ビタが死亡し、地面に倒れ伏したリベラルだったが、すぐに意識を取り戻した。
彼女は全てを覚えていた。
ビタに乗っ取られていたこと、ラノア王国を襲撃したこと、多くの人々を害してしまったこと、仲間を殺してしまったこと。
己のしてしまったことを、瞬時に全て理解した。
後悔や悲しみ、苦しみなど様々な感情が湧き出す。
その上で、彼女は真っ先にルーデウスの元へと足をふらつかせながら駆け寄った。
「ル、ディ……」
オルステッドとの戦闘に加え、切り札と奥の手を使ったリベラルの身体はボロボロだ。
特に奥の手は命を削って扱うため、僅かな時間でも消耗が激しい。
既に魔力も枯渇し、満足に闘気すら纏うことも出来ない。
そんな彼女の視線の先では、オルステッドがルーデウスの介抱をしていた。
「……起きたかリベラル」
「すみませんオルステッド様。私が不甲斐ないばかりに……」
「構わん。今回はビタの特性を知りながらも気付けなかった俺の責任だ」
そんなことはないと言いたかったが、今はそのことを言い合うタイミングではない。
全身から血を流しているルーデウスの治療が先である。
そう思っていたのだが、オルステッドは魔術を使おうとしない。
まさかと思い顔を向けると、彼は首を横に振った。
「……その様子だと、そちらも魔力を使いすぎたようだな」
「そう、ですね……」
互いに魔力が枯渇していたのである。
絞り出せば治癒魔術を使えるだろうが、それで治せるところまで使えるかと言われれば出来なかった。
魔術を使わなくても応急処置は出来るものの、潜在能力を全て引き出し、命を燃やしていた彼の身体を治すことまでは出来ない。
悲痛な表情を浮かべたリベラルがルーデウスへと顔を向けると、彼は目を開けていた。
「ルディ? しっかりしてください! 今治療しますから!」
「……いえ、もういいですリベラルさん」
「何言ってるんですか! 諦めるなんて貴方らしくないですよ!」
本気で生きると誓ったのなら、最後まで諦めるべきではないだろう。
そう思ったのだが、ルーデウスは微かに笑顔を浮かべていた。
「諦める……? そうですね……そりゃそう見えますよね……」
彼はハハッ、と静かに笑う。
「違います……満足したんですよ」
「満、足……? この結果にですか?」
こんな何もかもを失ったかのような状況で満足出来ることなどあるのだろうか。
少なくとも、リベラルは何も満足していないし納得もしていない。
この結末を覆したいとすら思っている。
だが、ルーデウスの考えは違った。
「2人とも……俺が転生する前のことを知ってるんですよね?」
「ええ」
「ああ」
その言葉に、リベラルとオルステッドは頷く。
オルステッドはそこまで深く知らないものの、シルフィエットやロキシーよりも知っていると言えよう。
だからこそ、己の過去を知る者へと最期の言葉を残すのだ。
「……以前の俺は、ロクデナシでした。何もかも中途半端にしか出来ず……すぐに諦めてしまう……そんな情けない奴ですよ。
自分でも何をしたいのかも分からず、見栄だけは人一倍大きくて……。
無駄なプライドを振りかざして……家族に迷惑ばかり掛けてました」
頑張ろうとしても言い訳をし、何かをやり遂げたことがなかった。
「途中で折れて……最後まで頑張ったことがなかったんですよ。
何かを始めても……結果が伴わなければすぐに諦めて……。
今にして思えば……最後まで頑張れば違ったかも知れません……。
あの時ああすればよかったって……後悔ばかりです」
だからこそ、この世界では本気で生きた。
二度と同じ思いをしないように。
後悔しないように、本気で生きてきた。
「そりゃ……家族を失って悲しいですし悔しいですよ……でも――初めて最後までやり遂げたんです」
そう、ルーデウスは初めてだったのだ。
途中で折れずにやりきったのは。
本来であれば、妻の2人を失った時点で立ち直れなかった。
これ以上の努力は馬鹿馬鹿しいと投げ出そうとした。
心はグチャグチャになり、頑張ることが苦しかった。
けれど、そこで折れなかった。
前世の過ちを思い出し、立ち止まらなかったのだ。
その果てに、今の結果を呼び寄せることが出来たのである。
「まあ……俺がいてもいなくてもオルステッドさん1人でどうにかなったかも知れませんけどね……」
「そんなことはない。ルーデウスがいなければ、俺はリベラルを助けられなかった」
「なら……良かったです……俺の努力に……意味はあったんですね……」
オルステッドの言葉に、彼は満足気な表情を浮かべる。
「――俺、頑張りましたよ。
本気で生きてきました。
前世からずっと出来なかったことが……やっと出来たんです。
その頑張りのお陰で……リベラルさんを助けられた。
後悔なんてありませんよ。
2人になら……俺は信じて託せるんです。
だから……後はお願いします」
その言葉を最期に、ルーデウスは静かに目を閉じた。
彼はずっと満足そうな表情だった。
一度も弱音を吐かず、リベラルたちの勝利を信じていた。
二度の人生を歩んだその燃える炎は、ここで消えることとなった。
「――――」
――ルーデウスが死んだ。
その事実にリベラルは言葉を発することなく立ち上がる。
嘆きたい気持ちはあるが、それよりも大切なことを彼が教えてくれたのだ。
立ち止まっている暇はなかった。
ルーデウスの信用に応えなけれならない。
それが彼の遺言なのだから。
「……どうするつもりだ?」
未だルーデウスの傍にいたオルステッドは、リベラルへと視線を向ける。
最期に託されたものの、ハッキリ言ってこの状況から巻き返すことは不可能だった。
彼は既に魔力が枯渇した状態であり、回復に長い時間を要する。
仮にヒトガミの元にたどり着いても、倒すことが出来ないのだ。
しかし、オルステッドは知っている。
彼女がここから巻き返す術を持っていることを。
「……禁じ手を使うつもりか」
「ええ、こんなところで終われないのは私も同じですから」
リベラルの持つ最後の術。
この状況から巻き返すことの出来る裏技。
即ちそれは――。
「――過去に転移します」
――それこそ彼女の持つ禁じ手。
時空間を研究していたからこそ出来るようになった裏技だ。
本来の歴史で行われた過去転移を、リベラルは出来るのだった。
「……以前にリスクがあると言っていたが、大丈夫なのか?」
「背に腹は代えられません」
彼女の言うリスクとは、世界が崩壊したりするのではないかと言うものだ。
大袈裟と思われるかも知れないが、この世界は既に時空間が既におかしくなっている。
オルステッドはループしており、リベラルは未来から過去に転生した存在だ。
更に今の2人は知らないが、ルーデウスやナナホシは未来での捻れにより誕生した存在でもあった。
未来と過去の時間を行き来した存在が複数人いるからこそ、そう考えていたのである。
そんな状況で使えばどうなるか分からない。
故に禁じ手なのだ。
リスクが大きいため、使うのは避けたかった。
「一応、龍鳴山で過ごしていた頃に試しはしましたが……気軽に使っていいものではありませんからね」
言葉通り、彼女は既に過去への転移のための実験を行っている。
何の検証もせず、土壇場で使うほど考えなしではない。
龍鳴山で過ごしていた頃のリベラルは、以前に過去への転移を行っていた。
転移により3日前に戻り、過去の自分が行う行動を観測することに成功しているのだ。
自身の魔力だけでは年単位の転移は厳しいものの、それは魔力タンクでも作れば解決出来る問題である。
結果を変えればどうなるか分からないものの、こんな終わり方をするより遥かにマシだった。
「準備してきます。オルステッド様はどうしますか?」
ループをしている彼を過去に転移させることが出来るか不明なため、使用するのはリベラルだ。
オルステッドは魔力が回復しないため、出来ることはほとんどない。
「出来上がるのを見ていよう……気になることもある」
「気になることですか?」
「ああ、ルーデウスが倒したバーディガーディだが……まだ生きてる可能性がある」
彼の話に、リベラルは眉をひそめる。
バーディガーディは不死魔族のため、確かに死んではいないだろう。
いずれ復活することは確かだ。
しかし、神級に匹敵する魔術を受けて彼方に消え去ったのである。
少なくとも、年単位で現れることはないだろう。
その思いに気付いたのか、オルステッドはフッと笑いながら言葉を続ける。
「安心しろ。俺もあの魔王がまた現れるとは思っていない。念のため見張りをしておくだけだ」
「なるほど。オルステッド様が見張ってくれるなら安心ですね」
どのみちバーディガーディに限らず、ヒトガミの使徒が現れる可能性はあるのだ。
過去への転移をするには準備が必要だし、何より魔力を回復させなければならない。
時間が掛かるため、オルステッドがいてくれるのはありがたい話だった。
「まずは周囲の安全確保ですかね」
「そうだな」
ラノア王国は壊滅状態となっている。
周辺諸国から様々な人々が集まってくるだろう。
あまり目立つ場所で準備をしていても邪魔が入ることが予想されるため、一度場所も変える必要があった。
そうして、2人は場所を変えるのであった。
――――
場所を変えてからしばらくして。
リベラルは宣言通り、過去転移をするための準備をしていた。
オルステッドも近くで暮らし、周囲の状況を見張っていた。
「そういえばオルステッド様」
「なんだ」
「シーローン王国はどうなったのですか?」
作業をしながら彼女は尋ねる。
今回は魔石病の治療とシーローン王国での戦争によって戦力が分断されたのだが、結局帰ってきたのはオルステッドだけだった。
ザノバはどうなったのか。
それと時期的にアスラ王国の王位継承も近付いている。
過去に戻るにしても、その辺りの状況を把握する必要はあるだろう。
「戦争はあったが、パックスの生死に関係のないものだった」
「つまり……捨てた訳ですか」
「そうだ。ラプラスの復活とお前を操ることを天秤に掛けた結果、シーローン王国を囮にすることにしたのだろう」
「それは……ヒトガミにしては随分と思い切ったことをしましたね」
「ああ。だが、結果は成功した訳だがな」
今回の世界では、魔神ラプラスの復活地点が固定されたということだ。
そもそもヒトガミの未来視では、オルステッドの行動が見えない。
毎回邪魔をしてきているみたいなので「もしかしたら……」という思いはあるのかも知れない。
しかし、ラプラスの復活地点を事細かに把握されているとまでは思っていないだろう。
だからこそ、今回はそちらを捨てて魔石病を起こすことを優先させた訳だ。
結果として大成功である。
オルステッドは大幅に消耗させられたので、ラプラス戦役が起きても起きなくても、結果に変わりがなくなったのだ。
「ザノバも無事だ。役目を終えて戻ろうとしていたが……パックスの嫌がらせで遅れているだけだ」
「そうですか……それなら良かったです」
とりあえず、シーローン王国の問題はヒトガミが深く介入しなかったことで、特に障害がないことが判明した。
過去へと戻れれば大きなアドバンテージを得られるだろう。
「アスラ王国はどうでしょう。時期的にそろそろだと思いますが」
「暗殺者を態々送ってきたところを見ると、ヒトガミの準備はあまり出来ていないだろう」
「それもそうですか」
今回はリベラルの介入によってフィリップが生きている。
そのフィリップは転移事件後からずっと、アリエルが王位継承するための準備をしているのだ。
暗殺者を使うという短絡的な方法を選んでいる以上、ダリウス側は苦しい状況になっていることが窺える。
ダリウス失脚のためのトリスティーナも確保されているため、既にこちらは王手を掛けていた。
と言っても、今の全て失った状態ではどうすることも出来ないのだが。
ひとまず、態々こちらを狙っている以上フィリップは無事なのだろう。
そして彼の護衛をしているエリスたちも、無事であることが推測出来る。
「はぁ……結局、私の不手際で全てを覆された訳ですか」
「それを更に覆すのだろう」
「ん……おっしゃる通りです」
「だったら気にするな。ここを乗り切ればヒトガミに出来ることはない」
「……ありがとうございます」
オルステッドは優しかった。
今回の件に関して、一言も責めなかったのだ。
それどころか、自分も悪いと言い出していた。
何度も慰められてしまい、自分の情けなさが顕著となってしまう。
それに報いるには、やはり過去への転移だ。
ヒトガミの企みを阻止することことそ、オルステッドへの最大の恩返しである。
それからしばらく経過し、リベラルはようやく過去転移の準備を終えた。
いくつもの石版が積み重なり、更に横へと敷き詰められている。
ひとつひとつに文様を刻み込み、それが連なることで立体的な魔法陣となっていた。
その陣の隣に組み立てられた巨大なタンクのようなものも立派であろう。
これは魔力を溜め込む電池であり、計算上で約10年間分戻るのに必要な魔力を充電していた。
「完成です」
「……改めて見ると凄まじいな」
素直に関心するオルステッド。
彼の知らない知識と技術で作り上げた装置だ。
何の感想もなければ、 リベラルも悔しく思うだろう。
「後は……私が今まで記してきた日記を起点に過去に戻るだけです」
「日記?」
「ええ、備えてはいたんですよ。取り返しのつかない失敗をした際に、またやり直すために」
彼女はずっとこれまでの出来事を記していた。
それこそ龍鳴山で過ごしていた頃からだ。
ブエナ村での分は転移事件によって失ってしまったものの、それ以外は至るところにある。
それも全て、過去転移をするためのものだ。
今までずっと様々な備えをしてきた。
未来の知識も使ったし、前世の知識も使った。
ずっと先を見据えて行動し、ミスをしないよう手を尽くしてきた。
今回でその備えも全て出し尽くすことになる。
ヒトガミの一手により、それほどまでに追い詰められてしまったのだ。
この先の未来に必要なものは、追い詰められたことで何となく把握出来た。
(……出し惜しみしない方が良かったんですかね。追い詰められたことで、自分に足りない課題が見つかりましたよ)
今回の一番の失敗は何だったのかは言わない。
けれど、リベラルの敗北は間違いなく原因の1つだろう。
そして敗北しないために自分に足りないものは把握出来た。
再び闘神と戦うことになっても、負けないようにする必要がある。
「……じゃあ、やり直してきますね」
「ああ……頼んだ」
「任せて下さい」
頼もしい台詞と共に笑顔を浮かべたリベラルは、転移装置に魔力を送り始めた。
それと同時に、彼女の位置から魔力が浸透していく。
端から光り出した転移陣の輝きは、徐々に中心へと伝っていった。
そして、魔法陣全てが白い光に包まれ――。
(何か……何か、おかしい。私から吸われる魔力が多すぎる。まさか――)
リベラルは世界から消えた。
眩い光に見えなかったオルステッドだけが、その場にいるのだった。
転移は成功したのだった。
……過去への転移は、だが。
そのことをオルステッドは知る由もなかった。
――――
リベラルの危惧していたリスク。
それは最悪な形となって彼女に襲い掛かることになる。
転移陣の仕組みに不備はないし、理論は何も間違えていなかった。
転移したのがルーデウスならば、きっと無事に成功しただろう。
けれど、リベラルだからこそ失敗した。
フィットア領での転移事件にヒントはあった。
そのヒントに気付けなかったことが最大の失敗なのだろう。
茶色、黒、紫、黄色。
普段は見られない空の色。
しかしどこかで見たことのあるような色。
徐々に白く染まっていく空は、かつての光景に酷似していた。
そして、空から一条の光が地面へと伸びる。
それが地面に着いた瞬間。
白い光の奔流があらゆるものをかき消しながら津波のように迫った。
周辺にある様々なものを飲み込み広がっていく。
即ちそれは転移事件。
あらゆる物質を彼方に飛ばし、その中心にて彼女――リベラルは降り立った。
「ガハッガハッ……! そんな……まさか……魔力が、足りなかった、のですか……」
その身体は無事とは言えなかった。
魔力は枯渇し、真っ白に染まり上がり。
その顔は生気を吸い取られたかのようにやせ細り。
生命を維持するための臓器の大半が消え去っていた。
本来の歴史にて、ルーデウスが過去に転移した状況と似ている。
否、それよりも酷い状況となっていた。
備え付けていた魔力の電池だけではまかない切れず。
リベラルの持つ膨大な魔力でもまかない切れず。
そして周辺の魔力の全てを吸い取り、辛うじて彼女は過去に転移したのである。
――
魔力もなくなり、身体の大半も損傷したリベラルは動けない。
怪我を治すことも出来ない。
自身の種族としての特性により、辛うじて生きている状態だ。
彼女は地面に横たわりながら、自身の身に起きた状況を解析していく。
(かつて行った過去転移では……こうはならなかった。3日前に転移することに成功したのに……何故……)
既に出来ていたことなのに、失敗した。
であるのならば、当時と何か違う因子が混ざっていたのである。
その何かを必死に考えていたリベラルは、その原因に思い当たるものがあった。
(転移事件……なるほど……そういうことですか……あれこそまさに世界の
言葉を発することすら出来ない状態で、彼女は更に思考を回転させていく。
(ならば……静香が元の世界に転移出来なかったのは……つまり因果の歪み、ですか……未来によって今が形作られている、と……参りましたね……)
動けないリベラルは、何日もその場にいた。
徐々に肉体は再生しているものの、まだ動くには不足している。
考える時間だけはたくさんあった。
(私の転移が失敗したのも……因果の歪みですか。私の中にある龍神の神玉がネックになるとは……)
始まりはオルステッドのループ。
次は未来で起きた何か。
その何かによって現れたルーデウス。
ルーデウスの干渉によって乱れた因果の歪み。
因果の歪みによって転移してきたナナホシ。
ナナホシの分岐によって生じた
そして因果の歪みは、
転移事件後に身体が気怠くなり、魔力が勝手に消耗された理由も今になって理解した。
あれによって世界が確定したのである。
そこに龍神の神玉という神の力を持った存在が定着したことが今回の原因なのだ。
転移事件が起きる前は、まだ世界が確定していなかった。
けれど、転移事件によって未来と過去に存在し得なかった
確定する前の世界だからこそ、実験で行った過去転移は成功した。
端的に分かりやすく言えば、
力に関係なく、運命に与える影響も皆無に等しかった。
だからこそ、ヒトガミはリベラルの姿を見ることが出来なかった。
龍神の神玉しか姿は映らず、未来も転移事件が起きる前までのものしかなかったのだ。
そして存在が確定したことにより、リベラルは龍神の神玉という神の力も世界に定着させたのである。
即ち――龍神の神玉を2つ以上存在させられなくなったのだ。
龍神の神玉を持つリベラルを転移させるには、あの程度の魔力では不足していたというだけのことだった。
それこそが、今回転移に失敗した理由。
(まだ……まだ回復しないのですか……)
再び転移事件が発生したことにより、周囲は更地となっている。
しかし誰かが来るのも時間の問題だろう。
ヒトガミの使徒に限らず、悪意ある者や魔物が現れたりしたら為す術もないのだ。
それほどまでに、今の彼女は消耗していた。
だからこそ焦っているのだ。
更に日にちを跨ぎ、リベラルは辛うじて歩ける程度まで回復した。
魔力も徐々に回復しているが、まだ何かを使えるほどではない。
そしてそんな状況で――それは現れたのである。
「フハハハハハハ! まさかと思い来てみたが……こんなことになってるとはな!」
そいつは、大きかった。
そいつは、金色の鎧を身にまとっていた。
そいつは、六本の腕を持っていた。
その男とは即ち――。
「バー、ディ……」
――闘神バーディガーディ。
ルーデウスによって彼方に飛ばされた彼は、既に復活していたのであった。
オルステッドとルーデウスの与えた消耗は、完全回復していた。
無傷でそこにいたのだ。
「満身創痍だな銀緑よ。何があったのかは知らぬが、これほどの好機はあるまい!」
最悪のタイミングで、最悪の敵が現れたのだった。
今の彼女に、反撃する力はない。
それどころか、歩くことすら大変な状態なのだ。
逃げることすら出来ないだろう。
希望へと繋げるための過去転移。
それは更なる試練と絶望の始まりでしかなかった。
もはや詰みだ。
この状況を覆す術を、リベラルは持っていなかった。
「最後に言い残す事はあるか?」
「……じゃあ、ひとつだけ」
「言ってみよ」
態々時間をくれたバーディガーディに甘え、彼女は溜め息を溢しながら口を開く。
「……正直、私は別に貴方のことを恨んではいないんですよ」
「ほう」
「そもそもキシリカ様が友人ですし、諸悪の根源はヒトガミですから」
それは前々から言っていたことだった。
全部ヒトガミが悪い。
それでいいのだ。
無駄に争う必要はないのだ。
ラプラスのことに関しても、既に割り切っている。
「……貴方はいつまで龍族と魔族というしがらみに囚われているのですか? 私もキシリカ様も、既に乗り越えてますよ」
龍族と魔族は仲が悪い。
それは昔の出来事が原因だ。
龍族が魔界を滅ぼしたせいなのだろう。
でもそれは今のリベラルに関係のないことだし、今のバーディガーディにも関係のない話だった。
加害者側のこちらが言うのは違うかもしれないが、自分たちが生まれる前の因縁なんて知らないのだ。
そして被害者側のキシリカ……即ち初代魔神の娘は既に許していた。
だからこそ、ヒトガミに従わないで欲しかったのだが……。
「……その言葉、覚えておこう」
バーディガーディは、噛み締めるかのようにそう呟いた。
そして、その腕を振り上げる。
「では、さらばだ」
やはり説得は出来ないかと、リベラルは目を閉じた。
そうして拳が振り抜かれるのを待っていたのだが……衝撃はいつまで経っても来ることはなかった。
不思議に思い目を開けば、バーディガーディの腕は寸前で止められていた。
彼が自分で止めたのではない。
リベラルの後ろから伸びていた手によって受け止められていたのだ。
そしてその正体を、彼女は知っている。
「……あ、え……嘘……なんでここに……?」
恐る恐る後ろへと視線を向ければ、いる筈のない男がそこにいた。
「本当は、来るつもりがなかった」
その声、その顔、そして匂い。
全部、覚えている。
「だが、私の魂が叫ぶのだ。君を助けなければならないと」
彼と最後に会ったのは、遥か昔だ。
けれど、忘れる訳がない。
銀色の髪をした男だった。
背丈は2メートルを越え、背中には翼がある。
その男が龍族であることは明らかだった。
「闘神バーディガーディ。この子に手を出すことは許さない」
朧げながらも記憶している使命のために、旅を続けていた存在。
何者かに技を伝えなければならないため、争いの場に現れることはなかった。
けれど、彼はここに現れた。
自身の使命がありながらも、目の前の彼女を助けることを優先したのだ。
「お、父様……お父様ぁ……」
思わぬ再会に涙を溢すリベラル。
優しく守るように回された腕に、雫が滴り落ちる。
「――私が相手だ」
七大列強第一位――『技神』ラプラス。
記憶を失いし父親の片割れが、娘を守るために参上したのだった。