無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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8話 『未来からの贈り物』

 

 

 

 ――『技神』ラプラス。

 

 彼は魔龍王ラプラスの分身である。

 ラプラスは第二次人魔大戦にて闘神と戦い、魂が2つに割かれることとなった。

 人の存在を憎悪する『魔神』。

 神を打倒せんとする『技神』。

 それがヒトガミの思惑なのか不明だが、2つの存在に別れてしまったのである。

 

 魔神はヒトを殺さなければならないという記憶なき使命の元、魔族をまとめ上げて人族との戦争を勃発させた。

 その名は400年以上経った今でも語り継がれ、魔族の英雄として名を馳せている。

 

 それに比べて、技神に関しては戦場で見掛けたという声が圧倒的に少ない。

 それどころか今では行方不明とされており、存在すら疑問視されている。

 それでも尚その名が残り続けているのは、自身の作り出した七大列強というシステムのお陰だろう。

 膨大な技と、それを何者かに伝えなければならぬという目的だけはおぼろげに覚えていた技神は、技術の研鑽に努めた。

 結果として、彼は人前に姿を現さなくなった。

 それは目的を果たすために、自身が死ぬわけにいかないからだ。

 その何者かに己の知識を伝えることが目的であり、危険を犯せば伝えられなくなるかも知れないからだった。

 

 技神の実力を知るものはいないということだ。

 ループしているオルステッドや、未来視によって世界を見渡せるヒトガミを除き、誰も知らない。

 それは娘であるリベラルもそうだった。

 ただ、ひとつだけハッキリしているのは。

 

 ――技神は七大列強の一位だということだ。

 

 

――――

 

 

 技神ラプラスは、目的のために技術の研鑽に努めている。

 そんな技神が今、危険を犯してまでリベラルを助けに現れた。

 もちろん、彼女のことなんて覚えていない。

 それでも助けようとしたのは、その魂が娘のことを覚えていたからだろうか。

 

「フハハハハ! まさか貴様が現れるとはな! 久しいなラプラスよ!」

 

 思わぬ人物の登場に、闘神は高笑いしていた。

 そんな彼の様子に、技神は首を傾げる。

 

「私は君のことを知らないが……知っているということは昔の私を知る者のようだね」

「然り。だが今の貴様のことは知らぬ」

 

 バーディガーディは魔神ラプラスと戦ったことはあるものの、技神ラプラスとは出会ったことすらない。

 ヒトガミからラプラスの現状について聞いてはいるが、それだけである。

 むしろ、記憶を失っているのにこの場に現れたことに驚いていた。

 

「おとう、様……」

「久しぶりだね、リベラル」

「……私のことを、覚えているのですか?」

 

 リベラルの言葉に、彼は首を縦に振る。

 

「もちろんだとも。龍鳴山に訪れた時に出会った少女だね。随分と成長したようで嬉しいよ」

「……そう、ですね。成長したと思いますけど……それでもまだ未熟ですよ……」

 

 ラプラスの言葉は、やはりリベラルが娘であることを覚えていないものだった。

 そのことを残念に思いながらも、彼女はその感情をおくびにも出さずに応答する。

 そんな彼女の内心を読み取ったのか、技神は柔らかな笑みを浮かべ、頭に手を置いた。

 

「君のことは覚えていない。覚えていないけれど……何故か懐かしい気持ちになるんだ」

「…………」

「私と君の関係性については敢えて聞かないでおこう。だけど、きっと私にとって大切な存在だったのだろうね」

 

 ラプラスはその言葉と共に、彼女を守るかのように前に出る。

 

「――後は私に任せなさい」

 

 頼もしい台詞だった。

 彼はリベラルのことを覚えていないとは言っていたが、その背中は紛れもなく父親<ラプラス>のものだった。

 色々と言いたいことはある。

 けれど、リベラルの中にあった様々な感情は、その一言で安心感へと変わった。

 

「お願い、します」

 

 彼女の言葉に頷き、技神は闘神を見据える。

 闘神は動きを止めてその一連の流れを見ていたが、そこでようやく口を開いた。

 

「吾輩に勝つつもりか?」

 

 闘神は魔龍王ラプラスと相打ちになった存在だ。

 実際の実力差はさておき、少なくともそうなるだけの力はあった。

 そして今のラプラスは、魔龍王の半分程度の存在でしかない。

 負けることはないだろうと闘神は感じていた。

 

 リベラルもまた、技神の分が悪いと思っていた。

 彼もリベラル同様、闘神との相性が圧倒的に悪いのである。

 魔力を保有せず、闘気すらも魔力結晶の力を借りなければ纏えないのだ。

 どう考えても、闘神鎧とバーディガーディの防御力を突破することが出来ない。

 その耐久力を前に、ジリ貧となることは目に見えていた。 

 

 そんな2人の評価に対して、技神は特に表情を変えることなく答える。

 

「勝つ必要はないさ。私はリベラルを守るために来たんだからね」

 

 そう告げた技神は、足で地面に一本の線を引く。

 何の変哲もないただの線だ。

 意図を把握出来なかった闘神は、怪訝な表情で彼に視線を向ける。

 それに対して技神は不敵な笑みで答えた。

 

「ここから先は、私の領域だ。

 闘神バーディガーディ。君にこの線を越えることは出来ない」

「フハハハハ! よかろう! ならば吾輩はその線を踏み越えようではないか!」

 

 その発言と共に線の上に立つ技神。

 闘神はその挑発に高笑いし、六本の腕を振り上げた。

 

「奥義『止水(シスイ)』」

 

 それは龍神流の技だった。

 リベラルもかつてデットエンドとの手合わせにて使用した技。

 

 迫り来る闘神の腕の一本は、何事もなかったかのように受け止められた。

 だが、迫る腕はまだ五本ある。

 だというのに、その腕は途中でピタリと止まった。

 自身で寸止めしてるかのように技神の目前で止まり、闘神は不自然に身体を震わせる。

 

「ぬ、ぅ……!」

 

 後ろから見ていたリベラルは、何が起きているのか正確に理解した。

 迫りくる拳に触れただけで、闘神は身動きを取れなくなったのだ。

 技神は闘神の力の流れを完全に支配していた。

 それは合気を極めた柔の極地と言えよう。

 リベラルも魔眼を使えば出来るものの、魔眼の通用しない闘神には出来ない芸当だった。

 

「おや、どうしたんだい? 私はまだ闘気を纏ってすらいないというのに」

 

 軽口を叩く技神に、闘神は変わらず身動きを取れない。

 しびれを切らしたかのように、闘神は雄叫びを上げながら無理やり動こうとする。

 その瞬間、竜巻のように回転しながら空中に吹っ飛んだ。

 何十メートルも派手に回転し、闘神は地面に叩き付けられる。

 

「凄まじい力だね。そこまで吹っ飛ぶのは初めて見たよ」

「効かぬわ!」

 

 首があらぬ方向に折れ曲がっていたが、闘神には何のダメージもない。

 再び接近してその豪腕を振り下ろす。

 が、技神が素早く突き出した腕とぶつかると、闘神は威力負けしたのかよろめきながら後ろに後退した。

 

 リベラルはそれが何なのかも知っている。

 ただの『発勁』だ。

 龍神流の基本的な技のひとつである。

 

「ぬおぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げながら、闘神は何度も腕を振り下ろす。

 技神はその全てを龍神流の技で弾いたり、受け流したりしていた。

 そのどれもが彼女も扱える技だ。

 

 否、途中で気付いた。

 技神は龍神流の技しか使っていない。

 そして――それ以外の技を扱えないのだ。

 

「ふむ、その程度かい?」

 

 けれど、技神は涼しい表情でそう口にした。

 ハッタリなのではなく、本当に余裕があるのだ。

 

 龍神流とは元々ウルペンが独自に作り上げた、魔力を極力使わずに敵を追い詰める独自の技術である。

 しかしその源流となったのは、やはりそれまでの百人の龍神が築き上げた龍族の技術なのだ。

 技神が使っているのはそれらであり、先ほども告げたようにリベラルも扱うことが出来るし、オルステッドも扱えるだろう。

 だが、技神の使うそれは()()()()が違った。

 

 リベラルもオルステッドも、技神の技を同じ練度で扱うことは出来ない。

 それは龍神という足跡が築き上げた歴史そのものである。

 龍神流を極めた存在――それこそが技神だった。

 

「確かに凄まじいが……それでは吾輩を永遠に倒すことが出来ぬぞ」

 

 技神の技は確かに次元が違う。

 違うのだが、闘神に何のダメージもないのは相変わらずだった。

 それならば、最終的に体力の差で闘神が勝利を掴むことになる。

 

 その言葉に、技神はキョトンとした様子だった。

 

「そもそも私は君を倒そうとしていないよ。最初からリベラルを助けることが目的だからね」

 

 闘神の攻撃を捌きつつ、技神はリベラルへと顔を向ける。

 

「私は私の目的を果たす。君は君の目的を果たすといい」

「私の、目的……ですか……」

 

 余所見をしながら闘神を弾き飛ばした技神を前に、リベラルは言葉を反芻する。

 まだ満足に動けないため、彼の加勢に入ることは出来ない。

 それに彼女の目的は過去を変えることであり、技神と同様に闘神を倒すことではないのだ。

 いつまで均衡を保てるか分からない以上、なるべく早く過去に戻る必要があるだろう。

 

 しかし、今のリベラルは過去に戻ることが出来ない。

 入念な準備をしたとしても、今回と同じ結末になることは目に見えている。

 仮にオルステッドと合流出来たとしても、自身と同じことになる可能性がある以上、彼も過去に飛ばすことは出来ない。

 ならば、方法はひとつだけだろう。

 

「時間稼ぎを……お願いします……」

「任せなさい」

 

 未だ回復し切ってないリベラルは、逃走することが出来ない。

 ならばと懐から本を取り出した。

 自身が持っている日記の一冊だ。

 これに未来で起きる出来事を記載していく。

 

 ルーデウスにビタが寄生していること。

 それが原因で壊滅状態に追い込まれること。

 シーローン王国が囮であること。

 アスラ王国の考察。

 そして、自身が気付いたこの世界の歪み。

 それに伴うナナホシの異世界転移に失敗する理由。

 この世界は未来の影響を受けており、未来が決まっているからこそ転移に失敗すること。

 

 それらを全て記載していく必要がある。

 流石にすぐに書くことは出来ないため、技神には長く時間を稼いでもらう必要があった。

 

「ふっ!」

「ぬぅ!」

 

 激しく応酬を繰り広げる2人。

 両者ともにまだまだ余裕がありそうだった。

 技神は変わらず闘神の攻撃を捌き。

 闘神は無尽蔵の体力を持って襲い続ける。

 

 未だに線を超えることが出来ていない。

 それどころか、技神はずっと線上から動いていないままだ。

 腕を伸ばしては弾かれ、体当たりすれば受け止められ。

 闘神のあらゆる攻撃は全て無効化されていた。

 

「吾輩と体力勝負でもするつもりか?」

 

 しかし、先ほども言ったように闘神にダメージは一切なかった。

 攻撃を避けているのと、効いていないのでは大きな違いがある。

 持久戦になれば、不死魔族である闘神の方が有利だろう。

 

 ダメージを与えられない事実を告げたのだが、技神は相変わらず涼しい表情だ。

 

「……先ほども言ったが、君はひとつ勘違いしているようだね」

 

 彼はひとつの魔力結晶をその手に掴む。

 

 

「――私はまだ闘気を纏ってないよ」

 

 

 闘神の攻撃を捌いたのも、受け止めたのも、弾いたのも。

 それは全て彼の技術だけで行われていたことだった。

 一度たりとも自分から攻勢に出ることもなかった。

 技術だけでその場から動くことなく凌いでいたのだ。

 

 そんな技神は魔石の魔力を利用し――闘気を纏うのだった。

 

「……さて、そろそろ私からも行かせてもらおうかな」

「!!」

 

 気付いた時、闘神の心臓は貫かれていた。

 手の先から伸びた爪を限界まで強化し、貫通力を上げたことで闘神鎧の防御力を突破したのだ。

 怯んでいる隙に顔を叩けば、兜の目の部分が塞がれ前方が見えなくなる。

 そして次の瞬間には、闘神の四肢は切り飛ばされていた。

 

 その手には一本の剣が握られている。

 何の変哲もないただの剣だった。

 

「ぬ、おぉぉぉ!」

 

 身体を再生させた闘神が腕を振り回す。

 が、それと同時にその四肢は再び切り落とされるのだった。

 ついでと言わんばかりに目潰しもされている。

 最早ハメ殺しである。

 闘神は攻撃を認識することも出来ず、一方的にやられ続けるだけだ。

 

 ラプラスは魔神と技神に別れ、その特性も2つに別れた。

 魔神は無尽蔵とも言えるその魔力が。

 技神は最高峰とも言えるその闘気が。

 互いにどちらかひとつしか扱えぬが、そのひとつは歴代トップクラスの才能である。

 

 闘気を纏った技神は――まさしく七大列強一位に相応しい実力を持っていた。

 

「無駄だ!」

 

 しかし、やはり闘神との相性が悪いことに変わりはなかった。

 闘神を倒すのに必要なのは、圧倒的な破壊力か封印術である。

 そのどちらも、魔力のない技神には成し得ない方法なのだ。

 

「…………」

 

 闘神は最早動くことも出来ず、再生を繰り返すだけだった。

 攻めることを諦め、攻撃が緩むまで耐えることを選ぶ。

 そしてその選択は正しい。

 闘気を纏うのに魔力結晶を扱う以上、戦える時間に限りがあるのだ。

 

 嵐のような攻勢を繰り広げながら、技神はチラリと後ろを見る。

 リベラルはひたすら日記を書き続けていた。

 後どれくらいで終わるのか分からないが、それでも日記の一冊を書き上げる程度の時間だろう。

 その程度ならば――余裕を持って保たせることが可能だった。

 

 

――――

 

 

 リベラルには龍神の神玉がある。

 龍神の神玉があることで、過去への転移に莫大な魔力量が必要となる。

 そのため彼女が過去に転移することは、事実上不可能なことだった。

 

 さしものリベラルも、闘神が現れた状況から 過去に行くことは諦めた。

 今の彼女は、過去をやり直すことが出来ない。

 だからこそ、日記を書いていた。

 日記には今の状況に至るまでの全てが記載されている。

 これを読めば、今の状況を覆せるほどの情報が記載されている。

 

 ――リベラルは日記だけを過去に転移させるつもりだった。

 

 それならば、世界からの干渉を最小限にすることが出来る。

 そしてそれが可能かどうかは、本来の歴史のルーデウスが証明してくれた。

 未来のルーデウス……老デウスは実際に過去への転移を成功させており、違う世界線への移動を行っていた。

 この世界をやり直すことは諦め、別の世界の自分に託すことにしたのだ。

 

(私が出来ないのは……仕方ないですね)

 

 ヒトガミの打倒も、ナナホシの帰還も、彼女がしたいことだった。

 けれど、それはもう叶わない。

 過去の自分に託そうが、それはあくまで()()()()なのだ。

 今のリベラルが戻れるわけではない。

 この失敗した世界に取り残されてしまうのだ。

 

(静香やみんなには……悪いことをしましたね)

 

 操られていたとは言え、自身が害したことに変わりない。

 ナナホシを救うために転生したのに、自らの手で殺めてしまったのだ。

 表には出してないが、気が狂いそうなほどに腸が煮えくり返っていた。

 ヒトガミはもちろん、今回の件はビタも許すことが出来ない。

 超えてはならぬ一線を超えたのだ。

 ビタだけは確実に処分することを決定している。

 

「まだかいリベラル?」

 

 日記を書き終え、手を止めていた彼女に技神が声を掛ける。

 まだまだ余裕はあるようで、片手間に闘神を相手にしていた。

 その技量はリベラルでさえ目を見張るものがあり、せめて最期にその技術を取り込めればと思う。

 ついでに日記へとそのことを書き記すのだった。

 

「ありがとうございます……もうすぐで準備は終えます」

「そうかい。いつまでもここにいるつもりはないからね。なるべく早く頼むよ」

 

 一応疲労はしているのか、催促してくる技神。

 リベラルとしても、ずっと頼る訳にいかないので次は過去転移の準備をしていく。

 

 今回は事前準備なしだ。

 地面に簡易的な魔法陣を書いていき、そこに魔力を込める。

 必要な魔力量や操作、発動時間は掛かるものの問題はない。

 先ほども告げたように、過去に送るのは日記だけだ。

 

「…………」

 

 そしてその魔力は、今の己にはない。

 転移に失敗し、まだ枯渇寸前だからだ。

 だからこそ、覚悟は決めていた。

 この世界に未練はあるが、別の自分に託す覚悟は出来た。

 

 リベラルは不足している魔力を――龍神の神玉の全てを使うことで賄うことにした。

 

 他の五龍将同様、秘宝を失えば彼女もその命を失うことになる。

 だが、今から過去に日記を送るにはそれしかないのだ。

 龍神の神玉を魔力の代わりに捧げれば、十分なエネルギーを得られるだろう。

 今回のように、過去に転移事件が発生することもなく届けられる筈だ。

 

 リベラルは闘神の力をコントロールし、完全に抑え込んでいる技神へと顔を向けた。

 

「ラプラス様」

「どうしたんだい?」

「…………最期にもう一度、お父様って呼んでいいですか?」

 

 その言葉に、彼は目を丸くする。

 しかしすぐに微笑みながら頷いた。

 

「ああ、もちろんだとも」

「……ありがとう、ございます」

 

 そして、リベラルは魔法陣に龍神の神玉の力を注ぎながら口を開く。

 

 

「――お父様」

 

 

 僅かに躊躇うような仕草をしつつ、更に言葉を続ける。

 

「誓いを、守れなくて、ごめんなさい。私、頑張ったんですけど……駄目、でした」

 

 龍鳴山で誓ったのだ。

 もう二度と負けないと。

 けれど、負けてしまった。

 その結果がこれだ。

 本当はラプラスに顔向けなんて出来なかった。

 確かに強くなることは出来た。

 だが、それだけでは足りなかったのだ。

 

「ごめん、なさい……こんな娘で……ごめんなさい」

 

 いつしかリベラルは鼻声となる。

 言葉を重ねれば重ねるだけ、様々な思いが過った。

 今まで募り募った感情が、徐々に決壊していく。

 ずっと気丈に振る舞いここまでやってきたが、それももう限界だった。

 

「お父様も、守れず……誓いも、守れず……友人も失って……約束も破って、しまって……」

 

 悔しかった。悲しかった。

 どうすることも出来ない無力感に苛まれてしまう。

 気付けば、リベラルは泣いていた。

 顔をクシャクシャに歪めていた。

 酷い涙声で、懇願していた。

 

 技神は――否、ラプラスはその光景に既視感を覚える。

 過去にも似たような場面を見た記憶があった。

 

「リベラル、気にしなくていい」

 

 ラプラスは自然とそう口にしてしまう。

 実際に何かを思い出した訳ではない。

 けれど、言葉が次々と頭の中に湧き出てきた。

 

「君は、私の娘なのだろう? 娘が父に謝る必要はないよ」

 

 覚えてないけれど、何となくそう感じるのだ。

 己の魂がそう叫んだからこそ、彼はこの場に現れたのだ。

 だからこそ、ラプラスは娘にこの言葉を贈る。

 

 

「――生きたいように生きればいい」

 

 

 そう、リベラルは縛られる必要がないのだ。

 失敗することもあるだろう。間違いを犯すこともあるだろう。

 だが、そのことで己に何かを思う必要はない。

 

「後悔も、悲しみも、怒りも、全部受け入れるんだ。

 ――それも全て君の歩む人生だよ」

 

 

 だって、リベラルはラプラスの娘なのだから。

 娘の失敗を迷惑に思う親なんていないのだ。

 

 

「…………」

 

 その言葉に、彼女は呆気に取られたかのような表情を浮かべる。

 やがてその泣き腫らした顔で笑顔を見せた。

 

「お父様、さようなら」

「ああ、さようなら。我が娘よ」

「――貴方の娘として生まれて、よかったです」

 

 そして――リベラルは魔術を発動した。

 

 

(……実際に異世界への転生や転移なんてあるんです)

 

 自身の中にある龍神の神玉が砕けたかのような感触を覚える。

 それと共に、視界が暗くなっていった。

 崩壊していく世界の中、彼女は最後に思考する。

 

(きっと、またどこかで会うこともあるかも知れません)

 

 ルーデウスやナナホシ、ペルギウス。それにシルフィエットやロキシー。友人や仲間たち。

 自分の仕出かしてしまった失敗を謝れないことが心残りにしていたが、そう悲観する必要もないのかも知れない。

 

(――輪廻の果てに再会出来る日を願いましょう)

 

 最後にそう願い、リベラルの肉体は崩壊する。

 それと共に、日記はこの世界から消え去った。

 

 

 

 

 八章 “未来へと紡ぐ一筋の希望” 完

 

 

 

 

――――

 

 

 それは、空中城塞にいるナナホシの元へと遊びに行った日。

 

 のんびりとした日々を、リベラルは過ごしていた。

 そしてその日々の出来事を、記録として纏めていく。

 

「……ふぅ。今日の分はこれくらいですかね」

 

 ブエナ村にいた頃からしていた習慣だ。

 ブエナ村で書いた分の記録は、転移事件が早まったこともあり消失することとなった。

 しかし、ラノア王国に来てからの分はちゃんと保存しているし、龍鳴山で過ごしていた頃のものも龍鳴山にキチンと保存している。

 

 本日分を書き終えたリベラルは、筆を置いて身体を伸ばす。

 凝り固まった骨や筋肉が解れていき、じんわりした気持ち良さが全身を駆け巡る。

 

「今のところは全部順調ですね」

 

 ゼニスの治療に目処は立った。

 ヒトガミの邪魔は出来ているし、逆に布石を置くことも出来ている。

 アリエル関係も順調であり、アスラ王国の問題もこのまま行けば苦労せず解消することが出来るだろう。

 

 オルステッドの問題に関する研究も少しずつだが、ちゃんと進めていくことが出来ている。

 ナナホシの転移装置も、全て順調だ。

 

 このまま行けば、リベラルは全ての目標を達成することが出来るだろう。

 そして、ナナホシと交わした約束と、ラプラスとの誓いも果たせる日は遠くない。

 

「ふふ、楽しみですね」

 

 ペラペラと、書き記した記録を閉じる。

 そのまま書庫へと記録を戻し――。

 

 

「――ん?」

 

 

 ふと、違和感を感じて振り返った。

 もちろん、誰もいないし何かがあるわけでもない。

 リベラルが座っていた椅子と机、そして記録として書かれた本が乱雑に置かれてあるだけだ。

 

 しかし、見覚えのない本が一冊だけあった。

 先ほどまでなかった筈の本である。

 不審に思った彼女は、当然ながらその本を手にした。

 

「これは……なるほど、失敗した訳ですか」

 

 本の表紙を見たリベラルは、1人納得する。

 そこには未来の日付が記されていたのだ。

 自身が『禁じ手』を使ったことは容易に想像出来たし、それが失敗したことも理解出来た。

 

 だが、実際に未来で何が起きたのかまでは分からない。

 リベラルは本を開き、中身を読んでいくのであった。





これにて八章終了です。
次章から前書き&後書き復活します。
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