ザノバの後を追い、シーローン王国へと向かっていたオルステッドだが、そちらでは特にヒトガミの使徒の影は見受けられなかった。
ルーデウスの辿った本来の歴史通りに戦争はあったのだが、王竜王国が相手ではなかった。
周辺諸国の小さな国のひとつが戦争を仕掛けたのだが、それだけだったのだ。
小国が相手であり、多少の苦戦はあれど負けることなく戦争に勝利する。
それは非常に早い段階で終わったのだ。
パックスが自殺することも危惧したのだが、特にそんなこともなく。
彼は戦争で指揮を取り、見事に勝利に導くことでクーデターでの名誉を取り返したのだ。
故に、シーローン王国でパックスは生き延び、魔神ラプラスの転生先が確定したのである。
このことに困惑したのはオルステッドだ。
まさか何も仕掛けられることなく、最も重要なポイントを抑えられると思わなかったのだから。
そのため、今回の戦争はオルステッドとリベラルを切り離すためだけの手段であったことを理解した。
そんな彼の元に連絡を届けたのは、ルーデウスであった。
ルーデウスは連絡手段として作成された石碑を用いて、オルステッドへと現状を伝えたのである。
自身が冥王ビタに今まで憑依されていたことと、敗北したリベラルが憑依されてしまったこと。
それによってミリシオンへと向かうことが大きな罠であったことを知ることが出来た。
そしてヒトガミの狙いもハッキリすることになった。
「リベラル、か……」
冥王ビタの特性についてオルステッドは知っている。
憑依した者を夢幻の世界に連れて行くことで、自身の操り人形にするのだ。
本人は操られている自覚もないため、都合良く実力を発揮することが出来る。
今まではこの時代にオルステッドを殺せるほどの者がいなかったため、特に警戒する相手でもなかったのだ。
しかし、リベラルが相手となると話は変わる。
彼女から伝え聞いた技術のそれらは、確実にオルステッドの命に手が届くだけの手段があるのだ。
それに、闘神バーディガーディも同行していることがうかがえる。
七大列強上位2名との同時戦闘は今までのループでもほとんど経験したことのない出来事だ。
ヒトガミが魔神ラプラスの復活を捨てるだけの価値があり、まさに現代で最も有効な手段を取られたのだった。
ここまで見事にヒトガミの計略に嵌まったことも久方振りである。
「……今回も失敗か」
ポツリと呟いた彼の表情は、悲しそうだった。
まだ確定とは言えないが、その可能性は非常に高いのだ。
リベラルと闘神の2人と戦えば、勝とうが負けようが魔力を多く消費することになる。
この時期なのでヒトガミと戦う頃には魔力も回復すると思うのだが、その間は魔力がない状態で過ごさなければならない。
ヒトガミが何かを仕掛けてこなければ問題ないが、どう考えても仕掛けてくるだろう。
今までのループと大きく歴史が変わってしまったため、魔力のない状態で対応出来る自信がなかったのである。
「…………」
何より悲しかったのは、ミリシオンへと向かったものたちの現状だった。
長いループの中でも、オルステッドと親しくなった者の数は少ない。
親しくなったとしても、将来的に殺さなければならない五龍将だったりするため、本当に呪いの影響を受けない者というのは限られていたのだ。
言葉にはしなかったが、内心リベラルやルーデウスと過ごした日々は楽しかったのである。
オルステッドの拳に自然と力が込められていた。
「……せめて、助けてやらないとな」
色々なことを打算した上で、彼はそう口にする。
どうせ、という訳ではないのだが、オルステッドはループするのだ。
そして彼らはループすることはないし、様々な偶然が積み重なった結果現れた人物。
リベラルから聞いたことを踏まえ、もう2度とリベラルとルーデウスと言う存在が誕生しないであろうことを察していた。
だからこそ、ここで諦める訳にいかないのだ。
リベラルを助け、この状況を打ち破ることが未来への布石になるのだと信じていたのだった。
――――
「やはりこうなってしまったか」
燃え盛る大地。
更地となった市民街。
墜ちた空中城塞ケイオスブレイカー。
そんな惨状の中、彼は闘神バーディガーディとリベラルの前に立ち塞がった。
状況は理解している。
冥王ビタに操られたリベラルが、ラノア王国を攻撃して壊滅させたのだ。
そこに闘神と剣神、そして北神が加わったのだろう。
今回は、己の失敗だ。
冥王ビタを知っていながら、そのことに気付かなかった己の失態である。
「フハハハハ! 吾輩が相手だ龍神よ!」
「俺様も行かせてもらうぜ」
「恨みはありませんが、悪神オルステッドを倒し、僕は英雄になってみせる」
オルステッドの姿を認めた3人は、それぞれの獲物を構えた。
そしてその背後で、リベラルが詠唱してとてつもない魔力が集っていく。
彼女が何をしようとしているのか、オルステッドは知っている。
既にリベラルの技術を教えてもらった彼は、切り札が切られることを理解した。
「……そうか、ならば俺も本気で戦おう」
彼の目には闘神たちは映っていなかった。
彼らの背後にいるリベラルへと視線を向けると、静かに目を瞑った。
思い出すのは、ラノアで過ごした日々である。
『くっ……!』
今にして思えば、リベラルとの出会いは不幸なすれ違いだった。
危険な存在であると考えた己が、彼女の言い分を聞かずに戦闘を開始してしまったのだ。
その結果、互いに消耗だけするという不毛な結果となってしまった。
正直今となっては、申し訳ないと思っている。
『だから――私も共に戦わせてくれませんか?』
次に出会ったのはラノアである。
彼女は己の境遇を理解しており、それを踏まえた上で自分の目的を果たそうとしていた。
リベラルは約束と誓いに縛られながらも、ただ力になろうと懇願していた。
その姿は、今までのループで出会った五龍将の姿と被って見えた。
彼女もまた、五龍将の血を引く存在だったのだ。
『ルディ様の弱み……握られちゃいましたねぇ?』
ルーデウスとの顔合わせでは、随分と珍妙な姿を見ることになった。
どことなく魔族の娯楽主義的な面を見せており、己のループの中でも中々経験しないやり取りを見させられることになった。
何となく居心地は悪かったが、張り詰めていた緊張が緩んだような気がした。
『オルステッドさんも揉みます?』
あのような冗談を言われたことも初めての経験だった。
そのような冗談を言う存在は今まで周りにいなかったのだから。
どのように反応したらいいか分からなかったが、これから知っていけばいいかと思った。
あまり想像は出来ないが、もしかしたら己も同じような冗談を言うような未来もあるのかも知れない。
ルーデウスの結婚式も遠目からだが見学させてもらった。
今までは殺伐としていたため、久方振りに経験する祝いの空気は悪くなかった。
やはり報われている姿を見るのは喜ばしい。
そして、羨ましくもあった。
『さっき社長も『俺が名付けてやろう、キリッ』とか言ってましたよね』
己をおちょくってくるのも、あとにも先にもあの2人くらいだろう。
あのようなふざけた態度を取られることも初めての経験だった。
だからこそ、戸惑ってしまったりした。
悪くなかった。
何百ものループの中であった、僅かな時間の話でしかない。
それでも己の中に、彼らの存在は深く刻みつけられることになった。
くだらないやり取りだったけれど、充実した時間だった。
そんな中で、オルステッドは密かに1つの願いを持つ。
(――お前たちと、未来に進めたらいいな……)
カッと目を見開いたオルステッドは、右手と左手を合わせる。
そして、ゆっくりと離していった。
左手から、何かが引き抜かれていく。
一本の刀だ。
初代狂龍王カオスが作り上げた、神の刀。
将来誕生する
銘を龍神刀。
オルステッドにしか扱えぬ刀である。
「――俺も、お前たちのために戦わせてくれ」
七大列強第二位、龍神オルステッド。
世界を滅ぼすことの出来る世界最強の男。
己の願いを叶えるために、彼は本気で戦うことを決めた。
――――
刀を取り出したオルステッドを前に、先に動いたのは剣神と北神だった。
目にも止まらぬ速度で間合いを詰めた彼らは、各々が自身の得意技を繰り出そうとする。
光の太刀。
重力魔術。
更に闘神も彼らを援護するような距離にいた。
だが、その程度に対応出来ない訳がないだろう。
目の前にいる男は、文字通り世界最強の男なのだから。
「なっ、にっ!?」
剣神の光の太刀を歩法で躱した後、重力魔術を駆使しながら距離を詰めてきたアレクサンダーの両腕を切り飛ばす。
何百ものループの中で、彼は何度も北神と戦ったことがあるのだ。
北神の技に癖、それら全てを把握している。
不用意に詰めてきた彼の腕を切るくらい造作もなかった。
すぐさま闘神が間に入って来たが、オルステッドはそれを無視して北神だけを狙い続ける。
「ぬぅ!」
3人はオルステッドの狙いに気付く。
気付いたのだが、止められるかは別問題だ。
両腕を失った北神は逃げ惑い、剣神と闘神の攻撃を捌きながら彼は追い掛ける。
そして完全に1人だけを狙っていたからこそ、剣神はここでミスを犯してしまう。
「俺様を無視するんじゃねぇ!!」
本当に、僅かなミスだった。
いつも自身が太刀を放っている間合いから、半歩だけ踏み出してしまったのだ。
けれど、その半歩によって彼はオルステッドの間合いに踏み込んでしまった。
「なっ」
「まずは1人」
光返し。
光の太刀に対するカウンター技だ。
先ほどの光景を蒸し返すかのように、振り抜いた剣神の両腕が跳ね飛ばされていた。
そしてその瞬間、彼の胸に貫手が突き刺さったのである。
剣神は呆気に取られた表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちた。
その光景に動揺せずバーディガーディが掴みかかるのだが、それもヒラリと躱す。
そして未だ両腕のない北神の元へと駆けるのだ。
「う、うわあぁぁぁ!!」
北神は情けない声で叫び声を上げていた。
オルステッドとの余りの技量の差に、絶望してしまったのだ。
リベラルを相手に完封出来たことで、増長していたのである。
オルステッドも簡単に仕留められると勘違いしていたのだった。
だからこそ、ここまで実力差があることを信じられなかった。
両腕を無くしているアレクサンダーは、無様に逃げ出してしまう。
「狼狽えるなアレク!」
「ひ、ひぃ」
バーディガーディの呼び掛けに対し、北神は平静を取り戻すことが出来なかった。
変わらず無様に逃げるままだ。
けれど、それにオルステッドが追い付けない訳がない。
「あっ」
アッサリと追い付いた彼は、上から下へと綺麗な剣筋で振り下ろす。
アレクサンダーは頭から股へとかけて綺麗に真っ二つとなるのであった。
不死瑕北神流の『不帰』による一撃なため、不死魔族のハーフだった彼は復活することも出来ず呆気なく死亡したのであった。
「龍神……これほどとはな」
闘神もここまで簡単にやられるとは思っていなかったため、余裕のない声で呟いていた。
彼もアレクサンダーと同様に、リベラルを倒したことで自信がついていたのである。
もっと善戦出来ると思っていたのだが、実際にはご覧の有様だ。
だが、それでもまだ勝機はあると考えていた。
こちらにはまだ余力があるのだから。
切り札を使うと言っていたリベラルは、30秒凌いで欲しいといった。
そして既にそれだけの時間は経過したのである。
大気を震わせるほどに膨れ上がった魔力が、リベラルの元へと収縮していく。
「――『
そんな声と共に、魔力の震えは消え去った。
本当の戦いは、ここからである。
――――
――『
元々は魔族が開発していた、魔力によって体を変質させる秘術。
それを龍族なりにアレンジし、進化させたものだ。
体をより原始的なものへと変質させ、爆発的な力を得る。
その代わり、己の寿命を大きく縮めることになる。
しかしその力は強力であり、本物の神である初代龍神を消耗させるだけの力があった。
龍聖闘気を纏えぬリベラルにとって、それは己の弱点を克服する術だった。
過去の五龍将の魔術を模倣したリベラルの姿は大きく変化していく。
身体は3倍ほど大きくなり、分厚い鱗が全身をびっしり覆う。
鼻と口が突き出し、後頭部から角が生え、まるでドラゴンのように変貌していった。
かつて五龍将が龍神を止めるために作り出した魔術。
それは皮肉にも、魔龍王の娘が龍神の息子に対して使用されるのであった。
変身を終えたリベラルは、オルステッドへと視線を向けると咆哮する。
今の彼女は、オルステッドがヒトガミに見え、バーディガーディがラプラスに見えているのであった。
「――むっ!?」
オルステッドはリベラルからこの魔術について伝え聞いていた。
しかし実際に相対したことはなかった。
リベラルが動いたかと思えば、既に手刀を振り上げ懐へと入り込んでいたのだ。
咄嗟に防いだオルステッドだったが、あまりの威力によって弾き飛ばされてしまう。
「凄まじい力だな……」
龍神刀で受け止めたのだが、僅かにリベラルの鱗が斬れた程度だった。
龍聖闘気を纏っているオルステッドでも、龍神刀を殴り付けるなんて行為は出来ない。
間違いなく彼女の防御力は龍聖闘気よりも高くなっていた。
もはや闘神以上の強度と言えよう。
オルステッドが戦ってきた中でも、リベラルが一番強い存在だ。
ヒトガミを除けば、彼女より強い存在は長いループの中でも存在しなかった。
「ガァァァァオォォォ!!」
内から力の奔流が溢れ出すリベラル。
動く度に衝撃波が走り、腕を振るえば閃光がほとばしり、世界が震えた。
余波によって街は破壊され、空が割れる。
神を止めるために作り出された術に相応しい力だった。
だが、オルステッドは神の力を受け継ぐ存在。
リベラルから繰り出される攻撃を全て受け止め、時には逸していた。
彼は力だけではなく、技すら神の極地に至っている。
本気で魔力を使い始めたオルステッドは、徐々にリベラルを押し返していった。
「フハハハハ! 吾輩も混ぜてもらおう!」
「!!」
しかし、ここにいるのは2人だけではない。
魔族の頂点たる闘神もいるのだ。
力も技術もどちらも両者に劣っているだろう。
けれど、食らいついていけるだけの実力があった。
乱入してきた闘神によって、傾いていた均衡が再び戻されていく。
それどころか、僅かに押され始めていった。
「魔族と龍族の長き因縁に決着をつけようではないか!!」
闘神のその言葉に同調するように、リベラルの動きが苛烈になっていく。
驚くことに、リベラルは闘神と完全に動きを合わせていたのだ。
元から色々な仲間と戦うことを想定していたリベラルは、誰とでも合わせて戦える存在だった。
乱れのない完璧な連携に、オルステッドは更に苦しくなっていく。
戦役にも参戦して仲間を作っていたリベラルと、ひとり孤独にヒトガミと戦い続けていたオルステッドの差がここにきて表れる。
リベラルと闘神の息が合わさる度、オルステッドの身体が傷付いていく。
強大な力を持ちながらも、個として決して動かないだけで更なる実力を2人は発揮していた。
オルステッドの顔が徐々に歪む。
己の切り札……龍神の固有魔術を使うべきかと考える。
それを使えば、仮にここから巻き返せたとしても、ヒトガミとの戦いまでに回復しないのだ。
そもそも使う隙があるかも怪しい。
「――――」
冥王ビタを殺し、リベラルを正気に戻す術は既に思い付いている。
だが、失敗した時のことを考えると、やはりこの場面で固有魔術は使いたくなかった。
使うとしたら、己の考えている方法で駄目だった時に使うべきだと考えていた。
徐々に押されてしまっているこの場面。
何か状況を変える一手が欲しかった。
何か、何かないかとオルステッドは思考する。
そして――。
「岩砲弾」
――一発の魔術が、リベラルに向けて放たれていた。
当然ながら、その程度の魔術に反応出来ないリベラルではない。
指先を動かすだけで、受け流していた。
それと同時に、全員の視線が放たれた方へと向けられる。
黒と茶、深緑を混ぜた迷彩色。
体高は約3メートルほどあり、ずんぐりむっくりした姿をしていた。
右手にはガトリング砲が、左手には吸魔石のついた盾が装備されている。
そしてそれが何か、そして誰なのかオルステッドは知っていた。
「――ルーデウス」
彼は残念ながら、場違いとも言える存在。
ここにいる誰の足元にも及ばない実力しかない。
けれど、それでも駆け付けた。
完成していた
「――俺も、戦います」
魔導鎧を装着していたとしても、まだ実力不足だ。
それでもルーデウスは、覚悟と決意に満ちた声でそう告げた。