世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら 作:bui
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俺たちはあの家に滞在していた間、それぞれがそれなりに話をする時間をもうけた。
法律的にはどうだとか、そういうパワーを持って律を無理やりに日本に連れ帰ることはできない。
律がそれを望んでいないのだから無意味だ。俺たちは自分たちを売り込むプレゼンをしなければならないのだ。
律は俺に「マサムネは俺にとってなんだったの?」と聞いた。
律が聞くのも無理はない。俺は血縁者でも何でもない。そしてこの関係をストレートに伝えるわけにもいかない。小野寺さんとて俺と律は兄弟のように仲の良い友人(?)同士と思っているのだ。
どう説明したらいいのだろうか。
小野寺さんにあこがれて、運よく小野寺さんと知り合いになれて律を知ったのは間違いのないことだ。
そして学校も同じで一人っ子同士仲良くなった。身内ではない俺だが律を心配していてもおかしくはないだろう。
思案した結果「律を弟のように思っていた。」と答えた。
本当は違うんだと心の底では思ってるくせに。そういいたかったけど言葉はいつだって不自由だ。思いの半分も伝えてはくれない。
だからなによりも大事な存在だったと俺は律に言った。
小野寺さんが律と話をしたときには「自分は探してもらえる価値もない人間なのだとずっと思っていた。」と言っていたそうだ。
小野寺さんは自分の弱さから探しに来なかったことを泣きたいぐらい後悔をしたと言っていた。
律の容姿は小野寺さんに似ている。小野寺さんを見てランディさんがさすがに親子だ。血は水より濃いとよく言ったものですねとしみじみと言ったそうだ。
でも小野寺さんは成長した律は母親に良く似ていると言った。
もういい大人なのに、相変わらず中性的で美しく、クリクリとした大きな緑がかった瞳、バサバサと長いまつげ、小野寺さんよりさらに色の薄いさらさらとした髪の毛。
子どもというのはそういうものなのだろう。異なる遺伝子がうまく混ざりあって新しい命として進化するのだ。
まぁ・・・、俺は誰にも似ていないけどな・・・。
少年時から青年時にかけての一番感受性の強い長い期間の隙間を埋めるのにはかなりの時間がかかるだろう。ひよっとしたら一生かかっても埋まらないかもしれない。
だけど自分は律ともう一度やりなおしたいと言った小野寺さんの決意した顔がまぶしかった。
俺はどうなんだろう。
記憶のない新しい律ともう一度律とやり直すことがいまだにきちんとイメージできない。しかし俺たちは実質は半年ほどの間のことしか知らないのだ。
言葉もうまく話せずに、お互いに大きな誤解をしたままいいように解釈して、寂しい魂がいびつな互いを慰めあっただけだったのかもしれない。
あの頃の焦燥感のない俺たちに今後があるのだろうか。あのあと俺は常にそんな自問自答を繰り返していた。
もう過去の律とは決別を済ませたはずだ。なのに今の律を見ていると昔の俺が泣くような気がする。律を返してと俺に向かって・・・。
新しい律との関係は自分の中でさえまだあやふやで、結局どうしたいのかの結論も出ないまま日にちだけが過ぎて行った。
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律がコラムを書いていると聞いて手にした外国の雑誌は、発展途上の国の現状を取材したものだった。
合計10回の連載のようで、そこにはいくつもの綺麗な陰影のみの白黒の写真が添えられている。
常にカラーにまみれている俺にこういう写真は撮れないだろう。影の濃さだけでこれほどの表現ができるんだな・・・。
余計な色がない分だけ多弁にそれは現状を伝え、まるでその場の臭いまでもが感じられるような切実な今を伝える画像だった。
見続けていると胸が詰まるような辛さと、 背筋を正すような真塾な気持ちが綯い交ぜになってじわじわと俺を襲う。
放置された子どもたちがまるで置き物のように死んだ目をして道路に座っている。
明日は死んだ目だけではなく、本当に命があるのかどうかもわからない子供たち。
なぜ生まれてきたのだろうかと問うこともあの子たちにはないのだろう。なぜならそれを知らないから。
かつての俺も、生きていても死んでいてもどうでもいいと思っていた。
積極的に死を選ぶような気概もなく、日々をあるがままに与えられる情況で単に死んでないから生きているだけだった。
不意にあの真っ白な雪原で舞う鶴を思い出した。あの景色もほぼモノトーンだった。
ただ頂の朱色のみが刺すように目に焼きついている。
あれからずっと俺は生きていると感じている。そう感じられたのはあの朱色のおかげだつたのだろうか。俺の世界がカラーになったのだ。
律、俺はどうしたらいい?
どうしたらいいかわからなくなってしまった。
捨てられたように感じた律の世界もモノトーンだったのだろうか?
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律と俺たちは再開を約束だけはしたものの、それを実行するにはお互いに難しい状況が山ほどあった。
とにかく遠い。住んでいる国が違うのだ。簡単に『半日開いたからじやあ会いましょう』というわけにはいか ない。
ましてや律には俺たちに寄り添わなければならない理由がない。
律と親密になりたいのは俺たちなのだ。放っておいたら日本に生き別れの身内がいることさえ律は忘れてしまうかもしれない。
小野寺さんが何度か熱烈な(?)ラブコールを送って、やっと律から色よい返事が返ってきたのはあれから なんと5カ月が過ぎた頃だった。
ランデイさんは仕事に行くと月単位のスパンで不在になるようだが、律は飼っている犬の事もあるのでそれほど長い期間家をあけられないらしい。
日本に犬のジルも連れていけるならと返事が来たらしい。それなりに国間の移動の多いわんこらしいが、入国には煩雑な手続きに時間もかかるようだった。
『今年のクリスマス休暇は、ランディはこっちには戻って来れないっていうから日本に行ってもいい。』という俺たちにしては何だか残念なようなラッキーなような理由だったけど、それでも律が来る事がうれしくて浮かれて準備を進めること にした。
現在俺はスタジオの近くのマンションに一人で住んでいて、小野寺さんはあの川岸の家を住まいのままにしているけど、有能なカメラマンというだけあってあちこちで引っ張りだこで、自分自身も撮影旅行が多くどうしても不在がちであまり家には帰っていない。
律は12月の半ばから新年にかけてオフだそうで、だいぶ長い時間日本に滞在出来るようだ。
律が犬を連れてくることを考えるとあの川沿いの家に滞在する方がいいだろう。スコティッシュ・ディアハウンドは大きく俺のマンションでは狭すぎるだろう。
あの家も最近では痛みも目立ってきてそろそろ補修も必要かと小野寺さんは言っていたところだ。だから律が住んでいた頃のままの家を見て何か少しでも思い出してくれればという意図もあったりする。
少しでも、少しでも律が俺のことを思い出してくれれば。
もう一度あの頃の律に会えたなら、それだけで俺はもう何も思い残すことはないんだけどな・・・。
帰国については次の仕事の都合でどうするか決めるけど、それほど急がないと律が言っていたそうで、すぐに帰ってしまうということでもなさそうだ。
律は律なりに何か思うところがあるのかもしれない。いや、あって欲しい。
ある意味では部外者の俺なのだけど、小野寺さんも一人では心細いようで、政宗、政宗、と俺を頼ってくれ る。俺はそれにつけ込むあざとい奴だ。
今の律をもっと知って、俺の中のもやもやとした行き場のない熱を収めたい。そうでないといつまでたっても俺は迷路の中を行ったり来たりを繰り返すばかりだから。
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11月はハロウイン、12月はクリスマスと日本の季節はイベントで塗りかえられる。
12月の終わりのクリスマスが終わればあっという間に正月になる。
せっかくのイルミネーションを被写体にしない手はないと、俺たちカメラマンは
スマホの達人(素人のくせに素敵な写真を撮る人たち)に負けないように尻を叩かれながら三々五々取材をしに出かけていた。
小野寺さんと相談をして正月は雪の美しい所に行くことにして、犬のジルを連れて行っても大丈夫なようなロッジを野寺さんの伝手で頼んだ。
小野寺さんはクリスマス前まではカメラ会社の協賛企画で西表に撮り鳥に行くことにな っている。普段だったら助手としてついて行くのだけど今回は留守番だ。
その他の細かい仕事をしつつ律のお相手をすることになったのだ。
律は滞在期間もコラムを書く仕事があるのでお世話してくれなくてもいいと相変わらずそっけないことをメールで言っていた。
律は俺たちと一緒にいたいと少しでも思ってくれるのだろうか?やはり迷惑なのかもしれない。
本当は面倒だけど義務のように感じて来てくれるのだとしたら俺たちのやっていることは正しいのだろうか?
思考はダンジョンを駆け巡りそんなことはないと打ち消すのもまた俺自身。
今はそんなことは置いておいて、律と楽しい時間が過ごせるように頑張るしかない。
その日、律からの到着連絡をスタジオで待っていると横澤も仕事でスタジオに来ていた。
今日はモデルの方の撮影が入っていると言って、ついでに仕事で撮影した街歩きのガイドマップのゲラも出たとかで桐嶋さんと一緒に確認をしている。
仕事でもなければスタジオに来ない俺に、おや珍しいと言うような顔をして理由を問いたげにしていたが、曲がりなりにも横澤は仕事中なので軽く無視してもの言いたげな態度には気づかないふりをしてやった。
俺が横澤と仲良くしていると桐嶋さんの機嫌が悪くなるしな。
事務所には小野寺さんの写真集のゲラも到着していて、簡単でいいから指定が間違えていないか見ておいてと言われていた俺は、チェックをしながらその美しさに見惚れ引きずり込まれて行った。
ハミングバードの羽ばたきの連写はハミングするようなあの羽音が聞こえてきそうに躍動的で繊細で、あの小さい小鳥の美しさを余すところなく映し出していた。
自分にもいつかこんな写真集を出す日が来ればいいと、時間を忘れてぼんやりとしていると我に返った俺の耳に遠くに聞こえていた受付の女性の声が急にはっきりとつい立て越しに聞こえて来た。
一般の写真撮影や現像を引き受けるスタジオの受付は、今俺がいる事務スペースと数枚のパーテーションで区切られただけのものだ。
中までは見えないようになってはいるものの音などはしっかりと聞こえる。
それには、混んで受付が必要になった場合に事務スペースの人間がすぐにへルプに行けるようにという意味合いがあるのだ。
するといつの間に受付の方に移動していたのか「あ!そっちはだめだ!」と、少し大きめの横澤の声が聞こえた。
採め事か?
そう思った瞬間、パシンと乾いた音と「ワン!」という犬の吠え声と、「テメー」と声を荒げる横澤の野太い声が次々に聞こえてきた。
桐嶋さんと俺がお互いに目と目で合図しあいながらあわてて受付の方へ出ていくと、横澤に腕を掴みあげられて壁に押し付けられている真っ青な顔の律と、横澤に向かってワンワンと吠えている犬のジルがいた。
慌てて「知りあいだ!」と叫ぶように言って横澤から律を引き剥がし、大丈夫かと聞くが律は壁を背に俯いたまま一言もしやべらない。
周りのみんなが警戒した顔で俺たちを見ているけど気にしてはいられない。なんで律がここに?連絡をすると言っていたのにと一番困惑しているのは俺なのだ。
律の青い顔が能面のように白くなって、壁にもたれてずるずると落ちるように座り込む。律に慌てて差し出した俺の手は、生気をなくしたように見える律の手によってパンと弾かれたのだった。
「誰だそいつ!」
横澤が眉間の鍛を更に深くして言う。
慇懃無礼な態度はこいつのデフォルトだったなと思いながら「俺と小野寺さんのお客さんで、迎えに行くための連絡を待っていたのだけど・・・。」と語尾を濁すと、受付の女性が「え!?」とビクリと肩をあげた。
「なに!?」
俺が少しきつ目の声音で言うと
「あの・・・。外国の方から入電があったんですけど・・・。聞き取りができなくて・・・。メモも取れなくて・・・。」
と大きく頭を下げながら言った。
「何時ごろ!?」
「皆さんがお昼でいなかった時ですから・・。」
受付の女性は顔を上げずそう答える。時計を見るともう午後の4時だ。
『律ごめん、ソファーに行こう。身体を支えさせてくれ』
そう英語で言うと律は腕をあげて俺が手を回すのを許してくれた。
「律は人に触れられるのがだめなんだ。」
皆にそう言うと「律!?」と横澤がまた肩間の鍛を深くする。横澤は律がだれで何者なのかを知っている一人だ。その同じ名を持つ人物に不信感を抱いても仕方がないだろう・・・。
ああ、だから迎えに行ってそのまま帰宅するつもりだったのに。
律が手に握り締めているのが住所を書いたメモ紙であることを見ると、おそらくここまで自力で必死でたどり着いたということなのだ。
犬連れだったし日本人が皆英語を理解するわけではない。
スタジオへの電話が一番確実だと思っていたのが仇になった。
「モデルの顔にもみじが散っちまったからには今日の撮影は中止だな。」
桐嶋さんがため息混じりにヤレヤレと肩をあげたかと思ったら、そのまま席を立った。怒って帰るかと思ったのだけど見ていたゲラの続きを確認することにしたらしく横澤も深く聞くことはしないでそれに従った。
律は俺が身体を支えてソファーに誘導すると、腕にぎゅっとしがみついたまま息を整えている。
さっきは手を叩いたくせにと思わなくもないが、以前それは好き嫌いとは関係ないと言っていたことを思い出し、少なくとも律の中で俺は宣言さえすれば手を払い落とす対象ではないこと がわかった。
再開の時、ランディさんにすがっていた律を思い出す。
さっきは暴れ熊(横澤)に立ち向かった犬のジルは、今は行儀良く座つて尻尾をプルプルと振っている。
忠犬だなお前。そう思いながら頭をなでるとワンとまた一声吠えた。
俺は律にどこまで許されているのだろう?
肩に回しかけた手を一旦止め「律大丈夫?」と日本語で言ってしまって瞬間的にしまったと思ったのだが、意外にも律から「ダイジョウブです。」 という日本語が返ってきた。
それはあの律のいつもの言葉だった・・・。
胸がきゅっと縮むように締まり目の奥が痛む。
止めていた手が主が命令するより先に勝手に動いて律を抱き寄せると律が身体を強張らせた。
しかし今度は拒むことなく、あの蝶の丘の時のように静かにされるがままになってくれた。
「おい、奥に寝かせたほうがいいじやないか?」
律が落ちついたら帰るつもりでいるがまだ少し無理そうだ。青い顔をしている律に先ほどまで本気で不倫快そうな顔をしていた横澤が心配そうにそう言った。
モデルの仕事道具(主に顔) をひっばたかれたくせに、やっばりこいつはオカンだ。
そんな風に思いながら『奥にベッドがあるけど休む?』と聞くと律がまた「ダイジョウブです。」と言った。
大丈夫じゃないだろ?その顔色。と思ったのと同時に律の腹の虫がグーっと盛大に鳴り、青かった顔がみるみる真っ赤に染まる。
え?腹へリ?
そういえば律はずいぶん旺盛な食欲をしていた。ひよっとして昼飯を機内で食べてないのか?
ワンコのジルも水も与えられていないのではないだろうか?
そんなことに思い当たり、とりあえずジルには水を、律には事務所にあった駄菓子をかき集めて渡すと律の目が光ったように感じた。
子どもか!?
ちよっと呆れたけど、とりあえずこれで気持ちと身体の血糖値が上がればいいな。
少しホッとして俺はもう一度これからの予定を脳内で組み立て直したのだった。
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「日本の菓子は世界一おいしい。」
律は量販店で売っているチョコチップの混じったクッキーを食べながらそう言って笑った。
いつも仏頂面しているくせにこんなことで笑うのかと思ったら、手に持っていたそのクッキーが妬ましくなった。犬のジルが食べたそうにするのを「わんこはチョコはだめだ。」といさめながらも律は口を休めることはしなかった。
「夕飯はレストランを予約してあるんだけど?」
と言うと「わかった。」と言って、でも食べる手(口)を休めない。
夕飯食べられなくなるぞ、とも思ったが律の旺盛な食欲を思い出してみれば駄菓子ごときではどうこうなることはないかと思い至った。
大きめの荷物はすでに家に到着している。
そうは言ってもジルがかなり大きめの荷物でもあるのだけど、介護犬として適正な訓練を受けていて認定もされているそうで、ある程度の場所には行儀よく出入りできるそうだ。
「イルミネーションがきれいなんだけど人が多い。ジルもいるし今日は無理かな?」
そういうと律は「ああ・・・。」と菓子を食べる手を止めた。
こういう時、律は何か言いたいことを頭の中でまとめているのだと知ったのは再開後の最後の頃だった。
決して何も考えていないわけでもなく、無視をしたり横柄な態度だったりするわけでもない。
少し誤解を招くこともありそうだけどそれを知っていれば律の次を待てる。
「景色が美しいのはいいね・・・。だけど俺のことは気にしてくれなくてもいい。」
それは迷惑だというより少し困っている感じだった。
放っておいてと言われたメールでのやり取りもこんな感じだったのだろうか?やはり顔を見て話をしないと何もわからない。
「言っておいた方がいいかもしれないけど・・・。」
律が言いにくそうに言葉を続け
「今の俺には色の感性がない。」
と言ったのだった。