴方はこの世界で戸籍すらない天涯孤独の身。更には記憶もないのです。まともに生活するのは困難でしょう』

 

 国から何かしらの保護を受けられればいいだろうが、それだけでは彼女が生きていくには足りないのだ。

 自分の知らぬ世界で、誰も自分のことを知らない。

 自分の知っていることもどこかズレているし、会いたい人物もこの世界に存在しない。

 ナナホシは孤独なのだ。

 そしてその孤独を、誰からも理解されないだろう。

 

『私が貴方の身元保証人になります。そして元の世界に帰るための手助けをしますよ』

『!!』

『その代わり、貴方は私に知識を提供してください』

 

 ナナホシが持ってきた本は日本語の物もあるが、どこの国のものでもない言語のものがある。

 彼女本人やその本にある技術をもしも使えるのであれば、それこそ世紀の大発見となるだろう。

 

『……分かったわ』

『取り引き、成立ですね』

 

 静香との最初の出会いは、そんな打算まみれなものだった。

 

 

――――

 

 

 リベラルから過去話を聞きながら、ナナホシは彼女の隣を歩いていく。

 今は気分転換に散歩をしながら、リベラルの前世での話を聞いていた。

 

「まあ、ビジネスパートナーとして最初は静香と関係を結んでいたんですよ」

「…………」

「と言っても、長いこと一緒にいたので互いに遠慮のない関係に変化していったんですけどね」

 

 当時のナナホシからすれば、リベラルの存在はまさに救いの手だったのだ。

 誰も頼れる人がいない中、目的を果たすための道筋を作ってくれた恩人である。

 今のナナホシで言えば、オルステッドのような存在だったのだろう。

 取り引きなどと言っていたが、頼れるのは彼女 しかいなかったのだから。

 打ち解けていくのも当然の話だった。

 

「まあ、最初の頃の静香はニートとして暮らし、それを私が養うような形でしたよ」

「言い方に悪意を感じるんだけど」

「自宅警備員として過ごしていましたが、私はそれを許しませんでした。働かざる者食うべからずです」

 

 何の戸籍もなかったナナホシは危なそうな仕事でもしない限り働けなかっただろう。

 流石にそんな場所にほっぽり出すほど当時のリベラルは鬼でもなかった。

 

「なのでコスプレ猫耳メイド服をプレゼントし、家事をしてもらうことで住み込んでもらいました」

「…………」

「ご主人様と呼ばせた時の表情は、それはもう屈辱的で楽しかったです」

「うわ、きも……」

 

 小さな声で呟いた声はリベラルの耳に届いていたものの、それを気にした様子も見せずあくどい笑みを見せる。

 

「そうして静香は私に仕えるメイドとして人生を過ごしたのです」

「…………」

「まあ、嘘ですけど」

 

 ナナホシに無言で腕をつねられ、リベラルは「痛い痛い」ともがきつつ謝罪をする。

 現在はまだ関係性を構築出来てないのに、可愛い反撃をしてきた彼女は優しいと言うべきか。

 リベラルは笑いながらも「猫耳メイドコスさせたのは事実ですけどね」と油に火を注ぎ出す。

 

 ナナホシはドン引きした表情を浮かべ、あからさまに距離を取った。

 

「あーごめんなさいごめんなさい! つい出来心だったんですー! だから離れないで下さい!」

「嫌よ。近付かないで」

 

 歩みを止めればナナホシも止まり、進めば同じ歩幅だけ彼女も進む。

 試しに近寄ってみたのだが、同じ距離だけ離れられてしまう。

 

「くっ……仕方ないですね。蕎麦を作ってあげますからこっち来てくださいよ」

「……蕎麦? 作れるの?」

「もちろんです。私は大抵の和食を作ることが出来ますから」

 

 材料から集める必要があるものの、食事は大体のものをリベラルは作ることが出来る。

 ルーデウスたちにも振る舞ったように、胃袋から掴めば人間という生き物は離れられなくなるのだ。

 クククッ、と言い出しそうな顔を見せてるリベラルに対し、ナナホシはジト目で見ながらも小さく溜め息を吐いた。

 

「仕方ないわね」

「ふふふ、静香は食い意地を張ってることを私は知ってますからね」

「…………」

「いい子ですね……さっ、おいで」

「……やっぱり遠慮するわ」

「そんなぁ」

 

 何だかんだやり取りをしつつも、ナナホシは結局リベラルの家でご飯を食べることになった。

 

 

――――

 

 

 あの日、猫耳メイドの格好をした白髪の少女は、不機嫌そうな表情で出された食事を見ていた。

 それはもう、羞恥心を通り越して怒りが勝っていることは明らかだった。

 

『……何でこんな格好させるのよ』

『私の趣味です』

『悪趣味ね』

『いいじゃないですか、普通に生きてたらこんな経験出来ないんですから。それに貴方のお手伝いするんですから、ちょっとくらいわがまま言わせて下さいよ』

『だから着てあげたじゃない』

『写真撮ってもいいですか?』

『無理』

 

 そんな馬鹿みたいなやり取りを私たちはしていたが、気を取り直して食事に手をつけ始める。

 今日の献立はカレーである。

 前回もカレーだった気がするが、きっと気のせいだろう。

 

『またカレー? 今日で3日目じゃないのこれ』

『そりゃもうたっぷり作りましたからね。おかわりはありますよ。だから、いっぱい食べて大きくなるのよ』

『誰の真似よ』

 

 一人暮らしなのである程度の料理は出来るものの、私のご飯は基本的にレトルトか半額になった惣菜ものが多い。

 後は、今食べてるカレーや鍋といった作り置きが出来るものだ。

 お金がないから、という理由もあるのだが、一番はやはり面倒くさいからだろう。

 ご飯を食べる時間よりも、作る時間の方が長いのは嫌だった。

 

『ご飯のレパートリー増やしてみたらどうなの?』

『えー……めんどいです』

『飽きないの? 同じものばっかだし』

『まぁ飽きますね。誰ですかこんなにカレーを大量に作ったのは』

『いや、貴方でしょ』

 

 味は悪くないのだが、流石に3日目ともなれば美味さは感じられなくなる。

 ナナホシも同じ気持ちだったのだろう。

 スプーンの進みが明らかに遅かった。

 もちろん、私も遅くなっている。

 

『分かったわよ。私もご飯一緒に作るわ』

『ええ!? ご飯作れたんですか!?』

『作れるわよ! ……多分』

『多分? 多分ってなんすか? 嘘は良くないっすよ?』

『うるさいわね。なんでそんな口調で言うのよ』

 

 そんなこんなで、私はナナホシに夕食を準備してもらうことになった。

 車に乗って買い物へと一緒に行き、彼女が何を作ろうとするのかを隣で見極める。

 

『……まさか、肉じゃが?』

『なによ』

『いえ、肉じゃがって結構難しい料理だった気がするんですけど大丈夫ですか?』

『大丈夫よ』

『ならいいんですけど……』

 

 先程まで自信なさげだった筈なのに、何故今はここまで自信があるのだろうか。

 不思議に思いつつも、私は会計を済ませて食材を車に詰め込む。

 自宅へとともに帰ったナナホシは、意気揚々とご飯を作るための準備をしつつ、レシピ本を取り出した。

 そして私はそれを取り上げる。

 

『いやいや、レシピ見ながら作るのは料理が出来るとは言いませんけど?』

『何言ってるのよ。レシピ見ながらの方がちゃんと作れるでしょ』

『ダーメーでーす! 料理出来るとは言えないので認めません!』

 

 言い争いをしながら、私はレシピ本が取られることを阻止する。

 レシピを見ながらだったら、子どもでもご飯を作れるだろう。

 料理が出来ると言うのであれば、頭の中にレシピを叩き込んでから言うものだ。

 

『くっ……どうなっても知らないわよ』

『だったら料理出来ないと認めることですね』

 

 ぶつくさ文句を言いつつ、ナナホシは料理を作り始めた。

 私はそれを後ろから見守っていたのだが、途中からおかしいことに気付く。

 肉じゃがを作ろうとしていた筈なのに、どう見てもレシピの肉じゃがとは違う作り方をしてるのだ。

 

『出来たわよ』

『…………』

『…………』

 

 出来上がったのは、じゃがバターとサラダと焼いただけのお肉だった。

 肉じゃがはどこに消えたのだろうか。

 ニヤニヤしながらナナホシの顔を見れば、悔しそうな表情を見せていた。

 

『料理を語るには10年早かったようですね』

『…………』

『痛っ! いたたた!』

 

 無言で腕をつねられ、私は悲鳴をあげてしまう。

 

『分かったわよ。認めるわ。私は料理が出来ないのよ!』

『それはいいですから離してください!』

 

 ようやく離してくれた腕を見れば、皮膚が赤くなってしまっている。

 よほど悔しかったのだろう。

 いつもはブスッとした表情を浮かべていたナナホシであったが、ここまで感情を見せるのは初めてだった。

 

 取り引きから始めた関係性だが、ずっと固いままだと疲れてしまうのだ。

 自分から始めた関係だったが、ようやく彼女が別の面を見せてくれたことに安心する。

 

『ご飯だけど、私も一緒に作るわ』

『ハハハ、残念ながら私も料理が出来ると言えるレベルじゃないですよ』

『胸を張って言うセリフじゃないわよ』

 

 この頃からだろうか。

 ご飯を面倒くさがらずに作るようになったのは。

 ナナホシと一緒に色んなレシピを作ったりした。

 もちろん、レシピを覚えてないものもたくさんあるが、お陰様で食事のレパートリーは多く増えた。

 私一人の時は手軽に済ませていたが、これからは料理に掛ける時間も増えていくだろう。

 

 

――――

 

 

 ズルズルと、冷えた蕎麦をナナホシはすすっていく。

 麺つゆは日本のものとは違うが、それでも日本のものに近付けたのだ。

 蕎麦を食べてるナナホシは、とても満足そうな表情を浮かべていた。

 リベラルも蕎麦を口へと運び、自分の料理の腕前を自画自賛する。

 

「貴方って思ってたよりもお茶目な性格だったのね」

 

 過去の話を続けていたリベラルに対し、蕎麦を食べてひと息ついたナナホシは、呆れた口調でそう告げた。

 随分と長生きしているのでもっと頭の固い性格だったのかと思えば、案外そうでもなかったのだ。

 今までの関わりと過去の話から、思ってた以上に軽い性格であることがうかがえた。

 

「そうでもないですよ。静香の前だからこそ気を抜いてるだけです」

「ふーん、それなら実際はどうなの?」

「それはもうペルギウス様のように尊大な口調で頭が高いぞ、跪け! ってみんなに言いまくるくらい高貴な中身なんですから」

「そういうところが軽く感じるのよ」

 

 最近は真面目な場面が多かったためふざけることは少なかったが、本来のリベラルは結構子どもっぽい部分が多い。

 ブエナ村で過ごしていた頃はそれが顕著だっただろう。

 猫耳メイドの真似事をしたり、幼いノルンにおっぱいをあげようとしたり。

 思い返せばアホなことを結構している。

 

 それに、その性格は前世にも見られていた。

 何せ、ナナホシを拾った理由が“非日常的だったから”である。

 良く言えば、子ども心を忘れずに過ごしている、とでも言うべきか。

 面倒さから逃げず、自らイベントを引き起こすだけの行動力はあったのだ。

 

「まあ、静香とはそんな感じで打ち解けていきましたよ」

「そう……」

「静香が寂しくないよう、今回も同じように接していきますから安心してくださいね」

「え? いや、いいわよ別に」

「ふふふ、結構寂しがり屋だってことは知ってるんですよ」

 

 蕎麦を食べ終え、立ち上がったリベラルはナナホシへと近付いていく。

 そして、手を伸ばす仕草を見せた。

 それには当然ながら彼女も警戒心を示し、反射的に身構えてしまう。

 

「はい、食器洗いますよ」

 

 リベラルは何もせず、空になったお椀を手に取り洗い場へと向かって行った。

 ナナホシは反射的に庇うような動きをしていたため、間抜けな格好をしているだけになってしまった。

 

「警戒心の強い猫みたいで可愛いですね」

「…………」

「ほーら、怖くないですよ。こっちに来て一緒に洗いましょうか」

「チッ」

 

 おちょくられただけだと気付いたナナホシは、リベラルの声を無視して立ち上がりそのまま出口へと向かおうとする。

 しかし、それをリベラルは呼び止めた。

 

「ご飯食べたんですから一言くらい言って欲しいですね」

「…………」

「私は貴方をそんな無礼な子に育てた覚えはありません」

「……美味しかったわ。ごちそうさま」

「ふふ、お粗末さまです。ほら、デザートもありますから席に戻って下さいよ」

「…………」

 

 ナナホシは無言でテーブルへと戻った。

 決して食べ物に釣られたのではない。

 食事を作ってもらってそのまま帰るのは失礼だと思ったから、大人しく座ったのだと自分に言い聞かせる。

 リベラルはその様子をニヤニヤしながら眺め、自作のアイスを彼女に差し出した。

 

「はい、お手製りんごシャーベットです」

「……美味しそうね」

「遠慮なく食べてくださいね」

 

 シャーベットを口へと運ぶナナホシを、彼女は両手で頬杖をついて見つめる。

 そこまでジッと見つめられると気恥ずかしくなってきたのだろう。

 視線が合ったナナホシは、目を逸らしながら食べ続けた。

 

「ところで、未来の私は結局どうなったの?」

 

 話題を変えるためだったのだろう。

 何気なく尋ねたナナホシだったが、その質問にリベラルの雰囲気が変わる。

 先程までのふざけたような雰囲気は霧散し、真面目な表情となっていた。

 

「…………」

「えっ、聞くの不味かった……?」

「……いえ、静香にとってはあまり良い話ではありませんから。まあ、これでなんとなく察したとは思うんですけどね」

「そう、ね……確かに察したわ」

 

 こうも雰囲気が変われば何が起きたのかは分かるだろう。

 具体的には分からないが、暗くなるような出来事があったのは想像に難くない。

 

 正直、ナナホシはリベラルに対してどのような感情で接すればいいのか迷っていた。

 元々は一方的な知り合いであり、彼女はリベラルのことをほとんど知らないのだ。

 リベラルの前世で関わりがあったと言われても、今のナナホシはその時の記憶を保持してる訳でもない。

 しかし、目の前にいる女性はナナホシとの約束を果たすためだけに己の人生を捧げた。

 更には転生してから約5千年も時間を掛けて、目の前までやって来たのだ。

 嬉しいという感情よりも先に、重すぎるという感想が出て来てしまったのも仕方ないだろう。

 それほどまでの長時間、約束も忘れずに果たそうとするなんて狂気と言う他ない。

 

「……ねぇ」

 

 だが、それはナナホシが原因だったのだろう。

 リベラルは確かに言ったのだ。

 ここにいるのは“それが貴方と交わした約束”だからだと言った。

 

「今の話、聞かせて頂戴」

「……いいのですか? 楽しい話ではありませんよ?」

「構わないわ」

 

 リベラルがここにいるのは、言ってしまえばナナホシが理由なのだ。

 今の自分とは何も関係ないことは分かっている。

 その選択をしたのは彼女だが、その選択を与えてしまったのは自分なのだ。

 本来であれば、これほどまでに長い時間拘束することはなかった筈だった。

 そんなリベラルに対し、蔑ろにした態度で接するのも良くないだろう。

 

 あまり知りたくないというのは確かなのだが、それでも知っておかねばならないと感じたのである。

 きっと彼女の知るナナホシが、今のリベラルを形作っているのだと思った。

 それが、約束のためにここまで歩んできたリベラルに対する礼儀だった。

 

「いいでしょう。包み隠さず全部お話しますよ」

 

 

――――

 

 

 ナナホシの持ち込んだ書物や文献は、現代では考えられぬほどに高等技術であった。

 見知らぬ言語で書かれたそれは、私ひとりではきっと解読出来なかっただろう。

 けれど、思い出をなくしたナナホシは知識をその身に残していた。

 私は彼女と協力し、持ち込まれた技術の再現に努めた。

 

 結果、成功する。

 

 保険だったのだろうか。

 こちらの世界でも似たような理論もあれば、全く知らない理論もあった。

 しかしそれらには全て解説がつけられており、理解するのに難しくはなかった。

 もしもナナホシの転移が失敗した時のために、誰かと協力して再び作れるようにしていたのだろう。

 

 私はその理論を用いて、転移装置の開発に成功する。

 異世界人である彼女が表舞台に出るのは避け、私の成果として発表することになった。

 態々世間にその成果を発表したのは、支援金を貰うためであった。

 研究を続けるには資金が圧倒的に足りなかったのだ。

 ナナホシも面倒事に巻き込まれることを危惧したものの、お金が足りないことは分かっていたため了承した。

 

『うーん……魔力の代用として電力を利用してますが、魔力ほどのエネルギーがないのが困りものですね』

『私も魔力に関してはよく分かってないわ』

『静香の持ってた魔力結晶を使いたいところですが、数が少ないですからね……』

 

 転移装置の開発に成功した私たちだったが、今言ったことが難点だった。

 そのため、自然と性能の向上やコストを削減するための研究へとシフトチェンジしていったのである。

 エネルギーが足りないと、転移に失敗して対象物が消滅してしまうのだ。

 生物を用いた実験を行うのは危険であり、人間を転移させる段階にはまだまだ到達していなかった。

 

『まあ、時間はあります。焦らずにやっていきましょう』

『そう、ね……』

 

 そうして一つ一つ性能を改善させていったが、あることに私は気付いたのである。

 いくら年月が過ぎようとも、ナナホシに老化現象が起きてなかったのだ。

 段々と小皺が増えていく私に対し、ナナホシだけは若々しい姿のままである。

 そのことに気付いた私だったが、そのことを口にすることはなかった。

 

 彼女が持ってきたルーデウスの日記にも書かれていたことだ。

 ナナホシは想像よりもずっと過酷な環境下におり、帰れないことに対して焦燥感を抱いている。

 きっと今もその焦燥感を抱き、苦しんでいるのだろう。

 自分だけが変わらず、周りだけが変わっていく。

 取り残されてしまう恐怖を私は想像出来ないが、それが苦痛であることは理解出来る。

 表にはあまり出さないが、彼女はきっと恐怖してるのだろう。

 私が死ぬ前に、何とかしてナナホシを元の世界に帰してあげたかった。

 

 

 

 

 実験は成功した。

 私はようやく生物を転移させることが出来たのだ。

 ナナホシと顔を見合わせた私は、笑顔で頷きあった。

 

『ようやく次の段階に進めますね』

『ええ、そうね……長かったわ』

 

 性能を向上させることに成功した私たちは、順調に結果を残していった。

 転移だけでなく、恐らく六面世界のものであろう物質も召喚することに成功する。

 そこに至るまで十年、二十年と歳月を掛けてしまったが、それでも前に進むことは出来ていた。

 

 ナナホシに焦りはあったが、成功を重ねるごとに笑顔の表出も見られた。

 歩みは遅いが、それでも着実に進んでいる。

 そのことを彼女も分かっているからこそ、折れずにやってこれたのだろう。

 

 その日の私たちは、お祝いに美味いご飯をふたりで作った。

 ふたりでご飯を作るのはたまにしていたが、その日の料理は格別に美味しかったことは覚えている。

 

 

 

 

 成功した。

 ようやく最後の段階に至れる。

 座標を別世界に合わせる、というのは非常に苦労したものの、ナナホシの持っていた学生証から何とか元の世界を割り出すことが出来たのだ。

 彼女に由縁するものを召喚することが出来た私たちは共に、今までのことを語り合った。

 

『……今更だけど、ありがと』

『今更でもありませんよ。静香からの感謝の言葉は結構聞いてますから』

『えっ、そうかしら……?』

『ええ、頻繁に言ってますよ』

 

 照れ臭そうに話すナナホシに、私は感慨深い気持ちとなる。

 彼女の姿は未だに変わらない。

 戸籍に関しては私が保証人となることで取ることが出来たものの、表舞台に立たなかったことは正解だっただろう。

 ナナホシの存在が表舞台に伝われば、きっと転移装置以上に世間を驚かせることになった筈だ。

 それこそ、人体実験と称して彼女が害されることになっただろう。

 今のナナホシは傍から見れば完全な不老である。

 そのことが知られていれば、とても大変なことになっていたであろうことは想像に難しくない。

 

『……お別れの日も、そう遠くなさそうですね』

『そうね……』

 

 しばらく無言となったナナホシだったが、何か言いたげな表情を見せる。

 私はそれを急かさず、静かに言葉を待った。

 

『えっと……その』

『はい、なんですか』

『……私は今もずっと、昔のことを思い出せずにいる。

 ずっと空っぽのままだったけど、この世界に来てからの思い出がたくさん出来ました。

 貴方にはおちょくられてばっかりだったけど……今にして思えば私のためだったことに気付いたの』

 

『まさか。私は貴方をからかうのが面白かったからしてただけですよ』

 

 ナナホシはずっと焦燥感を抱いて生活していた。

 だからこそ、私は彼女が寂しくないようたくさん接していったのだ。

 

『それだけじゃない。私のわがままを聞いて、色んなお世話もしてくれた』

『そりゃあ、静香は私の取り引き相手ですからね。機嫌を損ねないように配慮しますよ』

『茶化さないで。私は、貴方に感謝してるのよ』

『…………』

 

 ナナホシは今までになく真剣な表情だった。

 まるで祈りを捧げるかのように、静かに目を瞑り、噛み締めるかのように言葉を紡ぎ出す。

 

『何も覚えてない空っぽだった私を拾ってくれた日、私は自分のことしか考えられなかった。

 一人ぼっちだった私に、貴方は手を差し伸べてくれた。

 取り引きという言葉を使い、対等な立場にすることで警戒心を最小限にしたんでしょ。

 そこから徐々に接していって、打ち解けやすいように関わってくれた』

 

 今だからこそ、ナナホシは分かるのだ。

 当時のリベラルは随分と配慮して関わってくれたのだと。

 

『確かに今も私の中に焦りがあるわ。

 帰りたい……帰らなきゃって気持ちがずっと付き纏ってくるの。

 けれど、貴方と接している時間はその気も紛れた。

 貴方がいなければ、私はきっと狂っていたでしょうね』

 

 この世界に転移してきたナナホシに残っていたのは、知識だけではなかった。

 帰郷の気持ち……帰らなければならないという使命感のようなものが心の奥底にあり、ずっと焦燥感が燻っていたのだ。

 

『私ひとりだったら、きっとどこかで野垂れ死にしてたわ。

 貴方が拾ってくれたから、私はここまで漕ぎ着けることが出来たのよ』

 

 辿り着いた先がリベラルでなかったら、誰もまともに取り合わなかっただろう。

 それくらいはナナホシも理解していた。

 

『貴方じゃなかったら、私は頭のおかしい人として扱われ、どこかの精神病院に放り込まれてたかも知れない。

 貴方じゃなかったら、私の過去を誰も信じようとしなかった。

 貴方じゃなかったら……研究なんてしようとしなかった』

 

 奇跡という他ないだろう。

 ナナホシの境遇を理解し、その上で保護し、そして転移装置を完成させる。

 拾ったのがリベラル以外の誰かだったら、このような結果に至ることはありえなかった。

 

『……楽しかったわ。貴方と過ごした時間は』

 

 そしてナナホシは照れ臭そうに顔を逸しながら、ポツリと呟く。

 

 

『だから、その……あなたでよかった――ありがとう』

 

 

 そんな彼女に対し、私は抱き締めた。

 驚いたのかビクッと身体を震わせたが、すぐに落ち着いた様子を見せる。

 

『感謝するのは私の方です。貴方がいなければ、私の人生はきっと平凡だったでしょう。それでも問題はないですけど、静香と過ごした時間は楽しかったですよ』

『…………』

『貴方は救われるべき人です。こんなところにいるべきではありません』

 

 ナナホシの境遇は悲惨だろう。

 唐突に見知らぬ世界に飛ばされ、ようやく帰れるかと思えばまた見知らぬ世界に飛ばされて。

 ずっと孤独に過ごし、帰郷の気持ちを抱き続けてきた。

 

『きっと帰れる筈です。貴方は幸せになれる』

 

 彼女の境遇を考えると、そう願ってしまう。

 ナナホシだけがそのような目に遭うのはおかしいだろう。

 苦労の分だけ報われる筈だ。

 彼女の努力を、私は知ってるのだから。

 

『……はい。必ず帰ります。幸せになってみせます――!』

 

 

 そして、転移は失敗した。

 

 

 

 

 何度も試行錯誤した。

 理論上で言えば、転移は成功する筈なのだ。

 けれど、何度やってもナナホシの転移だけは失敗し続けた。

 原因は……不明だった。

 何も進展しないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 あの日笑顔を見せてくれたナナホシだったが、今ではその面影もなくなってしまった。

 何度も繰り返される失敗を前に、いつしか暗い表情しか見せなくなったのだ。

 

 そして、彼女は諦観の表情で告げた。

 

『……もう、いいわ』

 

 泣きそうな声色で、続けた。

 

『……私は、やっぱり、駄目、なのね。もう、分からない。分からない、のよ……帰りたいのに、帰れない……――』

 

 ただ失敗するだけだったら、ここまで絶望しなかっただろう。

 けれど、共に研究を続けている私の姿が年老いていき、耐えられなくなったのだ。

 進展しないまま何十年も経過してしまった。

 私はすっかり歳を取ってしまったが、未だにナナホシの姿だけは変わらない。

 そのことがより一層怖かったのだろう。

 

『……大丈夫ですよ静香。私が死ぬまでに必ず貴方を帰してみせますから』

『…………』

『そう約束したじゃないですか。だから、ね?』

『…………』

 

 ナナホシは返事をしなかった。

 そして、私にとって忘れることの出来ない日が訪れる。

 

 買い物を終え、家へと帰った私は彼女からの返事がないことに気付いた。

 不審に思いながらも彼女の部屋に向かった私は、その姿を見てしまったのだ。

 

 

 ――天井に掛けられたロープ。

 全てに絶望し、諦めてしまった彼女は、自宅の家で、プラプラと宙を漕いでいた。

 込み上げる腐敗臭、吐瀉物、汚物。

 

 思い出が絶望と変わった、あの日のことが。

 

 

『なんで』

 

 自然と涙が溢れ落ちる。

 

『約束したじゃないですか』

 

 まだ諦めるには早いのに。

 

『貴方を助けるって。帰してみせるって』

 

 どうして、こうなってしまったのだろうか。

 

 

『――――』

 

 けれど、私は諦めない。

 諦められる訳がない。

 

 あの日、ナナホシは言った。

 私は何も返せてない、と。

 それはこちらの台詞だった。

 彼女にはたくさんのものを貰い続けた。

 地位や名誉、財産と知識に、そしてかけがえのない思い出。

 何もかもナナホシがいたからこそ手に入ったものだ。

 私こそ、彼女に何も返せてなかった。

 唯一交わした約束すら、果たすことも出来ず。

 

 友の亡骸を前に、私は決意した。

 

『絶対に、助ける。助けると約束したんです……まだ、終わりじゃありませんから……終わらせませんから――!!』

 

 そして私は思い付いた。

 ルーデウスの日記にあった過去転移についてだ。

 六面世界でナナホシが研究していた時期に向かうことが出来れば、きっと転移に失敗した原因が分かるだろうと。

 原因が分かれば、元の世界に帰すことが出来る筈なのだ。

 私はその考えを実行することにした。

 

 そして――私はリベラルとして生まれ変わったのだ。

 

 

――――

 

 

「まあ、そんな感じですよ」

「…………」

 

 予想はしていたが、思った以上に重たい話であり、ナナホシは無言となった。

 聞かなければよかったと内心思ってしまう。

 だが、こうして話を聞いたことで、リベラルのことをより知ることが出来たのも事実だ。

 

 そんな思いを感じ取ったのだろうか。

 リベラルは笑いながら肩を軽く叩いた。

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。貴方と私の知ってる静香は別の人間ですから」

「いや、でも……」

「嫌な思いをさせるために話したんじゃないんです。私は静香の味方だってことを知って欲しくて話したんですよ」

 

 そう告げた彼女は、何かをナナホシへと渡す。

 ナナホシは受け取ったものを見てみると、びっしりと文様の詰まった指輪がそこにはあった。

 

「生まれる前から好きでした! 結婚してください!」

「いや、なんで今の流れでそうなるのよ」

 

 暗い雰囲気だったからこそふざけただけかも知れないが、そのセリフには呆れるしかないだろう。

 コホン、とひとつ咳をしたリベラルは、気を取り直して説明を始める。

 

「その指輪は保険です」

「保険?」

「致命傷を受けると一度だけ身代わりになってくれるものです」

 

 本来の歴史でシーローン王国に向かう際にロキシーが装備したものと似た性能の代物だった。

 ロキシーが装備したのは致命傷を受けると一度だけ身代わりになってくれる首輪だったが、リベラルが渡したのはそれの上位互換の性能を持つものだ。

 彼女が長い時間を掛けて作り上げた逸品である。

 

 その説明を聞いたナナホシは素直に指輪を装着した。

 彼女にとって害のあるものでもないので、当然の判断だろう。

 

「えっ!?」

 

 装着した指輪は、まるで身体に溶け込むかのように消え去った。

 そのことに驚きの声をあげてしまうが、リベラルはクスクスと笑う。

 

「そうなるように作ったので大丈夫ですよ。別に身体に悪いものでもないので安心してください」

「ならいいけど……」

「指輪を外してる時に……ということがないようにするための仕様です」

 

 そう言われてしまえば納得するしかないだろう。

 どのみち、今のナナホシにどうにか出来るものでもない。

 素直に受け入れることにした。

 




Q.リベラルの性格。
A.作中でも話したように、本来は結構子どもっぽいです。だからこそ、ナナホシを警察とかに引き渡しませんでした。

Q.リベラルの料理。
A.後付設定。ナナホシと共に料理をたくさんするようになった結果、色んな料理法を会得した。料理バトル並の腕前になったのは転生して龍神流を活用するようになってからだが。

Q.なんか過去に見たことある台詞が何個かある。
A.一番最初の1話やターニングポイント2での台詞が入り込んでるためです。

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