世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら 作:bui
「律はまだ日本に来て数日だから、そんなに慌てて日本のことをコラムになんてできないだろ?だからのんびり考えたらいいさ。」
小野寺さんはホンワリと笑って律にそう言った。
この人のこんな雰囲気は以前の律によく似ている。
律もいつもにっこりとすべてを包み込んでくれるように笑った。
あのダム湖の事故のあと、俺が目を覚ました時には誤報が修正されて律がいないと分かっていたはずだ。俺自身も怪我で混乱があったとはいえ、小野寺さんは俺に悟られないような微笑みを見せてくれたのだ。
心の奥にどれほどの辛さを抱えていても笑える強い人・・・。
ランディさんと小野寺さんは夕刻には各々飛行機に乗らねばならないと言うので、短い時間だったがその後もお茶を飲みながら楽しい時間を過ごした。
「俺は政宗が正式に養子になってくれてもいいと思っているんです。」
小野寺さんが話の最後にそう言った。それは跡継ぎとかそういう話の時だった。俺は小野寺さんを尊敬しているし、小野寺さんが俺をサポート役として買ってくれていることも知っている。
そして何より小野寺さんの世界感を理解できていると自負している。
だから度々そう申し出てくれていることに感謝をしている。
俺の離婚した両親はすでにそれぞれ別の家庭を持っていて、面倒見てくれていた香川の祖父母も他界している。
だから戸籍の上での関係などどうでもいいと思っていることは確かだ。
だから逆に小野寺さんが真に俺を必要としてくれるのであれば拒む必要もないし理由もない。
「おお、マサユキは良い後継者をお持ちだ。」
ランディさんは嬉しそうにそう言ってくれたが、律が見つかった今、俺にとってそれは微妙な問題だ。
ランディさんにじゃあローラはいらないですねと(言わないだろうけど)思われる可能性はないのだろうか?
それに俺と律が兄弟というのは今はまだだめだ・・・。
せめてもう少し律とのことがきちんと進まなければ既成事実みたいなことはあり得ないだろう。
そして、律はその話対してなんの反応も示さなかったのも気になっていた。
いいのか嫌なのか興味がないのか、そんな態度の律のことばかりに気を取られて、俺の耳にはみんなに話がなかなか入らなくなっていたのだ。
「・・・、なんですね。」ふと律の声が聞こえ、俺がその言葉に視線を投げると律が視線を返す。
途中聞こえてなかったごめん。
なのに「ね?マサムネ・・・。」と名前を呼ばれて確認されると今更聞いてなかったとは言いにくくて、「ああ。」と曖昧に答えると律が口の端を少し上げて笑った。
でもその笑顔は小野寺さんとは少しも似ていなかった。
▽
二人を見送るために外に出るとそこはもう少し暗くなり始めていた。
ランディさんと小野寺さんは一緒にタクシーで駅に向かうと言う。
そこで小野寺さんに呼ばれて「今回の仕事の写真をここに入れておいたから、良ければ見ておいて。週明けには戻るからおもりは交代するよ。」とウインクしながら日本語で言った。
お守って・・・。そんなつもりないのに。ホントこの人は・・・。
少しきまり悪くなって律の方を見ると律はランディさんに挨拶のキスをされていた。
頬にとはいえまったく日本人には居たたまれない感じだな・・・。
車に乗って去って行く二人を見送り、俺と律は部屋に戻って散らかったテーブルの片づけを始めたのだった。
グラスを片付けているときに、律の身体がふらりと揺れて目を抑えてテーブルに手をついたのが目の端に見えた。その手が持っていたグラスがカラリと転げて落ちそうになり、既でのところでキャッチすると見上げる形になった律の顔色がひどく悪かった。
「律、具合が悪い?」
そう聞くと
「目の奥がガンガン痛む・・・。」
とこめかみに手を当てて言う。
このところ出かけたりで疲れさせてしまったのだろうか?
オモテナシばかり考えてペース配分を誤ったか?
「片づけは俺がするから少し横になったらどうだ?」
慣れない風土にこの寒い季節だ、感染症も流行っている。
「風邪とかじゃないといいけど?」
うなじに手を当てるけど熱がある感じもしないので、片づけの途中だからと少し申し訳なさそうにしている律の背を押しながら「部屋で休んで」ともう一度促したのだった。
▽
夜になっても律は部屋から出てこなかった。
具合が悪いなら病院に行った方がいいのだろか?それとも何か市販薬でも飲ませるか?
そんな風に思いながら鶏肉で作った海南チャーハンを俺は食べ、チャーハンと残った鳥のスープで律にはおかゆを作ろうと思い様子を見に寝室に行くと、頭まですっぽりと布団に包まっていて髪の毛しか見えない律がそこにいた。
「律?具合はどう?何か食べる?」
そう声をかけると律はモゾりと布団を揺らした。
「マサムネ・・・、」
顔を見せた律が真っ赤な目をしていた。泣いている?
「病院に行く?」
本気で不調なのだろうか?インフルエンザとか?
頬を触ると少し熱があるようだった。
「少しだけ・・・。昔のことを思い出しました。」
律の言葉に手が止まってしまう。
え?
そしてなんと・・・。
「思い出したくなかった!」
律がまた掛布をつかんでしゃくりあげながら、そう言ったのだった。
▽
衝撃の言葉だった。
律はそのあと何を言っても答えず、だんだんと熱が上がってしまって結局そのことについて話をする余裕がなくなってしまった。
高熱にうろたえた俺はスタジオで検診などをしてくれている病院に慌てて連絡をすると、運よく懇意にしている先生がいて往診に来てくれるとのことだった。
「インフルとかではなさそうだからやっぱり疲れでしょうかね。水分を取って安静にしてください。何かあればここへ。」と個人の携帯番号を教えてくれて帰って行った。
眠れぬ夜を先ほどの律の言葉が更に重くする。
思い出したくなかったってなんだ!
時間とともに驚きが去り怒りに似た感情が沸いてくる。
俺も小野寺さんもどれほど心を痛めていたのか知りもしないで。
そりゃ律も辛かっただろう。でも大事な存在を亡くした俺たちだって絶望と喪失に悩まされ続けたのだ。
あまりの苦しみに自分自身を捨ててしまいたくなるほどに・・・。
律、律、何を思ってるの?そのすべてを俺に教えて。
さっきの言葉は嘘だと言って。
ふ・・・、っと律が身じろいで漏らす息が聞こえた。
「律、大丈夫?」
濡れたタオルで額を拭きながら聞くと律が重そうに瞼を動かした。
まだ頬は赤く熱が下がり切っていないことがわかる。
「マサムネ?」
かすれた声で俺を確認するように呼ぶ。
「なんで忘れてしまえたんだろう・・・。マサムネが目の前にいるのに・・・。」
その言葉に本当に律が昔を思い出したことが分かった。冗談でしたって言わないよな?思い出したくなかったって嘘だよな?
「思い出してしまったからには・・・。俺はもうここにはいられない。マサムネが大好きだからもういられない・・・。」
律はまた目を閉じてそういう。その目尻からはツっと宝石のように艶やかな涙が一筋流れ落ちていった。
「なんでそんなことばかり言うんだ!」
相手は病人だというストッパーは俺の中からはすっかり外れていた。
このままではまた俺は律を失うのだという焦燥感に飲み込まれて暗い気持が暴走始めている。
「マサムネは父さんがいいんでしょ?俺は代わりにはなれない。」
律は震える声でそう言った。
「小野寺さんが?」
「それでもいいと思い続けていたけどもうダメなんだ。これ以上は・・・。」
なんで?なんでそんなことになってるんだ?
「初めて会った時も・・・。今日だってあんなに愛しそうな目で父さんを見て・・・。ランディが仲良くなってしまって・・・。」
は?はは・・・。
「ハハハハ!」
つい大きな声で笑ってしまった。自分の目からは涙が流れているのがわかっているのに。
「ドアホ!なんでそんな勘違いしてんだよ!俺はお前が好きだって何度も言ってるだろ!」
俺の怒声に律がびくっとしておびえたような目で俺を見る。
ハアハアと荒く吐いた息を整えていると律が俺の頬の涙を指でぬぐいながら「ダム湖で俺より父さんが好き?って聞いたら好きだって言った。」と辛そうに俺から視線を外して小さい声で言った。
ダム湖?なんの話だ。そんな話をいつしたんだ?
全く覚えのないことに眉間の皺が深くなる。どこでどんなボタンの掛け違いが起こったんだ?
「小野寺さんは俺の師匠で目標で尊敬できる人で、それは言葉では表せないぐらい大事な人だ。でもそれは律とは違う。小野寺さんの代わりには誰もなれないし、律の代わりも誰もなれないんだ。」
顔の両側に手をついて律の顔を見ながらそういうと、律が居心地悪そうにもじもじしながら「俺は昔の俺とは違います。」と言った。
「昨日律は昔の俺を忘れて今の俺を見てくれと言ったな。」
昨日はうまく返せなかった返事を今しよう。
「小さい律も大きな律もどっちも律だ。俺は二人の律をきちんと愛していける男になる。だからお前も・・・。」
律が真剣な顔で俺を見つめ続けている。
「あきらめて昔も今も全部俺に寄越せ。お前の代わりなど誰もなれないんだから。」
そう言って軽くキスをすると律が身体の下で少しだけ首を上下にして・・・。
こくりとうなづいたような気がしたのだった。