時は遡る。
ミリシオンに辿り着いたルーデウスは、無事に神級魔術の写生をすることが出来ていた。
元から盗み見ることを想定しており、そのための準備も前もって行っていたため、スムーズに行うことが出来たのだ。
パウロとクリフが死んで心がグチャグチャに掻き乱れた状態だった。それでもシルフィエットとロキシーを助けなければならないという一心でやって来た。
幸か不幸か、リベラルと闘神が戦った際に大きな余波が周囲に起きていた。
その影響でミリス神聖国から調査がそちらに仕向けられたため、警備は普段より甘くなっていたのだ。
それによって、彼は潜入に成功する。
誰にも気付かれずに目的を果たしたルーデウスは、ミリシオンから脱出してラノアを目指すのであった。
「……反応しない?」
最初に起きたトラブルは、そこからである。
転移陣に辿り着いたのだが、空中城塞からの反応がなかったのだ。
シーローン王国へのバックアップのため離れてはいるが、転移陣が使えなくなることはない。
結局ルーデウスは、別の転移陣を経由して帰らざるを得なかったのである。
それによって、帰還に大幅な時間が掛かってしまう。
嫌な予感はしていた。
リベラルがビタに憑依されてしまったことは把握しているため、心の奥底でヒトガミの目的に勘付いていた。
けれどその不安を振り払い、ルーデウスは道中の村で購入した馬を使って休む間もなく移動し続ける。
リベラルのことも気になるが、優先すべきはシルフィエットとロキシーの魔石病だ。
そのためにミリシオンへと向かい、犠牲を払いながらも解毒の神級魔術を手にしたのだから。
焦りと不安を隠すことも出来ず、必死に馬を走らせ続ける。
頭が回らず馬を走り潰したりしてしまったが、それでもルーデウスはラノアへと辿り着く。
けれど、近付くにつれて異変が顕著となる。
遠目からでも火の手が上がっていることが見えたのだ。
そんな訳はないと必死に否定しても、現実は変わらない。
立ち昇る煙を前に、彼の不安はピークに達する。
「早く……早く……」
まるで幽鬼のようにふらりふらりと歩いて行くルーデウスは、やがて崩れ落ちた我が家の前で立ち止まった。
完全に倒壊しており、入るスペースなどありもしない状態だ。
シルフィエットもロキシーも、魔石病によって寝たきりの状態となっていた。
ノルンやアイシャも居ただろうけど、寝たきりの2人を運び出せたかは分からない。
震える指先を動かし、何とか魔術でガレキを退かしていく。
リーリャもいたと思うので、きっと避難している筈だ。
戦闘がこの場で発生でもしない限り、逃げる時間は十分にあったと考えられる。
だから、だからみんな無事な筈だ。
そんな願いを持ちながら退かして行ったルーデウスだが、ガレキの下には誰もいないのであった。
ホッと一息溢すのだが、ふととあるものが目に入る。
階段だ。
地下室へと向かうための階段が、妙に気になった。
あまり入らないように伝えてはいるのだが、今回は非常時である。
もしかしたらそこに逃げ込んでいる可能性もあるだろう。
完全に埋まっていたガレキを取り出し、ルーデウスは地下の扉の前へと辿り着く。
そして開けようとしたところで、脳内に警鐘が鳴り響く。
(開けちゃ駄目だ。開けたら俺は、きっと後悔する)
そんな思考が入れ混じるが、ルーデウスはその予感を振り払い扉を開いた。
地下なので暗くて見えないが、鉄の臭いが充満していた。
奥へと歩を進めれば、足元に水気を感じる。
嗅いだことのある臭いだ。
嘘だと、そんな訳ないと。
必死に否定しながらも、彼は明かりを点けた。
「あ、あぁ……ああぁぁ……」
視界に映るのは、リーリャたちの死体。
ノルンもアイシャも、そしてゼニスも無惨な姿となり、光のない瞳を見せていた。
そしてこちらに避難をしていたのか、ジュリとジンジャーの姿もそこにあった。
足元に流れる血は、全て彼女たちのものだった。
「おぇ、おぇぇっ」
目の前の現実に堪えきれず、思わず胃から吐瀉物を吐き出す。
直視することが出来ない。
まともに思考することは出来ず、グチャグチャな感情で言葉を発することも出来なかった。
そして、
そして彼女たちの奥には。
妻である2人の身体が横たわっていた。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……!!」
シルフィエットとロキシー。
2人の身体は膝の下まで結晶化していた。
恐らく、ギリギリで魔石病を治すことが出来ただろう。
けれど、抉られてしまっている上半身からとめどなく血液が流れ落ちている。
魔石病が死因でないことは……明らかだった。
「うああああぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
もう、抑えきれなかった。
「シルフィ!! ロキシー!! 何で、何でなんだよ!! 何でこうなったんだよ!?」
叫びを上げ、溜まり溜まった感情が噴火する。
「おかしいだろ!? 2人を助けるために向かったのに!! 何でみんな死んでるんだよ!? 何でだよ!?」
全部、無駄だった。
ミリシオンまでの道中で死んだパウロとクリフも。
治せると信じて必死に手に入れた神級魔術も。
ラノア王国も崩壊し、家族もみんな失った。
多くの犠牲の果てに、守りたい家族を守ることも出来なかった。
ここまで歩んできた道のりは、何の意味もなかったのだ。
もうグチャグチャだった。
怒り、悲しみ、苦しみ……あらゆる負の感情が渦巻き、終わらない慟哭を上げる。
けれど、その心は憎しみに染まりゆく。
全てを踏み躙ったヒトガミ。
アイツだけは殺さなくてはならないと、思考がひとつに埋め尽くされる。
そのタイミングで、大きな衝撃によって地面が激しく揺れる。
それと同時に地下の一部が崩れ、遺体がガレキで潰されるのだった。
「は?」
突如起きた出来事に、思考が真っ白になる。
弔うことも出来ないのかと、唖然としてしまう。
必死にガレキを退かせば、もはや誰なのか判別もつかないほどグチャグチャになっていた。
ピシリと、自分の中の何かにヒビが入る音がした。
「…………ハハッ、ハハハ! アハハ!」
怒りを通り越し、笑いがこみ上げる。
「あーあ、結局俺はこうなるのかよ……」
ほんの数ヶ月まで幸せの絶頂にいた筈なのに、この僅かな期間で何もかも失った。
やはり、この世界での出来事は夢だったのかと失笑する。
どんなに願っても変えられなかった前世と同じだ。
いつもそうだった。
頑張って努力をしても、呆気なくその成果はなくなる。
細部は違えど、世界の本質に大きな差はなかった。
そう思うと、全てが馬鹿らしくなってしまう。
「はぁ、もうどうでもいいや……」
しばらく笑っていたルーデウスは、疲れた表情を浮かべて座り込む。
もう何もしたくなかった。
前世と同じであるのならば、何をしても無駄であることは分かり切っているのだから。
頑張ってもどうにもならないのである。
だったら初めから何もしなければいいだけの話だ。
「…………」
――そうして諦められたら、どれほど楽だったのだろうか。
彼の脳裏に前世の記憶がチラつく。
順調に進んでいた筈の人生は、たった一度の正義感によってイジメられることになった。
それからは家の中に引きこもり、無為な時間を過ごした。
何をやるにしても言い訳ばかりし、結局やり切ることなく投げ出し続けた。
本気でやろうと思っても、心も身体も言うことを聞いてくれなかった。
親の葬式も出ず、家から追い出されて。
そして最期はトラックに轢かれて無惨に死んだ。
後悔しかない人生だった。
頑張れば何とかなるとは思っていない。
それでも、もう少し努力すれば良かったと思うのだ。
やり切ることも出来ずに散る辛さを、彼は知っている。
後悔という名の呪いだ。
その苦しみは十分に味わった。
ルーデウスの視界に、ひとつの鍵が映る。
制作していた魔導鎧が仕舞われている扉の鍵だ。
ジュリが持っていたのか、ガレキの側に落ちていた。
「……俺は、何で生まれたんだろうな」
ルーデウス・グレイラットは特異な存在である。
彼と同じような存在はこの世界に存在しない。
地球からこの世界に転生した稀有な存在。
けれど、リベラルのように使命もない。
ナナホシのように帰郷の目的もない。
何の使命も目的もなく、この世界に生まれ落ちた。
そう、彼は何にも縛られていない自由な存在だった。
この世界で生きていくあらゆる選択肢があった。
前世の知識を生かし、貴族になる未来もあっただろう。
商人になる未来もあっただろう。
ただの村人になる未来もあっただろう。
平和で長閑な生活を送ることが出来たはずなのだ。
それでも彼は知識を求め、力を手にした。
普通に生きるには必要のないものも貪欲に求めた。
ルーデウスは自由でありながら、生まれてからずっと抱いていた思いがあったのだ。
『俺はこの世界で本気で生きていこう。
もう、二度と後悔はしないように。
全力で』
それがルーデウス・グレイラットの根底。
この世界に生きている理由。
彼が彼であるための願いだった。
だから――まだ終われない。
こんな形で、折れる訳がなかった。
たくさんの人を失ったけれど、
エリスも、ルイジェルドも、オルステッドも、そしてリベラルもまだいるのだ。
ヒトガミに一泡吹かせなければ後悔する。
立ち上がらなければならない。
戦わなければ、前世の過ちを繰り返すことになる。
後悔しないことは――自身の命より大切なことだった。
(それが、俺の生まれた意味なのかな)
彼はヒトガミを倒すことは出来ない。
魔神ラプラスの復活後でないと、無の世界に到達出来ないからだ。
しかし、それでも今のルーデウスに出来ることはある。
例え自分がヒトガミを倒せなくても、自分の成す一手がヒトガミの喉元に食い込めばいいのだ。
今の自分に出来ることをやればいい。
世の中には役割というものがある。
全てを1人でやる必要はないのだ。
ならば、リベラルを助けることが己に出来る最良の一手だろう。
そのことに全力を尽くせばいい。
ヒトガミを直接倒すのは、オルステッドとリベラルの2人がやってくれることだ。
鍵を拾ったルーデウスは、みんなの死体から背を向ける。
これ以上の後悔は必要ないのだ。
そして、決静かな声で一言だけ呟く。
「……みんな、行ってくるよ。俺のことを見守ってて欲しい」
そうしてルーデウスは、地下室から立ち去った。
――――
魔導鎧を身に纏い、戦場に現れたルーデウスはオルステッドの隣へと並ぶ。
本来の歴史では一度も肩を並べることのなかった2人だが、この世界ではそうはならなかった。
彼は神妙な表情でリベラルとバーディガーディを視界に収め、口を開く。
「………リベラルさんを治す方法はありますか?」
ルーデウスとしては、それが一番肝心であった。
ビタに憑依されていたからこそ、その恐ろしさが分かるのだ。
ビタに認識される方法でどうにかしようとすれば、リベラルを巻き添えにして自滅する可能性があった。
それを避けるための手段を、彼は思い付かなかったのである。
どうにも出来ないのであれば、リベラルを助けることは絶望的なのだが、オルステッドは静かに口を開いた。
「方法はある」
その言葉に、ルーデウスはその瞳にわずかな希望を宿らせる。
ここまで失ってばかりだったからこそ、その言葉は救いでもあった。
彼が原因でこの状況を招いてしまったのだ。
せめて、リベラルだけでも救いたかったのである。
「冥王ビタの肉体は虚弱だ。操る者が高出力の力を扱えばそれだけ負担となる」
「……つまり?」
「リベラルの今の状態をしばらく維持するか……奥の手を使わせられればビタは自滅する」
オルステッドの説明通り、ビタはあまりにも強大な力を受け止めることが出来ない。
現在リベラルが変身している『
そこから更にもう1段階ギアを上げれば、恐らくビタは耐えきることが出来ないのだ。
既にギリギリなため、下手に操ることも出来ないだろうと予想していた。
「……分かりました。それなら俺は闘神を抑えます」
ルーデウスはそのまま歩み出そうとしたが、オルステッドがそれに待ったを掛ける。
「出来るのか? 魔導鎧の力は把握しているが、それでも闘神の強さは桁違いだ」
「……任せて下さい。俺は既に覚悟を決めていますから」
そう告げたルーデウスは、地面に落ちていた剣を拾う。
北神の持っていた剣――王竜剣をその手に握り締めたのだ。
その姿を見たオルステッドは声を掛けようとしたが、結局何も言わずにリベラルへと視線を向けた。
そして、ポツリと一言だけ呟く。
「任せた」
「そちらも任せました」
言葉と同時に、オルステッドは動いた。
リベラルへと突貫し、そのまま彼女を突き飛ばす。
闘神もそちらに行こうとしたのだが、それをルーデウスが防ぐ。
「俺が相手だ。この先には行かせない」
「フハハハハ! よかろう! 我輩を止めてみるがいい!」
ターゲットを完全に決めた闘神は、ルーデウスへと小細工なしで六本の拳を振り下ろす。
先程オルステッドが告げたように、魔導鎧を着ていようとルーデウスの力はこの場で劣っている。
本来の歴史でも、改良した決戦用の魔導鎧で辛うじて渡り合えた程度なのだ。
まだ試作品程度の魔導鎧では、闘神に敵わないことなど明らかだった。
けれど、ここにいるルーデウスは本来の歴史とは違う。
「ほう、凌ぐか!」
嵐のように降り注ぐ拳を、彼は全て受け流していた。
その場から一歩も動くことなく、捌きながら力の流れを変えることで闘神の体勢を崩す。
光すら置き去りにする一閃が――バーディガーディの3本の腕を切り飛ばした。
それは紛れもなく――光の太刀だった。
ルーデウスはずっと努力を続けていた。
幼少期の頃からパウロに剣を教わり、ギレーヌから合理を教わり、ルイジェルドから戦い方を学んだ。
リベラルやオルステッドからも、魔術だけでなく剣術を学んでいたのである。
闘気を纏えず、才能がないと言われても止めることなく続けてきた。
それでも限界はあるだろう。
本当であれば、彼は光の太刀など扱うことは出来なかった。
けれど、ルーデウスは結界魔術によって潜在能力の全てを引き出していた。
脳は高速回転し、肉体も限界以上の力を引き出される。
身体のセーフティーを全て取り払い、文字通り命を燃やしてこの場に立っているのだ。
今までに蓄積し続けた知識、技術、経験……そして命。
継続してきた努力の報われる日が来たのだ。
それら全てを総動員することで――ルーデウスは最強の領域に足を踏み入れたのである。
(グッ……頭が割れそうだ……)
けれど、それは限りある力だ。
過ぎた力は、身を滅ぼす。
「……ルーデウス・グレイラット。貴様、死ぬ気か?」
命を削って戦っていることに気付いた闘神は、腕を再生させながら思わず尋ねる。
それに対し、ルーデウスは苦痛に苛まれながらもフッと笑みを見せた。
「俺の命なんかでリベラルさんを助けられるなら、喜んで」
「……よかろう!」
後ろに飛び退いた闘神は、大きく構えながら口上を告げる。
「我が名は闘神バーディガーディ! ヒトガミの盟友にして闘神の名を受け継ぎし者! 勇者よ! 来るがいい!」
「うおおぉぉぉぉ!!」
かつてのパウロのように踏み込んだルーデウスは、重力魔術を使いながら王竜剣を振り下ろす。
闘神に魔術の効果が薄いことは知っているため、彼の足場ごと地面から浮き上がらせる。
それによってバランスを崩した闘神は、無防備に一太刀受けてしまう。
が、瞬時に鎧と本体を再生させながら掴みかかった。
「むぅ!?」
今のルーデウスは、闘神の動きが止まっているかのように見えている。
伸ばされた腕を弾きながら、彼は王竜剣を闘神の胸に突き立てた。
そのまま王竜剣へと魔力を介し、魔術を放つ。
「『
瞬間、王竜剣の切っ先からマグマのように燃え盛る炎が放出される。
超高温のそれはバーディガーディの体内で爆発し、鎧の中で肉体が破壊されるのだった。
が、それすらも瞬時に再生していく。
動きを見ていたルーデウスは更に魔術を放ちながら後方に下がるのだった。
「まるでラプラスのようだな! だが無駄だ!」
「っ!」
攻撃しても攻撃しても、その度に再生される。
その事実に歯がゆく思いながらも、ルーデウスは止まらない。
魔力を高めつつ、何度も斬り掛かるのだった。
「フハハハハ! その程度か!?」
闘神の攻撃は一度も当たっていない。
しかし、ルーデウスは鼻血を溢していた。
限界を超え、脳みそがショートし始めていたのだ。
まだ数分も経過していないのに、彼の全身は悲鳴を上げていた。
(まだ……まだだ……!)
歯を食いしばりながら、ルーデウスは身体を動かし続ける。
チラリと隣を見れば、オルステッドは徐々にリベラルを追い詰めているようだった。
どうやら本気で魔力を解放し、多彩な動きで翻弄していた。
ルーデウスも負けじと更に動きを加速させていく。
最初よりもずっと速く動き、バーディガーディの腕をすれ違いざまに切り飛ばす。
同時に魔術も発動し、様々な種類の炎や氷、岩が殺到する。
振り返ればガトリング銃からも岩砲弾を放ち、砂埃が辺りに舞い散った。
砂埃が晴れれば、無傷のバーディガーディがそこにいるのだ。
「この程度で我輩は倒せぬぞ!」
何事もなかったかのように突進してくる闘神を前に、ルーデウスは思考を続ける。
このままでは勝てないと。
勝つために必要なのは何か。
結界魔術だ。
かつてアトーフェラトーフェを封じ込めたように、バーディガーディの部位を封印していけばいいのだ。
しかしそれには結界魔術を扱える必要がある。
そしてルーデウスは……結界魔術をまだ扱えなかった。
それでも諦めず、彼は何度も攻撃を仕掛ける。
何度も何度も腕や胴体を斬り裂き、その度に闘神は再生する。
同じ展開を何度繰り返したのかも分からない。
帝級魔術も放っているが、効果があるように見えなかった。
どれほどの時間が経過したのだろうか。
ルーデウスは現状を打開することも出来ず、攻撃をがむしゃらに繰り返すことしか出来なかった。
「どうした! 動きが遅くなってきたぞ!」
限界を超えていたルーデウスの動きは、闘神の言う通り精彩さを欠き始める。
徐々に鈍り始めた彼は、遂にバーディガーディの一撃を捌き損ねた。
放たれた拳は魔導鎧を砕き、ルーデウスの身体を吹き飛ばす。
「がっ、はっ……!」
受け身を取ったものの、いくつもの骨を砕かれてしまう。
苦痛に顔を歪めながら何とか立ち上がろうとするも、膝立ちから動くことが出来ない。
治癒魔術で怪我を治そうとしたのだが……魔術を発動することが出来なかった。
魔力が枯渇し始めたのだ。
ルーデウスの髪も白く変色し始める。
もはや限界だった。
目や口など、至るところから血が流れ落ち、全身が悲鳴を上げる。
命を燃やし戦っていた彼の身体は、燃え尽きようとしていた。
「ここまでのようだな……さらばだ、勇者よ!」
立ち上がれないルーデウスに目掛け、闘神は拳を振り下ろす。
当然ながら避けることも出来ず、その拳は彼の顔を撃ち抜いた。
「ルーデウス!!」
傍目ながらもその光景を見ていたオルステッドが叫ぶ。
だが時間が止まることはない。
無情に倒れゆくルーデウスの姿を見る間もなく、リベラルが攻勢となる。
障害を打ち倒した闘神もまた、その加勢に入るのだった。
状況は振り出しに戻り、再びオルステッドは劣勢にとなってしまう。
「――――」
「むぅ!?」
「これは……」
しかし、全員の動きが不意に止まる。
この場にいる誰もが身体を動かすことが出来なくなったのだ。
何が起きたのかはすぐに分かった。
「決めたんだ……後悔しないよう本気で生きるって……」
もはや死に体となったルーデウスが再び立ち上がり、王竜剣を構えていたのだ。
重力操作によって全員の動きが妨害される。
王竜剣の能力である重力操作。
ルーデウス本人の重力操作。
2つの力を合わせた彼は、人族としての肉体の限界を超えてひとつの魔術を放とうとしていた。
人族の身では扱うことの出来ない神級魔術。
王竜剣と合わせ、更に命を絞り出したルーデウスはそれを放つ。
その魔術に名前はない。
ただ莫大なエネルギーを溜め込んだ黒い球体が、バーディガーディに向かって放たれていた。
リベラルがそれを防ぐために何か魔術を使おうとしていたが、オルステッドの乱魔によって防がれる。
重力操作によって動くことも出来なかった闘神は、そのエネルギーに呑み込まれるのであった。
「ぬ、おおぉぉぉぉぉ!!」
何とか逃れようと足掻いていた闘神だったが、どうすることも出来ずにエネルギーの破壊に巻き込まれ再生を繰り返していた。
球体はそのまま彼方へと射出されていき、取り込まれていた闘神もまた堪え切れずに彼方へと呑み込まれて行くのであった。
全てを出し尽くしたルーデウスは、満足そうな表情を浮かべながら倒れた。
辺りは静寂に包まれる。
そしてその静寂を最初に破ったのはオルステッドだった。
「――良くやった、ルーデウス」
未だ唖然としていたリベラルへと一撃を与え、彼女は吹き飛ばされていく。
すぐさま立ち上がったものの、何処か迷いの見える姿だった。
「……出し惜しみせず使うがいい。貴様では俺に勝てん」
「っ!」
ポツリと呟かれたオルステッドの言葉に、リベラルは意を決したかのように後方へと飛び下がる。
バーディガーディはいなくなり、形勢は逆転した。
未だ夢の世界に囚われている彼女の視点では、ラプラスがいなくなったように映っている。
ここから巻き返すには、今以上の力が必要だった。
そのための声掛けも行った。
条件は整ったのである。
そして――彼女は奥の手を切った。
「――その龍は崩壊した世界を統べる
何色にも染まらぬ銀の鱗と、全てを内包する瞳を持つ。
かの龍が裏切られしとき、その力は振るわれん。
仲間を失い、家族を失い、しかし思い知るだろう。
始まりの龍が、いかなる思いで立ち向かったかを!
輪廻に囚われし龍。
全てを内包する瞳を持つ、龍族の神。
その意思を継ぐものとして願う。
力をこの身に宿せ――『
龍神の神玉から、かつての神の力が引き出される。
彼女が扱ったのは、初代龍神の固有魔術の模倣。
初代魔神との戦いで使用された、光の奔流だ。
今のオルステッドが相手ならば、倒すことすら可能だろう。
しかしそれは、彼女の身に寄生するビタにとって、耐え切ることの出来ない絶対的な力であった。
詠唱と同時にリベラルの全身は光に包まれ――そして耐え切れなかったビタの死によって光は弾け飛んだ。
リベラルはそのまま意識を失い、地面へと倒れるのだった。