世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら   作:bui

4 / 13
第4話

二人でとゆっくりと過ごす夜はお互いにうまくしゃべれなくても思いが通じ合っていると感じられる。いつだって律は俺の望みをかなえてくれる天使のようだ。

肌と肌が隙間なくぴったりと合わさったまま眠るだけでも言葉がなくても律の温かさで癒される。

そして・・・。

律の恥ずかしそうな顔や上気した肌、快感にフルフルと震える身体、律は俺の求めにいつも精一杯答えてくれた。

 

自分が求めていたものはこのぬくもりだったのか。

 

それは幼いころから無償で家族から注がれ続けるはずのものだったのだろうけど、父も母も野心的で己の研鑽のために労力を惜しまないタイプだ。俺の存在は二人のキャリアにとっては障害でしかないのかもしれない。

 

俺の感情はパズルのようにピースが足りなかったはずだ。

なのにその抜けている部分を覆うように、律の存在という粘度の高い液体がとろとろとゆっくりと広がり、やがて埋め切ったのちまたゆっくりと固まって、今すべてのピースを補完してくれている。

 

愛しいという感情とともに、寂しいとか辛いという負の感情までをも露にされて戸惑いがないわけではない。

 

しかしそれが人としての生を豊かにしてくれるのだと今ならわかる。

律・・・。全部お前のおかげだ・・・。

 

だからだからずっとそばにいて・・・。

離さないし離れないで。

 

今祈ることがあるとしたらただそれだけだった。

 

 

 

▽

 

律との待ち合わせに少し時間があって、たまたまぼんやりと駅前のジュエリーショップのディスプレイされたの貴金属を眺めていた俺は、ふと女子がペアのリングを嬉しそうに友人に見せびらかしていたことを思い出した。

 

その時はそんなものがなんでそんなにうれしいやらと気にもしなかったが今ならわかる。

 

形のない『気持』に形を与えたいのだ。

愛しい気持と束縛したい気持ち、そんな陰と陽のない交ぜになった気持ちをモノに託して少しでも確実なものを疑似的に手にしたい。

 

しかし、いくらなんでも男同士で指輪はハードル高いな・・・。何より自分がそれをする姿が想像できない。

 

ため息を一つつくと、暇そうにしていた店員が「何かお探しですか?」と声をかけてきた。

 

一瞬立ち去ろうかと思ったのに口が「ペアで持てるようなものがあれば・・・。」と声に出していた。

 

「ガールフレンドだったら指輪など喜ばれますけど?」

 

当たり前のようにペアリングを勧められるのだけどペアということは俺もリツもつけるということだよな・・・。やはりちょっといきなり過ぎなように感じる。

 

「指輪は学校にはつけていけないから・・・。」

 

これは嘘。付き合っている奴らは平気で禁止されているはずの指輪をひけらかしている。

 

もう少し地味な何かはないのかな?と、言葉にしないまま気持ちだけ問いかけると「ネックレスやブレスレッドとか、まあキーホルダーなどは目立ちませんね。」

と店員が指さす方を見ると、ジャラジャラと棚に下がる葡萄のようにつる下げられているキーホルダーが目に入った。

それらにはジュエリーショップらしくどれも宝石がついている。

 

確かにキーホルダーは手軽だけど常に身につけているというものではない。できればいつも肌身離さずつけられるものがいい。

かといって、ネックレスやブレスレッドは指輪ほどではないけどやはり目立つよな・・・。

 

難しいなと思案していると「足につける指輪のようなトゥリングや足首につける腕輪のようなアンクレットなどもありますよ。」と店員がショーケースの端の方をさらに指さした。

 

足?そんなところにまでそんなものをつけるのか?

 

言われてびっくりしたけど、目立たないという点では、靴下をはいてしまえば風呂やプール以外では見られることもないなと納得もした。

 

まあ・・・。女子はそれを見せるシチュエーションを想定してつけるのだろうけど・・・。

 

足とはいえ、さすがにサイズがわからないから指輪は無理だろ、しかしアンクレットといわれたものは、かっつりとしたリングの物のほかにチェーンになっているものもあって、それなら微調整はできそうだ。

 

「文字を入れたりできますか?」

 

暇つぶし程度に声をかけたらしい店員は俺が買う気になったと分かると急にいそいそと素材や文字などについて説明をし始めた。

 

プラチナは永遠を意味するのだそうだ。小さい色のある石も意味があるそうで、それぞれに合いそうな色の石が入った細いプレートのものを選ぶと、早速刻印が施され俺は銀に光るアンクレットを手に残りの時間をわくわくする気持ちのまま過ごしたのだった。

 

少しだけ自分でも気持ちが浮っついているのがわかっていた。俺が律の白くて細い足首にこのチェーンをはめるのだ。きっとつるりとしたその脛をさすって、甲にキスをして、肩に抱え上げ、恥ずかしそうな律の顔を見つめながら枷をはめるのだ。

 

そう思うとはやる気持ちを抑えられず、家に帰るなり無防備な律の身体を抱え上げ、俺はベッドの部屋に向かったのだった・・・。

 

 

 

▽

 

律はアンクレットを俺の足にもつけてくれ、「マサムネのオコヅカイがなくなりますね?」とちょっと心配をしていた。

両親は愛情は金で買えると思うようでタプタプと使い切れないほどの生活費を渡す。

そして俺はそれをほとんど使うことがない。

初めての浪費がカメラと釧路への旅行だったのだ。

 

しかし今回のこのペアのアクセサリーは親の金では買いたくなかった。

だから小遣いとして祖父母からもらったお年玉や単発でバイトをした時の物などを貯金していたものから出したので律がそんなことを言った。

 

高校を卒業したら自分のことは自分で養っていくつもりだと律に言うと、律はすごい!と尊敬の目で見てくれた。

進学はするつもりでいる。だから奨学金をもらったりバイトもしなければならないだろう。そもそもどこの学校に行くかも決めていない。学校から提示されている進路に文句をつけるつもりもなかったからそのままそれを受け入れるつもりで今までいた。

 

でも、カメラを勉強したらだめだろうか。

 

芸術系の学校の受験は独特だと聞く。

音楽や絵の場合実技があるそうだ。そして写真系はポートフォリオを作成してそれを出したりするのだそうだ。

 

学業の面では問題はそれほどないと思っている。今の学校は進学校で俺は特進クラスにいる。

ちなみに律はEnglish Immersion Programという特殊教育を行っているクラスだ。英語に浸るという意味のそれは英語を学ぶのではなく英語を使って授業を行う。授業はネイティブスピーカーが英語で行うのでおのずと英語が身につくというらしい。

 

芸術系を志望する人たちは早くからその進路を決めて準備を進めている。簡単に受かると思っていないし、簡単に受かるような学校で妥協もしたくない。

 

だからできるだけカメラに触れていたいんだ。

 

「マサムネとずっとカメラを持って世界をタビしたいです。」

 

そんな話をピロートーク代わりにすると、眠そうな律もボツりボツりと話をしてくれた。

 

 

 

「mekong delta(メンコン川)でkayagc(ボート)に乗ってゆらゆらと流れて・・・。」

 

「たまにパドルをコギマス・・・。」

 

「蒲の間に足の長い鷺が立っていて・・・。」

 

「それから偏西風に乗って飛ぶOriental stork(コウノトリ)も追いかけたいです。」

 

「ある日の夜吹く風に乗っていくのだそうです。」

 

「マサムネはgrus japonensisデス。」

 

「シロくて、スラっとして、黒い羽根もきれいで、カッコイイです。」

 

「また見たい。マサムネと。」

 

俺が何も言わずにその頬を撫でていたら、律はとうとう睡魔に負けて寝てしまったようだった。

俺がツルか・・・。なら俺の求愛のあいてはお前だな。

 

お前を得るために俺は誰よりも力強くダンスを踊ってやる。そして世界中の綺麗は景色を二人で見よう。

必ず連れて行くから・・・。

 

律の頬にかかった髪を指でかき上げてその頬にキスをしながら、俺は未来にそんなことを誓ったのだった。

 

 

 

 

▽

 

 

俺がカメラの道に進みたいと思っていることを知った小野寺さんはとても喜んでくれて、受験のためのポートフォリオの手伝いをしてくれた。

 

実践が物を言う世界であることは受験でも変わらないようで、国立となれば勉強もそこそこ必要だけど時間があればと、近場の小さい撮影にバイトと称して同行をさせてくれた。

 

撮影の条件とF値スピード陰影。望遠、単焦点、撮影してからのリタッチ、トリミング、経験がものを言うというのを身をもって実感できる場だった。

 

「マサムネ君。急な話なんだけど来週から一週間ぐらい時間ある?」

 

小野寺さんが電話を掛けてきて俺にそういった。

単発の予備校通いがあるものの月が替わるそのあたりはすっぽりと休みだった。

 

「蝶の大群が集まるダム湖があるんだけど、そこの撮影チームに私の師匠から急なお誘いがあったんだ。旅費なんかはみんな向こう持ちだからどうかなって思って。受験生で夏の旅行どころではないかもしれないけどポートフォリオの一つとしてはかなりいいんじゃないかな。」

 

小野寺さんの言葉にうれしすぎて息をのむ。夏休みにどこかに行った記憶は小学生の頃の香川の祖父母宅ぐらいしかない。それもどちらかというと家に一人で置いておけないからという厄介払い的なものだった。

 

夏は写真をいくつも撮りためるつもりではいたが、これはチームを作って撮影するほどの被写体なのだ。何としても行きたい。

 

俺は二つ返事で了承した。

 

たとえ夏に重要な予定が入っていたとしたってこっちを優先したい。旅費がかからないというのは重要なことだけど、今回ばかりはたとえ両親に頭を下げたって行きたいぐらいだ。

修学旅行で使ったパスポートはどこにあったかな。

何をもっていけばいいんだろう。

 

律ともキャッキャと浮かれながら待ち遠しく一週間を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

▽

 

とあるアジアの国の国境近くにそのダム湖はあった。

 

三段のダムになっている一番上のダム湖の向こう岸に蝶が来るという。

渡りをするその蝶はまるで葉のように木にびっしりと止まり、ピーク時には一面がオレンジに染まるのだそうだ。

 

「マサムネ、カヤックの練習シマショウ。」

小野寺さんと取材の旅をしてきている律は、カヤックが得意だそうだ。

 

持っているフォールディングカヤックは組み立てが大変だったけど一度組み立ててしまえばあとはそのまま最終日まで置いておけるそうだ。

普段は一人乗りをそれぞれ操るのだそうだけど今回は律が二人乗りのカヤックを持ってきていた。

 

ダム湖の周辺には俺や律と同じようにまだ未成年の子どもが多くいた。今回のアメリカチーム以外にも、いろいろな国の人たちがこの日と来週の後半の二回目のピーク目指してチームで来ているのだそうだ。

 

自然を切り取るカメラを仕事にする人の多くは不在がちで、律がそうだったように家族と過ごす時間は少ない。

 

だから余計にこういう機会を楽しめるのかもしれない。

 

ふもとの村では年に一度のこのお祭りのような賑わいに物売りも出るそうで、帰る前には見て行こうと小野寺さんがニコニコして言った。

 

皆ご機嫌だ。

 

特に小野寺さんは知り合いも多いようであちこち挨拶をして回っている。

 

日本人は、基本的には黒髪黒目なんだけどこういうところに来るとそういう環境って不思議だと感じざるを得ない。

カラフルな髪の色の人の中で律の亜麻色の髪の毛は何の違和感もない。

こういう世界の人なのだと少し卑屈になりかけた時に、飛行機の中で、フリーの場合そういうところで顔をつなぐというのも大事だからどんどん仲良くならないとだめだぞと小野寺さんに耳打ちをされたことを思い出した。

 

律のおかげで英語(主に会話)はだいぶ上手になったけどやはりもっともっと勉強しないとだめだ。

でも今はそんなこと言っていても仕方がない。俺なりに頑張ろうと再度思ったのだった。

 

 

 

 

▽

 

撮影以外ではバカンスのように楽しんでいて、ゆったりと穏やかなダム湖は色とりどりの綺麗なカヌーやカヤックが睡蓮の花が咲いているように浮かんでいた。

 

初日は疲れてさっさとキャンプのコットで睡魔に連れ去られた俺たちだったけど、二日目の朝は幸いにして疲労も残っておらず爽快な目覚めだった。

 

蒸し暑い国ではあるが標高が高いこともあって朝晩は寒いぐらいだ。

 

ここ数日は天気も悪くないようなので、二日目の今日、まだピークを迎えていない蝶の群れを俺たちは見に行くことにした。

なぜなら、本番の日は子どもたちはそこにはいけないのだ。

 

何百というカメラマンたちがそれを写し撮ろうとするのだ。見ていたい気もするけどそれはわがままというものだろう。邪魔をするわけにはいかない。

なので子どもたちはカヤックやカヌーで遊んだりしながら別の日に蝶を見ることが許されているそうだ。

 

蝶がいる場所にはダム湖を横断しなければならない。明らかにまだ中学生ぐらいの小さい子もボートには慣れているようでスイスイと俺たちを追い抜いて行った。

 

かくいう律も二人乗りのカヤックの後ろで、パドルと格闘している俺をしり目に優雅に八の字に漕いでいた。練習のためにできるだけ律には漕がないでとお願いしてあったけどこんなペースでは日が暮れてしまうかもしれない。

ライフジャケットはアメリカチームのお揃いの黒茶のもので、識別用に首からはドックタグを下げるように決められていたが、律はマサムネ、交換しましょと言ってはしゃいでいた。

 

おいおい、交換したら役に立たないだろと思ったら小野寺さんに叱られてしょげていたけどそんな律もかわいいので髪をクシュっとしてやるとまた笑顔が戻っていた。

 

 

 

 

慣れないパドリングだったけど、何とか蝶のいる対岸にたどり着くとそこの木は日本の銀杏のように黄色で埋まっていた。

みな翅を閉じているのだ。

「日が昇ると翅を開くんだよ。そうするとオレンジに染まるんだ。そして少しだけ羽ばたいてダンスを踊るよ。」

 

律が俺にそう教えてくれる。逆光の中で後ろ向きの律は顔が見えないのに絶対に幸せそうに笑っていると感じられた。

手元にあるカメラを構え、ファインダーで律を映す。

明るいから少し絞って・・・。いや解放?ゆっくりと取りたいけど翅が動くから・・・。

 

いろいろなことを考えていたら律が指を上にあげた。

蝶がそれにつられるように律の指先にとまる。

一頭、二頭、まるで群れるように止まったと思ったら今度はこぼれるように落ちながら飛んで行った。

 

俺はそれを見て頭で考えていたことがすべて飛んでひたすらシャッターを切った。

あの鶴の時のように。

 

律・・・。律がいればいつだって俺はこんなにも満たされるんだ。

 

まぶしい光の中でシルエットだけ浮かぶ律を抱きしめたくて代わりにギュッとカメラのストラップを握りしめたのだった。

 

 

 

 

 

▽

 

昼近くになって、そろそろ帰ろうかと律に声をかけると律も「オナカ空いた」と笑って言った。

いつだって食いしん坊だな。アジアの食事は初めてだったけど宿泊しているキャンプでは食事を作ってくれているトレーラーがあって、現地の人だというシェフは日本人の俺たちの好みにも合う料理を食べさせてくれた。

 

律は昨晩食べた甘いパンのような揚げた料理がいたく気に入ったようで、今日もそれが食べたいと言っていた。

 

二人乗りのカヤックで風に吹かれながらふと律がつぶやくようにマサムネは父さんが好きですか?と言った。

その時、手元のアラームが鳴って律が続けて何かを言ったのだけど聞き取ることができなかった。

もちろん「好きだよ。」

当然じゃないか。俺にこんな夢中になるようなことを教えてくれて、律にも会えた。

 

これからだって俺は小野寺さんを師匠としてカメラをやっていきたいんだ。

そんな風に思っていると

「わかりました・・・。」と律が小さくつぶやいた。

 

 

そんな時だった。

 

湖面がグワンを大きくた弛んだ。

 

ダム湖の周りの木々がワンワンとざわめき、鳥たちが一斉に空に飛び立つ。

 

腹の下から響くような地響きが沸きアーチのダムが端からドミノのように崩れて行った。

まるで遊園地のアトラクションのようにカヤックが水に流され、水面を滑るように落ちる。

周りの山の土砂が見ずに流れ落ちダム湖でカヤックを浮かべていた人たちも同じように渦に巻き込まれて行った。

 

「律!」

 

叫ぶと律は後ろから「マサムネ大丈夫です。ライフジャケットの胸のピンをヒイテクダサイ。」と言った。

胸のピン?言われて胸を探ると丸く引っかかるものがあった。慌てて引くとライフジャケットがバフっと膨らんで背中から首のところにも支えのようなものが当たった。

 

「浮輪のように浮きますからダイジョウブです。水に身を任せて。」

 

後ろの律がどうしているか俺の方からは見えない。

 

とうとう滝のような段にのまれてカヤックから投げ出された俺は必至で律の腕をつかんだ。

顔に濁った水がかかるけどライフジャケットのおかげで深く沈むことはなかった。濁流に混ざる木やボートが当たりそうで腕を律に回してよける。

 

栓の抜けた風呂のような渦にのまれ二段目のダム湖も決壊していた。

何が起こったんだろう。悲鳴や怒号が沸いて小さい子がボートにつかまってお母さんと泣いている。

 

ふと、腕の中の律のライフジャケットが膨らんでいないことに気が付いて「ピンを抜いてないの!?」と焦って聞くと「抜いたけどこれはダメデシタ。」と律が言った。

どういうこと?不良品?「でももともとフローティング用なので膨らまなくてもダイジョウブです。カヤックが沈(ちん)するのには慣れています。マサムネも俺をツカマエテおいてクダサイ。」

 

律が俺にキスをして、ひきつった顔で笑っていた。

 

俺たちは二つ目の小さなダム湖から流されて、また滝のような渦巻に飲まれ、激しい衝撃とともに三つ目のダム湖に落ちていた。

 

土砂と一緒に人も木もカヤックも3つ目のダム湖の口目指して流れ落ちる。

その先は普段は風光明婿な川だ。もうダム湖ではない。落差が今までの比ではなくいつもは水のないその川はゴロゴロとした石でおおわれていたはずだ。

 

今度こそ落ちたら・・・。

 

そんなことを必死で考えていたら後ろから木製の大型のカヌーが矢のように飛び跳ねてきて当たり、俺たちは大きくバランスを崩して手が離れてしまった。

 

背を打ち付けられた律は力が抜けるようにへたりとしている。

 

 

 

「律!」

手を伸ばすけど律はぐったりと身を流れに任せたままどんどん遠くに行ってしま

まう。律のライフジャケットは浮力が少ないんだ!

律を捕まえておかなければ!

 

水の流れが速すぎて目の前に大きな渦に水の流れが分断されなかなか近づけない。

 

滝のように落ちていく水に律が飲まれていく。

 

「律!」

あと5センチ!

 

必死で水を播き分けて力なくだらりと脱力したまの茶色い髪に手が届いたと思った瞬間・・・。

 

何かが指先に触れた。

それを思い切り掴んだと同時に俺たちはそのま渦に飲まれ、放り出されるように土砂と一緒に滝つぼの中に引きずり込まれる。

濁った水の中で律がどこにいるのかわからない。

 

人も物も木もごたごたに流され、身体に何か強い衝撃が襲った。

 

水の中でもがくけど四肢がちぎれるような痛みに息も出来ず、意識はとうとう暗い奈落に落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「律!」

 

自分の叫び声で目が覚めると、そこには見慣れた茶色い髪が見え、置きあがろうとすると全身に強い痛みが走った。

 

「マサムネ君!」

 

目の前の小野寺さんがあわてて俺の背を支えてくれる。

ここは・・・。そう言ったつもりだったが喉が渇いて声が出ない。

 

「病院だよ。君が無事で良かった・・・。」

 

小野寺さんが俺の手を握ってまるで祈りをささげるような姿で涙を流した。

そう、事故があったのだ・・・。やっぱりあれは夢ではなく現実だったんだ・・・。

 

「律は?」

 

捧り出すように出た声がしゃがれていて何かもっと言いたいのに喉が痛い。

 

「ああ。別の部屋にいるよ。」

「大丈夫だったんですね。」

「ああ。」

 

小野寺さんが俺の髪を統くように撫でて微笑んだがすぐに曇った顔で

「ご両親に連絡を取ったんだけど多忙で来られないそうだから私が親代わりで申し訳ない。」と言った。

 

あの両親が俺のためにわざわざ外国まで来るわけがない。

分かっていたことだったけどやはり脱力して目を瞑ると「何か飲み物を持って来るね。」と小野寺さんが言った。

 

少しでも身体を捩じろうとするとまたあちこち激痛が走る。

胸にはプロテクターが巻かれているようだし腕も固定されている。きっと骨折をしているのだと説明される前に分かった。

 

キプスの巻かれていないところも顔もヒリヒリと痛む。

 

濁流に飲まれた時に目の前に飛び交う木々やボートのことを思い出してまた少し寒気がした。

 

そして・・・、湯冷ましを持ってきてくれた小野寺さんが、俺が3日も目を覚まさなかったことを告げたのだった。

 

大きな事故だった。古くなっていたダムの壁が崩れて決壊したのだそうだ。

小さい三段のダム湖では多くの子ども達が俺たち同様カヤックに乗っていた。

その多くの子どもたちが流されてしまったのだそうだ。

途中で泣いていた子のことを思い出して胸がキュっと傷んだ。

 

濁流はここの蝶のお祭りに集まっていた下流の村の人までも軒並み飲み込んで甚大なる被害をもたらしたのだそうだ。

 

現在現場はまだ混乱中で各チームは崩壊していると言っていた。

 

「リツには会える?」

「お互いに動けるようになったらね。しばらくは無理かな。」

 

そう言って小野寺さんがリツとよく似た顔で笑った。

 

 

▽

 

事故が起こってから一週間が過ぎた。小野寺さんは事故のあとのボランティア的なことをするためにまだ残るのだそうだけど俺は飛行機を手配してくれたそうで、日本に帰ることになった。

 

あれからリツに会えていない。

 

「律も一緒に?」俺と同様に律も起きられないと小野寺さんが言っていた。きっとひどい怪我をしているんだろう。

 

そう思うと律が心配で胸がつぶれてしまいそうだ。

 

きっと俺はすがるような目をしていただろう。

すると小野寺さんがぐっと目を腹って「律は帰れない。」と短く言った。

 

「え!?まさか意識が戻らないとか!?」

 

息が荒くなって小野寺さんの腕をぎゆっと掴むと小野寺さんはもう片方の手で自分の胸のポケットからチャラリと光るモノを取り出した。

 

「これは君が掴んでいた律のドックタグだ。爪が食い込むほど強く握り締めていたね・・・。ありがとう律を大事に思ってくれて。」

 

水の中で律に向かって手を伸ばしたときに確かに何かを掴んだと思った。

あの時に俺はそれをつかんだのか?

 

「律の代わりに君に持っていて欲しい。」

「え?」

「律はいない。見つからなかったんだ。」

 

なにを言われているのか分からなかった。だって律は別の部屋にいるって・・・。

 

「うそ・・・、でしよ?」 悪い冗談だ。そんなひどいことなんで今言うんだ・・・。

律はカヤックには慣れているから沈(ちん)しても『ダイジョウブ』だって言った。 いつもみたくダイジョウブだって kissしてくれた。

 

「ウソだ!」 そう言いたかったけど声にならなくて、言葉にならない大声で吠えるように叫んでいた。

 

きっと俺の声は病院中に響いただろう。

身体が動かない。律を探しに行きたいのに行けない。

律がきっと寒いって泣いてる。マサムネって呼んでる。

暴れて騒ぐので医者に押さえつけられてまた俺は深い眠りに無理やり落とされて・・・。

 

そのあとのことはきちんと思い出せない。

 

そして今俺は不慣れな暑い日差しの中で海を見ていた。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ夏が終わる。

 

なぜ俺は生きているんだろう?

 

それは死ねなかったから。

 

日本に帰ってきたときには両親は既に離婚をしていた。

 

 

 

 

行き場所のない俺を母方の祖母が間に入って引き取ってくれて病院の世話もしてくれた。

 

怪我は治ったものの脱力したままの俺の心ははなにをする気持ちも起こらなかった。

 

ばあちやんは気遣うような感じでもなくごく普通に俺に接してくれるけど、

俺はそれにうまく答えることもできない。俺の心もあのダム湖の底に沈んでしまったのだろう。

 

ある日、おおきな図体して寝てばっかりいないで散歩でもしてきなさい。

食べないと力が出ないんだからチャンと食べなさい。

ばあちゃんがそんなことを言った。

 

マサムネが悲しいことがあったことは分かるけど、それでいいのかしら?

 

もし逆の立場だったら、マサムネはその子が泣いて悲しんで死んでもいいと思って毎日暮らしていることを 喜んでいられるかしら?

 

そしてばあちやんは何も知らないはずなのにそんなことを言った。

 

もし俺が遠くで泣いている律を見続けているとしたら・・・。

耐えられない。

 

律ならばきっと傍に寄って類を撫でてキスをしてくれるだろう。

 

なぜここに律がいない?

 

すると首のドックタグがチャラリと鳴った。

 

『マサムネとずっとカメラを持って世界をタビしたいです。』

 

律の笑顔が目の前に浮かんだ。

そうだ、そうやって約束したんだ。

律とずっとずっとカメラを持って・・・。

ばあちやんにすがって泣いて、その夜初めてあの日の写真をパソコンに取り込んだ。

水の上のカメラマンはカメラを水没から守るように濡れない装備をする。

俺の身体に巻き付いていたこのカメラはあの日のデータをそのまま残していたのだ。

 

蝶が光のかけらのように逆光の律の周りで輝いている。

あの時律は幸せそうにうれしそうに笑っていたんだ。

 

その写真をポートフオリオの最後のページに貼り、俺は小さな一歩を踏み出すことにしたのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。