世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら   作:bui

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第10話

こんな師も走るという日本中が忙しいクリスマス前に連休を取ろうとしたために、打ち合わせがギュっと詰まってしまって帰宅は深夜になっていた。

 

今日はもともと遅くなると伝えていたのだけど律はどうしていただろ?

 

いい年をした男が一人で寂しがっていたとは思えないけど、不慣れな日本で退屈していたのではないだろうか?

 

まあ・・・、寂しかったなんてうっかりでも言われた日には、理性がどうなってしまうかの保証はできないから言わないのが正解だけどけどな・・・。

 

仕事で遠出はするからスタジオにはいないことは多い俺でがあるけど、こんな風にプライベートでまとまって休みを取る事はなかったから、恋人とのクリスマス休暇なのかと回りに聞かれてどうしたもんかと返事に少し困った。

 

 

律の存在を説明する言葉がうまく見つからない。

 

今は雇い主である小野寺さんの生き別れの息子で、かつての恋人で、今は・・・。

 

やはり無理だ。

 

小野寺さんの関係者のお世話って言うのは間違えていないのだけど、それにしては俺は浮かれすぎているからな・・・。

 

ま、ご想像にお任せしておけば適当に妄想するだろう。

 

写真スタジオの方は年末年始も無休だ。

少し前までは年賀状で忙しく、それ以降はカメラを買う客が増える。

 

新品も置いてあるけどそっちは主に量販店に任せて、うちでは部品や本体とレンズなどの中古を中心に扱っている。カメラのレンズというものは高額だ。本当に欲しいものを手に入れたければ諭吉が何十・・・、場合によっては束が必要だったりする。

 

一方で流行に乗って買ったはいいけど使わないというユーザーは多く、外観に若干すれやレンズの中に少しカビがあっても程度にもよるが、使用には問題のないものはそのまま欲しい人に勧めることができる。

 

ショップになっている二階店舗は一階とは異なり多くの人が常駐していて、あそこに行くと昔初めてカメラを買った時のことを思い出す。

 

あそこは量販店ではあったけど、あの店員はかなりカメラには詳しい人だった。

 

あの時のカメラは、今は現役を引退して飾り物のようになってしまっているけど絶対に手放せない。

唯一の律との時間の目撃者なのだから。

 

だから、これからカメラを手にする人達みんなにも、あの有意義な時間を感じて欲しい。

 

カメラは唯一無二の、その時間の歴史を未来永劫閉じ込めておくためのツールなのだから。

 

 

 

 

▽

 

川辺の家にたどり着く頃には日にちが変わっていた。

 

きっと律はもう寝ているだろうと思って玄関のドアを静かに開けると、耳の良いジルがそれに気づいたようで、のっそりとお出迎えをしてくれた。

 

こいつらはどういう感情を持っているのだろう。人にはフレンドリーで従順だ。

 

大きさと牙の鋭さをみても、おそらく本気で襲われたら俺はこいつにはかなわない。だけどそんなことには気が付いていないかのように穏やかだ。

 

「いい子だ。」

頭をワシっと撫でたらジルは気持ちよさそうに俺の手のひらに頭をすり寄せた。

 

 

ジルはカナダ生まれのであの暑い国育ちだそうだ、だから本気で寒いところは不慣れなのだろうに。

今年の日本は例年より寒いのだそうだ。

 

律はどうなのだろうか?何年もあの国を起点にして生活をしている。

 

俺は冬は渡り鳥を追って雪のあるところへ行く事が多いので、こんな風に街で迎える年末年始は久しぶりだ。

だから今特別寒いとは思えないけどジルと律には寒く感じるのかもしれない・・・。

 

そんなことを考えながら部屋に入ると、やはり温かさにはホッとした。平気だと言いながらも身体が寒さに凍えていたのだと分かる。

 

「おまえのご主人様はおねんねか?」

そう話しかけるとジルはクリっと首をかしげ、

『それは知りませんけどおやつですか?』とでも言うように舌を出して何かを期待するようにハッハッと笑った。

 

マフラーを外しながらリビングに入ると、ペチカの前で律が丸まって眠り込んでいる。

 

一応寝巻きを着ているところを見ると風呂までは済ましてあるのだろう。周りには雑誌やスナック菓子の袋が無造作に散らばっていた。

 

どこで買ってきたんだ? 今日一日はなにやってたんだろう?

 

開きっばなしの雑誌をつまみ上げて積みあげ、からの袋と食べかけの袋を軽く分けて口を縛った。

こんなに繁雑なのにジルがお菓子を食べなかったことに感心する。律がツベコベ叱ってたのが効いたのか?

賢いんだなお前・・・。

 

一旦部屋に戻って上着をハンガーに掛けてから居間に戻り、冷蔵庫からビールを取り出して律の寝転んでいるとなりにどっかりと座ると、ジルがソフアーに乗って肘掛に顎を乗せて目を閉じた。

 

人と犬が逆転だ。

そう思いながら横で寝転ぶ律のサラサラとした髪を梳くと律が少しだけ身じろいだ。

部屋は温かいけど、それでもずっとこんなところに寝転がっていたら風邪引くんじやね?

 

「律、風邪引くぞ。ベッドに行けよ。」

 

そう声をかけると律の瞼がピクリと動いた。

 

相変わらず長い睫毛だ。濃茶色の先がクルリと少しカールしてるのもかわいい。

ゆっくりと目を開くさまを、まるでスローモーションの映像のように見ていると、

二重の筋に瞼がクリンと飲み込まれるように消えた。

 

身を起こした律のビードロの目が俺を見て「マサムネ?」と桜唇が揺れる。

 

ペチカの中からパチンと薪がはぜる音がして、はじけた振動で火が起こったよう で、暗めの部屋が一瞬少しだけ明るくなった。

その炎の作る影が律の顔に艶かしい色を落とす。

 

「風邪ひくぞ。」

 

もう一度同じ言葉を言うけど律の反応は薄く、寝ぼけているようでぼんやりしている。

 

律が人との接触をあまり好まないことは知っているから、頬に伸ばしかけた手を引くと、律のぼんやりとした視線が指先に動き、細い指が視線に釣られるようにゆっくりと動いて俺の指を包み、首をかしげながら周りをみまわしてもう一度「マサムネ?」と俺の名を呼んだ。

 

なにこのかわいらしさは?とても 25の男子じやないだろ?

 

ドギマギしてしまっていることを悟られないように包まれた指をもう一つの手で更に包むと律はこてんと手に頬を乗せ「ネムイ・・・。」とつぶやいた。

 

「マサムネ、トウサンは?」

トウサン?父さんか?小野寺さんは仕事でいないって言ってあるのに、やっばり寝ぼけてる?

 

「マタ、シゴトデスカ?」

すっと律は片言の日本語でしやべり続けている。

それはまるで・・・。

 

「律!?」と少し大きな声で言うとハッとした顔の律が目をパチパチとした。

 

「俺は?寝てた?」

律が手をバッと離してあたりをキョトキョトと見渡して、眉間に少し深めの鍛が寄る。

 

あ、かわいらしさ霧散・・・。

 

ちよっとだけ残念に思いつつも、まああの頃のような律だったらやっばりきっと困惑するだろう。

今は学生の頃とは違う。ただ好きで愛しくて一緒にいたかったあの頃。

 

『律が好き』

俺はそれ以外の言葉を知らなかった。

 

もし俺たちに別離の時がなかったならどんな二人になれていたのだろう。

 

 

「寝ぼけてた律がかわいかったのに・・・。」

 

そうつぶやくと律のしかめっ面が余計にゆがんで口が尖ってふくれっつらになっていったのだった。

 

 

 

「明日はどこかに出かけないか?」

眠そうな律にそう言うと、律はあくびをこらえるように手を口に持って行って「ふう?」と喉を鳴らした。

 

「人混みは嫌い?」

そう聞くとパーにして口に当てていた手をグーにして少し考えるようなそぶりを見せた。

 

「別に・・・。」そう言ったけどやはり少し不安げだ。

 

確かにもうすぐクリスマスだから混み方も半端ないだろう。身体に触れられるのが苦手な律が躊躇することは理解出来る。

 

出来るだけ混んでいないところに行く予定だけど、全く人のいない名所など今の日本にはないだろう。

 

「ちやんとエスコートするから。」

 

そういうと少しだけ何かいいたげではあったけど、律はこくりと領いてくれた。

 

 

 

▽

 

 

 

律は少し俺と雑談をして部屋に寝に行った。

今日はジルを散歩させていたら川沿いを散歩させている犬仲間の軍団につかまったと言っていた。

 

その中の銀髪の年配の女性が英語のわかる人で、律とほかの方の通訳をしてくださったのだそうだ。

日本のお菓子がおいしいと話をしたら、いつの間にかスナック菓子を買ってきてくれていて山ほどくださったと言っていた。

 

しばらく滞在すると言ったら『また散歩させましょうね、ジルちゃんのお兄ちゃん』と呼ばれたのだそうだ。

「ジルのお兄ちゃんって変な感じだったけどやじゃなかった。」

律が少しだけはにかんだ顔をする。

 

日本では、わんこを介すると誰もがパパママになってお兄ちゃんお姉ちゃんにもなる。

 

別に人が嫌いなわけではない律なので、それもまたいい出会いなのだろう。日本人はスキンシップはそれほど激しくない民族なので程よいかもしれない。

 

楽しいと思える日でよかった。

 

 

そんなことを思いながらシャワーを浴びてベッドに入ると時刻はすでに1時を過ぎていた。

 

壁を隔てて隣に律がいる。ジルはいつもはじめは律について行くのだけど、リビングの方が温かいからか結局戻ってしまうので律も夜はのんびりと眠れるだろう。

 

あの暑い国ではジルはうっとうしいぐらい律にへばりついていたのを思い出した。

まあ、本当に暑くなるとへそ天で寝ていたけどな・・・。

 

 

 

少しだけ斜めに切れている寝室の天井には小さい天窓がついていてそこに星が見える。

 

冬の星は綺麗で、天体写真の好きな奴なら宵っぴいてスカイウオッチをするのだろう。律の部屋には天窓はついていないので今度見せてやりたい。

 

 

寝転がってみる星はいいもんだ。

 

 

 

 

うとうととしかけたところでギシっと床が鳴ってハッと目が覚めた。

音のする入口の方を見ると何か影があった。

 

ジルか?

 

そう思ってぼんやりと見ているとだんだんと目が慣れてきて・・・、そこには律がいた。

 

声をかけたいと思うけど律の表情に声が出ない。律はぼんやりと俺を見つめ続けているのだ。

そうしているうちに近づいてきて俺の横に立ち、指先で唇に触れた。

 

「マサムネ」

 

律がいつものように少しだけ舌足らずに俺の名を呼び、唇に触れていた指が頬をさするようにうなじに動く。

 

律の顔が近づいて唇が俺の唇に触れ、身体に律の重みがかかった。

 

俺は金縛りにあったように動けず、されるがままに唇を舌でかき回されてだんだん意識が遠くなるような気持になり、やっと困惑の呪文から自由になった時には、俺の手は律の背をさすり腕を引き布団の中に律の華奢な身体を沈めていた。

 

ああ、律の香りだ。髪が揺れるたびに酔いそうなほど甘い香りが立ち上る。

 

「マサムネ・・・。」

 

律に頬ずりをするように顔を押し付けると耳元で律の声が響く。

 

「オレノこと、スキデスカ?」

 

なんでそんなこと聞くんだ?好きに決まってる。律だけだ。律だけ・・・。

 

律以外何もいらない。

 

「好きだよ。大好きだ。」

 

頬にキスをしながら耳元でささやくと律の目から涙がつっと流れた。

 

「ウソでもいいから、・・・よりも好きって言って・・・。」

 

律がつぶやくけど言葉が涙声になって聞こえない。

 

なに?なんて言ったの?律?

 

両の頬に触れ律の目を覗き込んだ時にダイニングでジルがワン!っと大きく一回吠えた。

 

ハッとして顔を上げると同時に律もびくっと身体を跳ねさせ、律の驚いた顔が目の前に見えたと思った瞬間俺は頬に衝撃を受けた。

 

「な!なに!?」

 

それが律から喰らった平手だと瞬時に理解した。

 

再び困惑して固まっていると、「ここ・・・、マサムネの部屋・・・。」と、律も困惑しているように呟く。

 

「俺、なんでここに?」

 

お前が自分で来たんだよ・・・。律・・・。

 

再び困惑の呪文にかかった俺はしばらくフリーズしたまま動くことができなかったのだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

▽

 

 

朝起きるとまた律が台所でごそごそとやっていた。

 

昨晩は、あの後律には寝ぼけて迷ったんだろと部屋に返した。

 

 

自分がいたのが俺の部屋で、そのうえで俺をひっぱたいてしまったために多少罪悪感があったのか、律は少し納得しかねる顔をしていたけど、結局ほかに理由も見つけられずそのまま部屋に戻ったのだ。

 

しかし俺は考えれば考えるほど深みにはまっていくように暗い気持に陥った。

あの律は今の律ではない・・・。あれは俺の・・・。

 

俺の律と言いたくて言えない。

夢だったらまだましだ。

あれはまるで亡霊だ。

 

 

確かに腕の中に律がいたのに、また泡のように消えてしまった・・・。

 

ひどく胸が傷む。あれも記憶の揺れなのだろうか?今の律も昔の律も同じ律なのになぜ・・・。

 

ぐるぐると考えているうちに、それでも睡魔に引き込まれ、俺はいつの間にかまた眠りについたようだった。

 

 

 

窓から差し込む日差しは明るく昨晩のことは本当に全部夢だったのかもしれないと思えた。

 

まじめな顔で、朝食は白いご飯と目玉焼きにするという律に、なんでいつも目玉焼きなんだ?と不思議に思って聞くと、「え?」と目を丸くして律からは答えが返ってこなかった。

 

 

「目玉焼きは普通に食べるだろう?」

そういう律に、それが彼のデフォルトなのだと思い当たる。

 

要するにそれしか作れないんだな。

 

「玉子料理だったらスクランブルエッグもあるし、だし巻き玉子もある。」

あらためて言うと「だし巻き玉子?」と律が復唱するようにつぶやいた。

 

「昨日の朝食の時に、目玉焼きにかけた醤油、覚えてる?あれが入った日本風のオムレツみたいなもんかな。」

 

俺がそう説明すると、急に律の口が真一文字になって、手に持っていたガラスボールに入っている割られた2個の玉子を見つめた。

 

これは余計なことを言ったかと後悔した瞬間、そのガラスボールは俺の手の中に押しけられるように収まった。

 

律を見ると、真一文字の口は少し弧を描いて緩み、醤油さしと七味唐辛子も手に持っている。

 

「だし巻きには唐辛子は使わないよ。」と、冷蔵庫にストックしている八方だしを見せると、興味深そうにそのビンをまじまじと見つめてた。

 

「かつおぶしと昆布としいたけを煮切りみりんと醤油で漬けてあるから、玉子と混ぜれば簡単に作れるよ。」

 

玉子を箸で切るように混ぜて、たらりと八方だしを入れる。

同時に小ぶりのフライパンを熱し、アツアツを一度ぬれふきんの上に乗せるとフライパンはジュワっと音を立てた。

 

「なに?」

 

律が聞くので「こびりつかないようにな。」と笑うと、更に顔が興味深そうに輝いく。

これは四角い玉子焼き専用フライパンを買うべきか?いやいや律が気に入るとは 限らない。

 

そんな風に心では動揺しまくっていたのにも関わらず、一応ポーカーフェイスを決め込み、鬼おろしを手渡して、俺は大根おろしの仕事を律に頼んだ。

昨日、炊飯器の使い方をレクチャーしたせいか今日の白飯は堅くもなくやわらかくもなく上手に炊けている。茹でるよりは楽だと律も悟ったようだ。

 

大根おろしの残りの大根は味噌汁にして、昨日の律の味噌汁のモトを少し入れると具のたつぶりしたものが出来上がった。

 

基本、小野寺さんは料理をしないのでこの食材は俺の持ち込みだ。

塩辛とかメンタイコ、刺身などの生の魚系を律は食べるのだろうか?以前日本の寿司は食べてみたいと言っていたな・・・。

 

 

「だし巻き玉子、黄色くてかわいい。」

 

出来上がった玉子焼きを見て律がほんわりとつぶやく。わくわくしているのが目の表情に出ていて笑える。

 

 

しかし、だし巻き玉子にかわいいという形容詞は初めて聞くような気がする。そしてかわいいのはおまえだろ。

そう言いたいけどそれはやはり大人の男には不似合いなのでぐっと飲み込んで、食事をしようと律に促したのだった。

 

 

 

結果から言えば、だし巻きたまごは大好評で、珍しい律の笑顔を見ることができた。

 

昔の律と違ってめったに笑わないためか、その笑顔に合うと俺はドキドキしてしまう。

 

重症だな・・・。

 

あの広告のクレープを食べさせたらもっと笑うだろうか?

律の好物はなんだろうか?

 

 

昨晩の困惑などすっかり忘れてしまって、俺はまるで初めて律に恋をした時のように今の律にそわそわしている自分が可笑しかったのだった。

 

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