世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら 作:bui
「日本のスイーツは世界一ですね。」
律は露店のクレープを食べてそう言った。
世界は広いから世界一って言われるとどうなんだろうと思うが、レベルとしては最高位に属するだろう。
上のラインは知らないが下のラインはかなり高い。
コンビニのケーキなどでも、季節ごとに新商品も出て大量生産のくせに甘味欲を満足させるとスタジオの女子たちがいつも騒いでいる。
ポテトサラダとハムチーズのクレープを食べた俺には、店の甘いクレープの真贋までは問えないがそのことを突き詰めて否定するほどのデータの持ち合わせもない。
何より律がそういうならそうなんだろう。
それは俺の中の一つの決まり事だ。律が言うならそれでいい。
「和菓子もいいぞ。見た目もきれいだし茶の作法もいい。あれはかなり日本的だ。」
「甘い豆ですよね?はじめに豆が甘いと聞いたときは少し驚きましたが、せっかくなので食べてみたいです。」
「なら次は少し遠出して禅寺で茶の湯をやらせてくれるところがあるから行ってみよう。少し遠いけどドライブしながら。」
休暇の予定を決めかねていた俺は早速とばかりに律にそう提案すると
「ありがとうございます。」
と律がにっこりと笑いながらも
「でもマサムネ、俺はお客さんではないのでオモテナシは必要ありません。マサムネはマサムネの時間を自分に使ってください。」
と言った。
俺はそのお客さんではないという言葉にどきりとした。
お客さんと思っていたつもりでははないけど、確かに律に対して構えすぎている自分がいる。
律をもてなして俺たちを選んで欲しいと思っているからだ。
あさましいか?
「ランディと話をしてきました。」
律が露店の出店を見ながら静かな口調で話を始める。
「どうしても昔のことを思い出したいと思っているわけではないのですが、やはり空白の記憶が自分に自信を持てない理由の一つなのかもしれないと思っていて、捨てられたのだと思っていたのが実は違っていたことも分かりました。なので、もう一度自分を見つめてみたいと思っています。」
凪だな・・・。
律の目をみてそう思った。あの初めて律に会った時のような恐れと孤独を混ぜたような激しさは感じられない。
律はどんな気持ちで日本に来たのだろうか。
俺たちが再三おいでと呼んでいたからには違いないがずっと考えていたんだろう。
自分のルーツについて・・・。
「いいんだ。俺は律が好きだから、俺の時間は律のためにある。」
そういうと律はうつむき加減の俺の顔の下に屈みこむように首を突っ込んできて、さらに目を覗くように見あげ「マサムネは恋人はいないのですか?」と言った。
「いないよ。なんで?」
律が好きだと言っているのに今更なんだ?
「一応今後のこともあるので確認です。好きな人も結婚したい人もいないんですか?」
ちょっとイラっとする。確認ってなんだ?
「いないよ。」
恋人がいないのに結婚したい人がいるわけないだろ。
「わかりました。」
律は安心したようにフっと息を吐いて腕をグイッと上げて伸びをした。
▽
一つだけ持ってきたという仕事は日本についてというコラムだそうだ。
「いつもフォトを一つつけて紹介しているのですけど、今回のお題は難しいです。」
コンパクトなデジカメの画像をスワイプしながら律がつぶやく。
「俺のフォトでは綺麗な日本は紹介できません。かといって日本の汚さはレベルが低いです。どこも汚れていません。」
律の言うそれは理解できる。
大きな国には陰と陽、きらびやかな面とどん底の面がある。地球全体を明るくする財力を持っていたりするくせに路地裏では人が死んでも気にもしないスラムがある。
しかし日本にはそこまでの格差はない。
どちらも末端を探れは確かにそういう人々はいるが、群れとしてそれを持たないのが日本なのだ。
「俺は日本の何を紹介すればいいのか迷っています。」
律は道に植えられた沈丁花をパシャリと写真に撮っていた。
▽
都会の会場ではいつもどこかでイベントが行われている。
今日行ったのはスイーツフェスティバルという、チケットを買って甘いものを食べるという催しだった。
俺のチケット分のスイーツまでも食べ、寒いのにアイスも何個も食べて律はご機嫌だった。
見ているだけでもうごちそうさまの気分の俺は、夕飯は絶対に肉を食いたいと思ってしまったほどだった。
日も暮れて、家近くの焼き鳥屋で軽くビールを飲み食事を終え家に帰ると、さすがに一日歩きっぱなしだったためか足が疲れていて、まだそれほど遅い時間ではなかったのだけど休もうかということになった。
一日お留守番のジルがじゃれついていたので律はお相手をすることに決めたようで、俺はお先にと風呂を使い部屋に戻った。
ベッドに身を投げ出すとほろ酔いの身体が解放されたように感じて心地よい。居間からはジルとじゃれる律の声が聞こえる。今日も律といられた幸福に感謝をしていると、壁にかかる写真の額のガラスが反射をしてきらりと光った。
丹頂を撮った時の俺も、蝶を撮った時の俺もこんな未来が自分にあるなんて思いもしなかった。
いつだって自分の分岐点にはこのような[[rb:画像 > しるし]]が残る。
カメラ屋になって当然か・・・。
誰だったか、人の一生には同じだけ喜びと辛さがあると言った。
俺の喜びと辛さのバランスはどうなっているんだろう?
辛さは喜びの反動だ。
幸せだったから別離が辛かった。ならこれから俺にまだ喜びと辛さが来るのだろうか?
もう辛い思いは十分したと思ったけどそれは思い上がりか?
他のことではなんでも我慢するから、もう律のことで辛いことがありませんようにとどこかの誰かに願うよ。
頼んだぜ・・・。
▽
布団にくるまりながらも本を読んでいると入口の壁がコンコンとノックされた。
ドアのない部屋だ、出入りはなんでもないはずだけど一応ということだろう。
もちろんノックの主は他の誰でもない律?
「あの、マサムネ?いいですか?」
「ああ、どうぞ?」
壁のヘリから首だけ伸ばしてそう聞くのでなんで入らない?と不審に思っていると「昼間確認しましたが、一応マサムネは恋人がいないってことでいいですか?」と律がまた聞く。
なんだってんだ?だから俺は!
「恋人にするなら10年前も今も律がいい。」
そういうと律は少し顔を顰めて、しかし赤くしながら「でしたら遠慮なく・・・。」と部屋に入ってきた。
その手には枕が抱えられていて、シャワーも浴びたようで服は寝巻だった。
「夜半にごそごそを移動してしまうとマサムネの安眠を妨害しそうなので・・・、無礼かとも思ったのですが一緒に・・・・。」
そこで声が小さくなる。要するに一緒に寝てもいいかということだと俺は悟った。
「話を聞いたときは半信半疑でしたが、おそらく昔の俺はあなたのことが大好きだったんですね?だから二度もあなたの寝床を襲ってしまって・・・。」
え?二度?
あの初日の夢の中の律は本当に律だったのか?
朝、少し恥ずかしそうにしていたのはそういう訳だった?
俺は構わず律を・・・、その・・・・。
恥ずかしいのは俺の方だ・・・。
「朝起きたらマサムネのベッドにいたので驚いてそのまま逃げてしまって申し訳なかったです。」
夢の中の出来事は艶めかしくてどこまでがリアルでどこまでが夢だったんだろう?律は覚えていないのか?
「どーぞ。」
平常心を装い、そう言って掛布をめくって誘うと律は枕をポソっと置いてその身をするりと布団の中に納めた。
「マサムネのベッドは大きいですね。これなら落っこちなくて済みそうです。」
俺の横でチョコりと上を向いて寝ている律は明らかに挙動不審だ。少しテンション高いのか、高いのを悟られないようにしたいのか?部屋の印象やらベッドのスプリングの硬さやらの感想を先ほどからひたすら言い続けている。
いつになく饒舌だな。
「身体がでかいからベッドもでかいやつにしたんだ。まさか律と寝ることになるとは思ってなかった。でかくてよかった。」
笑いながらそう答えたけど広いベッドを恨みたい気もする。律と俺との間には明らかに隙間ができているのだ。しかし触れていれば我慢できるわけがない。もっともっと深く触れてしまいたくなる。
お前、俺の忍耐なめんなよ。トイレットペーパーよりもろいぞ・・・。
とにかく、もう寝よう、寝てしまえ・・・。
「本、読んでくださいね。」
律がそういうので「イヤ、もう寝よう。」俺はそういって枕もとのボタンを操作して明かりを暗く落とした。
「そ、それでしたら・・・。あの・・・。」
律が何か言いたげにしているので身体を横に向けると律の手が俺の腕に触れ
「少し寄ってもいいですか?」
と言ったのだ。
「あ、触られたくないですか?」
お前何言ってんの?!
戸惑っていると律がすすっと近づいて胸のあたりに頭をうずめた。
「あ、やっぱりこれはマサムネの香りですね。全然覚えていないのに時々すごく懐かしい気持がするんです。」
スンスンと香りを嗅ぐようなしぐさをしてさらに
「マサムネにキスしていいですか?」
と爆弾を落とした。
「マサムネにキスしたいと思っていたんですけどそれは俺なのか昔の俺なのかわからなくて・・・。試すみたいで申し訳ないんですけど・・・。ダメですか?」
言いにくそうに小声でもごもごとそういう律がかわいいと思う反面何だか切なくなった。
昔にとらわれているのは俺だけではない。何にも覚えていないのに陽炎のように揺らめく記憶の向こうの自分が、今の自分に必死で何かを伝えようとしているのだ。
ふいによみがえる断片に律もまた戸惑っている。
「いいよ、して。」
そういって目を瞑ると、おそらく指先であろうひやりとしたものが頬をさすり、少しカサリとした感触が唇に触れた。
触れるだけのそれはキスと呼ぶにはあまりにも稚拙で、昔の律の方がよほど上手だった。でもそんなキスが涙が出るほど愛しくてうれしくて、辛い・・・。
「ドキドキしています。」
「ああ。律にキスされてドキドキしないわけないだろ?」
「違います。俺がです。」
「・・・。」
「きっとキスしたかったのは俺です。昔の律じゃない・・・。だからマサムネはもう昔の俺のことは忘れてください。」
律が返事を待っているように感じたのに俺はそれに対して答えることができなかった。昔の律を忘れて今の自分を見てと言っているのか?昔の律と今の律、俺にそれを選べと言うのか?
昔の律への思慕を忘れて新しい律との未来を考える・・・。それは素晴らしいことだと思う。だけどそうしたらあの律はどうなってしまうのだろう。一人で泣いている小さい律の姿が目の前に浮かぶ・・・。
思考はぐるぐると周り続け、律は答えをあきらめたようで「おやすみなさい。」と言って会話を終えた。
▽
翌日は騒々しい日になった。
ウラジオストックの取材に行くというランディさんが、移動の途中で半日ほど時間が取れることになったと言って家に来ることになり、それと同時に連絡を取り合っていたらしい小野寺さんも急きょ無理やり半日ほど時間を作り家に戻ってきたのだ。
朝その連絡をもらった俺たちは、昨晩のことに考えをめぐらす暇もなくその喧騒に巻き込まれていた。
「ランディはいつだって突然なんだ。前もってわかっていたはずなのに小野寺父さんとだけ連絡を取っていたなんてどういうこと!?」
律が顔を見るなり怒って食って掛かっていた。
「本当はマサユキとだけどこかで会っても良かったんだけど、マサユキがそれなら一旦家にと誘ってくれたんだ。」
ランディさんはシレっとそんなことを言った。親は親でそれぞれ親交を深めあっているということだろう、けど?二人で会って楽しい時間を過ごすってさ、まるでデートじゃね?
自分たちのことがあるために強く突っ込みを入れることができなかったが、気が合うにもほどがあるだろと思わなくもなかった。同じカメラを生業にしている同士、尽きることのない話があるのは理解している。
部屋でお互いの状況を報告しあいながらランチ(俺たちには遅い朝飯)を食べているとランディさんが律にコラムの出来はどうかと聞いた。
律が進行状況を説明しつつ写真や文章を見せるとランディさんが、いつもの優しい目ではなく真剣な目でそれをぱらぱらとみた。
「この原稿からはローラが何を言いたいのか、何に視点を合わせているのかがわからない。」
少しきつめの声でそういうと律がむっとした顔で何かを一気に言い、ランディさんもそれにこたえてかなりの厳しいやり取りが続いた。
俺の語学力では何を言っているのか理解できなかったが、小野寺さんはウンウンとうなづきながらニコニコとしている。
「ただの綺麗な紹介ページならその辺にごまんと存在する。ローラでなければ書けないものを求められているということを肝に銘じるんだな。できないなら今からでも断ることだ。」
ランディさんは最後にゆっくりとコーヒーをすすってそう絞めると、律がキッと睨んでからダンッと音を立てて少し離れたリビング側の窓際の板の間部分にうつ伏せに寝ころんだ。
ランディさんは小野寺さんに向き直し何事もなかったようにまた雑談をはじめ、ジルが律にかぶさるようにゴロンと寝ころんで、律はその背をするすると顔を上げないままにさすっていた。
「マサムネ、ローラのことはジルに任せておけばいい。」
その言葉に激しいな、と感じた。
ずっと甘やかすだけの父なのだろうと思っていたのだけど、実際はこの人も獅子だったのだ。
子の成長を願っている。
二人の信頼関係を見せつけられたようで、妙な敗北感にさいなまれていると、律がすっと立ち上がって「俺が悪かった。」とランディさんに頭を下げたのだ。
「見えないからこそ見えるものを皆は期待している。」とランディさんは律の頭をポンポンと叩いて綺麗な顔でにっこりと笑った。
俺と律もそんな関係になれるといいな・・・。
二人を見ていてつくづくとそう感じたのだった。