世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら 作:bui
[恋するダンス]
▽
翌朝はよく晴れた寒い朝だった。
集合時間は早く、早起きの得意そうな鳥を見ることに長けた人達も、さすがに作日の移動で疲れているのか誰もみな眠そうだった。
「いいカメラ持ってるね。」
小野寺さんが俺を見つけて早速声をかけて来てくれた。当然と言えば当然だが、集まった人たちは皆腕に自信のある人達なので、小野寺さんに助言を求めたりすることはあるものの、俺のように手とり足取りという人 はいないようだ。
そうだよな、店でカメラを買うときに鳥を撮るには機材も腕も相当よくないとだめだと言われた。
家の近くで何枚か撮った写真は、機能を備えているだけあってピンボケになったりすることはなかったが、べったりとした単なるそこにある風景を転写したという感想しか持てなかった。
気にしてネットで色々な写真を見たけど、締麗だと思わせる写真はそれなりで、機種、レンズ、絞りやシャッタースピードなどをこと細かく載せている自信作ばかりだ。
自分のようにオートでただボタンを押して撮る写真などいくら角度を変えてみたりしてもたかが知れている。
家族のピンナップ写真と同レベルだろうと思った。
雪原の鶴、今日はダンスを踊ってくれるのだろうか・・・。そして俺はその感動をカメラのあの小さい枠の中に収めることができるのだろうか。
ペンションのオーナーがツアーの宿泊客を中型のマイクロバスに格納して、いけるぎりぎりの場所まで送迎してくれた。
そこからは少し徒歩で移動する。
オーナーが今はここという絶景スポットは隠れた穴場で大勢の人の集まる有名な場所とは少し離れているのだそうだ。
葦で柵のようになった先に広がる雪原に、軍団というほどではないが確かにそれは鶴だった。
保護団体がふすまや米などを撒いて餌付けをしているのだとオーナーが言った。
しかしこれは・・・、遠い・・・。
そこにいるということは分かるが鶴の表情を見ることなどできない・・・。
そう思った時に隣から律が黒いモノを差し出した。
「マサムネ、タンガンキョウ・・・。」
イントネーションが棒読みだったので始めはなにを言っているか分からなかったが、品物を見てそれが『単眼鏡』だと分かった。
律は望遠レンズのついた自分のカメラで望遠鏡を覗くように見ている。
そうか、望遠レンズなら望遠鏡がなくても見えるんだな。
自分のカメラはノーマルレンズに望遠レンズがセットになったWプランと言われるものだったけど、皆のバズーガー砲のようなものに比べるとなんと華著なものなのだろう・・・。
何度も何度も店員の言葉と顔が脳内でリフレインされる。
機能と腕・・・。双璧なんだな。
気を取り直して律の貸してくれた単眼鏡を覗くと間近に鶴の頭の赤いぶつぶつが目に飛び込んできた。
息が詰まるようだった。
少しだけ単眼鏡の焦点距離を絞って全身が見えるように調整すると、鶴がまるで婚礼の時に着る白無垢の袖を振るように大きく羽を広げ『自分を見て』と言わんばかりに踊りだした。
見たかった求愛ダンスだ・・・。
誰も声を発しない。静かな雪原にパシャパシャと切られるシャッターの音だけが響く。
俺はこの瞬間を手の中に収めたかったのに、無知は罪だ・・・。
そんな風に自省していると隣から律がカメラを俺の目の前に差し出した。
手袋をしたままの指がボタンをツンツンと指してシャッターを押せとジェスチャーする。
言わんとしていることは理解したが、それは許されることなのだろうか?
今ここにいる誰もがこのために来ているはずなのに・・・。
俺が戸惑っていると 「マサムネのツルを撮って。」と律が耳元で小さい声でささやいた。
俺は律のカメラを借りて鶴が無事に思いを伝え切るまでの間、踊るツルのダンスを撮った。雪を巻き上げるように踊るツルは本能なのだろうけど美しくて、恋するってすばらしいと思わせてくれた。
ひとしきり写真を撮って、満たされた気持ちで律にカメラを返すと、律はカメラの小さい小窓を開き、中からメモリーカードを抜き取り 「今のマサムネのラブだよ。」 そう言ってにっこりと笑った。
その顔はさっき見たツルよりも輝いて見えて、俺はその瞬間ツルより律に見とれたのだった。
▽
小野寺さんたちは都心からは少し外れた川の畔の家に居を構えているそうだ。
そこは本当にボートハウスのように川に沿った建物で、今までは日本に帰ってきた時だけ一人で滞在する仮の宿のような位置づけだったそうだけど今後は律は住むし自分も拠点とすると言っていた。
川沿いの部屋にはおあつらえ向きの背の低い腰かけられる出窓があって、部屋の中から水鳥を眺められるのだそうだ。
川は護岸工事はされているもののコンクリートでおおわれているわけではなく、地元の人の公園のように木製の木板でできた川を渡れる遊歩道などもあるのだそうだ。
「マサムネ、綺麗な鳥がいっぱいいますから写真を撮りに来て下さい。」
律が不慣れな日本語で俺をそう誘った。新年度が始まるまでまだ1カ月以上ある。 出来るだけー緒にいると言っていた小野寺さんも、実は仕事で不在にすることも多いのだそうだ。
「律はー人でご飯とかどうするんですか?」学生の2歳差は大きい。自分が高校一年生の時はどうだったかと思い返してみるけど菓子ばかり食っていたような気がする。
そういえば中学生の時は母親も食事のことを気にしていくれてていたような気がする。まあ食事は一人で食ったんだけどな・・・。
そうか、だんだんと俺に手を掛けなくなったのは俺が手を掛けられなくても済む年齢になったからだったのだろう。それは信頼なのか脱却なのか、ここまで大きくなったからには確かに人の手は俺にかけられていたはずだ。
小野寺さんは「その時はコンビニと かかな?」と言った。しかし律は日本での生活に不慣れなのに買いものなど出来るんだろうか?
「律は日本で店に行ったりファーストフードで買い食いとかしたことあるんですか?」
小野寺さんにそう聞くと「ウーン・・・。」と考えていた。
寄宿舎にいたと言っていたから自炊はしてないだろう。イギリスの寄宿舎は日本の考えるような寮とは違ってかっちりしていると聞いたことがある。
でもイギリスでは友人と買い食いなどはしていたかもしれない。でも日本とは違うだろうし言葉の問題もある。
小野寺さんが一緒に暮らしていない息子のそんな細かいことまで分からないのは仕方がないよな・・・・。
自分の親を思い浮かべるが俺に関心のないあの人達は小野寺さんが律のことをわからない以上に俺について知らないだろう。俺が毎日何を食ってどこで遊んでるかなんて知りたいとも思ってないはずだ。
とりあえず息子が非行に走ったりのたれ死んでなければいいと思ってるぐらいか?
今の非行に走るパワーもないし学校があるからひきこもりもできない。のたれ死にはあるかもしれないけど・・・。
俺は数少ない日本の友人として律のお相手を申し出ることにした。
小野寺さんは少し申し訳なさそうにしたのだけど律は嬉しそうにいろいろ教えてくださいとはしゃいだ。
小野寺さんの家は俺の通学に使っている電車の路線の先にあり、俺が時々訪れる分には何の不自由もない。通学する時も律がその電車に乗ってきて、俺が途中で乗り込めばいいのだ。
律が俺を頼ってくれると思うだけで心の中が満たされる気持ちがする。鶴よりもキラキラと俺の心を打つ律の笑顔がうれしかった。
その時俺はその気持ちが何なのか、まだ知らなかった・・・。
▽
山に向かう電車は目的地に着くまでには人の感じが変わっていた。
都心に近い間はビジネスマンや学生が主のようだったが今は路線を使っている地元の人が多いように感じる。
建物が低くなり車窓から見える空が広くなる。
都会のオブジェのように生気のない木に比べると、枠にはめられているものの街路樹ものびのびと枝を伸ばしているように感じる。
いよいよとばかりに到着した小さな駅に電車が滑り込むと、ホームより前にある自転車置き場の柵の向 こうに茶色い髪の毛が見えた。
長く乗り物に乗っていたせいで硬くなっていた身体がその姿を目にしただけでふわりと軽くなり、ため息を吐きそうになっていた心が解きほぐされたような気がした。
俺と律はまだうまく意思の疎通を図れるほどには会話ができない。相変わらず言葉を聞き取れても口からはワードが出ない。
律は律で切実な理由で (学校に行かねばならない) 日本語を使わなければならず、お互いにたどたどしいのだ。
それでも俺は二人でいるのが楽しかった。
その川畔の家に招き入れられると主不在の家は広くはないのに閉散として見えた。
部屋に入ると薪をくべるタイプのペチカが部屋の角にあって、上にはヤカンが湯気を上げていた。
「律、ハンバーガー買ってきたから食べる?」 ファーストフード店の袋を掲げて振ると律はうれしそうに「オナカ空いた。」と笑う。
きっとそう言ったら律は怒るだろうけどやっぱり男というよりまだまだ男の子という感じだ。女の子って言ったら口をきいてくれなくなるかもしれないな。案外性格は直球で男らしいから。
「それからレトルトだけどカレーな。小野寺さんが米はあるって言ってたから夜はそれを炊くよ。」
今日はここに泊まって明日は少しだけ小さい街の駅前を散策することにしている。 俺も始めての場所だけど言葉がわかるから律よりはましだろう。
せめて最低限のことぐらい出来るように説明してあげないと。
使命感と自分がここにいてもいいと肯定できる感覚はいい。俺の中にそんな『誰か』がいることがうれしかった。
弟とかいたらこんな感じだったかもしれないな・・・。
そう思いハンバーガーを食べながら外を見ると綺麗な羽根の水鳥が目の前の杭まで来て仲良く番いで餌の水草を啄んでいた。
興味深げに見えたのだろう、律が図鑑を広げて読めと差し出す。
『おしどり』
ああ、仲良しの代名詞の鳥だな・・・。しかし日本語の説明を読むと一生涯番いなワケではないと書いてあって愕然として「え?!」と 小さい声を上げるてしまった。
律がなに?という顔で覗きこんでくる。
『えっと・・・、さすがに俺の語彙力では英語でうまく説明できないな・・・。』
参ったなと思って適当に「締麗な方は雄だってさ。」と笑うと律もそれは理解できたようで、ロに両手を当てて肩をすくめて可愛いしぐさで笑ったのだった。