1話 『分断』
リベラルはいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。
その日は自己鍛錬の日に当てており、新たな魔術の開発や、武術の開拓に勤しんでいたのだ。
「ふっ!!」
何度か型となる動きを繰り返しつつ、脳内で使う場面をイメージしていく。実用性がなさそうであれば続けることはないが、ありそうなら同じ動きを継続する。
1人で黙々としているその姿は、素人目にはよく分からないだろう。だが、少しでも武に携わっているものであれば、高度なその動きからシチュエーションや相手すらも浮かび上がる。
そうして集中していたリベラルだったが、遠方からの気配を感じ取り、その動きを止めた。
「リ、リベラルさん!」
「ノルン様?」
遠くから駆け付けて来たのは、ノルンだった。
よほど急いで来たのか、とても息を切らせてる様子だ。
普段、彼女がここまで来ることはほとんどない。
意外な人物がやってきたことに、リベラルは頭に疑問符を浮かべた。
「何かありましたか?」
「すぐ、すぐに来て欲しいんです! シルフィ姉さんと、ロキシー姉さんが……!」
「分かりました。すぐに向かいましょう」
そのただならぬ様子に、リベラルはすぐに意識を切り替える。
何か大変なことが起きたのであろうことは一目瞭然だ。
態々ノルンが来ているということは、ルーデウスも手が離せないということだろう。
以前あった暗殺者のように、敵襲の可能性も考えられる。
状況は分からないが、早く行く必要があるだろう。
「背負った方が早く行けます。乗ってください」
「は、はい」
「場所はどこですか?」
「今は兄さんの家です」
「分かりました。舌を噛まないように気を付けて下さい」
そのままノルンを背中に抱えたリベラルは、全力でルーデウスの家へと向かって行った。
それなりの距離があるものの、彼女が本気で走ればあっと言う間にたどり着く。
家に着くと、ノルンを降ろして中へと入る。
家内に争った形跡はないため、敵襲でなさそうなことは一先ず確認した。
「こっちです!」
ノルンに案内されて奥の扉を開けば、そこは大所帯となっているのだった。
ルーデウスに、パウロ、リーリャ、アイシャ。レオも傍にいる。それだけではなく、クリフにエリナリーゼもいた。
そして彼らの中央に、苦しそうに横たわる2人の姿が。
シルフィエットとロキシーだ。
2人は高熱にうなされているのか、顔を真っ赤にしながら大量の汗を流していた。
「状況を教えて下さい」
これほどの人数がいるのだから、誰かしら分かっているだろう。
そう思い質問したのだが、それに答えたのはクリフだった。
「…………魔石病だ。2人は魔石病に掛かっている」
リベラルにも分かりやすくしようとしたのだろう。
彼は2人のズボンの裾を捲り上げ、その足を見えやすくした。
シルフィエットとロキシーの足先。
指先の全てだ。
その先端が、青黒くなっていた。
内出血のような皮膚色などではない。
まるで。
そう、まるで。
身体が結晶になっているかのように、固く変化していた。
「――――」
リベラルは長年生きてきた。
それでも実際にこの目で見るのは初めてだ。
しかし、知識としてはよく知っている症状でもある。
経口感染でしか掛からぬ、マイナーな奇病だ。
仮に菌に感染したとしても、半日程度で死滅する。
そして、子宮に胎児がいるときにしか掛からない。
そんな特殊な病気。
しかし、妊娠中にもしも罹患してしまえば。
胎児を媒介に、母体を魔石へと作り変えてしまう。
それは身体の末梢から段々と進行していくのだ。
ここまで特徴的な症状で、間違えるわけがない。
――間違いなく魔石病だった。
「そんな……あり得ない……」
思考を纏めることが出来ず、現実を否定してしまう。
普段からふざけることはあっても、冷静さだけは欠くことがなかった。
それでも、目の前の現実に取り乱してしまう。
そもそも魔石病は、リベラルが一番避けようとしていたものだ。
己も、そしてオルステッドも治療することの出来ぬ最悪の病。
誰も罹患しないように、魔大陸から帰還する際は態々魔眼を使ってまでネズミがいないか確認もした。
聖獣レオも召喚し、ネズミが一匹も縄張り内に侵入しないようにもした。
だというにも関わらず、魔石病になった……?
思わず近くにいるレオへと視線を向ける。
「くぅーん……」
レオは悲しそうだった。
少なくとも、ネズミを甚振るためにわざと見逃したりなどしないだろう。
だが、どこか腑に落ちないことも沢山ある。
聖獣がいながら、魔石病に掛かったネズミが侵入してしまうことがあり得るのだろうか、と。
「リベラルさんなら……2人を、治せますよね?」
そうして思考に落ちていた彼女へと、ルーデウスの声が通る。
彼は泣いてはいなかった。
それでも、縋りつくかのような声色だ。
全員の視線がリベラルへと向く。
そんな希望に対し、彼女は首を縦に振ることが出来なかった。
「……残念ながら無理です。魔石病は私もオルステッド様も治療することが出来ません」
残酷な宣告だ。
ここで嘘を吐いたところで、誰も救われはしない。
この場に。
この国に治す手段は存在しないのだ。
「そう、か……なら、この病気の治し方は世界に1つしかない。
――ミリシオンの大聖堂に保管されている神級の解毒魔術。これだけだ」
クリフのその言葉に、場は沈黙する。
ミリス大陸の南東に位置する、ミリス神聖国の首都だ。
転移陣を用いたとしても、数ヶ月は掛かる位置に存在する。
しかし、ペルギウスの協力を得れば、もっと早くに到着出来るだろう。
だとすれば、まだ希望はあった。
「……僕が行こう。僕は教皇の孫だ。絶対に見せてもらえるように取り計らってみせる」
頼もしい言葉だった。
クリフの言葉は、その場にいた全員に希望を与えた。
「俺も行きます」
当然ながら、ルーデウスも声を上げる。
「オレも行くぜ。義娘の窮地だ。ここで行かなきゃ、ロールズの奴に顔向け出来ねぇ」
傍にいたパウロも、力強い瞳で名乗り上げた。
その隣で同じく名乗ろうとしたエリナリーゼだったが、彼によって止められる。
「エリナリーゼ、お前は来なくていい。そうだろクリフ?」
「パウロさんの言う通りだ。リーゼ、君は身重なんだ。ここで待っていて欲しい」
「……分かりましたわ」
2人の発言に、彼女は挙げようとしていた手を下ろす。
まだまだ華奢な身体をしており、目立ってはいない。
だが、言葉通りエリナリーゼのお腹は少しだけ膨らんでいたのだ。
そんな彼女を連れ回ることは出来ないだろう。
「ノルン、アイシャ、リーリャさん。3人は待っていて欲しい。母さんを頼みます」
「……分かりました旦那様。私たちはここでお待ちしております」
「うん、分かったお兄ちゃん。奥様のことは任せて」
素直に受け入れた2人に対し、ノルンだけは不安そうな表情を浮かべているのだった。
「ノルン、2人は必ず助ける。だから任せてくれ」
「うん……気を付けてね、兄さん」
「ああ、大丈夫だ」
安心させるかのようにギュッと抱き締めたルーデウスは、そのことを告げると離れる。
最後にリベラルへと視線を向けるのだった。
「当然私も行きます、が……ザノバ様はどちらに居られるのですか?」
普段であれば、ルーデウスとよく一緒にいる姿が印象的だ。しかし、このメンバーの中で彼だけがいないのは不自然だろう。
そうして疑問を零したのだが、そのタイミングで入り口の扉が開かれた。
入ってきた人物は、今しがた話にあがったザノバであった。
「ザノバ!」
「師匠……」
どこか悲痛な表情を浮かべているザノバ。
そんな彼の手には、1枚の手紙が握られていた。
一体何なのかと思っていたところで、口が開かれる。
「話は聞いております。聞いておりますが……余は同行することが出来ませぬ」
「なっ……」
咄嗟に言い返そうとしたクリフに、彼は手紙の内容を見せた。
「我が弟のパックスが、クーデターに成功しましてな。帰還の勅命がきました」
その言葉に、クリフとルーデウスが固まる。
「クーデター……?」
「内乱で疲弊した所を他国が攻めてきそうなので、余を国に戻し、防備を固めるそうです。
なので、ちょっと行ってまいります」
「いや、ちょっとってお前……」
突然の話に、彼らは混乱してしまう。
ザノバが同行出来ない理由も正当な理由だった。
一体何があってそのようなクーデターが起きたのか分からないが、彼の持ってきた手紙は本物だ。
であるならば、その問題を無視することは出来ない。
シーローン王国での出来事は――魔神ラプラスの誕生に大きく関わるのだから。
唐突に大きな出来事が2つも発生し、混乱は止まらない。
その混乱は、時間を置くことで冷静さを取り戻したリベラルによって止められる。
彼女は大きく手を叩き、注目を自身に集めた。
「状況を整理しましょう。
シルフィエット様とロキシー様を治すためには、ミリシオンにある神級魔術を見に行かなくてはならない。
ザノバ様は祖国がクーデターにより戦力が低下し、他国との戦争があるため戻らなくてはならない。
ここまではいいですか?」
言葉にしてしまえば、単純なことだ。
単純なように聞こえれば、周りも落ち着いていく。
「幸いにも、ここには力や権力のある人物が揃っています。2つの問題に向き合うことは出来るでしょう」
「権力?」
「ペルギウス様の協力も得ます。そうすれば対処出来るはずです」
甲龍王の名は絶大だ。
確かにミリスでの影響力はアスラ王国に比べて少ないが、それでも無視することは出来ない。
シーローン王国もそうだろう。
小国であるため、その名を無視できない。
「借りれるんですか?」
「前々から力を貸してもらうことに了承を得ています。ミリスの方はともかく、シーローンの方には協力してくれるでしょう」
先ほども言ったように、シーローンは魔神ラプラスの転生に関係する場所となる。
であるならば、ペルギウスが手出しすることも吝かではないだろう。
ザノバの安否が不安であっても、甲龍王がいれば安心出来る。
「オルステッド様にも伝えますので、力を貸してくれるでしょう」
そちらに関しては言わずもがなだ。
この問題を放置する訳がない。
魔神ラプラスの誕生は、ヒトガミ打倒のために大きく関わるイベントだ。
リベラルの書いたルーデウスの未来日記を読んでいるなら尚更である。
「ザノバ様にもサポートをつけられると思いますので、安心して下さい」
「……感謝しますぞ」
予定としては、ミリシオンにはルーデウス、パウロ、クリフ、リベラル。
シーローンにはザノバ、ペルギウス、オルステッド。
留守番はノルン、アイシャ、リーリャ、エリナリーゼ、レオとなるだろう。
元親衛隊を連れて行くことも考えたが、留守組の戦力が乏しいため、そちらの守りを固めてもらうようにしておく予定だ。
しかし、やはり気になるのは魔石病に掛かったネズミが紛れ込んだ理由だろう。
魔石病に誰もならないための準備をした上で、魔石病になってしまったのだ。
本来の歴史では、運命の力が弱るロキシーの妊娠中を狙い、ルーデウスを誘導することで成功させた。
だが今回は話が違う。
聖獣レオは既に召喚しているし、何よりもルーデウスがヒトガミと敵対している。
そんな状況の中で、魔石病に掛かるのは異常事態だろう。
「話が変わりますが、皆さんに確認です。些細なことでもいいので、普段と違ったことが最近ありませんでしたか?」
唐突な質問に、全員が顔を見合わせて首を傾げる。
その反応は、特に何もなかったということだろう。
「夢の中でヒトガミを名乗る存在と出会ったりしませんでしたか?」
「いや、そんなことはなかったな……」
「余もありませんな」
クリフとザノバの返答に、リベラルは違うかと考えを改める。
そこに、パウロが遠慮がちに挙手した。
「些細なことって訳じゃねぇが、そういえばこの前ギースと会ったぜ」
「――ギース様と会った……?」
何てことないかのように告げられた発言に、リベラルは固まる。
そんな彼女の様子に気付くこともなく、パウロは続けた。
「ああ、ゼニスの様子を見に来たんだよ。治るかも知れないって話は元々知ってたからな」
「…………何故捕まえなかったのですか?」
「は? 捕まえる?」
「ギース様は敵の可能性が高い存在です。そのように伝わってませんか?」
その言葉に、ギースのことを知っている者たちは全員驚いた表情を見せる。
誰もそのことを知らなかったのは明白だった。
リベラルは思わずルーデウスへと視線を向ける。
彼から皆に伝えるよう言った筈だった。
「いやいや、皆にそのことは言った筈です……えっ、言いませんでした?」
「……初耳ですわ」
全員の反応から、ルーデウスが伝えられていないのは明らかだろう。
否定しようとしていたが、途中から不安になり曖昧な様子となっていた。
呆れる場面なのだろうが、状況が状況なだけにそんな反応は出来なかった。
「ルディ様、うっかりすることは誰にでもありますが、結果としてこうなったのです」
「……はい」
「私自身も全員に周知しなかったことが原因ですが、2人を救いたいなら気を引き締めて下さい」
実際にギースが原因で魔石病になったのかまでは分からない。
まだ挽回する余地はあるため、次こそは同じ過ちを繰り返さないようにする必要があるだろう。
「魔石病の進行速度は私も分かりません。明日にでも出発出来るように準備してください」
「分かりました」
ひとまず、オルステッドやペルギウスにもこのことを伝える必要があるだろう。
リベラルはこの場を後にし、まずはオルステッドの元へと向かった。
――――
魔石病のこと、シーローンのこと、メンバーについての報告をオルステッドにした。
彼はしばらく沈黙した後、深い溜め息を溢す。
「……分断させられたな」
「分断ですか」
「ああ、まずこの時期にパックスがクーデターを起こしたことはない。準備も何も足りない状態だからな」
彼の言う通りだろう。
本来であれば、奴隷市場を利用して資金を溜めたり仲間を増やし、人質を取って敵を倒して力を付けていく。
そして、最後にクーデターを起こすことになるのだ。
今回はパウロを使って事前に奴隷市場を潰そうとしていたが、そちらは失敗している。
更にはルーデウスやロキシーも訪れていないため、王竜王国に追放されることもなかった。
オルステッドの知る歴史通りになった筈なのだが……どういう訳かこの時期にクーデターが起きてしまった。
クーデターが起きるのはオルステッドにとっても喜ばしいことなのだが、ヒトガミが関わっているとなれば話は別だ。
ルーデウスの日記のように自殺するとまでは言わないが、何かしらのトラブルが起きる可能性が高い。
「お前の言う通り、俺はシーローンに向かう必要がある。ミリシオンに同行することは出来ないだろう」
「そりゃそうですね」
「ペルギウスを勝手に仲間にしたことに言いたいことはあるが……今はいいだろう」
文句はあったが、優先順位がある。
今すべきことはそんなことではないことくらい分かっているのだ。
「どちらかに使徒がいる可能性が高い。
恐らく――『闘神』が待ち構えているだろう」
以前の情報と照らし合わせると、その予想に至るだろう。
キシリカからもそのことを警戒されたのだ。
「……なるほど、バーディガーディ様ですか」
「ああ。行方不明になっていることから間違いないとみてる」
つまり、ヒトガミの持てる全力の戦力をぶつけてくる訳だ。
オルステッドとリベラルが固まっていると返り討ちにされると考えているからこそ、このタイミングでシーローンでのクーデターが起きたのだろう。
魔神ラプラスの誕生に関係する以上、オルステッドはシーローンに向かわざるを得ない。
そのことを考慮した上での分断の恐れがあった。
自然と、リベラルの手に力が入る。
どちらに来るにせよ、彼女は負ける気など更々なかった。
「剣神もいる可能性がありますか」
「そうだな。……仮にミリシオンに2人がいたとしても、対応出来るか?」
向かうのはリベラルだけではないが、闘神の相手で手がいっぱいになることを考えると、戦力不足感が否めない。
それはオルステッドにも言えることなのだが、全力を出せば対処できる範囲だ。
「――出来ます」
彼女は迷わずそう告げた。
確かに不安はあるだろうが、パウロもルーデウスも本来の歴史よりずっと強くなっているのだ。
少なくとも、時間稼ぎくらいは出来ると信じていた。
「そうか、ならばそちらは任せる」
「任せてください」
力強く頷いたリベラルに、オルステッドも信じることにした。
「それと魔石病の進行速度だが、個人差はあれど3ヶ月程で手遅れとなる」
「3か月……結構早いですね」
「故に、余計な時間を食わないようにしておけ」
その時間を早いと見るか、遅いと見るかは人それぞれだろう。
ペルギウスの転移陣を使えば余裕はあるのだが、ヒトガミの使徒による邪魔があることを考えると心許ない時間でもある。
ルイジェルドに応援要請することも考えたのだが、それは時間的に厳しかった。
可能であればシルフィエットとロキシーも連れて行きたいとも考えたのだが、使徒の存在を考えると止めておくべきだろう。
「分かりました。明日には向かいたいと思います」
「そうするといい。使徒がいるにせよいないにせよ、こちらが向かう正確な時間までは分からんのだ。先手は取れるだろう」
「それもそうですね」
どちらにせよ、ヒトガミが勝負を仕掛けてきた以上、行動しなくてはならないのだ。
その結果がどうなるのかは、まだ誰にも分からない。