気が付けば、私は真っ白な空間にいた。
ここがどこなのかはすぐに分かった。
無の世界だ。
龍鳴山で過ごしていた頃に、一度だけ来たことがある。
ここでの出来事が原因で、ラプラスとの関係に大きな変化が訪れだのだ。
忘れられる訳がないだろう。
そうこう思っていると、全身モザイクの変質者が現れた。
「やあ」
モザイクマン――ヒトガミはどこか楽しそうな様子である。
モザイク越しだというのにも関わらず、満面な笑顔を浮かべていることが貫通して見えた。
その理由についても察しは付くが、あえて何も言わないで置いた。
「あれ、今回も私の姿はこれなんですね」
自身の姿を見れば、前回と少し違う姿だった。
火の玉のような緑色に光るナニかだが、それは輪郭を作っている。
自身のからだであろうそれは、まるでヒトガミのように姿がボヤケていた。
全ての力を使い切ったと思ったのだが、まだ少しだけ残っていたようである。
「ふふ、そうみたいだね。まあ、今となっては何でもいいさ」
笑いを堪えることが出来ず、少しだけ溢れていた。
どうやら勝利が確定したことが嬉しいようだ。
そしてこの様子から、私が最期に何をしたのか把握出来てないようだった。
笑いを堪えたいのはこちらの方だ。
「やられましたよ。まさかルディにビタを憑依させていたとは思いもしませんでした」
「気付かずに過ごしていた君たちはとても滑稽だったよ」
ヒトガミは、そこで一拍間を開けて口を開く。
「ねえ、君たちさぁ……僕のことを舐めてたよね?
どうせ何も出来ないって、舐めてただろ。
まあ、いいさ。
君たちが馬鹿なお陰で、僕は予定通りに事を進められたよ。
あ り が と う」
口を三日月に歪めながら、ヒトガミはそう言った。
今までの積もり積もった鬱憤を晴らすかのように、言葉に悪意が含まれていた。
今までやられっぱなしだったので、さぞかし気分がいいのだろう。
ヒトガミの楽しそうな姿に、私も楽しくなってくる。
「……何で笑ってるんだよ」
「え?」
「君さぁ、僕の策略に嵌って全部失ったんだよね?」
「そうですけど」
「なら、もっと悔しそうにしたらどうなの?」
確かにヒトガミの言う通り、可能であればこの場でコイツを叩き潰したいくらい腸が煮えくり返っている。
しかしそんなことをしても、ヒトガミが喜ぶだけなのは目に見えてるのだ。
態々相手が喜ぶことをする訳がないだろう。
「私は所詮……先の時代の敗北者じゃけえ……!」
「……君ふざけてない? 実は余裕あるよね?」
「ふざけてないですよ。私は敗者で貴方が勝者。ここで喚いたところで余計に惨めになるだけですからね」
実際にそれは本心である。
今更どうすることも出来ないのに、喚いても仕方ないのだ。
ヒトガミはどこか納得出来てない様子で、更に口を開く。
「何ならここで僕と戦ってみるかい? もしも勝てれば、今までの失敗全てを帳消しに出来る手柄だよ?」
「へー、じゃあ、ちょっとだけやってみましょうかね」
その言葉に、ヒトガミは怪しく笑う。
なので私は、自身の鼻をほじくって鼻くそをヒトガミに投げ飛ばした。
「うわっ! 汚いなぁもう!」
鼻くそは空中でピタリと止まると、あらぬ方向へと弾き飛ばされていった。
どうせ魔術を使っても無駄だと思っていた私は、その光景にやはり使わなくて良かったと安堵する。
下手したら跳ね返されて殺されていたところだ。
「何で鼻くそを飛ばすんだよ」
「いやだって私にはもう魔力がありませんし」
「あるでしょ。何言ってるのさ」
「まあ、今の感じ魔術放っても無駄そうなんでやりませんけどね」
「ハァ……もういいよ全く」
ヒトガミは不満そうな様子だった。
私が悔しがってる姿をよっぽど見たいのだろう。
当然ながら見せる気はないが。
「君、つまんないね」
「さっきまで楽しそうだったのにどうしたんですか」
「その余裕な態度をずっと続けてるからね……一人相撲してる気分だよ」
楽しくないような態度を敢えて取ってるので、ヒトガミの不満も当たり前だろう。
私としても満足である。
「こんなことなら君も父親と同じ目にあわせればよかったよ」
「……やはり、お父様は貴方の目論見通りだったのですね」
「そうだよ。君もラプラスと同じで、愚かな奴だったよ。無駄な使命のために生きて、そして無駄に死んでさ」
小馬鹿にするように話すヒトガミだが、挑発であることは明らかなため私は涼しい顔で受け流す。
「そうですね。無駄な人生を歩んでしまいました。こんなことなら貴方の駒になった方が楽しかったかも知れませんね」
「……君さぁ、ほんとつまらないね」
「そうですか? 私は楽しいですよ? ヒトガミ様と会話出来て超ハッピーですよ?」
こちらの心も読み取れてないし、過去を改変したことも把握されていない。
更には一方的にヒトガミの情報を抜き取れているのだ。
これで楽しくない訳がないだろう。
惜しむらくは、この情報を誰にも伝えられないことだが、そこまでは求めない。
「それならもっと建設的な話をしましょう」
「建設的? 例えば?」
「貴方がヒトガミとして誕生した話や、そもそも何なのかって話です」
「――――」
その言葉に、ヒトガミの雰囲気が変わる。
だが、私は更に続けた。
「どうせ私はもう消えゆく定めなんです。冥土の土産に教えてくださいよ」
これも本心である。
どうせ知ったところで何も変わらないし、誰にも伝えられないのだ。
だったら、最後に知的好奇心くらい満たしてもバチは当たらないだろう。
そう思ったのだが、ヒトガミは相変わらず口を閉じたままだ。
「消えるなら、君に教えたところで意味がないね」
「そう言わずにお願いしますよ」
「やだよ。そもそも僕に何のメリットもないし」
まあ、意味がないのはその通りなのだが。
しかし、ヒトガミにメリットなんて与える必要がないのだから仕方ないだろう。
何故ヒトガミにメリットがなければならないのかさっぱりである。
「君はどう考えてるんだい? 僕の存在を。僕の正体を」
「正解してたら教えてくれるんですか?」
「さぁてねぇ。どうだろうねぇ」
「それなら貴方の聞きたいことを答えてあげますよ」
その言葉に、ヒトガミは小考しながらも頷いた。
「なるほどね。僕も色々と腑に落ちないことがあるんだ。互いに情報を交換するということなら構わないよ」
「交渉成立ですね。では、私の推測からいきましょうか」
ということで、私はまずラプラスが立てた推測を話していく。
そもそもヒトガミの目的については、龍鳴山で少しだけ考えていた。
六面世界の5つが滅び、人界だけになった時にラプラスは驚いたと告げた。
まるで6つの世界を統合したかのような世界であり、更にヒトガミが『僕が唯一無二の神だ』と口にしたこと。
ただひとつの世界の、ただ一人の神になりたかったのだと。
そのために、各世界を崩壊させて一つの世界に吸収し、全ての神を殺したのかも知れない。
「……ふぅん」
そしてそもそも、どうやって神と同等の力を手に入れたのか。
それは最初に六面世界を作った神……創造神が無の世界で死に、その死体から力を手にしたのではないかと予想していた。
それがラプラスの推測である。
内容もそう複雑ではない。
ヒトガミは唯一の神になりたくて、そして世界を1つにした。
ヒトガミの力の根源は、創造神の死体から手にしたもの。
整理すればただそれだけのことだ。
「なるほどね……いい線いってるよ」
「そうですか。では、ここからは私の推測です」
ラプラスの推測は、そこまでである。
ヒトガミの目的も、その力をどこで手にしたのか。
だから私は、ヒトガミがそもそもどうやって誕生したのかを考えた。
創造神の死体が変異した存在ではないかと思った。
といっても、創造神は身体を6つに分け、それをそれぞれの世界の管理者として最後に力を使い果たしたのだ。
そこまで力は残ってなかったのだろう。
そもそも最初に世界に起きた変化は何だったのだろうか。
そう考えた時に出てきたのは――『魔物』の存在だった。
この世界には魔物がいる。
しかし魔物に関しては唐突に発生した存在なのだ。
少なくとも、神々は魔物の存在がどこからやって来たものか認知していなかった。
従来の動物から魔力溜りによる突然変異で生まれたものだが、最初からは存在しなかった。
私は魔物の発生と、ヒトガミの誕生に何か関わりがあるのではないかと思ったのだ。
魔力溜りから魔物が生まれるのだとして、そもそもその魔力溜りとは何なのかという話だ。
動物が変異したものはともかく、アンデッド系のものは謎である。
魔力が死体に意思でも与えているというのだろうか。
そもそも魔力とは何なのか。
ルーデウスは何でも出来る万能のエネルギーと告げた。
実際にその万能なエネルギーで、過去にも転移出来るし、初代龍神はオルステッドをループさせることも出来ている。
そこで私が思ったのは、魔力も創造神の力なのではないかというもの。
より正確に言うのならば、創造神の残留。
それならば万能エネルギーであることに説明もつく。
世界を作る神の力を、私たちは使っている。
だから魔術なんてものが使える。
実際のところは不明だが、その方が単純明快ではないか。
さて、ではそんな創造神の残留である魔力溜り。
これは僅かに残った創造神の力とも言えるだろう。
それに侵された結果、突然変異を起こしてしまうのだ。
故に、アンデッドはその残留によって動く。
アンデッド故に思考もなく動ける。
では、創造神の死体の近くにいたのならどうなるのだろうか。
創造神の死体であれば、それはより魔力が濃く残っていることだろう。
そしてその魔力溜りは、何もない空間で意思を生み出したのではないか。
行き場もなく積もり積もった魔力。
どこに行くことも出来ず、それは形作られていき、そして生まれた。
孤独の中、あらゆる六面世界を傍観し、意思は更に形作られていき。
その思いはやがて羨望となり、それは変異して妬みとなり、そして壊そうとして。
最も感受性が高かったのが……人神だったのではないだろうか。
その意思を持つ魔力の影響を、人神が受けたのではないかと考えた。
即ち、ヒトガミとは人神であり。
ヒトガミとは――魔力が生んだ形ある意思である。
「――それが私の推測です」
「…………」
無言で話を聞いていたヒトガミは、何も言わなかった。
私の話を否定せず、最後まで聞いていた。
やがて、口を開く。
「よく考えたね。まあ、素直に君のことを褒めてあげるよ」
「それはどうも。それで、実際のところはどうなんですか?」
これはあくまでも推測である。
実際に合ってるかどうかは、ヒトガミしか知らないのだ。
だからこそ私は答え合わせを求め、ヒトガミはゆっくりと口を開いた。
「――――」
「――――」
「――――」
「……なるほど。それがヒトガミという存在、ですか」
「満足したかい?」
「ええ、ありがとうございます」
答えを聞いた私は、ひとり納得する。
道理で六面世界を滅ぼした訳だと。
だからといって、じゃあ仕方ないとはならないが。
それでもヒトガミという存在について理解することは出来た。
「じゃあ、次は僕の番だね」
「貴方の番とか必要ですか?」
「必要さ。僕だって分からないことは沢山あるからね」
まあ、オルステッドのことや私のことなど知らないことはあるだろう。
そもそも転移事件自体何故起きたのかはヒトガミ視点でも分からないのだ。
「そうだね、君のことを教えてもらおうか」
「私のことですか?」
その言葉に思わずキョトンとしてしまう。
「そうだよ。僕だって君が一体どこから現れたのかよく分からないんだ。
未だに君の姿も分からないし、何で生まれる前から存在を認知出来なかったのかも分からない。何を目的に生きてきたかも分からないし、何がしたかったのかも分からない。
だから最期に教えて欲しいんだ」
ヒトガミの切実な願いに、私はふむと頭の中を整理していく。
「では、一個一個質問してください」
「そうだね……君はそもそも古代龍族なのかい? 滅びゆく龍界から転生してきたんじゃないだろうね?」
「……何故そう思うのですか?」
「リベラルという存在は、龍神の神玉の力に耐えきれず死ぬ運命だった。なのに生きているからそう思ったのさ」
「惜しいですね。正解はラプラスの実験によって死んだ龍族の生まれ変わりです」
その言葉に、ヒトガミは頭に疑問符を浮かべた。
「ラプラスの実験で?」
「ええ、お父様は龍神の神玉を定着させるために、いくつかの人体実験を行い……その際に死んだ私は転生してラプラスの娘となったのです」
そんな出生だとは思わなかったのだろう。
ヒトガミは何かブツブツと考える仕草をしつつ、腕を組み始めた。
「じゃあ、元々はラプラスに恨みがあったのかい?」
「そうですよ。毎日あいつぶっ殺してぇって思ってましたよ」
「なるほど……」
「その思いに気付いていたからこそ、私の目の前に現れたのでは?」
「まあ、そうだね」
当時は本当にそう思っていたし、無限の鍛錬の要求に私は心折れていた。
「最後に、君は転移事件が起きることを知っていたのかい?」
「知ってましたよ。実は私、占命魔術を趣味に扱うんですけど、それで定期的に未来を見ていたんですよ」
「そういうことか。通りで君はやけに未来を知っているかのような動きをしていたんだね……」
まあ、全部嘘の話だけど。
納得してるところ非常に申し訳ないが、バカ正直に言うわけない。
未来視で過去から今の状況も見れる奴に対し、何故本当の情報を与えなければならないのかという話だ。
適当なホラ吹きしかしてないので、ヒトガミには精々悩んでいて欲しい。
そして私にだけ情報を与えてくれて感謝しよう。
馬鹿め! ちね!
お前はその卑猥な姿に相応しい道化だったよ!
間抜けなセクハラ野郎め。
別の世界の私が、私たちの仇を討ってくれるだろう。
「おっと、そろそろ時間のようですね」
「そうみたいだね」
気付けば、私の身体は僅かに透け始めていた。
魂が魔力に還元され始めているのだ。
これがこの世界の死である。
「…………」
ヒトガミはどこか神妙な様子だった。
とはいえ、今更どうすることも出来ないだろう。
「じゃあ、また会いましょう」
私はヒトガミの横を通り過ぎようとする。
これ以上の言葉を交わす必要はない。
けれど、ヒトガミの近くを通った際――ラノア王国で散った仲間たちの姿が脳裏を過った。
様々な感情が一気に噴出する。
私は反射的にヒトガミへと目にも止まらぬ一閃を放っていた。
「――無駄だよ」
「……ま、私もやっぱり悔しかったんですかね」
私の拳は、ヒトガミの目前で止まっていた。
まるでそこに壁があるかのようにそれ以上進められなかった。
ヒトガミが人差し指を向けると、私の胸に穴が開く。
「ふふ、貴方の勝ちですヒトガミ」
胸に穴が開いたが、今更この程度で私は即死なんてしない。
ヒトガミへの攻撃は諦め、私はそのまま歩み出す。
ここまで好き勝手しまくったのだ。
一発くらい殴りたかったが、まあいいだろう。
やれることは全部やった。
もう振り返る必要はないだろう。
「精々残りの生を謳歌してください」
徐々に消えゆく中、私は最後に言葉を紡ぐ。
「恨みは沢山ありますが、貴方のこと嫌いではなかったですよ」
まあ、その言葉が本当かどうかは言わないでおこう。
どのみち、私はここまでなのだから。
別の世界の私には是非とも頑張って欲しい限りである。